第15話
第15話
「申し訳ありません、アリスノート殿」
朝食後、レセルニアスはシャイレンドラの部屋を訪れると、宝玉盗難の件を謝罪した。たとえ、どんな事情があろうと、客人として招いた人物の持ち物が城内で盗まれるなど、あってはならないことだった。
「宝玉は、わたしの命に替えても、必ず兄から取り返しますので」
レセルニアスは、いざとなったら本当にアデルハイドと刺し違える覚悟だった。
「お気になさらないでください。先ほど申し上げましたように、宝玉が盗まれることは、わかっていたことなのですから」
シャイレンドラは微笑した。
「そ、その件ですが、本気で武闘大会に出場なさるおつもりなのですか?」
「はい、そのつもりですが、まずかったでしょうか? やはり陛下に申し上げるのは、レセルニアス様にお断りしてからにすべきだったでしょうか? 考えが足リませんでした。お許しください」
「い、いや、それはかまわないのですが、その、失礼ながら、あまり戦いに長けているようには、見えなかったものですから」
宝玉を盗まれたうえ、ケガでもさせたら、それこそ申し訳が立たなかった。
「それなら大丈夫です。勝算もなく、あんなことは言いません」
シャイレンドラの顔は、自信に満ちていた。
「そ、そうですか」
シャイレンドラにそこまで言われては、レセルニアスとしても、それ以上強くは言えなかった。
「ですが、くれぐれもお気を付けください。こちらでも、できる限りの対処はいたしますので。それと……」
レセルニアスは少し頬を赤らめると、
「先程のアリスノート殿の言葉、心に染みました。人がいてこその王。本当に、その通りです。私も、そのことを常に心に留め、自らを戒め、これからも政務に当たろと思います。で、では」
ぎこちない動きで部屋を出て行った。その直後、
「ふう」
シャイレンドラは、その場にしゃがみ込んだ。2人だけに戻り、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだった。
「あれで、よかったの、ホムラ?」
シャイレンドラはホムラを見た。
「もちろん、見事な立ち回りでございました、シャイレンドラ様」
ホムラは、うやうやしく一礼した。
「でも、あなたの筋書きだと、大会に出場するのは、わたしだけのはずだったのに……」
シャイレンドラは表情を曇らせた。当初のホムラの計画が狂ったのは、自分のせいではないかと、気に病んでいるようだった。
「たいした問題ではありません」
実際、ホムラは気にしていなかった。
確かに、王族や占い師たちが大会に出場してくることは、ホムラの想定外の事態だった。
しかし、仮に彼らが出場してこなかった場合でも、どうせアデルハイドはシャイレンドラの優勝を阻むために、刺客を用意してくると思っていた。だとすれば、王族たちの参戦は、優勝までの障害が多少増えただけに過ぎなかった。
今回、ホムラにとって重要だったのは、宝玉の盗難が、シャイレンドラの当初からの筋書きだったと国王に思わせたうえで、大会への出場を認めさせることにあった。
その意味で、シャイレンドラはホムラの期待に、十分応えたのだった。
「でも、レセルニアス様じゃないけど、本当に優勝なんてできるの? わたし、戦いなんて素人なのに」
レセルニアスの前では気丈に振る舞っていたが、本当は誰よりもシャイレンドラ自身が不安に思っていたのだった。
「その点なら、ご心配なく。わたくしに考えがございますれば。勝算もなく、御主人様に大会への出場を薦めるほど、わたくしは無責任ではございません」
ホムラはそう言うと、
「陣形成」
床に光の魔法陣を描き出した。そして、
「勇者、召喚」
魔法陣から銀色の腕輪を取り出した。
「勇者?」
シャイレンドラは目を瞬かせた。ホムラの言葉を疑うわけではないが、それはどう見ても勇者ではなく腕輪だった。
「勇者というのは、あくまで便宜上の呼称だよ。じゃなかった。呼称です。前に、賢者から鎧を譲り受けたと申し上げましたでしょう。これが、それです」
ホムラは、腕輪をシャイレンドラに手渡した。
「この腕輪が? というか、今は2人きりなんだから、普通にしゃべっていいと思うんだけど? 説明されるのも、敬語だとわかりにくいし」
