表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高利貸師〜勇者が世界を担保にしたので、魔王に債務整理を要求します〜  作者: つのん。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/9

第8話 世界担保保全事業

聖剣の刃から淡い光がこぼれる。

弱い。


「まだ光るか」


俺は聖剣に近づいた。魔族兵が止めようとしたが、魔王が手で制した。

柄に触れる。


熱い。


契約線がつながっている。

勇者リディア・アルフェン。

債務者。

生存。

負傷。

拘束。

場所、魔王城地下。


「リディアは生きているな」


「生きている」


「なぜ報告しなかった」


「貴様に報告する義務はない」


「ある。債務者の生存確認は重要事項だ」


ベルナールが頭を抱えた。


「勇者様の生存をその扱いで・・・」


セレーネが魔王を見る。


「魔王様。勇者は地下牢に?」


「ああ」


「処刑されていなかったのですか」


「殺すには惜しかった。勇者の心を折り、人間どもの前に引き出すつもりだった。希望が敗北した姿を見せれば、王国は崩れる」


「趣味が悪いな」


「戦略だ」


「費用対効果が悪い」


魔王の額にまた青筋が浮いた。


「地下牢へ案内しろ」


「命令するな」


「では請求する。債務者リディア・アルフェンの身柄確認、治療、資産返還、労務返済契約への移行手続き」


「勇者を返せと言うのか」


「返せではない。債務者管理を適正化しろと言っている」


「言い方が最悪です」


「内容が通ればいい」


魔王はしばらく俺を睨み、やがて顎を動かした。


「セレーネ。案内しろ」


地下牢は冷たかった。壁には青い炎が灯っている。


牢の奥に彼女はいた。

勇者リディア・アルフェン。


3か月前、俺の店に来た時の面影は残っていた。銀の胸当ても青いマントもない。髪は乱れ、腕には鎖。

傷だらけだった。

それでも生きていた。


リディアは足音に気づき、セレーネ、ベルナール、最後に俺を見た。

その顔が歪む。見られたくなかったものを見られた顔だ。


「・・・ロアンさん?」


「生きていたか」


「はい」


「なら死亡処理は不要だな」


リディアは数秒、意味が分からない顔をして、それからかすかに笑った。


「最初に言うことが、それですか」


「債務者の生存確認は大事だ」


「あなたらしいですね」


ベルナールが牢の前で膝をつく。


「勇者様・・・ご無事で」


「無事ではありません」


「負けました」


その一言が地下牢の石壁に落ちる。


「仲間は死にました。私だけが生き残りました。剣も奪われました。世界も、救えませんでした」


俺は牢の鉄格子を見た。魔王軍式の拘束術だ。契約魔法の優先度の方が高い。


「そうだな」


俺は契約書を広げた。


「だからお前が救えなかった世界を、俺が差し押さえた」


「・・・何を」


「世界を」


リディアはセレーネを見る。

セレーネは淡々と頷いた。


「事実です。魔王軍は現在、この方から請求を受けています」


「あなた、魔王に請求したんですか」


「した」


「生きているんですか」


「見ての通りだ」


リディアは鉄格子を握った。


「私は何をしていたんでしょうね」


「魔王と戦った」


「負けました」


「そうだな」


「借りたお金も返せませんでした」


「だから返済計画を変える」


「私も、債務整理ですか」


「当然だ。債務者は平等だ」


「最悪の平等です」


「平等はだいたい最悪だ」


俺は鉄格子に手をかけた。


「リディア・アルフェン。お前には労務返済契約を提案する」


「内容は」


「橋を直す。倉庫を守る。逃亡民を戻す。王国に金を出させ、教会に食料を出させる。魔王軍には兵の給金を払わせる」


俺は契約書を示した。


「その賃金の一部を返済に充てる」


リディアは黙った。

仲間の死を抱えたまま、壊れた橋を見て、飢えた村人を見て、返済計画に署名する。


「それで、世界は救われるんですか」


「知らん。救うなんて言葉は、勇者と神官に任せる。俺にできるのは滅びる速度を落とすことだけだ」


