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アーテルは洞窟の奥、行き止まりになった方へ耳を澄ます様子を見せた。
リエトたちはアーテルの邪魔をしないように口をつぐみ、身じろぎもしなかった。
『「このあたりだ、海の方から回ろう」って言っているよ』
砂浜を辿って岩場に駆け付けたアルフォンソたちだという。
「あー、ちょっとのんびりしすぎたからな」
「心配させちゃったね」
「彼らと合流して事情を話そう」
話は決まったのだと知ったアーテルが勇ましくひと声上げた。
「おん!」
そして、リエトを見上げて言う。
『リエト、おれ、ここを掘るから、向こうへ行っていて』
「アーテル?」
どういうことなのか聞こうとしたが、アーテルはすでに岩場の奥の足元、砂を掘り始めていた。徐々に飛び散る砂が勢いを増す。たまらず、リエトたちは岩の洞窟の入り口にまで戻った。
「葉巻を砂に埋めていたことといい、この岩場は半分砂にうずもれているようなものなのかな」
「案外、アーテルの頑丈な爪は岩も掘れるのかも」
ランベルトとバルドがそう言うも、リエトは心配で洞窟の奥から視線を外せずにいた。
「———アーテル?!」
「アーテルだ! そこにリエトたちはいるのか?」
「すごい、掘っている!」
アルフォンソやシスト、ルーベンの声が聞こえてくる。
「アーテルは狼じゃなく犬だったのか?」
ルキーノのとぼけた声が明瞭に届くようになる。それを聞きながら、ランベルトが口を開く。
「そうか、砂浜の方からも通れるようになっていたんだ」
「それを、誰かが砂で埋めていた?」
「誰が?」
バルドとリエトが口々に疑問を呈しつつ、三人の視線は葉巻が入った革袋に集まる。
「こいつは盲点だったな。小舟か泳ぐかしないとたどり着けない岩場だったから、浜辺からアクセスできるとは思いもよらなかった」
つまりはそういうことだった。洞窟のぽっかり空いた海側にばかり意識を取られていたが、密貿易品だけでなく、浜辺へ続く出入り口も砂で埋められ隠されていたのだ。
「いやあ、本当にアーテル、お手柄だな!」
「アーテル、前足、痛くない? 大丈夫?」
リエトはせっせと砂を掘るアーテルを心配する。
『大丈夫! ———でも、後でまっさーじしてくれる?』
得意げに顎を上げたアーテルは、しまった、ここは甘えられる場面だった、とばかりに小首をかしげて上目遣いでリエトを見やる。アーテルの考えは間違っている。どんな場面だとて、アーテルはリエトに甘えられるし、リエトはそれを受け入れる。
「もちろん。あとでブラッシングもしようね」
砂まみれだよ、と毛を逆立てるように撫でるリエトに、アーテルは身を寄せる。
「それ以前に、君たち、もう一度海に入って来た方が良いよ」
「ぜったいに真っ白になっているはずだ」
「みんな、怪我はない?」
「とりあえず、腹は減っているなあ」
岩の裂け目を埋めていた砂が取り除かれ、その隙間からシストたちが顔を出す。もちろん、最後の科白はルキーノのものだ。もうもうとあがる砂煙の向こうから届く声に、案外、誰が何を言っているのか分かるものなのだなあと感心するリエトである。
シストの助言の通り、リエトたちは海で砂を落としながら事情を説明する。
「密貿易!」
「うわーお」
「事と次第によっては、国際問題か」
「そんなものを見つけるなんて、アーテルは本当にすごいね」
『すごいって』
褒められたアーテルがリエトの方を掬い上げるように見やる。ちょっぴり不敵そうな自慢げな感じに、リエトは吹き出しながら、すごいねと撫でる。アーテルはよほど尾を激しく左右に振っているのか、ぐぐっと体が持ち上がる。
「ともかく、僕はひとっ走り行ってくるよ。当初の予定通り、君たちはどこかで身を潜めながら見張っていて」
「えー、腹減ったなあ」
どこまでもマイペースなルキーノに、ランベルトがずっこける。
「持ってきたサンドイッチや串焼きがあるよ」
「お、じゃあ、食べて待っていようぜ」
「この穴、一応、戻しておこう」
「洞窟の中、砂まみれだね」
「まあ、遠くから見て異常がわからなければ良いだろう」
「そうだな。中へ入って見て異常だと分かったら、ボロを出す可能性もあるし」
