7-7
アーテルが岩場の影から飛び出した。
「アーテル!」
リエトは迷わずアーテルを追いかける。少年たちも続いた。
「速い!」
「砂場で走りにくいのに!」
「アーテルじゃあるまいし」
リエトの背筋は伸び、軽々と上がる脚はリズミカルに砂を蹴る。そして、ほかの少年たちを引き離して先へ進んでいく。
「背中に翼が生えているようだった」とは後からアルフォンソが言ったものだ。
背後から聞こえてくる声に、リエトはそう言えば、アーテルは最新の魔装スクリューを搭載した船よりも速く泳げると言っていたと思い出す。
そんなことを考えた矢先、アーテルが海に飛び込んだ。向かう小舟は大分近づいて来ていて、男ふたりが乗っていて櫂を漕いでいる姿がくっきりと見える。
リエトは岩の洞窟の方へ砂浜から向かう。後ろからついて来る少年たちに、アーテルが船よりも速く泳げると言っていたことを話す。なにかしゃべっていないと、不安でどうにかなりそうだった。
「本当だったのか?」
「アーテルだからなあ」
「バルド、本気で君の船、「黒狼号」にしないか?」
「いいねえ」
「あっ、見て!」
アーテルはするすると泳ぎ、小舟に近づき、気づかれる前にひっくり返す。唐突な出来事に慌てふためいている。
ふたりの男は息も絶え絶えでなんとか岩場にたどり着く。リエトたちは物音をたてないように慎重に進み、岩場の様子をうかがう。
「な、なんだ?!」
「ひっ、化け物!」
リエトは息を呑んだ。
アーテルが男たちに続いて岩の洞窟に上がったのだ。リエトは迷わず、埋め込んだ砂をかいた。後ろから手が伸びて来て、少年たちもそれを手伝う。アーテルはあんなに軽々と砂を取り払ったというのに、詰めこんで固めておいた砂は頑強だった。
ようやく、向こう側が見えた。
やぶれかぶれとばかりに向かってくる者たちに、アーテルはあわてず騒がずひょいと片前足を上げてべしりとたたきつける。ふたりまとめて横ざまになぎ倒される。
「「きゅう」」
「気を失うときに「きゅう」って本当に言うんだなあ」
「呼気が漏れる音なんじゃないか?」
ルキーノとバルドが呑気なことを言うが、リエトはそれどころではない。
「アーテル!」
なんとか隙間から身を入れようとするリエトを、アルフォンソが止める。
「リエト、危ないから出るな」
「でも、アーテルが!」
アーテルは倒れた男たちから視線を外さないものの、余裕綽々である。
「いや、どう見てもアーテルの方が有利だろう」
「めっちゃ平然としているよな」
「うん、牙を見せてもいないし、威嚇もしていない」
「あの魔物たちよりも弱いってことか。人間だものな」
少年たちの言葉に、リエトも徐々に落ち着きを取り戻した。
「あれ、これって、密貿易の犯人を捕まえたってこと?」
「おお、そうだな!」
そうこうするうちに、ランベルトが警邏を連れて駆けこんできた。
「君たち、無事かい?」
「おー、ランベルト、お疲れー」
「犯人、捕まえたよ」
「へ?!」
ランベルトが見たのは、縛り上げられた男ふたりの傍で車座になってのんびりする少年たちと狼である。
「こいつらが襲い掛かって来たんだ!」
「化け物をけしかけやがったんだ!」
意識を取り戻した男たちはそんな風に自己弁護した。自分たちは被害者だから早く縄を解けと言う。
「この子供たちが?」
「こんな凶暴な獣を連れているんだぞ」
うろんげになる警邏に、男たちは唾を飛ばさんばかりの勢いで訴える。
「それともなにか? こんなランベルトのような泳げない水夫の言うことを信じるのか?」
男のひとりがそう言いながら、自分は立派な船の船長なのだから、解放しろと忌々し気にする。
二人組はなんと、ランベルトの知り合いだった。
確かに、船長相手では子供と水夫とでは分が悪い。しかも、アーテルはいかつい顔の狼だ。
ランベルトの暗澹たる表情に、少年たちはにわかに不安になる。発言力が必要なのであるならば、従者や護衛が戻ってくればなんとかなるかもしれない。そう思って、浜辺の方へ視線を向ける。
「あれ? どうしてここに?」
「うん? え、執事?」
いち早く気づいたルーベンの声に、リエトが顔を向けると、アーテルの言う「ニコニコのシツジ」が近づいて来ていた。そして、その後ろからライネーリ伯爵が登場する。
「お父さま!」
思わずリエトが駆け寄る。アーテルも当然のように着いて行く。
「あ、こら、戻って来なさい。まだ話は終わっておらん」
そうは言うも、やって来た者と話している風なのを見て取る。逃げ出したのではないと分かって、縛られた男ふたりに向き直った。
「やあ、リエト、ずいぶん日に焼けたね。それに、なんでも冒険をしたらしいじゃないか」
