7-4
微妙な雰囲気にしてしまったと悟った男性は涙を拭って自己紹介をする。
「僕はランベルト。宜しくお願いします」
早速、水着に着替えて準備運動を済ませて海に入る。
「ちゃんと身体をほぐしておけよ」
「うーい」
バルドの指示に気の抜けた返事をしつつも、ルキーノはきっちりと教わった動作を繰り返す。
「アーテルは水は大丈夫なのか?」
「ネコ科の動物じゃないから、大丈夫、かな?」
アルフォンソの心配にルーベンが小首を傾げる。
「アーテルは泳ぎも得意なんだよ」
『うん! ふねにも負けない!』
リエトの言葉にアーテルが自慢げに顎を上げる。その言葉にふとリエトは思い出す。
「そう言えば、アルフォンソのお父さまの船にも負けないって言っていたなあ」
「あの最新の魔装スクリューを搭載した船にも?」
準備運動をしていたシストの動きが止まる。まさかね、と顔を見あわせる少年たちは、だが、今までも数々の奇跡とも言える出来事を難なく披露して来たアーテルを見下ろす。アーテルは少年たちをぐるりと見渡し———やはりリエトに視線を定めて嬉しそうに尾を振る。そんな無邪気な様子に、なんだか、まあ、良いかなと思う。とんでもない速さで走る船に泳ぎで負けないというのは「まあ、良いかな」で済まされないのだが、アーテルが言うのだから、そうなのだろう。
少年たちの話を、念入りに身体をほぐしながら聞いていたランベルトが目を見張る。
「え、最新の魔装スクリューを搭載した船? 乗ったのかい?」
「そうなんだよ。まあ、その話は後だ。そら、みんな、海に入るぞ」
そうして、バルドの指導の下、水練が始まった。その脇を、ぱしゃぱしゃとアーテルが泳いでいく。
「わあ、僕よりも断然上手い!」
「毛が濡れてもまったく問題なさそうだな」
「四肢だけじゃなく、水の中で尾も振っているんじゃないか?」
「アーテルの後ろに水流ができているのって、気のせい?」
ルーベンが感心し、アルフォンソが安心し、シストが考察し、ルキーノが呆れる。
泳いだことがないというアルフォンソが最も速く上達した。リエトは元々泳ぐことができたから、アーテルと並んでゆるゆると海に漂うようにして進んだ。アーテルの首に両手を回すと、黒い狼はぐんぐん水をかき分けて進む。速さにはしゃいだ声を上げる。
「ほら、力を抜いて。あんな感じで。違う、リエトの方を見習うんだ。アーテルの真似をするんじゃない」
バルドはてこずりながらも、ランベルトに根気よく付き合った。
その日、水練が終わった後、へばるランベルトを他所に、少年たちの一部は元気よく網焼きの準備をする。座り込んでいるのはシストとルーベンも同じである。
「みんな、元気だなあ」
「体力がありすぎる」
「わわっ、やったな、アーテル!」
向こうではぶるぶると身体を震わせ、毛の水気を振り切るアーテルのしぶきを浴びたリエトがきゃっきゃとはしゃいでいる。
それを見ながら、シストとルーベンはあれはもう、完全に恋人同士のやり取りだなあと思ったが、疲れ切っているから声を発することはなかった。口を動かすのもおっくうだ。
バルドとルキーノ、アルフォンソはてきぱきと働いた。それを見たリエトが慌てて手伝いに近寄る。アーテルは波打ち際を不思議そうに首をかしげて眺めたり、貝殻を見つけたりした。
バルドが指導し、アルフォンソが手際よく従い、ルキーノとリエトは物珍しそうに右往左往した。
「あちっ」
「やべえ、うめえ」
「本当に、美味しい」
「んぐ、のどに詰まった」
明るい陽光、吹き抜ける風、どこまでも広がる空間、圧倒的な解放感。
目の前で焼ける海産物は香ばしい匂いを発し、食欲がいや増す。
「ははは、こんなに楽しい食事は久々だよ」
少年たちの賑やかな食事風景に、ランベルトがリラックスした様子で言う。
「ランベルトさあ、泳ぐとき、もうちょっと力を抜いてみ?」
ひとしきり食べた後、バルドがランベルトに声を掛ける。十歳年上のなかなかの風采の良い男性であっても、ざっかけない物言いで接する。ランベルトもまた、それを気にすることはなかった。
「うん、それが、なかなか」
「でもさ、結構、良いところまで行っていると思うぞ」
自信なく言うランベルトに、バルドは否定する。たぶん、この自信のなさが、身体を固くさせているのだと察していた。
「え? 本当かい?」
「ああ。もうちっと力を抜いて、コツを掴んだらすぐ、って感じ」
驚いてまじまじと見つめてくるランベルトに、バルドがにっと笑って見せる。
「バルドは人に物を教えるのが上手いな」
「ああ。それに、メンタルケアもできている」
「案外、良い船長になりそうじゃない?」
珍しくバルドを称賛するシストにアルフォンソが頷き、ルキーノも賛同する。
「リエト、アーテルといっしょにバルドの船に乗るのもそう遠くない未来かもしれないね」
ルーベンが楽しい気持ちを乗せてそんな風に言う。
「そうだね。みんなで船に乗ってあちこちへ行ってみたいな」
『おれ、リエトといっしょにバルドのふねに乗る!』
リエトが言えば、アーテルがその気になる。
「そうだね。船長さんにもらった海図や羅針盤で航海日誌に書かれている海路を辿ろうか」
「ええー! 壊れている羅針盤と切れ切れの海図に読めない日誌?」
ルキーノが素っ頓狂な声を上げる。
「その方がどこに行きつくか分からなくて面白そうだよ。きっと誰も見たことのない世界を見れるよ」
笑い交じりで言うリエトの言葉に、少年たちはまだ見ぬ光景を思い描く。眼前に広がる海の向こうの世界だ。
バルドが言った通り、あるいはその言葉に励まされたものか、ランベルトは実に、翌日、泳げるようになった。スムーズに身体が動くようになると、優れた体格のランベルトは、すいすい遠くまで泳いだ。
これほど自分が泳げるなどと、想像もしたことがなかったのだ。
そして、結果として、彼らは思いもかけないものを見つけることになる。