「君たちはいつだって自分らしさを失わずにいる上、良いアイディアが出るね」
口々に言う少年たちに、ランベルトが感心する。
岩の洞窟を見張る場所でひと悶着あった。
二手に分かれて違う角度から見張る方が良い、いや、それでは危険なのでみなでひと塊になっていた方が良いなど話し合う。
『おれはリエトといっしょ!』
二組に分かれるのだと知ったアーテルが真っ先に主張する。
「うん。————それでも良い?」
リエトがほかの少年たちを見渡す。
「いや、別々にしようとは思わない」
「だな。というか、俺たちもアーテルにくっついていた方が良いんじゃないか?」
「そうだな。ここは確実に安全な方を取ろう」
「それに、アーテルだったら、あの岩場に誰かが近づいたら分かるんじゃない?」
なお、ルキーノは早速とばかりにサンドイッチを頬張っている。
「あ、フライング!」
「とにかく、移動しよう」
いつ戻って来るか分からない。ランベルトが先か、密貿易をする者が先か。そう考えると、うそ寒くなる。
リエトはアーテルに事情を説明して助力を得ることにした。
「ね、アーテル、あの岩に隠してあったのって、実はズルをして売ろうとしている商品みたいなんだ」
『そうなの? リエトのお父さまもお兄さまもいっしょうけんめい働いているのに!』
アーテルはふだんからリエトやニコニコのシツジから、伯爵やその後継が働いて得た金銭で美味しいものを食べ、その他快適な暮らしを送れているのだと聞いている。そんな「リエトのお父さま」や「リエトのお兄さま」がリエトのことを好きでとても気にかけているのを知っている。リエトもまた彼らのことを愛しているのを感じ取っている。そんな彼らの苦労を否定するかのような、あるいは嘲笑うかのような所業に、嫌な気持ちになる。
「そうだよね。お父さまとお兄さまだけでなくて、ほかの商人たちも真っ当に働いているのに、ズルいよね」
だから、自分たちはそれを阻止するために見張りたい、どこかそうするのに良い場所はないかと尋ねた。
『分かった! ついて来て!』
アーテルはこっくりと頷いた。リエトも釣られて大きく頭を上下させる。
岩場の洞窟の向こう側にやや傾斜がついている場所があり、砂地からぽこぽこと岩が顔を出している。その間に収まれば、誰かが潜んでいると知らなければ見つからないだろう。
「打ってつけの場所だな」
「もう食べてもいい?」
岩の狭間に潜り込んだとたん、ルキーノが言う。バルドもようやく方針が定まって、空腹を思い出す。
いつもの腹ペコ男子たちだけでなく、ほかの少年たちもいろいろあってあっという間にサンドイッチを食べ終える。
「ホテルのサンドイッチだけじゃなく、屋台の串焼きも美味かった」
「果物も買っておいて正解だったね」
「ちょうど喉が渇いていたんだよなあ」
アーテルも果汁に汚れた口元を大きな舌で舐め回している。
「わたしたちの分まで買ってもらって悪いな」
「屋台を見ているとついあれもこれもと興味が出るんだよね」
道中の食事代までライネーリ伯爵に出してもらってばつが悪そうにするシストに、リエトはあれこれ食べられて嬉しいと言う。自分ひとりでは食べきれないものも、みなで分ければたくさんの種類が食べられる。
優しく前向きなリエトの言葉に、シストはライネーリ伯爵の狙いを悟った。そう食事量の多くないリエトが多種食べられるように、少年たちの分まで路銀を持った。そうすれば、リエトもシストやバルド、ルキーノが硬いパンをかじる隣で遠慮して興味を惹かれるものを食べられないこともない。
なお、ライネーリ伯爵がつけた侍従と護衛たちは買い物をして浜辺にやって来るまではついて来ていた。そこからは泳ぐだけだからと言って彼らに自由時間を与えている。彼らもまた、伝えておいた時間になったらやって来る。
「侍従が来る時間になったら、俺がひとっ走りいって伝えて来るわ」
「そうなったら、見張りは護衛の人にバトンタッチするように言われるだろうね」
バルドの言葉に、リエトもそれまでの見張り役だと言う。
そのとき、リエトの傍でうずくまっていたアーテルがさっと顔を上げた。耳がぴんと立ち、しきりに匂いを嗅いでいる。
「アーテル?」
『リエト、なにか来る』
アーテルの視線は海の方を向いている。
「小舟が近付いて来る! まずい!」
「警邏はまだか!」




