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第32話

第32話



 翌日、シャイレンドラは疲労の極みにあった。武闘大会の疲れもあったが、それ以上に舞踏会での精神的疲労が大きかった。


 元々村育ちだったシャイレンドラは、王宮に招かれたことなどなかったのだった。当然、社交界など知る由もなく、ダンスも満足に踊れなかった。

 そんなシャイレンドラが、曲がりなりにも舞踏会で形になったのは、ホムラの指導の賜物だった。


 ホムラは100年間、世界を彷徨っていただけあって、社交界の礼儀作法やダンスにも、ひと通り精通していた。そして、そのホムラの指導の甲斐あって、昨夜シャイレンドラは舞踏会をミスなく乗り切ることができたのだが、それと精神的疲労は別物だった。


 起床したシャイレンドラは、顔を洗うために部屋を出た。すると、廊下でノア・カストロフと顔を合わせた。


「アリスノート殿」


 朝の挨拶を交わした後、ノアは改めてシャイレンドラに呼びかけた。


「今日、ベルナール王より次の課題が出されます。もし、あなたが本当にレセルニアス王子を王位に就かせたいとお思いならば、左下を選ぶことです」

「え? それって、どういう?」

「信じる、信じないは、あなたの自由です。では、失礼」


 ノアは一方的に言い終えると、さっさと歩き去ってしまった。


「今のは、どういうことなのかしら?」


 シャイレンドラは小首を傾げた。


「どういうも何も、そういう意味だろ」


 ホムラが、シャイレンドラの戸惑いを切り捨てた。


「今日、あの王から、また別の課題が出るんだろ。そして、それは占い師が自分で選べる選択式になってるってことだ。おそらく、伏せた紙に別々の課題でも書いてあって、その内容を占いで調べて、1番簡単だと思うやつを選べ、とでも言うつもりなんだろうよ」

「でも、どうして、あの人は、ライバルの私に、そんなことを?」


 シャイレンドラには、ノアの真意がわからなかった。


「そんなもん、本人にしかわからん。ま、1番考えられることは、あえて指定することで、こっちの動揺を誘おうとしてるってことだが」


 昨夜のこともあり、そうとも言い切れないところがあった。まったくもって、掴みどころのない奴だった。


「じゃあ、言うとおりにしないほうがいいのかしら?」

「それは、そのときの状況次第ってことでいいんじゃねえか。今考えても、始まらねえよ。ま、俺としては、言うとおりにしてみてもいいんじゃねーかって気がするけどな」

「じゃあ、そうします」


 シャイレンドラは迷わず言った。


「待てい。それだと、失敗したら、全責任が俺におっ被さってくることになるじゃねえか」

「そんなことありませんよ。カストロフさんの言うことを信じるあなたのことを、わたしが信じて選ぶんですから。責任は、はんぶんこです」

「おかしいからな。その考え方」


 そう言いつつ、ホムラはそれ以上シャイレンドラの判断に異を唱えなかった。

 そして朝食後、


「今回、そなたらには人探しをしてもらう」


 ノアの予言通り、ベルナール王は次の課題を一同に告げた。


「むろん、ただの人探しではない。今回、余は10の封書を用意し、そのなかには、それぞれ別人の名前が記されている。その方らには、別室にて1人ずつ、その封書のなかから1枚を選び、そこに記された人物を探し出して来てもらう」


 ベルナールの課題内容に一同がいぶかしむなか、ノアだけは泰然としていた。


「余が記した名前のなかには、すでに故人の可能性のある者や、連れてくるのが困難な者もいるやもしれぬ。それを含めて占い、もっとも早く書面に記された人物を余の前に連れて来た者を勝者とする。選択は1時間後に始めるゆえ、それまでに準備を整えておくことだ」


 ベルナール王は、そう言うと席を立った。そして1時間後、ジブリールとニムに続いて、シャイレンドラが王の執務室に呼び出された。

 机の前に5枚ずつ、2列に並べられた封書を前に、シャイレンドラは迷わず左下の封書を手に取った。そして中を開けてみると、そこには「ウィル・アリアレス」の名が記されていた。


