第16話
第16話
「ノア・カストロフよ」
中庭の渡り廊下で、ベルナール王は盲目の占い師に声をかけた。
「なんでございましょうか、陛下?」
ノアは足を止めると、ベルナール王へと顔を向けた。盲目でも日常生活に支障がないのは、本人いわく「感知」のサイキックと「導きの杖」の力によるものだった。
「そなたは、こうなることがわかっていて、余にあのようなことを申したのか?」
当初、ベルナール王は占い師たちに出す課題を「1回戦から決勝までの全試合の勝者を言い当てること」に、するつもりでいたのだった。そのほうが、占い師たちの技量を、より確実に図れると。
しかし、そんなベルナール王に、ある日ノアが忠告したのだった。もし、全試合の勝者を予想させれば、国民に無用な被害が出る。しかも、そのことが原因で、国民の間に王家への不満が高まることになる、と。
そしてベルナール王は、この盲目の占い師の助言を聞き入れ、占い師への課題を「武闘大会の優勝者」に限定することにしたのだった。
ノアが未来を予知したこと自体には、さして驚きはない。本物の占い師であれば、それぐらい造作もないことであろうから。
ベルナール王にとって、不可解だったのは、どうしてノアがそんな忠告をしたのか? ということだった。
なにしろ、もし当初の予定通り、勝負内容を全試合の勝者を予想させる形式にしていれば、アリスノートは今回のような手段を取ることはできなかった。そして、その場合、アリスノートは早々に敗退となり、それだけノアも有利になったはずだった。
つまり、結果だけを見れば、ノアの忠告は、ライバルであるシャイレンドラ・アリスノートを利しただけということになる。
なぜ、ライバルに助け舟を出すような真似をしたのか?
ベルナール王が知りたかったのは、その理由だった。
「あの者は、そなたと旧知の仲であったのか? それで余に偽りを申してまで、あの者を助けたかったのか?」
「偽り? はて? わたしが、いつ陛下に偽りを申したとおっしゃるので?」
ノアは小首を傾げた。
「惚けずともよい。そなたはアリスノートを助けようと、あのようなことをもうしたのであろう?」
「それは、とんだ誤解でございます。わたしが陛下に御助言申し上げましたのは、あのままでは本当に、国民に被害が出ていたからです」
「ほう? あくまで惚けるか。では、教えてもらおう。もし、あのままだったら、どうなっていたというのだ?」
「それを聞いて、いかがなさいます?」
「単なる興味だ」
「なるほど。でしたら、お答えしましょう」
ノアは微笑した。
「その場合、シャイレンドラ・アリスノートは、あらかじめ予知していたとして、陛下に全試合の勝者を予想した書面を提出していたことでしょう」
「ほう? しかし、かの者は先程、試合直前に占えねば、自分に勝ち目はないと申しておったはずだが?」
そしてベルナール王も、今はシャイレンドラの推察の正しさを認めていた。
「ええ、ですが、その場合でも、勝てる方法が1つだけあるのでございます」
「ほう? それは興味深い。いかに、この窮地を脱すると言うのだ?」
「簡単なこと。シャイレンドラ・アリスノートが優勝すると記した者以外を、大会当日に戦闘不能にしてしまえばよいのです」
「なに?」
「そして書面にも、そう書いておくのです。そうすれば、結果的にですが、シャイレンドラ・アリスノートの予知は当たったことになる。まあ、いささか、というか、これ以上なく強引な方法ですが、これで敗退は免れることができる」
「……あのような、か弱い小娘に、そのような力があると?」
ベルナール王には信じられなかった。
「彼女ではありません。彼女の連れている使い魔の力です」
「あの使い魔の?」
「さようです。そして、かの使い魔がその方法を取っていた場合、闘技場に観戦に来た観客も巻き添えになっていたことでしょう。出場選手を個別に攻撃するより、闘技場にいる人間すべてを丸ごと弱らせたほうが手っ取り早いし、バレにくいですからな」
「…………」
「そして、そうなっていれば、レイバッハ王家は国民の批判の矢面にさらされていたことでしょう。陛下が大会の勝者を王位争奪戦の勝負に利用したことは、遠からず民の耳に入るでしょうから。ベルナール王が、いらぬことを考えたから、自分たちは王位争奪戦のトバッチリを受けてしまった。と、国民の間で、レイバッハ王家への不満が高まりかねなかった。今度の大会には、諸侯の方々も大勢観戦にいらっしゃいますし、レイバッハ王家は面目を失うことにもなった」
ノアの指摘に、ベルナール王は鼻白んだ。
「そうなっては、わたしの依頼主であるレイレシア様も、困った立場に追いやられてしまいますからな。あの方を次期国王とするために雇われている身としては、雇用主の不利益になることは極力避けたかった。陛下に助言申し上げたのは、ただそれだけのことでございます」
「……あいわかった」
ベルナールにとって、ノアの答えは満足のいくものだった。だが、これまでの謎は解けたものの、また新たな謎が出てきてしまった。
「最後に、ひとつ教えてもらいたいのだが」
「なんでございましょうか?」
「アリスノートが連れている使い魔は、一体どういうものなのだ?」
ノアの言っていることが正しいとすれば、あの使い魔は相当の力を持っていることになる。そんなものが、なぜ年端もいかぬ占い師に従っているのか?
ベルナール王には不可思議だった。
「かの者なら、こう答えることでしょう。俺は、シャイレンドラ・アリスノートの使い魔。今は、それ以外の何者でもない、と」
「そなた、かの使い魔を以前より知っておったのか?」
「いえ、この杖が導いてくれただけでございます。かの者の正体に」
「正体?」
「かの者は、どうやらわたしと……。いえ、これは、陛下には関係のない話でございました。では、失礼」
ノアはそう言うと、ベルナール王の前から歩き去った。
そしてベルナール王も、それ以上ノアを引き止めようとはしなかったのだった。




