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少し前、リエトは恋がしたいと思った。長年、友だちが欲しいと願っていた。その希望が叶ったら、次は恋をしたくなった。しかし、小柄で子供っぽい姿ではモテないだろうと思う。しかも、四六時中アーテルとべったりだ。余人も入る余地がないのだ。
リエトの兄と長姉は結婚している。兄はリュケイオン擁する街のタウンハウスに居を移し、長姉は別家へ嫁いだ。そして、じきに次姉もまた、嫁ぐ。
家族はリエトを急かそうとはしない。リエトはなんとなく、リュケイオンを卒業後、このカントリーハウスに戻って来て暮らすのだと思っていた。
けれど、リュケイオンであったこと、この長期休暇で見聞きしたいろんなことによって、もっと違う将来を思い描くようになった。タウンハウスの敷地とその隣街が世界の全てだったのが、大きく開けたからだ。いろんな出会いを経験した。
カントリーハウスに帰省した日の夜、アウローラが夢に出てきた。姉とアウローラの話をしたからだろうか。翌朝、シーツにくるまってベッドから動けないでいるリエトにアーテルが反応する。
『リエト、どうしたの? 遊んでいるの?』
なかなかシーツから出てこないリエトに、だんだん心配になってきゅーんきゅーんと鼻を鳴らす。リエトは顔だけ出してアーテルにおはようと言った。
『リエト! 出た!』
顔をなめられる。最近していなかったのに、久々である。
アーテルは犬ではないのだが、似たような行動をとる。
そんなアーテルは、朝食後、カントリーハウスの敷地内をひとめぐりした。久々に戻って来た縄張り内に異常がないかを確かめているかのようだ。
四肢で地を蹴り駆けだしたかと思うと、あっという間にもう向こうの方に行って豆粒のように小さく見える。リエトの隣を並走するときはずいぶん力を抑えているのだなと分かる。
アーテルは駆けだしたらすぐにトップスピードに達する。そして、減速もスムーズでいつの間にかゆるやかに四肢を動かしたかと思うと、とっとっとと歩き、止まる。
今もまた、丘陵の向こうに姿を消したかと思うと、別の方向の斜面から出て来、見る間にリエトの眼前までやって来た。
「じゃあ、みんなで散歩しようか」
カントリーハウスの敷地内を案内する。
「うお! 川が流れている!」
林のほとりを縫うようにして川がゆるやかに蛇行しているのを見つけ、バルドとルキーノがそちらへ駆けていく。リエトはアルフォンソたちと話しながらのんびりついていく。
「魚がいるぞ!」
こちらを振り向いてバルドが言い、ルキーノはさっそく水に手を入れている。
「冷てえ!」
ルキーノがはしゃいだ声を上げ、自ら引き上げた手を振る。
バルドは靴を脱いで水へ入ろうとし、振り返ってリエトに川に入っても良いか問うてきた。
「うん、良いよ。僕たちもよく水遊びをするもんね」
傍らを尾を振り振り歩くアーテルを見下ろす。つぶらに輝く瞳とかち合う。
『ね! 冷たい水をぱしゃんぱしゃんするととっても楽しいね』
アーテルは前足で水面を叩いて水しぶきを飛ばすのが、暑い日のお気に入りだ。
「釣り道具を持って来たら良かったね」
川の魚で釣りをすると聞いて、がぜん腹ペコ男子たちが勢いづく。さっき朝ごはんを食べたばかりなのにだ。
「岩で囲いを作ってそこに追い込もうぜ」
「捕った魚は食べても良いの?」
「うん、良いけれど、全部捕らないでね」
リエトは食べつくされる危惧からそんな風に答える。
魚を捕獲しようと励むバルドやルキーノを川辺に座って眺めながら、リエトが友人たちと話している間に、アーテルはボールを川に放り、流れて来るのを川下で待ち受けて咥え取る「ひとり取って来い遊び」をしていた。
ボールを咥える顎からぽたぽたと水がしたたる。
「水も滴るイイ男、格好良いアーテルだね」
リエトはそうからかいながら布でぬぐってやる。アーテルは嫌がるそぶりを見せずされるがままである。だれかほかの人間がやったら反射的に顔を振って拒否する。
ちなみに、ボールは散歩の際の必需品であり、今はそれにトレントからもらった枝が加わっている。
昼食は丘の上、木陰に使用人が運んで来てくれた食事を摂った。
「林を渡って来る風が心地よいな」
「木陰だと夏でも涼しいよね」
「たくさん運んで来てくれたんだね」
ライネーリ家ではリエトから送られてきた手紙で末っ子の友人たちがどれだけたくさん食べるかということを何度となく書いて送って来ていたものだから、それはもうふんだんに用意した。お腹いっぱいになって欲しいと思っている。
たくさん遊び、たらふく食べ、昼寝をし、夕食前には勉強もした。アーテルのすぴすぴという鼻息を背景にライネーリ伯爵家のライブラリーの書架から本を引っ張り出し、課題に取り組んだ。
ロングギャラリーには美術品だけでなく、伯爵家が手掛ける魔装器具が並んでいる。
「わーお! 魔装冷蔵庫がある! 魔装湯沸かし器も!」
「あれ、リュケイオンの隠し部屋に置いてある魔装器具って、もしかして?」
部室で見たおなじみの魔装器具を見つけてバルドがはしゃいだ声を上げ、ルキーノがはたとなる。
「なにを言っているんだ。魔装冷蔵庫はライネーリ伯爵家の発明品だ」
「ええー!」
「すっげえ!」
「部室の隠し部屋に設置されたときに、話しただろう?」
呆れるシストに、バルドやルキーノが驚き、アルフォンソは別の意味で驚く。
「魔装器具は次々に発明されているけれど、たいていその技術は大型装置に用いられているんだ」
「そんな中、家庭用器具の発明を先駆しているのがライネーリ伯爵家だ」
ルーベンの言葉をシストが引き継ぐ。
「お父さま、リュケイオンの「魔装器具研究部」の研究にも興味を持たれているんだよ」
「ああ、魔装通信機がどうとかおっしゃっていたな」
「妖精が手伝っているやつな」
「伯爵さま、行動が速いよな」
「ひとつの行いでふたつみっつの成果を得られている」
リエトの言葉に、少年たちは電光石火で学院にやって来て隠し部屋の内装を整えた伯爵が、行きがけの駄賃とばかりに行っていたことを思い出す。