「これって……」


 シャイレンドラは、思わずホムラを見た。そして、


「あの、陛下」


 ベルナール王にそう切り出したところで、ホムラに口を塞がれてしまった。


「……どうかいたしたか?」


 いぶかしむベルナール王に、


「い、いえ、なんでもありません、陛下」


 シャイレンドラはホムラの意を汲み、口を閉ざした。


「……そうか。では、下がるがよい。残りの者の選択が終わり次第、もう1度呼び出すゆえ、それまで部屋で待機しておれ」

「かしこまりました」


 シャイレンドラはベルナール王に一礼すると、執務室を後にした。

 そして、自室に戻ったところで、


「さっきは、なぜ止めたんですか?」


 シャイレンドラは、ホムラの真意を測りかねていた。

 先程、シャイレンドラが選んだ「ウィル・アリアレス」という人物。あれは、他の誰でもない、ホムラのことなのだった。


 ウィル・アリアレスは、ホムラが賢者時代に使っていた偽名。そのことを、シャイレンドラは以前の昔話のときに、ホムラから聞いていたのだった。そして、もしあそこで、そのことをベルナール王に告げていれば、その時点で課題はクリア。最短で目的の人物を連れてきた、シャイレンドラの勝利となったはずなのだった。


「あそこで俺の正体を明かしても、あんたは勝てなかったからだよ」 

「え? でも」

「忘れたのか。あそこを選べと言ったのは、あのカストロフだってことを」

「え?」

「つまり、あのカストロフも、俺がウィル・アリアレスだって気づいている可能性が高いってことなんだよ。そして、自分もウィル・アリアレスを選んでいる可能性がな」

「あ……」

「これが、本当に早い者勝ちの勝負なら、あんたが正解だ。だが、この勝負はそうじゃない。公平を期すために、全員が紙を選び終わったところで、改めて勝負が開始される。だから、もしあそこで、あんたが俺の正体を明かしたとしても、フライングになるだけで、なんの意味もなかったんだよ」

「ああ、確かにそうですね」

「それだけじゃない。もし、あそこであんたが俺の正体を明かしていれば、そのことはカストロフも察知したはずだ。そして、その場合、奴も間髪入れずに、俺がウィル・アリアレスだと王に言うだろう。そして、そうなった場合、2人同時に課題をクリアしたことになり、勝負は次の課題に持ち越されることになるんだよ」


 あるいは、それがノア・カストロフの狙いなのかもしれなかった。


「そして、その場合、あんたはカストロフと勝負しなきゃならないハメになってたんだよ。宝玉なしでな」

「あ……」


 シャイレンドラも、ようやくホムラの言わんとすることが理解できた。


「で、でも、それは、あそこで言っていても、同じことだったんじゃないですか?」

「違う」


 ホムラは力強く断言した。


「俺が、ウィル・アリアレスだということは、現時点では俺がそう言っているに過ぎんのだ。だからこそ、俺が認め、証拠を出さない限り、誰にも俺がウィル・アリアレスであることを証明することはできないんだよ」

「確かに、そうですね」

「だが、実際のところ、俺はあんたについて、王の前に現れている。つまり、ある意味、すでにあんたは誰よりも早く、課題をクリアしてるってことなんだよ」


 同じ人物を選んだだろう、ノア・カストロフを除いては。


「話はわかりましたけど、それと正体を明かさないことに、なんの関係があるんですか?」

「わからねえか? つまり、目的の人物をすでに探し当てているあんたには、自由な時間ができたってことなんだよ。そして、それは同時に盗まれた宝玉を探し出すための時間ができたってことでもあるんだよ」


 ホムラの説明を聞いて、シャイレンドラは目を瞬かせた。そんなことは、考えてもいなかったという顔だった。


「ただ、いくら、すでに王の前に現れてるとが言っても、名乗ってない以上、認められない可能性もある。だから、宝玉探しは、他の連中の動向をチェックしながら、その進展具合を見ながら行う必要がある。実際のところ、連中が目的の人物を探し出すには、ある程度の日数がかかるだろうから、その間が勝負ってわけだ」


 アデルハイドを半殺しにして、宝玉のありかを聞き出せば手っ取り早い。だが、そんなことはシャイレンドラが認めるわけがないし、最悪の場合、暗殺未遂事件の二の舞になりかねなかった。


「でも、探すと言っても、どうやって探せば」

「それなら、俺に考えがある」

「本当ですか?」

「ああ、名付けて「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」作戦だ」


 ホムラの計算通りにいけば、数日のうちに宝玉は見つかるはずだった。


 だが、そのホムラの計算は、その後大きく狂うことになった。


 このときのホムラは、まだ知らなかったのだった。

 シャイレンドラとノア以外の占い師も、ウィル・アリアレスを選んでいたことを。




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