Ⅲ313.舞台裏も騒然とする。
「おい!さっさと裏口吐け!!!」
「教えろってのがわからねぇのか!!!!」
会場とは方向のことなる舞台裏でも、今では大勢の人間が行き交うことなく滞っていた。
オークションスタッフを縛り上げ、掴み上げ、武器を突きつけて脅す。大勢駆けつけた警備達もその多くが負傷で横たわっていた。
警備の立場から武器を携帯している者も少なからずいたが、人質に取られ動けなくなった。何より、自分達が携帯を許された最低限の武器よりも遙かに凶悪な武器を侵入者達の方が持っていた。
会場にいる来賓の安全も守らなければならない警備と異なり、相手は死なば諸共も辞さず銃をこれ見よがしに掲げていた。いくら実力は侵入者達を上回っていようとも、圧倒的に警備の方が不利だった。
最初こそ侵入者達を一人二人と取り押さえることができた警備達だが、その数が増せば増すほど手で負えなくなるのも当然。身を張った警備だけでなく、今はスタッフにも負傷者が出ていた。
要人が人質に取られる事態にまでになれば、警備もその多くが舞台裏ではなくその要人救出の為に会場へと流れ動いていた。スタッフにも下級貴族や富裕層は一部含まれていたが、来賓となる王侯貴族とでは残酷なまでに優先順位は異なる。
侵入者発見時から形成は大きく変わり、避難経路から脱した闇オークション関係者の人口が舞台裏の大半を占めようとしていた。
もともといたスタッフや警備は壁際に追いつめられるか転がされ、会場で騒ぎが起きていると知った侵入者達は行き場を無くし舞台裏に留まった。会場に紛れて逃走ができない以上、他の逃げ道を探すか、もしくはレオナルドが地下から去るまでここにいるしかない。
今は護衛や闇オークション関係者の裏家業達が自発的に手を汚しているが、同じ侵入者である闇オークション参加者の王侯貴族達もまた罪のないスタッフや警備達を助ける気は毛頭なかった。むしろさっさと質問に答えれば良いものをと言わんばかりに冷ややかな眼差しを彼らに落とす。
会場以上に大手を振って優位に立っている舞台裏の侵入者達だが、彼らもまた手こずらされていた。スタッフや警備の誰を脅迫しても、正面以外の他の出口の場所を教えようとしない。知らない、言うものか、知りません、ない。と、答え方は様々だったが、隠していることは明らかだった。
王侯貴族が集まるオークション会場で、外へと繋がる経路がたった一つなど有り得ない。スタッフ用の経路か、そうでなくても緊急避難経路が構造上必ず存在する。だが、経路を何も知らない自分達が手探りしたところで広い会場では迷うのは必然。王族でも貴族でも、闇オークション関係者の誰もが、誉れあるミスミ王国の正式なるオークションに招待されることの無かった者達ばかりだ。
中でも裏口やスタッフ用経路などそれこそ内部事情に詳しい者にしかわからない。
勘頼りに進み、迷っている間に会場の形成がまた逆転すればそれこそ逃げ場を失う。今は、この場で侵入者達同士で協力はせずとも情報共有する為に留まることが最善だった。
しかし、スタッフも警備も決して口は割らない。殴られようとも、ナイフで刺されようとも銃口を突きつけられようとも全員が固い意思で口を噤んだ。ここにいるのはただの会場スタッフではない。全員が、誉れ高いミスミ王国のオークションを動かすことを国に任された精鋭達だ。
王族貴族の身を脅かす侵入者に手助けなど、するわけがない。たとえこの場で命惜しさに明かしたところで、その後には侵入者達に手を貸した裏切り者として死よりも重い罰と汚名が待っていることも優秀な彼ら全員が理解している。
「おい!!会場が妙だ!!静かになってきたぞ!?」
「まさか外に気取られたか?!?!」
クソッ!!と怒声を上げる侵入者達は、血走り続けた目をさらに尖らせる。
