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8-7

 

 アイスクリームのほか、凍らせた果実を販売していた。夏の祭りならではで、飛ぶように売れている。これもまた、魔装器具のお披露目にひと役買っている。広く集客し、領民にも喜ばれる。ライネーリ伯爵家に勢いがあることが頷ける仕儀である。


「冷たい! 甘い!」

「アイスクリームってすごい」

「ああ、すごいな」

「ライネーリ伯爵領ではこんなすごいものを食べているのか!」

「まあ、ちょっと高いけれどな」

「砂糖を使っているからね。それに冷やさなければならないから、魔装冷凍庫が必要だし、なんどもかき混ぜなければならないから、結構な手間らしいよ」

「いいよなあ、魔装冷蔵庫! 魚の鮮度を保てるって聞いた」


 そんな風に話しながら、めいめい祭りを満喫している少年たちの傍らで、アーテルはオープンテラスカフェで仲睦まじそうにする男女を見つけた。手を重ね合い、じっと見つめ合い、やがて顔の距離が縮まる。

 閃いた。恋人たちだ。これだ!

 あちこちに興味をそそられながら街の路地を歩き、小広場の空いたベンチに腰掛けた際、アーテルは先ほど見た光景を真似てみることにした。


 リエトがベンチに置いた手にアーテルは自分の片前足をそっとのせる。そして、リエトの目をじっと見つめる。

「アーテル、どうかした?」

『ううん』

 小首を傾げながらリエトは乗せられたアーテルの片前足を揉むように握る。

 リエトには通じなかったけれど、構って貰えてうれしいアーテルだ。


 後からバルドたちに言われて気づいたリエトに、『アウローラにやってあげるといいよ』と得意げに胸を張ったアーテルだ。

 アーテルは正しい。

 ムードを作り、互いに相手の感情を確かめ合った後、行動に移す。アーテルが目撃した恋人たちはキスをしていた。

 問題は、アウローラがそういった感情を持っているかどうかなのである。

 リエトはきゅむっと唇をひん曲げて頬を染めた。

 バルドたちはアーテルに恋愛指南されていると腹を抱えて笑った。


 屋台ではほかにも、揚げパンや色とりどりの飴、珍しい果物に木彫りやガラス製のアクセサリーや置物などが売っている。ひと口大の上げた鶏の唐揚げを買ったリエトはまだ熱いそれをフォークに刺してアーテルの口元に持って行く。

「こっちのも美味しいよ。はい、あげる」

『むぐ。おいしいねえ、リエト』

「そう? 良かった」

 咀嚼するアーテルに微笑んだリエトは、自分の口にもひとつ放り込む。


「カップルの会話だよな」

「リエトさあ、そういうのがさあ」

 見慣れた光景に、少年たちはほとんど合の手のような言葉を発する。大きな黒い狼と小柄な少年が仲睦まじく美味しそうに食べている姿を、祭りの参加客も微笑まし気に眺めつつ通り過ぎる。


