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第24話

第24話



「おのれ、リリアンヌめ!」


 部屋に戻ったアデルハイドは、生意気な妹への怒りを顕にした。


「妹の分際で、いちいちオレに逆らいおって! オレが王位についた暁には、真っ先に極刑に処してくれるわ!」


 アデルハイドは、床を何度も蹴りつけた。しかし、いまいましいがリリアンヌの行動力は侮れない。早急に対処しなければ、本当に自分のほうが王位争奪戦から脱落することになりかねなかった。


「すぐに手を打たねばならん」


 差し当たってできることは、ジブリールが選んだ優勝候補者に護衛をつけることだった。


「そういえば、貴様、いったい誰を選んだんだ?」


 アデルハイドはジブリールに尋ねた。これまでは、とにかくアリスノートを抹殺することしか考えていなかったため、ジブリールが誰を選んだかなど、気にも止めていなかったのだった。


「シャイレンドラ・アリスノートでございます」


 ジブリールの口から出た名前に、アデルハイドは気色ばんだ。


「なんだと!? どういうことだ!? 貴様、オレを謀ったのか!」


 アデルハイドは剣の柄に手をかけた。


「謀ってなどおりません。わたくしが見た未来では、アリスノートが大会に優勝していた。ゆえに、そう書いたまでのことでございます」

「ふざけるな!」


 アデルハイドは声を荒げた。


「この状況で、どうやってアリスノートが優勝するというのだ!」


 現在、アリスノートの身は牢獄のなかにある。たとえ証拠不十分で釈放されるとしても、それは当分先の話。そんなアリスノートの優勝など、あるはずがなかった。


「それは、アリスノートの対戦相手が、この先も棄権し続けるからでございます」

「なんだと?」

「トーナメント表をご覧になっていただければ、おわかりになると思いますが、アリスノートのいるブロックには、1回戦でのニム・アデリアンの他にも、リリアンヌ王女、フィルナス王子、エンゼル・ストラッドと、この争奪戦に関与する者が集まっております」

「それが、どうしたというのだ?」


 アデルハイドは、いらだたしげに言った。


「そして、これらの者が、いずれも勝ち進んだ場合、アリスノートは2回戦でストラッドと、3回戦ではリリアンヌ王女、準々決勝ではフィルナス王子と対戦することとなります」

「なに?」


 アデルハイドは、テーブルに置いてあったトーナメント表を手に取った。すると、本当にジブリールの言う通りだった。


「そして、そのいずれもが、アリスノートと対戦する場合、棄権するのでございます。アデリアンと同じように、アリスノートを勝ち上がらせるために」

「なんだと?」


 アデルハイドには信じられなかった。


「そんな真似をして、奴らになんの得があるというのだ?」


 もし本当に、リリアンヌが言う通り、ジブリールの予知した人物を突き止められるとすれば、それこそアリスノートを敗退させれば、それで済むことになる。わざわざ自分が棄権してまで、アリスノートを勝ち上がらせる理由などないはずだった。


「その理由は、先程アデリアンが申しておりました通り、陛下に提出した書面に、皆アリスノートが優勝すると書いたからでございます」

「なに?」

「だからこそ、全員アリスノートを優勝させようとするのでございます」

「……ちょっと待て」

「なんでございましょうか?」

「すると、何か? この勝負、仮にアリスノートが優勝しようとしまいと、どちらにせよ、誰も脱落しないことになるのではないか?」

「はい、おっしゃる通りでございます」

「おっしゃる通り、ではないわ!」


 アデルハイドは、ジブリールを怒鳴りつけた。


「では、オレはなんのために、あんな手間をかけてまで、アリスノートを逮捕させたのだ! 完全な無駄骨ではないか!」


 それは、アデルハイドの自業自得というものだった。

 そもそも、昨日の時点で、ジブリールはアリスノートの優勝を匂わす発言をしていた。にも関わらず、そのことに気づきもせず、シャイレンドラを貶めようとしたアデルハイドがバカなのだった。

