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さるやんごとなき


「先日もロザリンデは貴女のことを気にして、手紙を送ってきたのですよ」

 一週間と空いたことがないの、まるで恋人のようね。そうからかうように言うと、とても幸せそうに微笑む姿に少しだけ胸やけした。――ほんとうに恋人のようだこと。


「ロザリンデに変わりはございませんでしょうか」

「ええ、日々、自由に過ごしているようですよ。そうそう、手紙と一緒に届いたものがありましてね」

 これを、と差し出した籠の中には様々な野菜。いたって普通に見えるこの野菜を何故わざわざ送ってきたのかと、私も首を捻ったものだ。

「これはね、不思議な霊力で育った野菜、なのだそうですよ」

「不思議な?」

「純粋な霊力、と言った方がわかりやすいわね」

「な…っ」

 大声を出しそうになった口を慌てて押えたけども、続く言葉は「なんてことを!」という台詞だったのでしょうね。わたくしもそうでした。


 世界の安定のために必要な精霊、気難しいけれども上手く付き合っていかないとならない精霊。その精霊が生まれる基となる純粋な霊力。そういうものがあるとは知られているけれど、実物を見たことのある者はほぼいない。それを如何にしてか採取し、活用しているフェリシオン子爵家。というよりも、この件に関しての主犯はロザリンデ。

 簡単に、『効能はわからないけれど、味は良いので召し上がってください。精霊曰く、人体に害はないそうです』と手紙を添えていたけれど、あの子は精霊とどのような関係を築いているのかしら。そもそも、精霊は聖女以外とは心を通わせないはずなのだけれど。


「そちらはお土産になさってね。味見用はこちらに用意してあるの。さあ、いただきましょう?」

 少し涙目になりつつも、興味が隠せない様子で口に運ぶ。気持ちはわかります。平静を保つように努力しているけれど、動揺しているのはわたくしも同じ。

数度租借したとたん震えだした。どうやら感動が押し殺しきれないらしい。斯く謂うわたくしも、密かに震えが止まらない。


「なんておいしい…! 瑞々しくて、甘みが強くて、野菜の味が濃いのに青臭くはなくて歯ごたえもしっかりとしていて。料理人の腕も良いのでしょうけれど、どの野菜も元が素晴らしいのですね」

 興奮しているのがよくわかる。上品に食する合間に感想を話しながらも、あまり好みではないと聞いていた野菜まで素晴らしい勢いで消えていく。

「あなたがきちんと食事を摂っているか、楽しく過ごしているかといつも気にしていますから、笑顔でたくさん召し上がっていたと知れば、ロザリンデも安心でしょう。しっかりと伝えておきますからね」

「はい! とても嬉しいといつもありがとうと、…会えなくて寂しいと言っていたと、お伝えください」




「喜んでいたわね」

「ええ、良かったです。アンジェリーナ様がお元気そうで」

 別室からこっそりと見ていたロザリンデは、ありがとうございました、と微笑んだ。とても満足そうで、直接会えない寂しさは表に出していない。霊力を活用した成果に達成感を噛みしめているのだろう。


 フェリシオン子爵家は非常に特異な家系で、特徴のひとつに執着心の強さが上げられる。大抵は研究に向けられるが、深くのめり込みすぎて、踏み込んではいけない領域まで辿り着くのがフェリシオン家の天才たちだ。有意義な研究で益も大きいが、重大な事件を起こすこともあったため、彼の家の人間は一つことに集中しないよう、興味の対象をできるだけ多く持たなくてはいけない。少なくとも、その努力をしなければならない。


 ロザリンデの初めての興味の対象が同年齢の少女であったこと、その少女を甘やかすので教育上困ると侯爵家が訴えてきたことで、仲の良い友人と引き離すことになったのは可哀想なことだった。

 しかし、さすがにまだ幼いと言っても良いほどに若いせいか、興味の対象は広がっているようで安心した。最終的にアンジェリーナ嬢に収束していくような気がしないでもないけれど。

 お土産に持たせた野菜も、侯爵家への賄賂のようなもの。残念ながら、あそこの当主は生真面目で、興味のあることにしか目を向けない非常識なフェリシオン家を苦手としているので、非常識な野菜も嫌がられる確率が高い。しかし持ち帰らせたのは神聖教会の聖女であるわたくし。食さない訳にはいかないと、生真面目な者なら考える。あの野菜を口にした後、どのような評価を下すのかは見物だ。


「ところで、あの野菜はこれからも作っていくのかしら?」

「ええ、猊下がお望みであれば」

 細かいことはどうでも良いわ。おいしい野菜がまた食べられるなら。




 その後も何度か、不思議な霊力入り野菜をいただいていたのだけれど。

「さすがに、これはどうなのかしら」

 野菜とは別便で届けられた瓶。不思議な霊力入りの美容液、だと書いてある。『野菜を育てるより遥かに少ない霊力で済むので、それなりの量が作れます。二週に一度を目安に全身にお使いください』 

試しに手に塗ってみたら、途端に潤いを保った。効果の速さと素晴らしさに眩暈がする。


「あなたたち、これを見ても何も思わない?」

 念のため確認をと精霊に聞いてみたが、人間にも良いんだねすごくキレイーさすがロザリンデ、とはしゃぎ回っている。どうやら、自然物でもある野菜だろうが、生命維持とはかけ離れる美容液だろうが、うまく使うなら問題ないらしい。

 尤も、冷静に考えれば、問題があるならば完成前に精霊から何かアプローチがあったはずだ。自治が趣味なのか、情報収集が趣味なのか、精霊はとにかく様々な情報を得て、聖女に通知する。彼らは犯罪行為に容赦しない。人間の初動が遅れると見れば彼らが瞬く間に処理をする。ロザリンデの研究に問題があったとしたら無事では済んでいないだろう。


 早速、全身に使ってみた。自分でも驚くくらい輝くような張りが戻ってきた。今までの野菜で内側から、この美容液で外側から、欠けていたものが補充された感じがする。

「これは、高くつきそうな代物ね」

 長持ちしないから早めに使ってほしいと書いてあった瓶はもう空だ。様々な助力を求められそうな予感がするけれども、致し方ない投資である。女性というものは年齢に係らず、いつまでも美しくありたいものなのだから。


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