第23話
第23話
シャイレンドラのアデルハイド暗殺未遂事件は、翌朝には王宮中の人間の知るところとなっていた。
これで、今日の試合でシャイレンドラ・アリスノートが不戦敗となれば、1番目障りなレセルニアスが王位争奪戦から脱落することになる。
アデルハイドにとっては、実に清々しい、最高の朝となる、はずだった。ところが、
「あ、王様、オレ、今日の試合、棄権するんで、よろしく」
朝食の席で、ニムがベルナール王にそう告げたのだった。
「なに?」
シャイレンドラと1回戦を戦うはずだった、このニムの申し出に、ベルナール王はもとより、居合わせた一同も意表を突かれた。
「アリスノートが逮捕されて、怖気づいたか。まあいい。どちらにしろ、アリスノートが1回戦で姿を消すことに変わりはないのだ。なんの問題もない」
アデルハイドも一瞬驚いたが、むしろ好都合だった。
アデルハイドは、この大会に自分の息のかかった戦士を複数出場させていた。優勝候補の一角であるニムが消えれば、それだけトーナメントを操作しやすくなるというものだった。
「あ? 何言ってんだ、おまえ?」
ニムは眉をひそめた。
「今の時点じゃ、まだあの姉ちゃんが出場できるかどうかは不明の状況だろうが。もしかしたら、試合が始まるまでに無実の証拠が出てくるかもしれねえし、それこそ真犯人が捕まるかもしれねえ。となれば、オレが棄権した時点で、あの姉ちゃんの不戦勝となって、2回戦に進出するのが筋ってもんだろうが」
ニムの論法に、アデルハイドは鼻白んだ。
「ふ、ふざけるな! そんな理屈が認められるか! アリスノートが試合に出場できない状況にある以上、アリスノートも試合放棄と見なして失格に決まっているだろうが!」
「てめえに、そんなこと決める権利はねえだろうが。アリスノートが失格かどうか、決めるのは試合の全権を握っている、そこの王様だ」
ニムはベルナール王を見た。
「どうなんだい、王様? たとえ、オレが棄権しようと、あの姉ちゃんは関係なく失格かい?」
「……その質問に答える前に、余からもひとつ質問がある」
「なんスか?」
「そなたは、リリアンヌの占い師であろう。それが、なぜアリスノートの、いやレセルニアスの益になるような真似をする?」
「そりゃあ、オレがあんたに提出した紙に、あの姉ちゃんが優勝するって書いたからさ。だから、あの姉ちゃんに、ここで脱落してもらっちゃあ困るんだよ。それと」
「それと?」
「コイツ、ムカつくから」
ニムはアデルハイドを指差した。
「あの姉ちゃんの言い分じゃねえが、オレも誰が次の国王になろうが知ったかこっちゃねえ。けどな、このバカの思い通りに事が運ぶのは、見てて我慢できねえんだよ。だから、オレのできる範囲で、ちょっと嫌がらせしてやろうと思ったってわけさ」
「……なるほど」
ベルナール王は、次にリリアンヌを見た。
「リリアンヌ、そなたの占い師はこう申しておるが、そなたもそれでよいのか?」
「かまいませぬ」
リリアンヌは迷わず言い切った。
「それに、どこぞのバカは、これでアリスノートが敗退すれば、レセルニアスを追い落とせると思っているようですが、まだそうなると決まったわけではありませぬ」
「ほう? まだ、ここから巻き返しの策があると?」
「さようです。確かに、アリスノートが敗退すれば、レセルニアスは王位争奪戦から脱落することになるでしょう。ですが、もし全員が外れた場合はどうなるでしょう? 仮に、ここにいる占い師の誰も指名していなかった者が優勝した場合、占い勝負は白紙に戻り、勝負は仕切り直しということになるのではありませんか?」
リリアンヌの指摘に、アデルハイドは絶句した。
「そのうえで、冤罪の晴れたアリスノートなり、別の占い師なりがレセルニアスの推薦者となれば、レセルニアスは再び王位争奪戦に復帰できる。違いますか、父上?」
「……なるほど。確かに、全員の占いが外れれば、そういうことになろうな」
ベルナール王は得心した。
「バカバカしい」
アデルハイドは鼻で笑った。
「全員、外れだと? そんなこと、あるわけがなかろうが」
「なぜ、そう言い切れる?」
「当然だろう。オレの占い師は、この状況を予知したうえで、優勝者を決めたのだ。今さら、貴様らがどうあがいたところで、結果は決まっておるのだ」
「さて、それはどうかな? アリスノートが言っていただろう。占いの結果は、あくまで現時点のもので、後で占い直せば、いくらでも覆すことができると」
「あんなもの、小娘のたわ言に過ぎん」
「私は、そうは思わん。それに、仮に全員の占いを外すことはできなくとも、貴様の占い師の結果を覆すことだけなら、それほど難しいことではない」
「ま、負け惜しみを」
「負け惜しみではない。別に話しても問題ないから、教えてやろう。まず私の占い師に、貴様の占い師が誰を優勝者と決めたかを、改めて占ってもらうのだ。そして、その者を全力をもって排除する。たとえ、どんな手段を使ってもだ。そうすれば、もはや結果を変更できん貴様は、レセルニアス同様、王位争奪戦から敗退することになる」
「ふ、ふざけるなよ。そ、そんなことが許されると」
アデルハイドは、青ざめた顔を引つらせた。
「どの口で、ほざいている? これが、貴様のやり口だろうが。貴様と同レベルまで落ちるなど虫唾が走るが、レイバッハ王国数十万人の人生がかかっているのだ。やむを得ん」
リリアンヌは軽く息をつくと、ベルナール王を見た。
「そういうわけですので、私としては、彼が棄権することに、まったく異議はございません」
「あいわかった」
ベルナール王はうなずくと、ニムとアリスノートについての判断を下した。
「アデリアンの棄権を了承し、アリスノートを2回戦に進出させるものとする」
「な……」
その裁定にアデルハイドは色を失い、ニムとリリアンヌは互いを横目に会心の笑みを浮かべた。
こうして、ニムとリリアンヌの機転により、シャイレンドラはかろうじて1回戦での不戦敗を免れたのだった。




