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翌日、ひととおり、前日に教えたことのおさらいをして、バルドはランベルトの様子を見るにとどめた。ランベルトは最初、もがくようにしていたが、徐々に身体から余計な力が抜け、ばらばらだった手足の動きが噛み合うようになった。
海の中で四肢を動かしてすいすい進むアーテルは鼻を水面すれすれに出し、息を吐く。ぶぴっ、と水しぶきが飛ぶ。
「わわっ! やったな、アーテル!」
リエトが両手で水を搔いてアーテルにかける。
それにほかの少年たちが参戦する。きゃっきゃと水を掛け合ってひとしきりはしゃいだ。
脇で少年たちが楽し気に笑い声を上げながら泳ぎ回っていたのが良かったのだろう。ランベルトはそう難しく考えることなく、ただ楽しく手足を動かしていれば良いということが実感となった。
元々、運動神経が良く、膂力も脚力もあった。そこから生み出される推進力がランベルトを前へ前へと押し出す。
泳げる。
あれほど、泳げないことをからかわれ、小突き回されていた自分が。操船術では負けない自信があったけれど、泳ぎができないせいで技術で劣る者たちの下につくしかなかった。
積年の望みが叶い、ランベルトは嬉しくて手足を動かし続けた。
「おーい、行きすぎだ! 戻って来い!」
バルドの遠くからかけられる声に気づけば、砂浜から大分離れた岩場にまでやって来ていた。
バルドのほか、アーテルという大きな狼と彼といつもいっしょにいる小柄な少年がランベルトを追いかけて来ていた。バルドや狼はともかく、リエトという少年はいかにも体力に乏しそうだ。
そのリエトになにやらささやかれたバルドは、ランベルトにもう少し先に行った岩場に上がるように指示した。
「そこで少し休憩してから戻ろう」
岩場は洞窟のように口を開けており、複数の人間が入ることができるほど大きい。アーテル、リエト、ランベルト、バルドの順で岩場に上がる。
乾いた岩は差し込む陽光に熱せられており、それが心地よく、アーテルを真似てリエトも隣に俯せに寝そべる。膝から下の脚を上げてぱたぱた振ると、アーテルの尾が合わせてはたはたと振られる。
バルドもまた、仰向けで完全に頭を岩につけている。その傍らにランベルトも座り込み、周囲を見渡した。この向きからは浜は端の方にかすかに見えるだけだ。
「ここは船では着岸できないな」
「ああ。小舟じゃないと無理だ」
「こんなところ、知っていたのかい?」
「いいや。リエトが、アーテルがここで休んだ方が良いって言っているからって」
岩をくりぬいた洞窟の入り口からは紺碧の海が見えた。立つ波が陽光に照らされてきらめき眩しい。
「ね、泳げるようになったね、ランベルト。おめでとう!」
「おう、そうだったな。おめでとう」
「ありがとう。君たちのおかげだよ」
リエトとバルドの寿ぎに、ランベルトは頬を染めて礼を言う。
「ランベルトは身体に筋肉がついているし、運動神経が良さそうだったから、コツを掴んだらすぐだと思っていた」
「でも、今まで泳げなかったんだ。バルドが教えてくれたからできるようになったんだ」
そうは言うも、自分たちを子供だと見下さず、素直に言葉に耳を傾け、努力を惜しまなかったからだとバルドは思う。そんなランベルトのことを思いやって、知り合いの船長はバルドに水練を頼んだのだろう。ということは、ランベルトの人徳によるものだ。
バルドはそれまで、そんな腹の足しにならないものには興味はなかったけれど、今は違う。リュケイオンで得た友人たちの影響で、そういうものが案外重要なのだと思うようになっていた。だから、泳げない男の水練を引き受けたのだ。嬉しそうな様子を隠さないランベルトに、引き受けて良かったと実感する。
「ランベルト、これで船長を目指せるね!」
