表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

■ 第7章 船の設計

設計は、セラが中心だった。


 誰もそう決めたわけではない。


 ただ——気づいたら、そうなっていた。


 技術者たちの中で最も優秀な者たちが集まった。


 それぞれが、それぞれの専門を持っていた。


 構造を知る者。素材を知る者。エネルギーを知る者。


 だが——


 全体を見ている者は、セラだけだった。


 最初の会議で、ベルタは気づいた。


 ベルタは、構造設計の専門家だった。


 この街で最も長く、建築と構造を研究してきた者だ。


 その彼女が——


 セラの前では、黙っていることが多くなった。


 「……ここの接合部は、どうする」


 ベルタが聞く。


 セラは、図面を見た。


 一瞬だった。


 「斜めに入れてください。角度は——」


 セラは、数字を言った。


 ベルタは、それを書き留めた。


 後で計算してみると——


 その角度が、最も効率的だった。


 「……どうやって、すぐ分かるんだ」


 ベルタは、セラに聞いた。


 「見えるので」


 セラは、それだけ言った。


 ベルタは、それ以上聞かなかった。


 設計が進むにつれて——


 技術者たちの間に、ある感覚が広がっていった。


 セラは、答えを知っている。


 最初から。


 私たちが議論している間、セラはすでに答えを持っている。


 それを——ただ、私たちが追いつくのを待っている。


 誰も、口には出さなかった。


 だが——全員が、感じていた。


 ガルトは、エネルギー設計の担当だった。


 ある夜、彼はセラに聞いた。


 「お前は——いつからこれを考えていたんだ」


 セラは、少し間を置いた。


 「……ずっと前から」


 「どのくらい前だ」


 「崩壊が始まる前から、です」


 ガルトは、その言葉の意味を——すぐには理解できなかった。


 崩壊が始まる前から。


 つまり——


 セラは、崩壊が来ることを、知っていたのか。


 「……なぜ、言わなかった」


 「言っても、信じてもらえなかったと思います」


 セラは、静かに言った。


 「それに——」


 一拍、置く。


 「言わない方が、良かったので」


 その理由を、ガルトは聞かなかった。


 聞けなかった。


 船の核心部分——時間の外に出るための機構——は、セラひとりが設計した。


 他の技術者には、触れさせなかった。


 「なぜだ」


 ベルタが問う。


 「複雑すぎるので」


 セラは答えた。


 「理解できないということか」


 「理解できないわけではありません」


 セラは、静かに言った。


 「ただ——一人で設計した方が、整合性が保てる」


 それは——合理的な説明だった。


 だが——


 ベルタには、それだけではない気がした。


 何か別の理由が、あるような気がした。


 だが——問い詰めることは、しなかった。


 時間がなかった。


 世界は、じわじわと——続けて、崩れていたから。


 王は、設計の現場には入らなかった。


 技術者たちの仕事だ。


 自分が口を出すべきではない。


 だが——気になっていた。


 セラのことが。


 ある日、王は設計室の外から——中を見た。


 技術者たちが、図面を広げている。


 議論している。


 その中心に——セラがいた。


 セラは、議論には加わっていなかった。


 ただ、自分の紙に——何かを書いていた。


 他の者たちとは、別の紙に。


 別の何かを。


 王は、しばらくその姿を見ていた。


 セラは、一度も顔を上げなかった。


 ただ、書き続けていた。


 静かに。淡々と。


 まるで——


 誰もいない部屋で、ひとりで作業しているかのように。


 その夜、王はセラを呼んだ。


 ふたりきりで、話した。


 「設計は、うまくいっているか」


 「はい」


 「問題はないか」


 「今のところは」


 王は、少し間を置いた。


 「……セラ」


 「はい」


 「お前は、怖くないのか」


 セラは、王を見た。


 「何が、ですか」


 「これだけのことを——ひとりで背負っていることが」


 セラは、少し考えた。


 「背負っている、という感覚が——あまりないんです」


 「なぜだ」


 「見ていたいので」


 王は、その言葉を——すぐには理解できなかった。


 見ていたい。


 「……何を」


 「これが、どうなるのかを」


 セラは、静かに言った。


 「世界が崩れて、船が動いて、人々が生き延びて——それがどうなるのかを、見ていたい」


 「見たい、から——やっているのか」


 「それだけではありませんが」


 セラは、少しだけ——目を細めた。


 「それが、一番正直な答えです」


 王は、しばらく黙っていた。


 怒るべきか、と思った。


 だが——怒れなかった。


 その言葉が——どこか、正直すぎて。


 「……お前は、不思議な者だな」


 王は、静かに言った。


 「よく、言われます」


 セラは、また前を向いた。


 その横顔を——王は、しばらく見ていた。


 設計が完成したのは、崩壊が加速し始めた頃だった。


 川は完全に干上がっていた。


 花は、もう一輪も残っていない。


 記憶の薄れは——誰もが、毎日感じるようになっていた。


 技術者たちは、設計図を前にして——顔を見合わせた。


 「……できた」


 誰かが、呟いた。


 喜びではなかった。


 ただ——確認するような、声だった。


 セラは、その場にいなかった。


 いつの間にか、いなくなっていた。


 「……どこへ行った」


 ガルトが言う。


 誰も、答えなかった。


 窓の外を見ると——


 街が、また少し、薄くなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