シャイレンドラにそう言われ、
「では、お言葉に甘えて」
ホムラは、ひとつ咳払いした。実は、ホムラ自身そう思っていたのだが、自分で言い出した手前、言い出しにくかったのだった。
「その腕輪が鎧だって言うのは本当だが、その前に断っておかなきゃならないことがある」
「なんでしょうか?」
「その腕輪が神器で、なぜかその所有者に俺が選ばれてるってことだ」
この世界のマジックアイテムには等級があり、その等級により下から魔器、獣器、人器、聖器、神器に分けられている。そして、その等級が上がるほどに使用者は限定され、神器と呼ばれる物になると、使えるのは神器に選ばれた、唯一人の人間に限られるのだった。
「普通、神器っていうか、その手のマジックアイテムは、生きてる人間を使い手に選んで、そいつが死んだら、また別の人間を選ぶはずなんだが、どういうわけか、そいつは俺を使い手に選んだまま、絶対変更しないんだよ」
「え? だったら、わたしもコレを使うことはできないんじゃ?」
「普通はな。だが、俺の場合は話が少し違ってくる。見ての通り、俺はゴーストだ。だから、その特性を利用して、その鎧をあんたに装着させることができるんだよ。ま、早い話が、俺があんたに憑依して、腕輪に、あんたを自分の所有者と認識させるんだよ」
ホムラは、かつて魔王が復活したときも、同じ方法を使って勇者に腕輪を使わせていた。だから、シャイレンドラにも使えるはずだった。ただ、ひとつ気がかりがあるとすれば、前回の勇者と違い、シャイレンドラは女性だということだった。
「で、ここからが本題なんだが、そのためには、俺があんたに乗り移らなきゃなんねえんだ。で、この場合、言うまでもなく、男の俺が女のあんたに乗り移ることになるわけだ。だから、もし、あんたが嫌だっていうなら、この方法はボツにして、別の方法を探すことになる。どうする?」
「嫌なわけないじゃないですか。ホムラさんが、わたしのためを思ってしてくれてることなんですから」
シャイレンドラは即答した。
「それに、わたしのなかにホムラさんが入ったって、なんの問題もありませんよ。だって、わたしたち、もうすぐ夫婦になるんですから」
シャイレンドラは笑って言った。
「ならいい」
シャイレンドラの最後の言葉は聞き流し、ホムラは説明を続けた。
「で、その腕輪のことだが、普通、ゲームなんかに出てくる勇者の鎧だと、鎧がそのまま出てくるけどな。普通に考えたら、ありえないんだよ」
「ありえない?」
「そうだ。考えてもみろ。勇者って言ったって、時代が変われば人も変わる。それこそ最初は中肉中背の奴だったとしても、次に勇者になる奴は筋骨隆々の奴だったり、細身の奴、もしかしたら女かもしれない。なのに、最初の奴の体型で固定されたままだったら、それ以外の体型の奴は、勇者になれないことになってしまうだろ」
もしかしたら、その鎧を着れる体型であることも勇者の条件ということなのかもしれない。が、その条件を叶えられる者が、現実にどれだけいるか眉唾ものだし、身体のサイズで勇者の資格のあるなしを判断されては、純粋に世界を救いたいと思っている勇者からすれば、たまったものではないだろう。
「ダンジョンの奥深くで古の勇者の鎧を見つけて、それが現勇者にピッタリ合うなんて、あくまでもゲーム内のご都合主義に過ぎないんだよ」
「はあ?」
シャイレンドラには、ホムラのいう「ゲーム」が、なんのことを指すかわからなかったが、それ以上に重要な疑問があったのでスルーした。
「でも、それと、この腕輪になんの関係があるんですか?」
「その腕輪を見てみな。どんなサイズでも身につけられるように、止め金がギア形式になってるだろ?」
「あ、本当ですね。これなら、わたしにも身につけられそうです」
シャイレンドラは腕輪の止め金を確認した。
「じゃあ、それを左手につけてみな」
「は、はい」
シャイレンドラはホムラに言われるままに、腕輪を左腕に装着した。
「つけましたけど?」
「で、次に俺があんたの中に入る」
ホムラはシャイレンドラに憑依した。
これがシャイレンドラの、女の体か。結構、胸があるんだな。て、違あああう!
