■ 第3章 中心
奥へ続く通路は、広間よりもさらに静かだった。
足音が、より深く吸収される。
壁の質感が、わずかに変わっている。
広間は滑らかだった。だがここは——もう少し、密度が高い。まるで、重要な何かを守るように、素材そのものが変化しているかのようだった。
「……空気が違う」
ミナトが言う。
「気のせいじゃないか」
「いや」
彼は壁に手を当てた。
「温度が、少し高い」
誰も返答しなかった。
ただ、歩みを続ける。
通路はゆるやかに弧を描き、どこまでも続いているように見えた。だが実際には、少しずつ、確実に——中心へと向かっていた。
「この船、外から見るより広いな」
誰かが呟く。
「……測ってみるか?」
「やめとけ。数字が合わなかったら怖い」
誰も笑わなかった。
やがて——
通路が、終わった。
正確には、"開けた"。
扉はなかった。
ただ、空間が、突然に広がった。
全員が、足を止める。
そこは——
この船の、中心だった。
広さは、広間の比ではない。
天井が高い。
どこまで続いているのか、見上げても頂点が分からない。
壁は、遠い。
白い光が、空間全体に満ちている。光源は見当たらない。ただ、空気そのものが発光しているかのような——そんな柔らかさだった。
そして——
中央に、それがあった。
玉座、と呼ぶのが適切かどうかは分からない。
だが、それ以外の言葉が見つからなかった。
白い。
他の何よりも、白い。
素材は不明だが、有機的な形をしている。背もたれが高く、ゆるやかに湾曲している。まるで、長い時間をかけてその形になったかのように——自然な佇まいがあった。
「……玉座か」
隊長が、低い声で言う。
「王がいたってことか、ここに」
誰も答えない。
ミナトは、ゆっくりとその周囲を歩いた。
玉座の前。
玉座の横。
玉座の後ろ。
そして——立ち止まった。
「……いない」
「何?」
「王が、いない」
その言葉の意味を、全員が少し遅れて理解した。
広間には、数えきれないほどの人々がいた。
整然と並んで、静止していた。
だが——
この玉座の前に、人はいない。
玉座だけが、ある。
空の玉座が、ただそこにある。
「……探すか?」
誰かが言う。
「この船のどこかに——」
「いや」
ミナトが、静かに遮った。
「いないと思う」
「なんで言い切れる」
彼は少し間を置いてから、言った。
「あの人たちは、全員——同じ方向に足先を向けていた」
「ああ」
「ここを向いて、いた」
全員が、広間の方向を振り返る。
遠く、通路の先。
整列した人々は、この中央空間へと足先を向けていた。
「……つまり」
「最後に、ここに集まった」
「王も、いたはずだ」
「でも——」
ミナトは、空の玉座を見た。
「王だけが、いない」
沈黙が、満ちた。
どこかへ行った?
それとも——
最初から、ここにいるつもりがなかった?
「記録を残せ」
隊長が言った。
声が、かすかに揺れていた。
「この玉座も。空であることも。全部だ」
「了解」
隊員たちが動き出す。
だがミナトは、しばらくその場を離れなかった。
玉座を見ている。
空の玉座を。
長い時間、誰かが座っていたのだろう。
その痕跡が——なんとなく、感じられる気がした。
温もりではない。
もっと抽象的な何か。
「……どこへ行ったんだ」
誰に言うでもなく、呟く。
答えは、当然ない。
ただ——
その問いだけが、白い空間に、静かに残った。




