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8-9

 

 祭りの翌日、すっかり寝坊をした少年たちは興奮冷めやらぬまま遅い朝食の席であれこれ話した。話題は祭りのこと一色である。


 フランカが午後に庭でお茶会をしようと誘ったのを気軽に受けたリエトは、すっかりもうひとり参加者がいるだろうことを忘れていた。

「昨日のお祭りはとても楽しませていただきましたわ」

「それは良かったですわ。アウローラさまとお揃いの品も見つかりましたし」

「わたくし、さっそく使わせていただきますわね」

 少女たちは顔を見あわせてうふふと笑い合う。麗しい令嬢ふたりにどんなことを話せば良いのやらわからない少年たちは、食べることに口を使うことにした。


 伯爵夫人オルガが「たくさん食べてね」と使用人に用意させた菓子類はどれも美味しい。サンドイッチ、ケーキ、ビスケット、ショートブレッドにジャムやはちみつが添えられる。サンドイッチひとつをとっても、キュウリ、ハム、卵と三種類もある。色も緑、ピンク、黄と彩りが良い。ケーキにはフルーツがふんだんに、ショートブレッドには砂糖とバターを惜しみなく使われている。

 それら料理が鳥かごを模したスタンドと華やかな食器に盛られている。


「塩気のあるサンドイッチと甘いケーキとショートブレッドとなら、交互に延々食べ続けられる」

「紅茶の渋みを食べ物で打ち消すから、ぐいぐいいける」

 腹ペコ男子には隅々までうつくしいディテールなどよりも、味と量に勝るものなしである。

 ガーデンテーブルの脇でお代わりの料理が詰まったワゴンが控えている。


「アーテル、次はなにが食べたい?」

『むぐ。次? うーん、リエトはなにがいい?』

「僕はね———」

 リエトとアーテルは安定のカップル会話を繰り広げている。


 少女たちの話題は今、彼女たちの関心を占めているものに移る。

 フランカは母オルガとともに婚礼の準備を進めている。その際、婚約者から贈られたアクセサリーをどのようにして用いるかで頭を悩ませているのだと話した。あしらわれている宝石はこの地方では滅多に手に入らない見事なものだから、十分に引き立てたい。


「まあ、素敵な贈り物をくださるなんて、素晴らしい婚約者さまですわね」

「アウローラさまこそ、第二王子さまは文武両道で麗しいお姿でいらっしゃいますわ」

 アウローラはフランカの言葉に意味ありげに微笑んだ。少年たちですら、その視線になんらかの意思が籠っていると読み取れた。わざとそんな風にしてみせたのだ。


「それでも、わたくしは誠実な方と共に力を合わせて結婚生活を送りたいですわ」

 優れた容姿や高い地位よりも、いっしょに過ごしたいと思える相手であってほしかった。そう言ったアウローラに、居合わせた者たちはなんと言って良いかわからず、身じろぎしたり、咳ばらいをしたりした。まるでそれでは、第二王子が不誠実な者のようではないか。いや、明確にアウローラはそう言っている。


「王家の婚姻は本来、他国との結びつきを強固なものにするためにございますの」

 それでは、どうして第二王子という高い王位継承権を持つ者が自国の侯爵令嬢と婚約したのか。

 みなの疑問に応えるかのように、アウローラはほほえんだ。


「カランドラ国王家は我がカファロ侯爵家に借財がたっぷりございましてよ」

「「わーお!」」

 それまでおとなしく着座して余計なことを言う前に口に菓子を詰めたり茶を飲んだりしていたバルドとルキーノが思わず声を上げる。


「そうですわ。わたくしはカランドラ王族との婚姻を押し付けられましたの」

「「「「「ええー!!」」」」」

 庭の隅に控えていた使用人たちや侯爵家からついて来た従者も心の中でええー、それ、言っちゃうの? と声を上げた。


 アウローラとしては、今まで家族の中でしか話すことはなかった事実だ。中々会う機会のないアルフォンソも、今、事実を知った。しかし、アウローラとしてはこうやって親しくなった者たちに自分の心情を知ってもらいたいと思った。社交界ではどうしたって、カランドラ王室の体面をはばからずにはいられない。どれだけあちらに非があっても、居丈高にそれをあげつらえば、非難されかねないのだ。


