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アーテルの怖いもの。がぜん、少年たちは興味を持つ。
「アーテルの怖いものってなんだ?」
「魔物ですら威嚇するだけで怯ませ動けなくするアーテルが?」
「泳ぐことすらあんなに上手いのに」
「リエト、知っていた?」
「ううん、知らない。アーテル、怖いものってなあに?」
『おれ、こわかった。リエトが毎朝、がくいんに行くって言っておうちに残されたの』
しょんと耳を伏せるアーテルに、少年たちはあっとなる。
アーテルが最も怖かったのは、リエトに置いて行かれたときだ。リュケイオンに入学し通いだしたら、それまでずっといっしょだったリエトと離れて過ごすことになった。
『シツジがニコニコしながら良いこにしていないと、リエトといっしょにいられないって言っていたの。リエトのめいわくになったらいけないから、って。おれ、良いこ!』
毎朝「きゅーんきゅーん」と鳴いて引き留めていたというのに、どの口が言うのか、とはならなかった。
分かっていても、どうにも寂しかったのだ。リエトだけでなく、ふたりのことを見てきた少年たちにもアーテルの心情が汲み取れた。
「そうだね。アーテルはとても賢くて頼もしい相棒だよ。僕はアーテルといっしょにいることができて嬉しいよ」
『おれも! リエトといっしょ!』
ぴんと三角耳をたててアーテルが元気を取り戻す。
話題は、怪談から将来のことについてに移る。
「バルドは船乗りになって船長を目指すんだろう?」
「そうだ。きっと船を任されて「黒狼号」って名前にする」
「ルーベンは決まっているの?」
「僕は商人になろうかな」
「お、じゃあ、俺が船で運んでやるよ」
「わたしは、公証人の勉強をしてみようと思う」
「おー!」
「もしかして、」
「そうだ。アウローラさまのお話を伺って、実際に調べてみようと思った」
「まあ、シストならなれるだろう」
「君もやってみないか?」
「え? 俺? でも、俺は馬鹿だから」
「いや、君の記憶力は活用しないのは勿体ない」
「本当にその通りだよ! ね、アルフォンソ」
「そうだな。やってみろよ」
「ほら、リエトにアルフォンソもそう言っている。ルキーノなら大丈夫だ」
「シストにルキーノが公証人になってくれたら、心強いや」
「みんな、他人事だと思って」
「確かに、勿体ないよな。俺と似たり寄ったりの馬鹿でもすごい才能があるんならまったく違うさ」
「でもさあ、俺、本当に、」
「馬鹿だからって言い訳すんな」
「今からみっちりやればいい」
「あ、じゃあ、こういうのはどう? ルキーノは全部できなくてもいいから、シストの補佐をするっての」
「なるほどな。記憶力に特化した交渉人ってことか」
「ふたりで一人前?」
「シストが特別にすごい公証人になればいいんだよ。特別にすごい公証人だったら、その補佐が必要だって誰もが思うでしょう?」
「それもいいな」
「あー、うん、ひとりでやらなきゃならないというんじゃないなら」
「アルフォンソは? なにかしたいことがあるのか?」
「俺は、まだ決まっていない。でも、母が遺してくれた山の管理をしなくてはならないとは思う」
「来年はみんなで行こうね」
「そうだな」
「リエトは?」
「僕? 僕はまったく決まっていないよ」
そんな風にわいわいと話し合った。
怪談から将来について移行した話題はどこをどうしたものか、恋愛についてに変遷して行く。
「リエトはあれだな、伯爵夫人に似たんだな」
「だから、伯爵はリエトを猫っ可愛がりされるんだな」
「夫人のお話もにこやかに聞かれていたものな」
「事業のことも夫人のアイデアを取り入れられておられるものね」
「うん。理想の夫婦像だな」
そこから、リュケイオンの少女で誰が可愛いかなどという話で盛り上がる。ルキーノが「そういやあ、バルド、休暇前にちょっと可愛い子に告白されていたな」と言うのに、バルドが「あー、あれ、断った」と返したからだ。
「なんだよ、もったいない!」
「いっしょに休暇を過ごそうって言うんだぜ? もう目いっぱい予定が詰まっていたよ」
ルキーノがわめくのに、バルドはうるさそうに耳をふさぐ。
「ああ、あれか。夏の休暇のひとときを恋人と過ごそうというやつ」
「そうそう。期間限定なんだよ。俺が断っても違う誰かを探すだろうさ」
シストの言葉にバルドはなんてことはないという風に返す。モテる男の言葉は違う、とリエトはこっそり思う。気負いがない。
「やっぱり、女子はあれかなあ。バルドみたいなワイルドな感じが良いのかな? 夏をいっしょに過ごすのなら?」
「アカデメイアならともかく、リュケイオンはリベラルだからな」
盛り上がる三人から一歩引いたところで、ルーベンとアルフォンソが自分たちには関係のないものだとばかりの口ぶりで話す。
「リエト、おとなしいな?」
「そういえば、リエトから恋愛の話は聞かないな?」
バルドとルキーノがターゲットを定めてにやつく顔を向けて来る。リエトはきゅむっと唇をひん曲げて、黙秘を貫いた。ぺろっとしゃべってしまったのはアーテルである。
『リエトはアウローラが好き!』
「————っ!」
絶句し真っ赤になるリエトを見て、アーテルはあれ、と小首を傾げる。
あわてふためき言葉もなく、挙動不審に視線をうろつかせるリエトに、アーテルは自身がまずいことをしゃべってしまったのだと悟る。アーテルはリエトに関しては敏感だ。リエトが隠しておいたことだったのだ。
『リエト、ごめんね。しゃべっちゃだめだったの』
アーテルがしょんぼりする。
自身の心情に捉われていたリエトはアーテルの考えに思い至る。アーテルはバルドたちの前でなら話しても良かろうとみなしたのだ。そう分かったとたん、嬉しさがじわじわこみ上げてくる。アーテルはバルドたちを認めている。リエトの気持ちを話す信用に値すると、判断したのだ。
「ううん、みんなにならいいよ。でも、恥ずかしいから、お父さまたちにはないしょにしていてね」
『わかった! ここのみんなとのヒミツだね』
「そうだね」
ふたりは顔を見あわせてくすくすと忍び笑いをもらす。
今度はバルドたちが嬉しそうにする。ふたりに信用されているのだ。その信頼が温かく、心地よかった。だから、一部の少年は、芽生えそうな恋心を淡いままで留め置くことにした。




