第14話
第14話
翌日、シャイレンドラは、普段通り朝食の席に着いた。そして、皆の朝食が済んだ頃合いを見計らい、
「陛下、これをお受け取りください」
一通の封筒をベルナール王に差し出したのだった。
「これは、何か?」
いぶかしむベルナール王に、
「それは、昨日陛下がおっしゃられていた、今回の武闘大会での優勝者を記した紙でございます」
シャイレンドラは、あっさりと答えた。
「なに?」
ベルナール王は呆気に取られ、他の面々も困惑していた。なにしろ、誰が大会に出場するかさえ定かではない現状で、優勝者を特定したところで、なんのメリットもないのだから。
「……まだ出場者も定まっておらぬ今の状況で、そなたは優勝者がわかったと申すのか?」
ベルナール王は、シャイレンドラに重ねて尋ねた。
「その説明をするためには、まず陛下に、昨夜あったことを、お伝えしなければなりません」
「昨夜?」
「はい、実は昨日、夕食を取り終えて部屋に帰ってみると、わたくしの占い道具である「精神の宝玉」がなくなっていたのです」
「なに?」
シャイレンドラの告白に、全員の視線がアデルハイドに集中した。
「な、何だ、貴様ら、その目は? オレが盗んだと思っているのか?」
アデルハイドは不愉快そうに言い返した。
「とんだ言いがかりだ。もし、オレが盗んだと言うのなら、その証拠を見せてもらおうか」
アデルハイドは不敵に笑った。
「え、どうなんだ、端女?」
アデルハイドはシャイレンドラを挑発した。
このゲスが……。
リリアンヌはアデルハイドを睨みつけたが、口には出さなかった。
アデルハイドの仕業であることは、誰の目にも明白だった。しかしアデルハイドの言うとおり、証拠はない。
おそらく実行犯は別にいるのだろうし、証拠になる宝玉は、今頃どこか遠くに持ち去られているか、破壊されているだろう。証拠品が失われている以上、アデルハイドの犯行を実証することは、まず不可能だった。
「占いのための道具が、何者かに盗まれたと?」
「さようです、陛下」
「いや、待て。では、この封書はなんなのだ? そなたは今確かに、ここに優勝者の名を記したと申したはず? 占う道具もなく、どうやって優勝者がわかったというのだ?」
「それが、わたくしが、ここに来る前に行った占いにより、宝玉を盗まれることを、あらかじめ予知していたからでございます」
シャイレンドラの答えに、
「な、に?」
アデルハイドの顔から笑みが消えた。
「なに? 知っておったと? 宝玉が盗まれることをか?」
「さようです、陛下」
「デ、デタラメだ!」
アデルハイドが叫んだ。
「もし本当に、前もって盗まれることがわかっていたのなら、どうしてムザムザ盗まれたのだ? 絶えず持ち歩いておれば、盗難は容易に防げたはずだ! それをしなかったのは、盗まれることがわかってなかったからだろうが!」
アデルハイドはムキになって言い返したが、その指摘には確かに説得力があった。
「そう思われるのは、当然のことです。ですが、わたくしには、それができない訳があったのです」
「訳だと?」
アデルハイドは鼻で笑い飛ばした。
「はい、その後の占いで、もしわたくしが、今アデルハイド様がおっしゃられたような対処をした場合、そのことが原因で人死が出ると、占いに出たのです」
「なにい?」
「わたくしにとって、あの宝玉は確かにかけがえのないものです。ですが、人の命は、それ以上にかけがえのないもの。だからこそ、わたくしは盗まれるとわかったうえで、あえて放置しておいたのです」
「嘘をつくな! 貴様、なくした言い訳に、適当なことをぬかしておるだけだろうが!」
「嘘? なぜ、そんなことが、あなたにわかるのですか? わたくしは確かに占ったのです。それを嘘だと言うのであれば、その証拠をお出しください」
シャイレンドラにそう迫られ、アデルハイドは絶句した。
「話は、あいわかった。つまり、ここに書いてある者は、そなたが宝玉を失う前に、占いによりわかった優勝者ということなのだな?」
ベルナール王は納得した。
「いいえ、違います」
「どういうことか?」
「昨日、陛下は占い師であれば、ライバルが妨害工作を仕掛けたとしても、それを含めて優勝者を予知できるはずだとおっしゃいましたが、それは正確な認識ではございません」
「ほう? どう違うというのだ?」
「わたくしが占った結果は、あくまでも、あの時点での結果に過ぎないと言うことです。そして未来のわかる占い師であれば、わたくしが誰を指名したかもわかるということです。そして、その人物が優勝しないように、いくらでも事前工作を行うことが可能なのです。それでも、もしわたくしが宝玉を所持していれば、対処も可能でした。優勝者の選定を、陛下に書面を提出するギリギリにすれば、陛下のおっしゃられたとおり、妨害工作は不可能だからです。しかし、それができない以上、このままではわたくしの不利は明白。ひいては、レセルニアス様の敗退は免れませんでした。しかし」
「しかし?」
「ひとつだけ、この状況を覆す方法がありました」
