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第30話

第30話



 波乱の一夜が明け、レイバッハ王国は武闘大会最終日の朝を迎えることになった。

 大会は昨日までに2回戦まで終え、残るは容疑の晴れたシャイレンドラを含めた8人となっていた。


 そして始まった3回戦も波乱なく進行し、ウィルナス王子も下馬評通り勝ち上がった。

 そして最終戦、シャイレンドラは、またも不戦勝となった。

 対戦相手であるリリアンヌは、当初シャイレンドラと本気で戦うつもりでいた。しかし、度重なるアデルハイドの横やりによって、すっかり戦る気を削がれてしまったのだった。


 だが、そのシャイレンドラの幸運も、そこまでだった。続く準決勝の相手は、アデルハイドがシャイレンドラを始末するために用意した刺客。シャイレンドラに手心を加えるなど、ありえなかった。


 試合開始の時刻となり、シャイレンドラは闘技広場に進み出た。だが、その身に装備しているのは、以前の勇者の鎧ではなく、ヘルメットからブーツまで、まったく統一性のない寄せ集めの武具だった。


 ホムラがいない以上、勇者の鎧は装備できない。勝ち目がないと思って、ヤケになった。

 アデルハイドはほくそ笑み、観客も相手の勝利を確信していた。しかし、


「始め!」


 審判の合図とともに、シャイレンドラは剣を頭上に掲げると、


「雷撃」


 闘技場に光の柱を打ち立て、対戦相手を瞬殺してしまったのだった。

 その、あまりに圧倒的な力に、観客たちは息を呑み、アデルハイドも言葉を失っていた。


 すべては、ホムラの考えだった。

 ホムラは、ベルナール王によって、確かに試合に出ることは禁止された。だが、事前に力を貸すことまで禁止されたわけではなかった。

 そこでホムラは、今までに自分が収集した「人器」で完全武装させたうえで、シャイレンドラと人器にエナジーを分け与えたのだった。そして、ホムラによって強化された人器は、一時的に神器に匹敵する力を発揮し、対戦相手を瞬殺したのだった。


 大会当初、シャイレンドラの対戦相手が立て続けに棄権することを、観客は不審に思っていた。だが、予選の強さに加え、今の圧倒的な一撃を目の当たりにしたことで、その疑念は吹き飛んでいた。誰だって、あんな化け物とは戦いたくない、と。


 そして、それは次の対戦相手も同意見だったようで、準決勝を棄権してしまった。


 そして、昼食を挟んだ決勝戦。

 シャイレンドラは、グエン・トルスロイという黒衣の戦士と相対することとなった。しかし、この対戦を前に、ジブリールにはひとつ気がかりなことがあった。

 それは、シャイレンドラの決勝戦の相手が、フィルナス王子ではなかったことだった。

 むろん、これがジブリールの助言によって、引き起こされたことならば、なんの問題もない。しかし、そうではなかった。現に、アデルハイドはジブリールの助言など聞く耳を持たず、準々決勝でシャイレンドラに刺客をぶつけてきた。


 アデルハイドの言い分としては、

「アリスノートが勝とうと負けようと、王位争奪戦には関係ないのだろう? ならば、ここでアリスノートを殺せばいい。そうすれば、占い師を失ったレセルニアスは、自動的に王位争奪戦から脱落することになる」

 ということらしかった。


 そのため、アデルハイドは刺客を撤収させることはせず、むしろ報酬を上乗せすることで、積極的にシャイレンドラの息の根を止めようとしたのだった。


 しかし、その意気込み虚しく、アデルハイドの差し向けた刺客は、1人を残して全滅。決勝に残ったのは、アデルハイドとは縁もゆかりもない戦士となったのだった。

 この決勝戦の組み合わせの変更は、自分やアデルハイドの行動が原因ではない。

 だとすると、考えられることは、1つしかなかった。


「……あの男も、この世界の理の外にいる存在。まさか、あの男も守護聖人?」


 ジブリールは、隣で観戦しているノアを見た。


「いえ、彼は守護聖人でありません」


 ノアは即答した。


「違う? あの男は守護聖人ではないのですか?」

「ええ、守護聖人は基本神官ですから、戦闘時でも、よほどの戦いでない限り、あんな鎧は装備しません。昨日の彼も、神官服だったでしょう?」


 言われてみれば、その通りだった。


「では、あの男は何者なのですか?」

「あれは」


 ノアが説明しかけたところで、審判が試合の開始を告げた。そして、その直後、例によってシャイレンドラが雷撃の雨を降らせた。


「見ていればわかりますよ。せっかく、皆、この決勝の行方を楽しみにしているのです。ここで、野暮なネタバレはやめておきましょう」

「行方も何も、今の一撃で終わったのでは?」


 閃光が消えた後、ジブリールは改めて闘技広場に目をやった。すると、シャイレンドラは元より、グエン・トルスロイもノーダメージだった。


「今の一撃を受けて、無傷だなんて」


 考えられる可能性としては、あの鎧が魔法を弾いたか、トルスロイが防御魔法を使ったか。どちらにしても、切り札の雷撃が通用しなかったシャイレンドラに、もはや勝ち目はないと思われた。しかしシャイレンドラの目は、無傷のトルスロイに驚きこそすれ、いぜん敗北を受け入れていなかった。