「本当に仲がよろしいですこと」

 笑いを含んだ涼し気な声が聞こえてくる。

「姉上」

 アルフォンソの言葉に慌てて口の中のものを飲みこんでリエトも振り向く。アウローラとフランカが連れ立っている。

「お姉さま」

「ここで会えてちょうど良かったわ。そろそろ、円形劇場へ向かわない?」

 サーカス団の催しは一大イベントであり、街の野外円形劇場で催される。


「これほど人が集まるなんて、みんな魔獣の怖さよりも祭りを楽しみにしているのかなあ」

 命の危険を推しても、というよりは、魔獣とは天災の一種であり、洪水や台風、地震と同じようなもので避けられ得ないものなのである。

「この周辺では魔獣はあまり出没しないんだよ」

 ルキーノにそう答えるリエトに、ああ、とバルドが合点がいく。


「アーテルの縄張りじゃあ、魔獣も近寄らんよなあ」

『そう! おれ、リエトのおうちのあんぜんを守る!』

「まあ、頼もしいですわね」

 アーテルが胸を張ると、アウローラが鈴を鳴らすような声で笑う。

「本当に。アーテルのお陰で、ここ十年、近隣では魔獣被害の噂は聞きませんわ」

「リエトのおうちの安全を守る」というので、周辺の防衛がなされるのだから、大したものである。

「アーテルのお陰で、近隣では安全に移動することができて、物流も盛んになっているんだって」

 言いながら、リエトは感謝をこめてアーテルの首筋を撫でる。アーテルの尾が高く持ち上げられ、左右に振られる。

 少年少女たちは、このリエトの労いの言葉と撫でることで、アーテルの苦労が報われるのだから、非常に上手くかみ合って事が運ばれるのだと得心が行く。


「やあ、今年は大勢いらしましたな! リエトさま、年々ご成長著しく。やや、日に焼けて男らしくなられて!」

 アーテルの姿は遠目にもすぐにそれと分かる。人から聞いたのか、野外劇場のすぐ傍に張られた天幕の中から恰幅と身なりの良い男性が現れ、熱烈歓迎とばかりに両腕を広げる。


「団長さん、こんにちは。リュケイオンの友人たちを連れてきました。こちらは友人のお姉さまです」

「おお、これはこれは。なんとおうつくしい! フランカさまに負けず劣らずのご令嬢と会いまみえることができるとは、光栄の至り!」

「まあ、お上手ですこと」

 うつくしいアウローラと比較しうると言外に言われたフランカは、まんざらでもなさそうに笑う。


『おれ、今日もさーかす、する?』

 アーテルも毎年やって来るサーカス団の団長と顔見知りである。団長は期待を隠し切れず、揉み手をせんばかりの様子だ。

「お願いできますかな?」

『まかせて! 今日は玉乗り? 火の輪くぐり?』

「もちろん、もちろん! みな、アーテルさまの勇姿を拝見するのを楽しみにしております」


『おれ、今日はね、ちゃんと口でナイフをきゃっちする!』

 アーテルがふんすと鼻息を漏らす姿に、団長はその意気やよしと歓迎する。

「おお! 意気盛んで頼もしい!」

『ちゃんとね、折れないようにするからね!』

 そう言えば、そんな風なことを言っていたなあ、と少年たちは思い出す。

「はっはっは! 観客たちは案外、強靭な刃がばっきりいくのを見るのも喜んでいるかもしれませんよ?」

『うーん、折った方がいいの?』

 やる気満々の言葉に気を良くした団長に、アーテルが困った顔をリエトに向ける。

「サーカスの催しはちょっとしたハプニングも好まれるんだよ。アーテルが楽しんで参加したら、きっとみんなにもその気持ちが伝わるよ」

『わかった!』

 団長は自身の言葉が失言だったかとやきもきするも、リエトの言葉に元気よく頷いたアーテルに胸をなでおろす。


 団長に見送られた一行は入場ゲートに向かう。

 リエトとフランカ、なによりアーテルの巨躯はライネーリ伯爵家の者であると見て取って、恭しく招じ入れられ、案内人が付く。

「おー、さすがは伯爵家ご一門」

「そんなんじゃないんだよ。ただ、この劇場はライネーリ家のだから、」

「えぇ?!」

「ああ、それで入場料は取られないんだ」

「すっげえ、こんなでけえ建物を持っているんだ!」


 劇場は階段状の円形で、中央の舞台をぐるりを観客席が囲んでいる。中央部の広々とした面積に日よけ布がされた空間がある。天井のほか、三方向を布で囲い、悠々としたプライベートエリアとなっている。


「お、特別席があるぜ」

「いいよなあ。ああいう場所で見られるなんて、お大尽席って感じ」

 目ざとく見つけたバルドが指さし、ルキーノが憧れめいたため息をもらす。

「君らは本気でそんなことを言っているのか?」

 シストが呆れて言う。

 どういうことだと腹ペコ男子たちが言う前に、案内人は一行をその「お大尽席」へと連れて行った。

「「わーお」」

「この劇場がライネーリ伯爵家の持ち物なんだから、そうなるだろうな」

 両頬を両手で抑えるバルドとルキーノに、アルフォンソがぼそりと言う。


「ぼ、僕たち、本当にここで見て良いの?」

「うん、毎年ここで見ているんだよ。ほら、アーテルもいるしね」

「詰めれば全員、こちらで座れるでしょう?」

「もちろんでございます」

 オーナー令嬢のフランカの言葉に、案内人は恭しく指し示す。すでに椅子は人数分用意されていた。

「ニコニコのシツジの手配かな」

「きっとそうだね」


 わいわい言いながら着席すると、案内人が人を引き連れてジュースを運んでくる。布越しでも分かる夏の明るい陽射しの中、冷たくて甘いジュースを飲みながら祭りのことを話していると、サーカスの演目は始まった。




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