21話
フリーマーケットの開催に向けた準備期間、オリエント・スクエアの空気は、これまでになく慌ただしく、かつ熱を帯びていた。主な作業は、各店舗に眠る物品の仕分けと、展示用の歴史資料の収集に費やされた。高橋美咲は、祖母から託された言葉に突き動かされるようにして、特に「メルティ」の奥深くに眠る倉庫の整理に、並々ならぬ熱を入れていた。
「うちの社長は、こういう古いものをいつまでも捨てられずに残しておきたがるのだ。商売っ気がないというか、ただの感傷的なのか……」
美咲は、薄暗い棚の最奥から、長年の埃を被った重い段ボール箱を引き出した。中から現れたのは、現在の「メルティ」が主力としている安価なポリエステル混紡の既製品ではなかった。そこには、吸い付くような手触りの上質な綿や、鈍い光沢を放つ絹のハギレ、そして職人の手仕事の跡が残る古い型紙が、まるでもの言わぬ遺物のように丁寧に収められていた。
「すごい。この布、今の店に並んでいるものとは、質の次元が全く違う」
隣で作業を手伝っていた小川葵が、そのハギレを指先で愛おしそうになぞった。
「オリエント・スクエアは、かつて今のような若者向けのファッションビルではなかったのだよ。かつては繊維関連の業者が所狭しと軒を連ね、卸売業者や腕利きの仕立屋たちがひしめき合っていた。美咲ちゃんのおばあちゃんが働いていたという縫製工場も、まさにこのビルの周辺に位置していたはずだ」
美咲は、衝撃を受けた。自分が憧れる都会の最先端ファッションとは、最も縁遠い存在だと思い込んでいたこの古ぼけた街が、実は「布」という共通言語を通じて、自らの夢の根源と深く関わっていたことを知ったからである。
その夜、美咲は重い足取りで祖母の入院先を訪ねた。病室に横たわる祖母は、美咲が持参したあの古いハギレをひと目見るなり、慈しむように目を細めた。
「ああ、懐かしいねえ。これはね、あんたのお母さんのために、私が仕事の合間にこっそり余った布を繋ぎ合わせて作った、お出かけ着の残りだよ。今のメルティがある場所は、昔は大きな工場の通用口でね。そこでは、本当に質のいい布が毎日山のように扱われていたんだよ」
祖母は、この街の喧騒の中で懸命にミシンを走らせ、家族の生活を紡いできた遠い過去を語り始めた。美咲は、都会へ逃げ出したいと願う自らの夢が、実はこの街の「布の記憶」から、知らず知らずのうちに受け継がれていたものであることに、初めて気づかされた。
美咲は、今回のフリーマーケットで展示を行うためには、祖母が働いていた工場の具体的な情報や、当時の詳細な記録が不可欠であると考えた。そして、その断片を握っている唯一の人物、古書店主の佐藤悠馬を訪ねることを決意した。
彼女は、自分を拒絶し続けるあの冷徹な「要塞」の扉を、再び叩くために。