 そして、いまだシャイレンドラに戦意があることに気づいたのか。トルスロイはシャイレンドラとの間合いを詰めると、その頭上へと戦斧を振り下ろした。その一撃を、シャイレンドラは向上させた身体能力で大きく飛び退き、空振らせる。

 そして、十分にトルスロイと離れたところで、シャイレンドラは呪文の詠唱に入った。それを見て、トルスロイが再びシャイレンドラとの間合いを詰める。しかし、


「召喚!」


 シャイレンドラの詠唱が、トルスロイの速さを上回ることになった。そして、シャイレンドラの呪文により形成された魔法陣から、彼女の使い魔が姿を現したのだった。


「反則だ!」


 闘技広場に現れたホムラを見て、アデルハイドが声を上げた。


「あの使い魔は、父上に参戦を禁止されたはずだ! その使い魔を呼び出した以上、この試合はアリスノートの反則負けだ!」


 アリスノートが、この試合に勝とうと負けようと、もはや王位争奪戦になんの影響もない。それでも、ここで敗退すれば、あれだけ大口を叩いたアリスノートの予知は外れることになる。

 どうせ勝てないならば、徹底的に貶めてやる。

 アデルハイドは、そう思っていた。しかし、


「残念ですが、アリスノートは反則など犯していませんよ」


 ノアがアデルハイドの見解に異を唱えた。


「なんだと!」


 アデルハイドは、ノアを睨みつけた。


「ふざけるな! アリスノートは、あの使い魔を闘技場に上げたのだ! 誰がどう見ても、アリスノートの反則負けだろうが!」

「いえ、違います。思い出してください。あのときの陛下の言葉を」

「父上の言葉?」

「そうです。あのとき陛下は、あの使い魔の参戦を禁止したわけではありません。禁止したのは、あくまでも、あの使い魔がアリスノートと一緒に闘技場に入ることです」

「あん?」

「そして、こうもおっしゃっておられた。魔術師が、召喚魔法で召喚獣を召喚する分には、問題ないと」


 ノアの指摘に、アデルハイドは鼻白んだ。


「そして今、あの使い魔は、アリスノートによって戦いの場に召喚されたのです。正当な手順で現れた以上、あの使い魔が戦うことは反則ではない。違いますか、陛下?」


 ノアに問われたベルナール王は、


「カストロフの申す通りだ」


 ノアの意見を是とした。


「く……」


 王が認めた以上、もはや抗議するだけ無駄。アデルハイドは鼻白みつつ、席に座り直した。

 そして、アデルハイドが見当違いの抗議をしている間に、闘技広場では大きな動きがあった。

 猛然と切り込んできたトルスロイを、ホムラがサイコキネシスで吹き飛ばしたのだった。

 トルスロイは闘技広場の壁に激突し、そのまま地に倒れ伏した。

 サイコキネシスの衝撃波に加え、壁に激突したことによるダメージで、トルスロイはもはや戦闘不能かと思われた。しかし、トルスロイは何事もなかったかのように立ち上がると、お返しとばかりに、斧から闇の刃を打ち放った。

 これを、ホムラはエナジーバリアでガードすると、もう1度衝撃波を放った。しかし、結果は同じだった。ホムラの衝撃波を2度も受けながら、トルスロイには、まったくダメージを受けている様子はなかった。


 やっぱりか。


 ホムラは、トルスロイの異様なタフさに、自分の推測に確信を持った。

 生身の人間であれば、2度も衝撃波を喰らえば、脳が揺れて、立つことさえおぼつかなくなるはずだった。それが起きていないうえ、あの鎧から発する禍々しい気。これだけ条件が揃えば、間違いなかった。


 ちょっと、顔見せろ、おまえ。


 ホムラは、サイコキネシスでトルスロイの兜をもぎ取った。すると案の定、その下にあったのは血も肉も削げ落ちた骸骨だった。

 その異様な容姿に、女性客から悲鳴が上がる。


「あ、あれは一体、なんなのですか?」


 ジブリールはノアに尋ねた。


「魔に魅入られた者の、成れの果てですよ」


 ノアは淡々と答えた。


「魔に魅入られた者?」

「そうです。彼は、あの鎧によって、その身も心を闇に落ちたのです」

「鎧?」


 ジブリールは、改めてトルスロイの鎧を見た。確かに、トルスロイの鎧からは、異様な気配を感じてはいたが、魔法の鎧ならば当然だと、さして気にしてなかったのだった。


「あれは魔器です」

「魔器? あの鎧が?」


 ジブリールも魔器の存在を知ってはいたが、見るのは初めてだった。


 この世界には「神器」「王器」「人器」「獣器」「魔器」の5種類のマジックアイテムがあり、それぞれ特徴を持っている。

 まず神器と王器は、その強力さゆえに使い手を選び、特に神器は1時代に1人という制約が設けられていた。それに対して、人器は力こそ最弱だが、誰でも扱う事ができるというメリットがあった。