「あなたは金のために世界を救っているだけでしょう」


「そうだ」


「悪いに決まっています」


リディアの声が初めて強くなった。


「仲間は金のために死んだんじゃありません」


「そうだ。だから、その死を帳簿に載せるな。生き残ったお前の明日は、帳簿に載せる」


「死んだ者は返済できない。生きている者にはまだ仕事がある」


地下牢の青い炎が揺れる。リディアの拳が震えた。

怒りか。悔しさか。安堵か。全部だろう。


「ひどい人ですね」


「ああ」


「でも、私よりは・・・世界を見ていたのかもしれません」


「それは違う」


俺は契約書を出した。


「お前は世界を見ていた。俺は数字を見ていた。どちらか片方だけでは、帳簿が合わなかった」


リディアは小さく頷いた。


「契約します」


「内容を読んでからにしろ。血判もいる」


「分かっています」


「今度は、勝てば返せるなどと軽く考えるな」


「もう考えません」


俺は封印札を鉄格子に貼った。契約魔法の銀色の線が魔王軍の拘束術を上書きしていく。

鉄格子が音もなく開いた。


リディアはよろめきながら立ち上がる。セレーネが治療薬を持ってこさせ、ベルナールが外套を差し出した。


「私の聖剣は」


「玉座の間だ」


「魔王が」


「飾っていた」


「飾って・・・」


「保管状態が悪い。あとで手入れしろ。価値が下がる」


リディアは今度こそ笑った。


「私の聖剣を資産価値で見ないでください」


「剣は資産だ」


「勇者の象徴です」


「ならなおさら管理しろ。象徴は劣化すると、信用が落ちる」


玉座の間へ戻ると、魔王はまだそこにいた。

リディアが足を止める。


魔王と勇者。


「まだ目は死んでいないか」


「私は負けました」


「ああ」


「でも、まだ返済が残っています」


リディアは一瞬だけ目を泳がせた。言い直さなかった。


「だから死ねません」


魔王はしばらく彼女を見て、それから笑った。


「勇者が借金で立ち上がるか」


「笑いたければ笑ってください」


「いや」


魔王は玉座横の聖剣を抜いた。


「剣よりは折れにくい理由だ」


聖剣がリディアへ投げられる。彼女は慌てて受け取り、崩れそうな膝で踏みとどまった。


「返す」


「戦利品ではなかったのですか」


「高くつくらしい」


魔王は不機嫌そうに俺を見た。


リディアは聖剣を胸に抱いた。刃が少しだけ明るく光る。

聖剣の価値が戻った。いや違う。

勇者の信用がわずかに戻ったのだ。


「ロアン・グリード」


魔王が言った。


「再建計画とやらを認める。ただし、我は貴様の犬にはならん」


「不要だ。犬に帳簿は読めない」


「本当に黙れ」


「契約外だ」


魔王は深く息を吐いた。


「セレーネ。この高利貸しを監視しろ。王国との停戦交渉も進めろ。兵の未払いもだ」


「承知しました」


「勇者」


リディアが顔を上げる。


「次に剣を向ける時は、借金ではなく自分の意思で来い」


「その時はあなたが赤字を出していないか確認してからにします」


玉座の間が凍った。


「高利貸し。貴様、勇者に何を教えた」


「まだ何も」


リディアは小さく笑った。セレーネもわずかに口元を緩めた。ベルナールだけが疲れ切った顔で天井を見ていた。


「王国へ戻るぞ。やることが多い。支払原資、停戦線、占領地復旧。それからお前の労務返済契約だ」


「それを全部今から?」


「滅亡を待ってからやるより安い」


リディアが聖剣を杖代わりに歩き出す。セレーネが隣に並んだ。

本来なら敵同士だ。今はどちらも同じ帳簿の中にいる。


「あなたは私を恨んでいないんですか」


「恨む余裕があるほど魔王軍会計は健全ではありません」


「・・・それは許されたと思っていいんですか」


「いいえ。現時点では保留です」


「保留ですか」


「帳簿上最も現実的な処理です」


世界担保保全事業。

ひどい名前だ。俺がつけた。


魔王城を出る時、空はまだ暗かった。

西の雲の端が少しだけ薄くなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