ホムラは邪念を振り払った。それでなくとも、今はシャイレンドラと同化しているのだ。その状態で、いかがわしいことなど考えようものなら、それこそ心拍数やら鼓動やらで、ホムラがシャイレンドラを女として意識していることが丸わかりになってしまう。そして、そんなことになったら、それこそシャイレンドラの思うツボだった。
くそ、これというのも、シャイレンドラが変なことを言うからだ。
ホムラは、シャイレンドラに責任転嫁することで平常心を取り戻すと、
「装着」
腕輪の力を発動させた。すると、宝石から銀色の粘液物が湧き出てきた。
「キャ! なんですか、これ?」
シャイレンドラは思わず振払おうとしたが、銀色の粘液は彼女の腕に張り付いたまま剥がれなかった。
「落ち着け。それが勇者の鎧だ」
「え? これが?」
「そうだ。俺もくわしい仕組みはわからねえけど、それは1種の形状記憶合金みたいなもんらしくてな。呼び出した所有者の体型を読み取り、その所有者に最適な形をした鎧に変形するんだよ」
ホムラはそう説明したが、シャイレンドラには、その説明自体が意味不明だった。そうこうしているうちに、粘液はシャイレンドラの全身に行き渡り、その場で鎧に変形したあと硬質化した。
「今はスカートを履いてるから、それ込みで変形して動きにくい形になってるけどな、試合当日はミニスカかズボンを履けば、理想的な鎧になるはずだ」
「は、はあ」
「で、脱ぐときは装着解除」
ホムラがそう言うと、シャイレンドラの体に装着していた流体金属は、再び宝石の中に戻っていった。
流体金属が完全に腕輪の中に戻ったところで、ホムラもシャイレンドラの体から抜け出た。
「おそらく俺の召喚陣と同じで、その宝石もどこか別の場所に繋がってるんだろう。そして、そこには大量の流体金属がストックされていて、呼び出した使用者の体型に合わせて、必要量が流れ出てくるってわけだ」
これであれば、所有者がどんな体型であれ、問題なく装備することができる。しかも流体金属のため、破壊されても自己修復するし、仮に破壊されても、宝石さえ無事なら何度でも再装備可能なのだった。
「あんたには、この鎧を着て試合に出てもらう。その流体金属には魔法への耐性もあるし、身体能力を向上させる術式も施されている。その上で、俺があんたの体を動かせば、たいがいの相手に勝てるはずだ」
そうすれば、実質、戦うのはホムラということになり、シャイレンドラが戦いの素人であるハンデはなくなる。
「で、でも、そんなことが許されるんでしょうか? 大会は、1対1で戦うものなのに……」
「バレなきゃわからん。もとい、ルール上は、なんの問題もないはずだ。昨日、夜のうちに大会ルールを調べてきたが、どこにもゴーストを憑依させて戦ってはならないとは書いてなかったからな。魔術師の出場だってOKみたいだし、ゴーストと一緒でも問題ないだろ」
文句を言われたら、そのときに対処すればいい。
「というわけで、これから大会用の服を買いに行く。で、その後は、少しでも強くなるために、筋トレやジョギングだ。そうして大会までに、少しでもあんたの地力を上げておく」
とりあえず、現状で打てる手はすべて打った。
後は、相手の出方次第だった。