「そうだな。先に船長になって今度は俺にいろいろ教えてくれ」
「もちろん。楽しみにしているよ」
こうやって骨折りや回り道したのが、巡り巡って自分に返って来る。それが人生の醍醐味というやつなのだろう。
だったら、見つけた「お宝」を自分にくれたアーテルの希望通り、船を持ってリエトたちを乗せてやろう。自分はあのとき、とても心揺さぶられたのだから。
岩場にたどり着いて身体を水から引き揚げたら、ずいぶん疲れていることが分かる。
しばらくへたっていたら、アーテルが洞窟のあちこちの匂いを嗅いでいる。
「アーテル、なにをしているの?」
『リエト、ここになにか隠してあるよ』
アーテルは網焼きの際、貝の身を殻から外してくれたりなにかと世話を焼いてくれたランベルトのことを信用して、しゃべる姿を見せるようになっていた。
バルドとランベルトは顔を見あわせて腰を上げる。
リエトも起き上がって服についた砂を軽くはたいてアーテルのところへ向かう。
アーテルはいつの間にか洞窟の中へ入り込んでいた。陽射しが届くかどうかのうす暗い中、掘り散らかした砂の下から、革袋がいくつもでてきた。
「確かに、隠していたみたいだな」
「でも、こんなところ、小舟でしか来れないぜ? もしくは俺たちみたいに泳いでくるか」
『なにが入っているのかな?』
ランベルトとバルドの会話を他所に、アーテルが革袋を縛っていた紐の端を咥える。
「ええと、他人のものを勝手に見るのはどうなのかなあ」
『おたからじゃないの?』
リエトが戸惑うのに、アーテルが小首を傾げる。咥えた紐が引っ張られ、どうしたものか、革袋が二転三転して口が開いた。そのまま傾いた革袋の口からぽろりとなにかが落ちた。
「葉巻?!」
「「ええっ」」
ランベルトが血相を変え、リエトとバルドが驚きの声を上げる。
遠い大陸から運ばれてくる高級嗜好品である。アーテルは軽々と咥えてみせたが、ひと抱えもある革袋にぎっしり詰められている。だからこそ、傾いただけで転がり落ちてきたのだ。
「こんな風に隠してあるってことは、密貿易品なんだろうな」
「密貿易!」
「ぬけ荷だ、脱税だ!」
リエトとバルドは口々に言うも、ランベルトの表情はより深刻だった。
「その通りだよ。高級嗜好品であれば、かけられる関税も高くなる。略奪でたまたま手に入れたならまだしも、交易許可を得ていない国籍の船がこっそり買い付けていたとしたら、その国の国益を危うくしたとなって国際問題にも発展する」
あまりの事の大きさに、リエトとバルドが絶句する。
『リエト、おれ、ダメなのを見つけたの?』
リエトの様子にアーテルがおろおろする。ランベルトはこんなときなのに、いつも泰然としているアーテルはリエトのことになると違うのだなとおかしみを感じた。
「そ、そんなことないよ、アーテル」
「そうだよ。お手柄だ」
ランベルトは明確に言い切った。それまで、泳げないからと言って馬鹿にされ雑用を押し付けられていた水夫とは違う。操船技術を持ち、世情に長けた大人として少年たちに指示を出す。
「僕はひとっ走り街まで行って管理局に話して来る。君たちは———」
「俺たちはこの洞窟を見張っているぜ」
「危ないよ」
「そうだよね。ここで見張っていたら危険だから、どこかに移動して、隠れながらこの洞窟を見張っていよう」
バルドの提案をランベルトが止めようとするので、リエトが計画を補完する。
「決まりだな!」
バルドがにかっと笑って見せるのに、ランベルトもそれ以上は言うことはできなかった。アーテルがいるなら、たいていのことは大丈夫のように思われた。なにしろ、彼はリエトに危険が近づくことを嫌がる。ならば、少年たちはリエトといっしょにいれば危険なことはそうないだろうと判断した。
『リエト、呼んでいるよ』
アーテルがリエトを見上げて言った。
「え、だれ?」




