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■ 第2章 変わらない人々

最初に異変に気づいたのは、記録係のミナトだった。


 彼は調査隊の中でも、特に慎重な性格で知られている。

 未知の構造物に対しても、感情より先に観察を優先する。


 その彼が、しばらく無言で立ち尽くしたあと、ぽつりと呟いた。


 「……おかしい」


 「何がだ」


 隊長が問う。


 ミナトは、並んでいる人々を指さした。


 「劣化が、ほとんどない」


 それは言われてみれば明らかだった。


 通常、遺体は時間とともに変化する。

 乾燥し、崩れ、やがて原形を失う。


 だが、ここにあるものは違う。


 まるで——


 "ついさっき止まった"かのような状態。


 「この人数だぞ……何百、いや何千はいる」


 「空気も循環してる感じがしないのに、腐敗もない?」


 「保存装置……?」


 誰かが言う。


 だが、それにしてはあまりにも"自然すぎる"。


 装置に閉じ込められているのではない。

 ただ、そこに"存在しているだけ"に見える。


 「……違うな」


 ミナトは首を振った。


 「保存されてるんじゃない」


 「じゃあ何だよ」


 彼は少し迷ってから、言った。


 「変化していない」


 その言葉は、妙にしっくりきた。


 変化していない。


 それはつまり——


 時間の影響を、受けていないということだ。


 「……そんなこと、あり得るのか?」


 誰かが小さく笑った。

 だが、その笑いには力がなかった。


 ミナトは答えなかった。


 代わりに、ひとりの人物の前にしゃがみ込む。


 若い女性だった。


 年齢は、おそらく二十歳前後。


 白い衣をまとい、穏やかな表情で目を閉じている。


 「……この人」


 ミナトは、彼女の手をそっと持ち上げた。


 軽い。


 だが、異様に軽いわけではない。


 人間の質量は、確かにそこにある。


 「体温は……ない」


 当然だ。死んでいるのだから。


 だが、それ以上に気になることがあった。


 「硬直もない」


 死後硬直が見られない。


 筋肉は、自然な状態のままだ。


 「じゃあ……どうやってこの姿勢を保ってるんだよ」


 誰かが言う。


 その答えは、簡単だった。


 「保ってるんじゃない」


 ミナトは、静かに言った。


 「"止まってる"んだ」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 広間の奥へと視線を向ける。


 整然と並ぶ人々。


 そのすべてが、同じように静止している。


 まるで——


 世界ごと、止められたかのように。


 「……記録を残す」


 隊長が言った。


 「すべてだ。映像も、数も、配置も。可能な限り詳細に」


 「了解」


 隊員たちが動き出す。


 だがその動きも、どこか抑制されていた。


 声を張る者はいない。

 足音も、無意識に小さくなる。


 この場所に、大きな音は似合わない。


 そう感じてしまうほどに——


 ここは、完成されていた。


 ミナトは立ち上がり、もう一度周囲を見渡した。


 「……全員、同じ方向を向いてるな」


 その指摘に、何人かが顔を上げる。


 確かにそうだった。


 人々は、ある一点を見つめるように整列している。


 まるで、そこに"何か"があったかのように。


 そしてミナトは——もう一つのことに、気づいた。


 列の中ほどに、一箇所だけ——人がいない。


 前後の人との間隔は、他と同じだ。


 乱れているわけではない。


 むしろ——


 そこに誰かがいることを前提に、空けられたような空白だった。


 「……ここだけ、いないな」


 ミナトが呟く。


 誰も、答えなかった。


 答えられる者が、いなかった。


 「中心、か」


 隊長が呟く。


 視線の先。


 広間のさらに奥。


 そこには、ひときわ大きな空間が続いていた。


 「行くぞ」


 誰も反対しなかった。


 ただ、誰もが同じことを思っていた。


 この先に、

 "理由"がある。


 そして——


 それを知ることが、本当に正しいのかどうかは、分からない。


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