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7-2

 

 アーテルは犬ではないが、イヌ科の動物の姿をしており、その習性に合致する点が多々ある。特に、リエトに対しては「可愛いわんわん」そのものである。狼の鋭く厳つい雰囲気も、可愛い物言いや仕草で補って余りある。


 さて、アーテルはアウローラのうつくしさ、聡明さ、品の良さに圧倒されていたリエトの心情を読み取ってお行儀よくしていた。アーテルは空気が読めるわんわんなのだ。それらがなくなった今、「いたずらわんわん」と化した。本来、興味が赴くままに匂いを嗅ぎ、鼻先を突っ込むものなのだ。


 船の中はアーテルの興味を惹く雑多なものであふれかえっていた。先だってのカファロ侯爵の船の中では押し留めていたものの、今度はうずうずする好奇心を止めることができなかった。

 リエトの注意が他へ逸れたわずかな間に、小部屋とも言えない物置きスペースに顔を突っ込んで中の物をひっくり返す。

「わあ、アーテル! 駄目だよ」

『えへへ。リエト、楽しいねえ』

 慌ててアーテルを引っ張り出すリエトは、これは先ほど食堂で交わした会話の続きなのだろうかとふと思った。

 いかつい顔をしていたずらをしても、笑って楽しいねと言われると可愛いという感想に取って代わられる。怒りは湧いてこない。


「もう。あ、ほら、ほっぺになにかついているよ」

 ハンカチを取り出して、アーテルの頬の毛を拭う。

『うふふ。リエト、くすぐったい』

 完全に恋人たちがイチャついている会話である。もちろん、当の本人たちは気づいていない。代わりに気づいた少年たちが口々に言う。

「もう、お前ら、つきあっちゃえよ!」

「リエトは恋人いらないよな」

「アーテルが認める者じゃないと駄目だろうな」

「うちのリエトはどこの馬の骨とも分からん奴にはやらん!って感じ?」

「アーテルの濃い、か」

 シストまでそんな風に過去のことを掘り起こしたので、リエトはきゅむっと唇をひん曲げた。

「僕だって恋人がほしいよ!」

『リエト、こいびとがほしいの? おれ、取ってこようか?』

 アーテルのとんでもない言葉にリエトはぎょっと目を剥いた。

「ど、どこから?! どうやって?!」

『うーん?』

「こいびと」がなんだか分からないものの、リエトが欲しがるものを得ようとしただけのアーテルは首を傾げてみせる。


「大丈夫だよ。アーテル。リエトにはアーテルの濃いがあるからな!」

「そうそう。アーテルはリエトに濃い! リエトもアーテルに濃い! だからな!」

 バルドとルキーノが無責任にはやし立てる。

 その向こうでアルフォンソとシスト、ルーベンらがアーテルがめちゃくちゃにした物を片付けている。リエトは慌てて片付けに参加する。


「なんか、これって、」

「ガラクタ?」

 言葉を濁したルーベンに対し、アルフォンソがぼそりと正鵠を射る。


「おいおーい。なんて言い草だ」

 少年たちのやり取りを肴に酒を飲んでいた船長が笑いの混じった声を上げる。

「でも、船長、こんなの、いつ使うの?」

「この羅針盤、壊れているよ。こっちのは海図の切れ端?」

 昼間っから酒瓶を片手に掴んだ悪い大人の象徴に見える船長に、バルドとルキーノが口々に問う。


「おー、お前ら、欲しいならやるよ」

「やっぱ、ガラクタなんじゃん!」

「捨てるのがめんどうでポイポイ投げ入れていた感じ?」

 それなりの付き合いがあるバルドはともかく、ルキーノもいつもの調子で話す。


「少年ってのは、そういうの好きだろう?」

 にやにや笑う船長に、少年たちは顔を見あわせた。まったくもって、その通りであった。そうなると、がぜん、欲しくなってくる。ひと夏の思い出が形になって残るのだ。高級品よりも、多少欠けていたり壊れていた方が味があるというものだ。


「ほかになにがある?」

「これは? 外国語? 読めないなあ」

 ぶうぶう文句をつけていたバルドとルキーノが先頭を切って物品を手に取り始める。

「たぶん、北方の国の、」

「シスト、そんな遠いところの言葉も分かるの?」

 リエトが目を丸くする。そうしつつも、積まれた物品に鼻面を突っ込んでひっくり返そうとするアーテルを抑える。リエトがそうするものだから、もっと構ってほしくてやっているのだが、本人は気づいていない。


「今後、交易が盛んになりそうだから、勉強しているんだ」

「というか、ちょっときなくさい場所だよな」

 アルフォンソが鼻に皺を寄せる。


「どれどれ? ああ、航海日誌っぽいやつな。博打のカタにいただいたんだっけか。後ろに海図が描かれているから、読めるやつがいたらって思っていて、それっきりだ」

 少年たちがああだこうだ言うのに、船長が覗き込んでくる。


「あ、じゃあ、僕、それが良いな」

 リエトはうきうきと声を上げる。航海の日々がつづられた日誌だ。もうそれだけでわくわくする。

『リエトはこれ?』

 アーテルが鼻先を近づけて匂いを嗅ぐ。

「うん、冒険っぽい」

『ぼうけん! わくわくするね!』

 アーテルもリエトと同じような考えに至ったらしく、顔を見あわせて笑い合う。アーテルと出会ってしばらく経つまで、リエトは家の中にこもりがちでよく本を読んでもらっていた。それをいっしょに聞いていたアーテルは、現在、外を駆けるのも好きだが、リエトに本を読み聞かせてもらうのも好きなのだ。


「シスト、頑張って解読してくれ」

 ふたりの期待に胸膨らませる様子に、アルフォンソがそんな風に言う。丸投げされたシストもまた、楽し気なリエトとアーテルに、悪い気はしなかった。どんな冒険譚がつづられているのかという興味が湧いてくる。


「お、良いな。そうしたら、バルドが船を持ったとき、この日誌が指し示す場所に行ってみようぜ」

「おー、じゃあ、それまでに船を持たなきゃなあ」

 ルキーノが気軽に言い、バルドが気負うことなく返す。


「ルーベンはその船に乗って交易するか?」

「今、きなくさい場所だって話していたばかりなのに!」

 めずらしくからかうシストにルーベンも笑い声を上げる。


「はっはっはっは、いやあ、青いねえ。若い!」

 ぐびぐびと酒瓶を傾けていた船長がぐいと口元を拭って笑う。

「バルド、良い友だちを持ったじゃねえか」

「だろう? わざわざ回り道をすることもないと思ったけれど、俺、リュケイオンに行って良かったよ」


 船長は今は読めない航海日誌と壊れた羅針盤、海図の切れ端を気前よくくれた。

「その代わりと言っちゃあなんだが、泳ぎを教えてやってほしい奴がいるんだ」

 その男は船乗りとしては一流の腕を持つのに、泳げないので下っ端水夫として雑用に甘んじているのだという。

「ああ、さっき食堂で話していた?」

「そうだ」

「良いよ。どちらにせよ、砂浜で網焼きをしようと思っていたからな」

 バルドが言うと、船長は笑って少年たちにどっさり貝類をくれた。





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