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7-3

 

 うつくしい透明な緑色の海が端々を白く波打たせている。視線を沖合へ放ると紺碧で、水平線の上は真っ青な空に白い雲が寝そべっている。

 砂浜に水がさざめいている。そこをとっとっと、と鳥が歩いている。

 少年たちは早速船長に指定された砂浜にやって来た。


「まだ来ていないみたいだな」

「しょっちゅう来るんだろう? 網焼きの準備でもしているさ」

 せっかくだから、バルドがみなに泳ぎを教え、その後で浜辺でバーベキューをする予定だ。みなでわいわい言いながら、そういった予定を立てるのも楽しい。


「泳ぐと腹が減るからな」

「え、バルドとルキーノ、これ以上腹ペコになって、大丈夫なの?」

「腹が減りすぎてぺしゃんこになるんじゃないか?」

「これだけで足りる?」


 そんな風に他愛ない会話をしていると、砂浜のあちこちの匂いを嗅いでいたアーテルが両前足を使って砂を掘り始めた。とんでもない速さで、尋常じゃない量の砂が飛び散る。辺りは白濁した。

「わっぷ、口に入った」

「目が、目がぁ」

「退避―っ、退避―っ」

「逃げろぉ」


『あった! あったよ、リエト!』

 砂の紗が下りた後から姿を現したアーテルは、どうしたものか、毛並みは黒いままだ。遠巻きにしていた少年たちは恐る恐るアーテルに近寄る。

「アーテル、砂をかぶっていないの?」

 戸惑うリエトは、アーテルが小袋を咥えているのを見た。

「アーテル、それは?」

『おたから、見つけた!』

「おたから———お宝?!」

「「「「「ええっ?!」」」」」


 アーテルがリエトのてのひらにぽとりと落とした革の小袋の中からは実に、金貨が十数枚出てきた。




 さっと少年たちが視線を交わす。金貨は滅多に見られない高額貨幣ではあるし、それだけあれば、人ひとりが一年間生活できる。しかし、裏を返せばその程度だ。たとえば、ライネーリ伯爵やカファロ侯爵ならばそのくらいは一度の取引の儲けでまかなえる。


『リエトが読んでくれたの。「リムの大冒険~海編~」! おたから見つけていた!』

 リエトとアーテルは外を駆けまわっているばかりではなく、本を読み聞かせてやることもあった。

 アーテルが言うのは、ふだんは小さい姿の動物だが、その実態はドラゴンであるというリムが、行く先々で冒険をするという物語だ。海編とあるように、あちこちへ行く。もちろん、ピンチのときには巨大なドラゴンに変身して戦うのである。


「おお、あれな! 俺も読んだわ」

「まさかの巨大亀に乗って海を渡るなんて、ロマンだよな!」

「俺、亀の友だちの蛇が好き」

「良いコンビだよね」

「みんな読んでいるんだな」

 かく言うシストもシリーズ全作を読破している。


「海に行くから旅行前に海編を読んでみたんだよ。アーテルはわんわん三兄弟のお話が好きなんだよね」

『そう! リムはわんわん三兄弟となかよし! おれとリエトと同じ!』

 元々、シリーズのほかの本を読んでいたので、海へ行くのだからと海編を読んでやったのだという。


『そこでおたから探しをしていたの。おれもおたから、見つけた!』

「おー! 海でお宝さがし!」

「いやあ、アーテル君、海を満喫していますなあ」

「本当に見つけるなんて、すごいな、アーテル」

「ね、すごいよね」


「しかし、これは遺失物おとしものだろう?」

「でも、誰のものかなんてわからないぞ」

「せめて、袋に名前でも書いてあったらなあ」

『おたから、見つけてももらえないの?』

 尾を左右に揺らし、目を輝かせていたアーテルがしょぼんと頭を下げる。アーテルの上目遣いに、シストが慌てる。

「あ、いや、物品ならともかく、名前が書いていない袋に入った貨幣なら、拾った者のものだろう」

 ましてや、掠奪行為が横行する海だ。誰のものかわからないのであれば、拾った者のものとなる。


「そうなんだよなあ。守る術がない船は掠奪されるのが海なんだ」

 艤装に凝るとその分、コストが掛かる。バルドは腕組みしながら、船を持つためにはどれほど金銭を貯める必要があることかと眉間に皺を寄せる。


「はい。アーテル、これ、返すね」

『リエト、いらないの?』

「うん? だって、それは、アーテルが見つけた宝物だからね」

 リエトが差し出した金貨が入った小袋の匂いを嗅ぐものの、受け取ろうとはしない。

 アーテルはどうやら、宝探しをやってみたかっただけで、得た宝をどうこうしようとは思っていなかった様子だ。


「リエトが持っておいて、アーテルが欲しいものができたら、そこから支払ってやれば良いんじゃないか?」

「うーん、そうだね。お父さまが出してはくれるんだけれど」

 シストが言うも、ふだんからリエトだけでなくアーテルにかかる費用も不自由したことがない。


『じゃあ、じゃあね!』

 良いことを思いついた、とばかりにアーテルがぴょんぴょん跳ねる。砂地であるのに、健脚なものである。

『このおたからでふねを買う! バルドのふね! それで、そのふねにおれとリエトが乗るの!』

 どう、すごい考えでしょう?とばかりに自慢げに顎を上げて見せる。


 バルドを始めとする少年たちはぽかんと口を開けた。一番最初に我に返ったのはリエトだ。

「すごいや! 本当に良い考えだね!」

『でしょう?』

 アーテルは喜びのあまりリエトにじゃれついた。


「おお、良い案じゃないか」

「もらっておけ」

「それが良いよ」

「これは本当に「黒狼号」にすべきだな」


 リエトは未だ呆然とするバルドを見て、アーテルに渡してやってとささやいてた。アーテルはリエトが掌に乗せて差し出した小袋を口に咥え、バルドに突きだした。反射的に出した手にぽとりと小袋が落ちる。かしゃりとかすかな貨幣がこすれ合う音がする。


 庶民には大金だが、稼ぐ商人にとっては大したことがない額だ。今のバルドには途方もない金額だ。そして、バルドの周囲の大人たちにとっても。

 アーテルが見つけたおたからを、ためらいもなく、バルドの夢に託してくれるという。みながそれは良い案だと賛成する。そして、共にその船に乗ってみたいと言う。

 バルドはぎゅっと手を握りしめ、唇を噛んだ。こみ上げてくる涙をこらえる。

「おう! いつかきっと、俺の船に乗せてやる!」


 高らかに宣言したとき、後ろの方でずずっと鼻をすする音がした。

 バルドが驚いて振り向けば、赤茶けた髪とうす茶色の目、見事な体躯の男性が涙目になっている。

「いつの間に?!」

 バルドがぎょっと目を剥く。


「いや、砂煙が立ち上っていたから、何事かと思って」

「そんなに前から?」

 男性の言葉にルキーノも目を丸くする。

「そうしたら、君たちがいて、きっと僕に泳ぎを教えてくれる子たちだと思って」

「ああ、そうだ。俺はバルド」

 バルドは知り合いの船長から頼まれた人物のことだと知って名乗った。けれど、男性はそれどころではなかった。

「そうしたら、そうしたら!」

 感極まったといわんばかりに、男性はぼろぼろと涙をこぼす。


「なんて素晴らしい友情! 青春だー!」

「やめてー! ハズカシー!」

 改めて言われれば叫びだしたくなるのがこの年頃の少年たちだ。バルドだけでなく、ほかの者たちも互いの視線が合ったとたん、ふいと逸らす。




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