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8-8

 

 団長の挨拶に続き、奇抜な色で染めた服装をしたピエロが面白おかしい行動をして観客の注意を惹く。続いて動物たちの芸が披露される。


「我がサーカス団の動物たちも素晴らしい芸を見せますが、この街でしか見られない演目がございます。みなさまお待ちかね、ライネーリ伯爵家の雄、アーテルさまです!」

 舞台の中央で団長が高らかに宣言し、片手を上げて見せる。それはリエトとアーテルへの合図でもあった。


「アーテル、出番だよ」

『うん。行ってくる!』

「がんばれ!」

「行ってこい!」

 むくりと立ち上がったアーテルに、少年たちから声援が飛ぶ。アーテルは特別席からほとんど助走もなく跳躍した。


「「「「わあっ!!」」」」

 観客から歓声が上がる。

「アーテル! アーテル! アーテル!」

「アーテルさまー!」

「ライネーリ伯爵家ばんざい!」

 広い劇場の観客席は埋め尽くされている。そのあちこちから飛ぶ声は大音声となった。ここ数年登場するようになった黒い曲の獣の演目への期待は加速度的に高まる。


「すごい人気だな」

「な。盛り上がっているなあ」

 こんなに大勢の観客の視線を一身に浴び、大音量にも泰然としている。その姿に、やはりアーテルはふつうの獣ではないのだと思わせる。これほどの熱量であれば、訓練されたサーカス団の獣だとて、平静ではいられないだろう。


 さて、そのアーテルは今年も大活躍し、やんややんやの喝采を受けた。

 ピエロの格好をした人間が玉乗りする傍らで、ひと回り大きい玉に両前足で器用に玉を転がし、後ろ足を上げて見せたり、逆に後ろ足立ちして見せたりした。巨躯を誇るアーテルだ。隣の人間との対比が著しい。大人と子供ほどの差が遠目にもありありと分かる。

「すげえ、でけえ!」

「改めて比べてみると一目瞭然だな」

「あのピエロ、大人の中でも大きい方だよね」


 火の輪くぐりではドラムの音をたっぷりと聞かせ、観客の緊張感を存分に高まらせた後、だっと駆けだしてするりと潜り抜けた。

「アーテル、分かってるぅ!」

「どう見たって、あの環、アーテルの胴回りよりも小さくないか?」


 ナイフ投げは複数のピエロがせわしなく動き回りながらアーテルに投げる。四方八方から飛んでくるナイフをアーテルは身軽に跳躍して牙でがっきと受け止める。そうして、咥えたナイフを的に順々に放って突き刺していく。アーテルが鋭利なナイフを受け止め、的に放つ都度、観客席から高いため息のような歓声が上がる。大勢いればため息も大声になる。

「あれ、アーテルが受け止めそこねたら、別のピエロに刺さりそうで怖い」

「観客席に跳ね返っても怖いよな」

 シストが拍手しながらも恐ろし気に顔をしかめ、アルフォンソも頷く。


「すごい、すごい! アーテル、本当に今年はナイフを一本も折っていない!」

「褒めるところ、そこなんだ」

 夢中で拍手しながらはしゃぐリエトに、ルーベンが笑う。アーテルの優れた聴覚はリエトの賛辞を聞き取っている。得意げに顎を上げて「ふふん」とばかりにポーズを取る。


「「「「わあっ!!」」」」


 特別席に向けて、いちいち「すごいでしょ」ポーズを取って見せるのも毎回のことである。観客としては、これを見るのも楽しみにしているのだ。演者は、演目の節目節目で両手を広げたりなどして、拍子を取る。アーテルがしているのはそれと同じようなものだ。ただし、当の本人はそんな意識はなく、リエトが褒めてくれるのが単純に嬉しいだけだ。


「アーテル、このうるささの中で、しっかりリエトの声は聞き分けているなあ」

「アーテルはリエトの称賛をとても好みますのよ」

 ルキーノの呆れた声に、フランカが笑い交じりで答える。まさしく令嬢然としたフランカに気さくに話しかけられて、ルキーノはどぎまぎする。


 アーテルが参加しない演目でも盛り上がりを見せた。

 トランポリンでは面白げなポーズを取ったり、動物とともに高く跳ね上がったりして、観客からたくさんの拍手をもらっていた。

「あれはアーテルがやったら、突き破りそうだもんなあ」

「でも、案外、上手くやるかもよ?」


 見上げるばかりの高い位置に張られたロープの上を、長い棒を持った者がゆるゆると歩いて行く。

「あの棒でバランスを取っているんだな」

「うひゃあ、見てられない」

「そう言いつつ、ガン見しているじゃないか」

「うわっ、あっ、やばっ」

「あれは演技なのか、本当に危なかったのか」

「うう、ハラハラするぅ」


 さて、付き合いの長いアーテルはもう今までの生涯のほとんどの時間を共に過ごしてきたリエトだ。それでも、アーテルに驚かされることはまだあるのだなということを突き付けられた。