「そして、残る獣器と魔器も、誰にでも扱うことはできるが、それぞれにリスクがあるのでしたね」


 ジブリールは、記憶のなかから獣器と魔器の知識を引き出した。


「そうです。獣器は王器と同レベルの力を使い手に与えるが、使い続けていれば、徐々に理性を失っていき、その名の通り、最後には本能のままに行動する獣と化してしまう。そして、魔器は使い手に神器と等しい力を与えるが、こちらも使い続けると身も心も闇に蝕まれ、魔人と化してしまうのです。特に、あの魔器には、人が手を加えた形跡がある。そのせいで、今の彼は、ほぼ魔王ブルムンドと同等レベルの強さとなっている」

「何が魔王だ」


 アデルハイドは笑い飛ばした。


「あれを見ろ。あのガイコツは、さっきから攻め続けているが、あの使い魔に一撃も入れられていないではないか。あれの、どこが魔王レベルだというのだ」


 アデルハイドの言う通り、トルスロイの攻撃は、すべてホムラのエナジーバリアに防がれ、致命傷はおろか、当てることさえできずにいた。


「それは、あの使い魔の力が、トルスロイの力を、はるかに上回っているからです。実際、今のトルスロイの攻撃は、一撃でこの闘技場を破壊できるほどの威力があります。それが、大したことがないように見えるのは、あの使い魔がトルスロイの攻撃を封殺しているからです」

「……スピリット」


 ジブリールは、昨日されたノアの話を思い出していた。もし、あのときのノアの話が本当ならば、あの使い魔の強さも納得がいくというものだった。


「スピリット?」


 その名称は、ベルナール王も聞いたことがあった。スピリットとは、もっとも神に近い精神生命体であると。


「……あの使い魔が、そのスピリットだと申すのか?」

「に、なりかけているゴーストです。もっとも、本人に、その自覚はありませんし、私の思い違いかもしれませんがね。実際、スピリットなど見たことはありませんし」


 ノアは軽く流した。


「どちらにしろ、あの使い魔が、とんでもない力を持っていることは、間違いのない事実です。それこそ、彼がその気になれば、この王都を一瞬で塵にできるほどのね」

「フ、フン、バカバカしい」


 アデルハイドが吐き捨てたが、その顔色は優れなかった。


「ふむ、そろそろ終わりにするようだ」


 ノアがそう言った直後、トルスロイが身につけていた鎧が粉々に砕け散った。そして、後には血肉を失ったトルスロイの白骨死体だけが残っていた。


「あのトルスロイという男は、魔器を使ってまで、一体何をしようとしたのですか?」


 禁忌である魔器を使い、自分の身と引き換えにしてでも優勝する。この大会に、それほどの価値があるとはジブリールには思えなかった。だとすれば、トルスロイの行動には、何か別の思惑があるはずだった。


「目的は、アリスノートの鎧です」

「アリスノートの鎧?」

「アリスノートが1回戦で身につけていた鎧は、かつて勇者が身につけていた神器です。そのことに気づいた者が、アリスノートから鎧を奪おうと考えたのです。そして、力を欲していたトルスロイに目をつけ、彼に魔器を与えて、アリスノートを抹殺させようとした。アリスノートが生きている限り、鎧は新たな使い手を選びませんからね」


 ノアは苦笑した。


「もっとも、そんなことをしたところで、鎧の使用権は変更などしなかったのですがね。あの鎧の真の使い手は、別にいるのだから」

「それは、つまり、あのトルスロイに魔器を与えた人物は、鎧の所有者がアリスノートではないことを知らなかった、ということですか?」

「でなければ、別の目的があって、アリスノートの命を狙ったか、です。私も、この世界のすべてがわかるわけではありませんからね。今は、これ以上は言えません」

「そういうことに、しておきますわ」


 ジブリールは、ノアの言葉を話半分に聞いておいた。


「本当ですよ。愛する者に、嘘はつきません」


 ノアは心外そうに言った。


「どうだか」


 ジブリールは、素っ気なくあしらった。


 ともあれ、こうして武闘大会はシャイレンドラの優勝で幕を閉じ、彼女はベルナール王の出した、闘技大会の優勝者を当てるという課題を、なんとかクリアしたのだった。




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