 もっとも、そんなことを指摘したところで、アデルハイドの怒りを買うだけでしかない。

 ジブリールは、黙って嵐が通り過ぎるのを待っていた。


「いや、待て。それはあくまでも、おまえの予知が正しければ、の話だろう? もし予知が外れて、もし1人でも別の人間を指名していて、もしそいつが優勝したら、それこそ取り返しがつかんことになるのではないか?」


 アデルハイドは青ざめた。


「そこは、わたくしを信じていただくしかございません。そもそも、これは、そういう勝負でございましょう?」


 ジブリールにそう言われ、アデルハイドは言葉に詰まった。


「くそ! これというのも父上が、占い勝負などと言い出したからだ。神のお告げか何か知らんが、まったく余計なことを……」


 アデルハイドは、親指の爪を噛んだ。すると、誰かが部屋をノックした。


「誰だ?」

「レイレシアでございます、お兄様」


 レイレシアの名を聞き、アデルハイドの顔から険しさが薄れた。


「入るがいい」


 アデルハイドが鷹揚に許可すると、


「失礼いたします」


 レイレシアがノア・カストロフを伴って入室してきた。今年で14歳になるレイレシアだが、童顔もあって、実年齢より2、3歳幼く見えた。


「それで? 一体、なんの用だ?」


 アデルハイドは椅子にふんぞり返った。

 他の者であれば、気分が悪いと門前払いにするところだったが、レイレシアは話が別だった。

 他の弟妹が自分を軽視するなか、レイレシアだけはアデルハイドを長兄として敬い、礼節を持って接してきていた。

 常識を持ち合わせている相手には、アデルハイドも寛容なのだった。


「はい、先ほどのことで、アデルお兄様が気分を害しておられるのではないかと、心配になりまして」


 レイレシアは、気遣わしげにアデルハイドを見た。


「かわいい事を言う。その可愛げの1万分の1でも、リリアンヌにあれば、こんなことにはなっておらぬものを」


 アデルハイドは舌打ちした。


「わたくしも、リリアンヌお姉様のやり方は、横暴が過ぎると思います。あれでは、あまりにお兄様が、お可哀そうですわ。お兄様は、何も間違ったことはおっしゃっておられないのに」


 レイレシアは、濡れた目元を指で拭った。


「まったく、その通りだ! やはり、おまえはよくわかっている!」


 アデルハイドは憤慨した。


「なのに、お父様も何かにつけて、リリアンヌお姉様やレセルお兄様のお味方ばかりして。このままでは、アデルお兄様は本当に玉座をレセルお兄様に奪われてしまいかねませんわ。正当な王位継承者は、長兄であるアデルハイドお兄様唯お1人だというのに」


 レイレシアは憂いを帯びた瞳で、アデルハイドを見た。


「わかっておる。だから、今、その対策を考えていたところだ」

「さすがは、アデルお兄様ですわ。では、わたくしの考えなど、とうの昔に思いついておられるのでしょうね」

「おまえの考えだと?」

「はい、このままでは、アデルお兄様は、なし崩し的に、レセルお兄様に王位を奪われてしまいかねませんわ。それを回避するためにも、思い切った手が必要だと思うのです」

「思い切った手? なんだ、それは?」

「はい、それは……」


 レイレシアは、自分の考えをアデルハイドに伝えた。


「……お、おまえ、本気か?」


 アデルハイドは息を呑んだ。


「もちろんです。そもそも、次期国王を占い勝負で決めること自体が間違っているのですわ。そして、間違いは正さなければならないのです。そして、我がレイバッハ王国を、本来あるべき形に戻さねばならないのです。正当な王位継承者が王位を継ぐ、正しい国に。それがレイバッハ王家のためであり、この国に住む数十万の民草のためなのです」


 レイレシアは真剣な眼差しで、アデルハイドに訴えかけた。


「そ、そうだな。確かに、その通りだ」


 アデルハイドは、自分に言い聞かせるように力強く断言した。

 この国のため、そして民草のために、正当な王位継承者である自分が玉座につく。それが正義であり、それを邪魔する者は、排除すべき悪でしかない。

 そう、たとえ、それが何者であろうとも。



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