状況の変化一つでも、ぎりぎりと歯を鳴らし息を荒くする。いくら脅しても口を割らないならば、後は最後の手段に切り替える。今は牽制し合って黙している人質達だが、最後の一人二人になる頃には牽制し合うこともなくなる。
最初にその決断に達したのは、闇オークションの幹部だった。裏家業として生きてきた男にとって殺すことに躊躇いなどない。何も考えず、ただ手の届く距離にいたという理由でスタッフの中でも初老の男に銃口の照準を合わせた。いつまでたっても逃走経路が見つからない苛立ちで歯を食い縛りながらもその引き金は軽かっ
「ッッこっちだ!!」
「?!」
突然叫ばれた張りのある声に、引き金を引こうとしていた男はその指が止まり、振り返った。
まさか逃走経路が見つかったのかとも過ったが、銃口と共に振り返った先にいたのは小柄な男性だけだった。しかも先導するのではなく、むしろ自分達の方へ一直線に駆け込んでいる。
わけもわからず、向かってくる相手へと軽い引き金を今度こそ男は引いた。パンッと乾いた音と共に銃弾が放たれたが、彼の蹴った足下を擦るだけだった。
銃が人質から自分に向いた時点で、わざわざ呼びかけた目的は達成されたノーマンはもう口を開かない。
他の侵入者達も「なんだテメェ!?」と声を荒げる者は多かったが、答えてやる気もない。それよりもあと一歩で手遅れになっていたであろう現状に、銃も借りてくるべきだったと顔に力を込める。
床を蹴った数秒の浮遊時間にも、ここで銃があれば決着もついたと考えれば歯痒さを覚えた。
次の瞬間には男が照準を自分へ合わせ直すよりも先に、右手に構えたナイフを大きく横ぶりにする。剣と異なり長さが足りなかったが、それでも眼前で刃を横切ったことに男も照準を諦め大きく仰け反った。足も半歩下がり、体勢を崩し引き金を退いた銃はまたしても見当違いの方向へと鳴らされた。
二発目、とノーマンは弾数を頭の中で数えながら着地と同時にまた飛び込む。
今度は低い位置の飛び込みと至近距離に、男はまた照準を合わせる間も惜しみ銃を向け直したが、今度は撃つ前に弾かれる。ノーマンの足蹴が男の手を蹴り上げ、軽い引き金がとうとう手からこぼれ落ちた。
あっ、と手放してしまった先を目で追う男だが、銃が床に落ちるのを見届ける前に喉が裂けた。
ノーマンの握っていた大ぶりナイフが今度こそ男の喉へ届いた。ビシャリとまた返り血を深く浴びてしまったノーマンだが、拭う暇もない。周囲にはまだ大勢の侵入者達が武器の照準を向けている。
人質が転がされている前で標的である自分が足を止めるわけにも行かず、素早くまた駆け出した。拭うよりも先に、標的らしい白の団服を巻いていた腰から手早く袖を通す。
─ こういう時、アーサー隊長なら手当たり次第で討伐するのだろうが
「ッ死にたくなければ武器を捨てろ!!」
そう、理解しながらも別の手段を取るべく声を張る。ただでさえ、武器が限られている自分には難しい。
一人一人を一瞬で確実に斬り伏せることができるアーサーのような騎士ならできるが、ノーマンはやはり確実を優先する。自分一人が標的になっている今、まずはその場を動けない人質達のいる壁際から離れ移動した。
パァンッ!パンッ!と何度も銃が鳴らされようとも、自分一人が避ければ良い位置を選ぶ。死体になった男の落とした銃を拾い、そのまま次の狙いを見定める。自分に銃を向けてくる相手にではなく、人質の近くにいる侵入者を優先して撃ち抜いた。
人質なのか、侵入者なのか判断のつきにくい位置にいる豪奢な格好の貴族や王族は保留するが、武器の所持を確認すれば迷わずその肩を撃ち抜いた。既に一度は警告した後だ。会場側に聞かれても良いように「警告だ」とまでは言えなかったが、招待客の王侯貴族であれば武器を捨てている。
現状と自分が舞台裏に辿りついた時点での裏家業達の配置や警戒が会場一点に集中していたことから判断しても、人質側、しかも来賓が武器を持って舞台裏で健闘している可能性は極めて薄い。
