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うつくしい黄金の陰影を作り出す波打つ髪、澄み渡る空の瞳、すこしつんとした鼻頭とやわらかい頬のカーブが少女らしさを表している。
アウローラ・カファロは完璧な淑女の礼をし、出迎えたライネーリ伯爵夫妻にあいさつをした。カファロ侯爵から託されたと言って、たくさんの贈り物をし、ライネーリ伯爵を恐縮させた。
フランカともすぐに打ち解けて笑顔で語り合う。
「みなさま、少し見ないうちにずいぶん日に焼けられましたのね」
「バルドの故郷で船に乗せてもらったり、釣った魚を捌いて食べたり、泳いだり、浜で網焼きをしたり、密貿易の犯人を捕まえたりしました」
アルフォンソがアウローラと別れたあとにあったことを端的に話した。
「まあ!」
さすがのアウローラも絶句する。ひと夏の間にどれだけの経験を経るものなのか。それにしても盛りだくさんである。
リエトたちはライネーリ伯爵家の面々に語ったことをまたアウローラに話した。ライネーリ伯爵家の面々は一度聞いた話ではあるものの、にこやかに傾聴する。それだけ、少年たちの冒険は貴族はなかなか経験しない事柄ばかりであった。密貿易品の隠し場所やら犯人追跡やら管理局の表彰といった話は何度聞いても胸が躍る。アーテルのおたから探しからのバルドに譲ったことやランベルトを船長に推挙したくだりでは目頭が熱くなる。
また、リエトが送って来る手紙と、実際に面と向かって話すのとは違う。更に言えば、友人たちの見解や話しぶりも加わって、違いが楽しいのであった。
アウローラは少年たちの話を聞いたり、オルガやフランカとともに社交界の話をしたり、ライネーリ伯爵から事業の発明品の説明を受けたりした。
「魔装通信機も、そろそろ、一般家庭に浸透してくるのではないかと思っているんです」
「今はまだ、国か大商人が寡占していますわね」
「市場が開けてから開発するのでは遅いですから」
「伯爵はどんなことを改善されるおつもりですの?」
「通信のタイムラグをなくすことを考えています。こういった小さなイライラをなくすちょっとした工夫が好まれる。そう言う積み重ねが案外重要だと思っているんですよ」
ライネーリ伯爵はあくまでも、使い手の心地よさを追求したいという。魔装通信機は軍事使用をされることが多い。その観点からであれば、傍受や傍受妨害に血道を上げる。それに一切触れないということからも、軍事使用向けの通信機を開発する気はないという意思が読み取れる。
「軍部向けの製品を開発する方が儲かるというのが一般的な見方です。ですが、長期的に見れば、広く売り出す方が儲かるとわたしは思うのですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。いずれ、平和な世が訪れたとき、一般庶民の馴染みのものがライネーリ伯爵家の製品だとしたら? そうしたら、次に販売されたライネーリ伯爵家の製品も関心を持つことでしょう」
「なるほど。そうですわね。いつも使っているということこそが、次のものを買う保証に繋がるということなのですわね」
「そうです。だから、使い心地の良さを追求するのですよ」
良いものだと思ってもらえるようにねと言って、ライネーリ伯爵は茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせた。
傍らで熱心に話を聞いていた少年たちの心はひとつになっていた。「さすが、伯爵さま」「すげえ、伯爵さま!」「格好良い!」「さすがは電光石火!」「先見の明がおありだ」
「カントリーハウスの隣街で祭りがあります。そこでも我が伯爵家の魔装器具を多数貸し出ししていますよ。ぜひ、カファロ侯爵令嬢もお楽しみください」
「まあ、ありがとうございます。ぜひ伺いたく存じますわ」
祭りの日、少年たちは朝食を少なめに摂った。