伯爵はちょうど浜辺のすぐ近くの港町に着き、管理局に顔をだしたところ、ランベルトが話した内容でもちきりだった。大きな黒い狼というのを聞いて駆け付けたのだという。
「それでここにいらしたんですね。でも、どうしてこの港町に?」
「カファロ侯爵から侯爵令嬢がカントリーハウスを訪問したいという連絡を受けてね」
「了承の連絡をされた後、慌てて急ぎの案件を片付け、領地へ向かわれたのです。リエトさまと夏を過ごせるとあって、それはもう浮き浮きと」
「タウンハウスの方はお兄さまたちに任せてきたから大丈夫だよ」
ニコニコのシツジのどこか棘のある言葉にもどこ吹く風で、伯爵はリエトに嬉しそうに言う。
アーテルも親しい者と久々に会えたのが嬉しいのか尾を左右に振る。
「アーテル、ずいぶん活躍したみたいだね」
『おれ、わるものを捕まえた! ずるをしているやつ! リエトのお父さまはずるをせずにやっているのに!』
「確かに伯爵様は真っ当な取引をされています」
伯爵が労うと、アーテルは憤慨し、執事は冷静に受け止める。伯爵はアーテルの言葉に驚いた。
「アーテルはわたしがまっとうに商売していて、そういった正当がなされるべきだから、不正を糺そうとしたんだね?」
『そう! だから、おれ、がんばった!』
偉いでしょう?とばかりに伯爵を見上げ、その視線をリエトに流す。伯爵は笑いをかみ殺した。アーテルはどうしたって、リエトに褒めてもらいたいのだ。そして、リエトは自然とアーテルを褒める。
「アーテルががんばってくれたおかげで、ズルをなくせるよ。アーテルの言う通り、ちゃんとやっている商人たちにとって、不公平だものね」
偉いねとリエトに撫でられて、アーテルはご満悦だ。
それだけで、密貿易の犯人を押さえ、摘発がなされるのだから、大したものである。伯爵としてもまっとうな商売をしていると対外的に印象付けられるのだからメリットがある。アーテルとリエトには伯爵の方から褒美をやることにしようと内心考えた。
「失礼、そちらの狼?ですかな? その飼い主はあなたでしょうか?」
後からやって来た人物が見るからに良い身なり、品のある様子に高い身分だと見て取った警邏が声を掛けて来る。
「こちらはライネーリ伯爵でいらっしゃいます」
執事が答える。
「ラ、ライネーリ伯爵さま! これは失礼をしました」
「こちらのライネーリ伯爵のご子息が不正をした者を捕らえたそうですな」
執事がにこやかに問う。
「はっ!」
しゃちほこばる警邏の向こうで、縛られたままの船長と船員は形勢が逆転したと知り、愕然とする。彼らが突き付けた「どちらの言い分が受け取られるか」は、自分たちの分が悪いと悟る。
そうして、密貿易を企てていた船長と船員は捕縛され、余罪を追及された。少年たちとアーテル、ランベルトはお手柄であると管理局から表彰された。ライネーリ伯爵の関係者であることが手伝ってそれはもう盛大に感謝された。
「あの、このランベルトは今まで泳げなかったから、雑用しか任されなかったんです。でも、泳げるようになりました」
バルドが口火を切って管理局のお偉方の面々にそう訴えた。見つけた宝物を自分の夢に使ってくれと言われた温かさはずっと心に残っている。
少年たちはすぐにバルドが言わんとするところを察して援護射撃する。
「そうしたら、とたんに悪者を捕まえたんです」
「悪事を発見!」
「ランベルトは操船技術も持っていると聞いています」
「ほかの船長が認めているのです」
やさしさはめぐり巡る。今度はランベルトに向かっていく。
「あ、俺の分の褒賞はランベルトがどこかの船員になれるということに代えてもらえますか?」
「俺も!」
「僕も!」
「わたしも同じく」
「おん!」
口々に言う少年たちに面食らっていたお偉方は、最後にアーテルが自分もというように鳴き声を上げたのに、笑い出した。
「こんなにすごいことを成し遂げた君たちに認められ慕われているのならば、素晴らしい上級船員になるでしょう。分かりました。わたしの方からどこかの船に乗れないか打診してみましょう」
「それなら、わたしが良い船長を知っていますよ」
「いやあ、若いって良いね!」
言いながらお偉方が肩を叩くランベルトは号泣して声が出ず、うんうんと何度も頷いた。
ライネーリ伯爵と執事が一連の出来事を微笑ましく眺めており、とても誇らし気だった。
「リエトは良い友人を得た」
「まことに。素晴らしい休暇をお過ごしのようでなによりです」
後に、港町に狼を連れた少年たちが悪事を成敗したとか、黒い化け物の噂が出回った。酒場の酒のお供として突拍子もない話は酔いどれたちに好まれた。




