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高利貸師〜勇者が世界を担保にしたので、魔王に債務整理を要求します〜  作者: つのん。


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第9話 高利貸師

王都へ戻ったリディアは、民衆の前に立った。

勝利も奇跡も語らない。ただ、頭を下げる。


「私は負けました」


広場が静まった。


「仲間を失い、聖剣を奪われました。世界を救えませんでした」


最初に飛んできたのは罵声だった。


「俺の息子は、お前を信じて志願したんだぞ!」


小石が飛び、欠けた聖剣の柄に当たった。ベルナールをリディアが手で止める。


「返せないものがあります。死んだ人は戻せません。失った時間も、折れた信頼も、すぐには戻せません」


リディアは顔を上げる。


「でも、橋は直せます。畑は戻せます。倉庫は建て直せます。飢える人に食料を届けることはできます」


「それが勇者の仕事か!」


誰かが叫んだ。

リディアは欠けた聖剣を握り直す。


「今の私に残った仕事です」


勝利宣言ではない。返済計画だった。


数日後、王国と魔王軍、教会、貴族代表、そして俺の間で暫定停戦と再建契約の交渉が始まった。


「王国は勇者の私的借財など認めぬ」


「では、勇者の勝利後に報奨金を出すという約束も私的発言として処理します」


「何?」


俺は銀板を卓上に置いた。


王国信用格付け、二段階低下。


広間が凍った。


「やめろ」


「王の言葉が契約ではないなら、王の威信も担保価値には入りません。返済意思のない王国に、信用を維持する理由はありません」


「貴様、王国を脅すか」


「評価しています」


教会は祈りの重要性を語った。


「祈りは保存食に換算できません。聖金庫を開けてください」


貴族は名誉を語った。


「担保にするなら、まず評価額を。出せないなら金貨で」


魔王は腕を組んでいた。


「我は降伏していない」


「誰も求めていない。降伏は返済原資にならん」


セレーネが書類を差し出す。


「魔王軍側は徴税率の見直しと未払い給金の処理に同意します。ただし、占領地ごとの再計算が必要です」


「ようやく帳簿が読める軍になったな」


「あなたの言葉は、褒め言葉でも腹が立ちます」


交渉は遅かった。誰も謝らなかった。

それでも契約は成立した。


王国は勇者支援金を正式債務として認めた。教会は聖金庫を開けた。貴族は隠していた支援資産を出した。魔王軍は徴税率を見直し、兵の未払い処理を始めた。


誰も満足していなかった。

だから、良い契約だった。


1か月後。

アルカディア村の井戸に水桶の列が戻った。


以前は扉の隙間から魔族兵を睨んでいた老婆が、今は黙って桶を差し出している。受け取ったのは角の折れた魔族兵だった。


「税は?」


「今年は4割だ。種籾は取るなと命令が出た」


「誰の命令だい」


魔族兵は嫌そうにこちらを見た。


「あの高利貸しだ」


リディアは井戸の横で、壊れた滑車を固定していた。手は包帯だらけ。聖剣は腰にある。飾りではなく、道具のように泥をかぶっていた。


ヘルメス街道の橋には仮橋がかかった。

魔族兵への未払いは半分まで減った。

王都の小麦価格は落ち着いた。

教会の献金箱は減り、配給所が増えた。


何も解決していない。滅亡の速度は落ちた。


最初の返済日としては、それで十分だった。


俺の店には新しい看板がかかった。


高利貸師ロアン・グリード。担保相談可。世界規模は要審査。


リディアは深いため息をついた。


「最後の一文、必要ですか」


「必要だ。次に世界を担保に入れたい奴が来たら困る」


「来ませんよ」


「お前は来た」


「本当に次があると思っているんですか」


「備えのない契約が、一番高くつく」


「・・・反論できません」


セレーネが看板を見上げる。


「審査基準は?」


「返済原資、担保価値、契約主体性、失敗時の保全可能性」


「妥当ですね」


「魔王軍財務官までそう言うなら、私が間違っている気がしてきました」


「慰めになっていません」


俺は店の扉を開けた。


「入れ。次の契約書を作る」


「まだ何かあるんですか」


「お前の労務返済契約の詳細だ。現地出張手当、危険手当、聖剣修繕費、返済充当割合を決める」


「私にも手当が出るんですか」


「出さなければ労働契約として不適正だ」


「あなた、そういうところはちゃんとしているんですね」


「契約だからな」


「善意ではなく?」


「善意は担保にならん」


リディアは笑った。牢の中で見た弱い笑いではなかった。


「でも、契約なら残る」


「そうだ」


「なら、私は契約します」


セレーネが言った。


「私も確認します。魔王軍側との整合性が必要です」


「好きにしろ」


3人で店に入る。机の上にはまだ処理しきれない帳簿が山積みだった。


世界は数字にするとひどく面倒だった。英雄譚には向かない。

その面倒さの中でしか、世界は続かない。


俺は羽ペンを取った。

リディアが向かいに座る。セレーネが横から書類を覗き込む。


世界はまだ壊れている。

完全には壊れていない。


勇者は世界を救えなかった。

魔王は世界を滅ぼせなかった。

王は世界を治められなかった。

教会は世界を支えられなかった。


だから俺が担保として預かることにした。

返済期限は、世界が少しまともになるまで。


そして俺は契約書の最初の一行を書いた。


世界担保保全事業・第一期返済計画。


まったく面倒な債権を抱えたものだ。

不良債権ほど、回収できた時の利益は大きい。


取り立ては、債権者の義務だからな。


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