「お、王族との結婚をそんな風に言っちゃう?」

「でもさ、ってことはさ、借金のカタにってこと?」

 バルドとルキーノが顔を見あわせる。そこへ、リエトがとどめを刺す。

「王子さまなのに?」

「「うわーお!!」」

 王子サマが借金のカタにお婿にやられる。なんて怖い。


「ふふ。実はそうなんですの」

 アウローラは笑いまじりに言って形の良い唇に人差し指を一本近づける。

「みなさまだからこそお話しましたのよ?」

 少年たちとフランカはこくこくと声もなく二度三度頷く。もちろん、分かっています。他所では言いません。少年たちとフランカの心はひとつになった。

 茶会の出席者の意思を読み取って、アウローラは満足げにほほえむ。


 裕福なカファロ侯爵の令嬢だからこそ、莫大な相続財産を持つがゆえに、王家はこの婚姻に乗り気なのだとアウローラは話す。

「この婚約が持ち上がったとき、お父さまやお兄さまがたはわたくしに断っても良いとおっしゃってくださいましたわ」

 少年たちはひゅっと息を呑んだ。

 王族に嫁ぐという女性の身では名誉この上ないことを、断っても良いと家族が言うのだ。


「つまり、王家側は姉上の結婚を機に、借金を踏み倒す気なのですか?」

 事の次第を察したアルフォンソが腹立たし気に言う。

 カファロ侯爵令嬢の持つ侯爵家の相続財産で帳消しにしようというのだ。女性でも財産を持てる。しかし、その運用には夫が影響を及ぼすことができる。

 つい先ほどの騒がしさが嘘のように、しんと静まる。


「ね、ね、うちの国、大丈夫なのかなあ」

 ルーベンが縋りつくようにシストを見上げる。

「あー、まあ、どこの国でもそんなものだよ」

「ぜんぜん大丈夫じゃなかった!」

 困ったように言葉を探すも見つからず、結局直截な言い方になったシストに、バルドが目を見開く。


「こちらのライネーリ伯爵領ではみなさまが伸び伸びと過ごしておられまして、うらやましい限りですわ。女性もめざましい活躍をされていますわね」

「そんな風に言っていただけて、光栄ですわ」

 アウローラの心情を思って心を痛めつつ、フランカは慰めになる言葉がみつからないもどかしさに歯噛みする。


「ですが、我が婚約者さまはそんな風には思われませんの」

 アウローラは茶をゆっくり飲んでカップをソーサーに戻す。

「女性は従順で可愛げがある方が良いとおっしゃられてそういった下級生に目を掛けられておられますのよ」

 少年たちとフランカは絶句する。王家の不始末を押し付ける格好になる令嬢をそこまでないがしろにするのか。

 そして、アウローラが誰にも心情を吐露できずにいたことをなんとなく察する。あまりにも不誠実な婚約者の愚痴を言いたくなったとしても、それができないのだ。王室批判だとあげつらわれたり、逆に反王室派に利用されることも頭に置いておく必要がある。


「そ、そんな。アウローラさまはあんなに商人たちに信頼されておられたじゃないですか。とてもすごいことです。女性でもいろいろやってみてはいけないのですか」

「リエト」

 憤慨するリエトをフランカが制止する。


「良いのですよ。リエトさまのおっしゃるとおり、わたくしもなんでもやってみたいのです。あなたたちがとても眩しくてよ。将来に向けて希望に満ち溢れていますわ」

 少年たちの脳裏に、この休暇であれこれ経験し考えたことが駆け巡る。自分たちは持たざる者だと思っていた。けれど、アウローラは持っていてもそれを不当に奪われようとしており、それでいてないがしろにされているのだ。こんなにうつくしく優しく賢く、鮮やかな人が。


「わたくし、みなさまにお会いできてとても嬉しいですわ。みなさまはお互いにこんなに信頼し合っている。リエトさまとアーテルは異種族であっても、こんなに強い結びつきを持っている」

 希望を持てますわ、と微笑むアウローラは決然と言う。


「わたくし、もう少し待ってみようと思いますの。みなさまのように、もう一度信頼し合う関係性が結べないか尽力しますわ」

 でも、それでも駄目なら、きっと侯爵は動くだろう。

 アウローラはそう言う。




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