「せっかくのお祭りですもの。たくさん楽しんでいらっしゃいませね」
そう言って、伯爵夫人オルガは少年たちに小さな袋を渡した。てのひらに乗せたとたん、かしゃりと音がするので、貨幣が入っているのだと分かる。こういうときは遠慮してはいけない。
「「「「「「ありがとうございます」」」」」」
「おん!」
アーテルもひもで首にをかけてもらって礼を言う。なんでもリエトといっしょ、お揃いが嬉しいのだ。
「わたくしにまで」
「もちろんですわ。受け取って下さいませ」
「毎年、こうやってわたくしたちに渡してくださりますのよ」
戸惑うアウローラに、当然のことだとオルガは笑い、フランカはこういうものなのだとほほえむ。アウローラははにかみながら礼を言う。居合わせた者たちがその様子に見とれる。
隣街とはいっても、ライネーリ伯爵家の敷地内は広い。馬車で行くことになった。
ふたつの馬車に分かれたのだが、リエトは姉フランカと同乗することになったので、自然とアウローラとアルフォンソもいっしょの馬車になった。カファロ家の馬車なのに、その子供たちは乗らないということとなった。ちなみに、アーテルは当然のごとく馬車に並走した。
隣街の手前で馬車を抜き去り、壁門の脇で得意げに顎を上げてお座りして待っていた。門衛は祭りの日の風物詩とばかりに「おお、今年も来なさったか」などと歓迎する姿勢である。
隣街に着いた際、そのカファロ家の馬車から出てきたバルドたちが神妙な顔つきになっている。
「なにかあったの?」
「いや、その、」
「ライネーリ伯爵夫人からいただいた袋の中に、」
「ちょっとびっくりしちゃって」
「なあ、リエト、中身見た?」
「そう言われれば、見ていなかったな」
アウローラと狭い空間にいっしょにいたという状況に緊張せずにはいられなかったのだ。
「リエト、これ、フローリン金貨が入っている」
アルフォンソも遅ればせながら袋の中を見て目を丸くする。
「あ、そうなの? 本当だ。でも、ほとんどギルダー銀貨かグルデン銅貨ばかりだから、祭りのお店で使えるよ」
「いや、そうじゃなくってさあ」
「こんな大金、いただくわけにはいかない」
「あ、あれかな? 俺たち、サーカス団の催しを見るのを楽しみにしていたから、その入場料?」
「サーカス団は街の円形劇場で行われるから、入場料を払わずに見られるよ」
ルキーノにそう返すリエトの言葉に、少年たちは意味を掴み損ねて首を傾げる。野外円形劇場はライネーリ伯爵家の所有物であり、その係累用の専用席が用意されているのだ。そんなことは露知らない少年たちはサーカスという見たことのない催しに、期待せずにはいられない。
「でも、こんなに大人数が無料になることもないだろう」
「どうだろうね?」
「まあ、行ってみればわかるだろう」
少年たちの話がひと段落ついたところに、フランカが発言する。
「お母さまはみなさまがお腹いっぱい祭りの料理を食べることをお望みなのですわ」
少年たちは顔を見あわせる。
「もし、余ったら、お土産でもお買い求めになるとよろしいですわ。どなたかのものでなくても、今日の記念にご自分のものでも」
「とても素敵な考えですわ」
フランカの、ひいてはオルガの考えを支持するかのように、アウローラが称賛する。その言葉に励ましを得て、フランカはやや頬を染めてアウローラに提案する。
「ね、アウローラさま、もしお気に召したものがございましたら、お揃いのものを買いませんこと?」
「あら、良いですわね! ごいっしょに探しましょう」
アウローラもまた、第二王子の婚約者である侯爵令嬢という立場から、あまり同年代の少女たちとも心安く接する機会が乏しかった。初めての「お揃いの品を持つ」という仲間うちの証めいたことをするのに高揚した。
令嬢ふたりは侍女と護衛を伴ってゆっくりと歩きだす。
少年たちは彼女たちにつられるようにして、街に足を踏み入れた。