「ほう? それは?」
「それは、わたくし自身が大会に出場し、優勝することです」
「なに?」
「そして、陛下に提出する書面には、わたくし自身の名前を優勝者として記しておく。そうすれば、結果的に、陛下の課題をクリアしたことになりますから」
「ふざけるな! そんなことが認められるか!」
アデルハイドは気色ばんだ。
「むろん、ふざけてはおりません。ルール上は、なんの問題もないはずです」
シャイレンドラは、きっぱり言い切った。
「それとも陛下は、たとえ人死を出そうとも、宝玉を守り抜くべきだったとお考えなのでしょうか? だとすれば、たとえそれがどんな形であれ、わたくしには、そんな方のために手を貸す気などございません」
シャイレンドラは、ベルナール王を真っ直ぐに見つめた。
「王に臣下を選ぶ権利があるように、臣下にも王を選ぶ権利がございます。人がいてこその王。そんな当たり前のこともわからない王の治める国であれば、それはどうあってもドロ船。わたくしは、いずれ滅亡するとわかっている国のために、貴重な時を費やすほど暇ではございませんので、これで失礼させていただきます」
シャイレンドラは敢然と言い放った。
「……おもしろい」
静まり返った大広間で、最初に口を開いたのはリリアンヌだった。
「それは、つまり我がレイバッハ王家への、宣戦布告ということだな?」
リリアンヌの真紅の瞳が、さらに闘争心で燃え上がった。
「ならば、その挑戦、レイバッハ家を代表して、このリリアンヌ・レムール・リンス・レイバッハが受けよう!」
「抜け駆けは許さんぞ、姉者!」
第3王子、フィルナスが立ち上がった。
「よくぞ、吠えた、小娘! その挑戦、このフィルナス、アンリオット・セム・レイバッハが受けて立ってくれるわ!」
「引っ込んでいろ、フィルナス。これは、女同士の戦いだ」
「そうはいかん。あそこまで言われて、引っ込んでいられるか。オレ自ら大会に出場して、あの小娘にレイバッハ家が卑怯者の集まりではないことを証明してやるのだ」
「おもしろそう。そういうことなら、わたしも参加するわ」
フローデンが手を上げた。
「む、無茶だよ、フロル。女の子の身で、男だらけの武闘大会に出場するなんて」
エンゼルがフローデンを引き止めた。
「そうね。だから、大会には、あんたに出場してもらうわ」
「ええ!」
いきなりお鉢を回され、エンゼルは真っ青になった。
「な、なに言ってるんだよ? そんなこと、できるわけないだろ。ボク、治癒術師なんだよ? 戦闘は専門外なんだ」
「だったら、これから特訓ね」
「ええ?」
狼狽するエンゼルを横目に、ニムは鼻の頭をかいた。
「おいおい、これ、もう占い勝負じゃなくなってねえか? ま、なんでもいいけどよ」
そう他人事を決め込んでいたテムだったが、
「何を他人事のように言っている? 当然、貴公も大会に出場するのだぞ」
リリアンヌに、そう言われてしまった。
「は?」
「当然だろう。私が出場するのだからな」
「いやいや、その理屈はおかしいだろ? だいたい、そうなったら、オレは誰の名前を書きゃいいんだよ?」
「それは、当然占った結果をだ」
「それ、絶対おかしいからな」
「そうと決まれば、我々もさっそく特訓を開始せねばな。血が騒ぐぞ」
「聞けよ、ひとの話を」
テムの意見はもっともだったが、リリアンヌは聞く耳を持たなかった。
残るは第3王女のみとなったところで、
「そなたは、どう思う?」
ベルナール王は末妹レイレシアに意見を求めた。
「わたくしごときが、お兄様方を差し置いて、意見を述べるような差し出がましい真似はできませんわ。わたくしは、あくまでも御父様のお考えに従います」
レイレシアは、そう控えめに言った。
「さようか」
ベルナール王はそう言ってから、レイレシアの隣に座るノア・カタストロフを見た。
盲目の預言者と呼ばれるノアは、いつもどおり布で目を隠したまま、口元に笑みを浮かべていた。その様子を目に留めた後、ベルナール王は決断を下した。
「あいわかった。では、シャイレンドラ・アリスノートの申し出を可とし、アリスノートを含め、大会への出場を希望する者には、その出場を認めるものとする。そのほうも、それでよいな、アデルハイドよ?」
ベルナール王は、アデルハイドを見た。
「ええ、かまいません。いえ、むしろ、望むところです」
さっきとは打って変わって、アデルハイドは大乗り気だった。
最初こそ驚いたものの、シャイレンドラが出場するというなら、むしろ好都合だっだ。仮にも王家の客人であるシャイレンドラには、アデルハイドと言えども簡単には手を出せない。だが武闘大会なら話は変わる。どんなに痛めつけようと問題ないし、たとえ殺してしまったとしても、不慮の事故で済むのだった。
クソ生意気な女占い師を、レセルニアスの目の前で散々痛めつけたうえで殺す。
それこそ、まさに最高のシナリオだった。
こうして、シャイレンドラの大会参加は正式に認められ、戦いの舞台は王宮から闘技場へと移ることになったのだった。