 ロープ渡りの演目に用意された器材にさらにあれこれ付け加えられる。迅速に進む準備する姿も、観客に次の演目を予感させる一種のパフォーマンスとなる。

 トリを飾るのは空中ブランコである。下にトランポリンが運び込まれる。

 ドラムロールが始まる。


 高い架台の上に立つ者がロープの先につけられた棒状の持ち手を掴み、空へ飛び出す。

「「「「わあっ!!」」」」

「うひゃあ」

「うおっ」

「———っ!」

 少年たちもすっかり舞台に意識を持っていかれる。それはまるで中空を自在に飛び回っているかのようだった。持ち手から手を放し、別のロープから吊られた持ち手に飛びつく。あるいは、持ち手に脚をかけ、膝裏で柔らかく固定して身体を逆さにし、振り子のように振られる。その状態で、逆側から飛んでくる相手が持ち手を放して飛んでくるその手を掴む。

「———っ! ———っ! ———っ!」

 もはや声もなく、息を呑むばかりの曲芸が続く。

 そして、またドラムの音が地響きのように鳴る。それは最終演技の合図だ。


「え? アーテル?」

 リエトは愕然と呟いた。

 アーテルが舞台に姿を現したかと思うと、するすると架台に登る。

「ま、まさか、」

「やるのか、これ?!」

「え、どうやって?」

 アーテルはひょいと両前足を持ち手に掛けた。持ち手と言っても、細く短い棒である。アーテルはその巨躯からして、当然、相当な重量がある。


「む、無茶だよ、アーテル!」

 リエトは思わず立ち上がる。

 アーテルがリエトの方を向く。

「リエト、座って。アーテルの集中を邪魔してはいけない」

「そうだよ。アーテルはリエトの声は分かるんだ」

 それに気を取られてあわやということになれば。

 少年たちも身を固くして舞台を見守った。

 アーテルは持ち手に腹をのせふたつ折りになるようにして中空に飛びだした。

 リエトはぎゅっと両手を握り合せて固唾を飲んで見つめる。


 アーテルの黒い巨躯が舞台を右へ左へ横切る。そうして。


「「「「「「わあっ!!」」」」」」

 ひと際高い歓声が上がる。


 アーテルはどうやったものか、持ち手から飛び出し、中空を二転三転宙がえりした後、架台の上に到達する。すっくと立ちあがる。尾を振りながら顎を上げ、得意げにリエトの方を見る。

 いつもの、「すごいでしょ」という様子そのものだ。


 リエトはへなへなと全身から力が抜けていくのを感じた。

「おっと」

 あまりの緊張とそこからの解放によって、身体は弛緩しきり、椅子からぐらりと落ちかかる。隣に座っていたアルフォンソが支える。


『リエト!』

 アーテルは観客の声援やアーテルコール、称賛はそっちのけで、慌ててリエトのいる特別席に駆け上がる。あっという間に舞台から高く仕切られた手すりを跳躍して飛び越え、軽々と階段を上って特別席にたどり着く。


『リエト、だいじょうぶ?』

「う、うん、びっくりしただけだよ」

 不安げに鼻先を寄せて来るアーテルにふらふらと手を上げる。アーテルは自らその掌に鼻をくっつける。しきりに匂いを嗅ぎ、リエトが本当に無事かを確かめているかのようだ。


「なあ、イヌ科の生き物って宙返りできるものなのか?」

「いや、無理だろう」

「アーテルだけだよ」

「まあ、アーテルだもんね」

 ひそひそやる少年たちを他所に、アルフォンソが興奮冷めやらぬ観客たちにアーテルの姿を見せてやるべきだとリエトに言う。


 リエトはよろよろと立ち上がると、アーテルがそれを支えるように傍らにつく。リエトは布に囲まれた特別席の端に歩み出た。当然、アーテルも付き従う。


 ふたりの姿を見て、観客から大きな歓声が上がる。

「「「「「「わあっ!!」」」」」」


 最後はちょっとばかり主役が姿を消したが、舞台でぴょんぴょん跳ねまわって喜びを露わにする団長の姿に、サーカスの演目としては成功したかな、と胸をなでおろすリエトだった。





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