もし一人でも間違って来賓を撃ってしまえば自分への糾弾は免れないが、今は人質の命を優先する。大勢の人質と敵が蔓延っている中で、自分の立場など二の次だ。
本来ならば一人一人隙を付き、反撃される前に潰していくつもりだったが、今にも撃ち殺されそうな人質を前にこれしかなかった。
更には通り過ぎざまにわざと裏家業の前で一秒立ち止まり隙を作る。自分に銃口が向けられたところでまた床を蹴って回避した。四方から発砲され、ノーマンの代わりに逃げ遅れた侵入者が蜂の巣になる。
銃ではなく鋭利物を持つ相手であれば、銃弾を回避しながら直接斬り込んだ。ナイフ投げの技量がないノーマンは、大ぶりナイフをあくまで剣の代換えとして扱う。
会場で人質救出時はいつもより半歩分距離を詰めたが、今は一歩と半歩分距離を詰めるように調整した。深傷を負った警備を人質に取ろうと剣を突きつけるところだった男の首を、迷わず狙い裂く。
断頭と呼べるほど深くはなく、薄皮一枚と呼べるほど浅くもない。最低限の踏み込みで、致命に及ぶ深さを選ぶ。
最初は慣れない武器で調整が難しかったが、十人超えたところから慣れてきた。殲滅が命じられた時点でたった一人も生かすことはしない。わざわざ必要以上に深く切り込むような労力も選ばなければ、たかが深傷は生ぬるいと考える。
いくら返り血を浴びることになろうとも、残酷な殺し方だと言われようとも、人間の急所を知っているのならば迷わずそこ一つに集中するべきだと、ノーマンは決めている。
特に八番隊ではその手法を選ぶ騎士が極めて多い。無駄を排除し、脅かされる民を最短で救う戦闘手段はノーマンにとっても望ましい。元騎士隊長だった上官の数少ない見習うべき点だと思う。
確実に裏家業や侵入者である相手は急所を狙い、上級層の風貌の者は武器を落とさせる程度の傷で止める。しかし武器を落とした途端、傍に座りこんでいたスタッフが蜘蛛の子を散らすように遠のき逃げ出す姿を見るとやはり闇オークション参加者だったのだろうと見当づいた。まだ動ける警備の中には、その隙に覆い被さるようにして侵入者の貴族を取り押さえる者もいた。
人質の傍にいた侵入者をあらかた無力化すれば、残った侵入者達の方が今度は隅へと追いやられる。
逃げる際に人質を取ろうとした者から頭を撃ち抜かれるか喉を裂かれた為、今も立てている侵入者は武器は持っていても人質はいない。中には同伴の女性を人質に仕立てようかと考えた王族もいたが、大勢のスタッフが生き証人である以上そんな小細工はもう通用しない。
ノーマンも、最初に使い切ってしまった銃を放り捨てた。
途端に、侵入者の中でも強面や戦闘に長けた身体付きの男達が真正面からナイフや剣を手に襲いかかってきた。警戒すべき飛び道具さえなければと考えての正面突破だが、それで負ける騎士ではない。むしろ銃を使われないことはノーマンにとっても都合が良かった。
襲いかかってくる男達の内、片方の懐に入りナイフを首へ今度は直接突き立てた。横に振るう動きも省き、刺さったナイフを手放し、隣の男の首へ大きく回した足の踵を打ち付けた。喉仏を狙い砕くつもりで打ち込めば、掠れた呻き音以外出す間もなく絶命した。
様子を見守っていたスタッフ達には、回転技をしたノーマンが男二人を弾いたようにも見える。しかし、それぞれ仰向けに倒れた男達の一人は首にナイフが刺さり、もう一人は泡を吹いていた。
追撃が続き、銃声が鳴り響けばそこでまたノーマンの優先順位が切り替わる。人質をひとまず全員直接の被害から解放した今、次は銃を持つ相手を優先的に排除をと思考したその時。
「?!?!!!!!ハリッ……!!?」
大きく、目を剥いた。
人質に銃を突きつけられた時よりも、自分が四方から照準を当てられた時よりも遙かに。
舞台裏の端床から顔を覗かせる上官に、ノーマンは驚愕に顔を攣らせ、あと一歩で発砲を避け損なうところだった。




