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24話

翌朝、開店準備を始めたばかりのカフェ「リセッタ」に、場違いなほどの激しい足音が響いた。飛び込んできたのは、衣料品店「メルティ」の店長であった。その顔は土気色に染まり、手にした一枚の通知書が、彼の震えを雄弁に物語っていた。


「葵さん、大変なことになった。あの倉庫部分の解体費用、市がすべてテナント側に請求すると言ってきたのだ」


店長はカウンターに縋り付くようにして、阿部議員の差し金による新たな「攻撃」を告げた。市の主張によれば、メルティが使用している倉庫部分はかつての「違法増築」に当たり、再開発に伴う撤去費用は原因者である店側が負担すべきだという。


「うちの賃貸契約書には、『現状引き渡し』で解体費用は含まれないと明記されているはずなのに……。提示された額は、美咲が必死に貯めてきた東京での学費なんて、一瞬で吹き飛んでしまうほどの巨額なのだ」


店長は、連日の再開発による心理的な圧力に耐えかね、すでに立ち退きを前向きに検討し始めていた。この不当な追い打ちこそが、彼の折れかかっていた心を完全に粉砕するための決定打であった。もしメルティがこれを受け入れ、閉店を前倒しにすれば、美咲の東京行きの夢は、物理的にも経済的にも断たれることになる。


高橋美咲は、その場に立ち尽くしたまま、自らの未来の足場が音を立てて崩れ落ちる幻聴を聞いた。


「そんな……。あの倉庫、私が働き始めるずっと前から当たり前に使っていたのに。どうして今さら、急に『違法』だなんて言われるのですか」


彼女の震える声は、理不尽な現実に対する悲鳴であった。都会へ羽ばたくための翼をもがれ、この街に永遠に縛り付けられるという恐怖が、彼女の全身を支配した。


小川葵は、店長の持参した書類を一瞥し、これが阿部議員による狡猾な揺さぶりであることを直感した。前回の消防法・衛生法による「不当査察」の失敗を受け、阿部はより巧妙で、テナントの経済的脆弱性を突く手段へと戦術を切り替えたのだ。


「阿部議員は、法廷で争うよりも先に、私たちの生活を干上がらせるつもりなのだ。自分から『逃げ出す』ように仕向けるための、最も汚いやり方だ」


葵は、悔しさのあまり拳を握りしめた。だが、ただ憤っているだけでは解決しない。この不当な「違法増築」というレッテルを剥がすには、当時の契約の不備ではなく、建物の成立過程そのものを証明する確固たる証拠が必要であった。


「佐藤さんしかいない。彼なら、このビルが建設された当時の正確な『建物の境界線』や、増築に至った経緯について、行政さえも把握していない裏の記録を持っている可能性がある」


葵は、混乱する店内で即座に決断を下した。再び、あの孤独な要塞の主である佐藤悠馬の力を借りるしかない。彼が持つ「過去の真実」だけが、美咲の「未来」を救う唯一の鍵であった。

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