■ 第6章 崩壊前夜——セラ
セラは、ひとりだった。
会議が終わった後も、セラだけが残った。
部屋に、誰もいない。
窓の外から、街のざわめきが聞こえる。
だが——セラには、それが遠く感じられた。
まるで、別の世界の音のように。
セラは、机に向かった。
紙が広げられている。
図面のようなもの。数式のようなもの。
だが——それを見ても、何を意味するのかは分からない。
セラにしか、分からない言語で書かれていた。
セラは、ペンを取った。
そして——静かに、何かを書き加えた。
長い時間をかけて。
何度も、立ち止まりながら。
何度も、考えながら。
だが——迷っているわけではなかった。
ただ、丁寧にやっていた。
大事なことだから。
間違えてはいけないから。
窓の外が、暗くなった。
街のざわめきが、少し静まった。
セラは、手を止めた。
紙を見る。
しばらく、ただ見ていた。
それから——
静かに、折り畳んだ。
どこかへしまった。
誰も見つけられない場所へ。
あるいは——
見つけた時には、もう意味を持たない場所へ。
セラは、立ち上がった。
部屋を出る。廊下を歩く。誰もいない。
街はまだ、ざわめいている。
だが——セラの足取りは、静かだった。
迷いがない。どこへ行くかを、知っている。
セラは、街の外れへ向かった。
川のそばに、立った。
ほとんど干上がった川。
かつては、もっと大きかったはずの川。
セラは、その細い流れを——しばらく見ていた。
「……まだ、流れている」
小さく、呟いた。
誰に言うでもなく。ただ——確認するように。
まだ、流れている。まだ、ある。
だが——いつかは、なくなる。
それが——世界というものだ。
空を見上げた。
星が、見えた。
この世界の星が。
セラは、その星を——長い時間、見ていた。
何を考えているのか、分からない。
何を感じているのか、分からない。
ただ——見ていた。
飽きることなく。いつものように。
やがて——セラは、視線を下ろした。
川を見る。街を見る。
そして——小さく、息をついた。
「……面白い」
誰にも聞こえない声で、呟いた。
その言葉が——何を意味するのか。
喜びなのか。悲しみなのか。あるいは——その両方なのか。
セラ自身にも、うまく説明できなかった。
ただ——面白い、と思った。
それだけは、確かだった。
その夜、セラは眠らなかった。
眠れなかったのではない。眠らなかった。
やることが、あったから。
夜明けが近づく頃——
セラは、もう一度だけ——あの部屋に戻った。
誰もいない。静かだ。
セラは、部屋の中央に立った。
目を閉じた。
何かを——確認するように。何かを——確かめるように。
長い沈黙。
やがて——目を開けた。
その目に——何かが、あった。
悲しみではない。後悔でもない。
ただ——静かな、決意のようなもの。
あるいは——静かな、覚悟のようなもの。
セラは、部屋を出た。
外に出ると——空が、少しずつ明るくなり始めていた。
夜明けだ。
新しい一日が、始まる。
だが——セラには、それが——何かの終わりの始まりのように、見えた。
セラは、その空を——かすかに微笑みながら、見上げた。
穏やかな微笑みだった。
悲しみはない。後悔もない。
ただ——穏やかだった。
そのまま——歩き出した。




