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7-1

 

 魚をさばくバルドの手際は鮮やかだった。

「背ビレから胸ビレに広がっているウロコは硬いから皮ごとそぎ取るんだ」

 言いながら、手は流れるように動く。中骨に背ビレをつけたままでおろす。その中骨側を下にしてまな板に置き、背骨を外す。エラと内臓を取り除く。

「血合いは念入りに取るんだぞ」

「君、本当に貴族の子なのか?」

 大ぶりのカツオを手際よく下ろすバルドは手は赤く染まり肘まで血が飛び、シストは蒼ざめる。

「慣れだよ、慣れ。自分でさばいたら安く美味いものが手に入るからな」


 バルドの領地は山と港の狭間の狭い土地で、ほとんどが森だった。その樹木が船に用いられる。港町に持ち込むのについて行くうち、バルドは船長や船員たちと親しくなった。次第に木材を運び入れるときだけでなく、港町にやって来ては船に乗せてもらい、その代わり雑用を手伝い、こうして魚を捌くことすらできるようになったのだという。


「うちの家は見た通り、長男しか継ぐものがないんだ。次男以下に分散することができないんだよ」

 早々に生計を立てる必要があった。


「まあ、そのためにリュケイオンに入学させてもらえたってのもあるんだよな」

 ただ、バルドとしては下の弟妹のために自分は学院へ入学せず、そのまま船乗りになろうとしたのだという。

「そうしたら、親父も兄貴も反対してさ」

 親父、兄貴、とルーベンが呟いた。下町の庶民のようである。しかし、バルドが育ったのは、実際に下町であり、庶民に混じって暮らしていたのだ。


「船乗りたちもさ、いつだって船に乗ることはできるんだから、今しかやれないことをやってこいって言われたんだ」

 でも、そのおかげで、リエトたちと出会って、最新の魔装スクリューを搭載した船にも乗ることができた。


「バルドはもう船に乗ることを決めているんだね」

 まだなにひとつ決まっていないリエトはバルドをまぶしそうに見やる。


「卒業したら、うちに来な。即戦力で使ってやるよ」

 そう言って豪快に笑うのは、この船の船長だ。手が空いているときには船長も料理当番をするのだという。


 リエトたちは今、バルドの知り合いの船に乗せてもらい、早速釣った魚を食べようと調理しているところだ。バルドは料理人として、ほかの少年たちは貴族だとて雑用くらいはしろとばかりに厨房に引っ張って来られた。


 カファロ領を出てバルドの生家にたどり着いた少年たちは挨拶した後、すぐに近くの港町へと移動した。バルドの両親や兄弟たちは大勢の貴族を含む友人たちを歓迎してくれたものの、その家屋は宿泊する余地がないこぢんまりしたものだった。当初の予定通り、隣町に宿を取った。少年たちの中で一番、整えられた暮らしを送って来たリエトだ。ライネーリ伯爵は気前よく友人たちを高級宿泊所に招待した。


「枕投げをするかもしれないと言っておいたから、破損したらすぐに新しいのに取り替えてくれるよ」

 箱入り息子である末っ子の「同年代の少年たちとのお泊り」への期待に胸膨らませている伯爵である。

「みんなに気にせずたくさんお食べと言っておあげ」

 獲れたての海の幸は網焼きにするだけで十分に美味しい。


 たらふく美味しいものを食べ、高級宿泊所のふかふかのベッドで眠って元気を取り戻した少年たちは、バルドの案内で港町をあちこち見て回った。その際、バルドの知り合いの船乗りと出会い、長期休暇を利用して帰省しているのだと話すと船に乗せてくれることとなった。

 そして、初めて目の当たりにした魚を捌くという行為に度肝を抜かれた。バルドは気づいていないが、少年たちの尊敬のまなざしが注がれていた。


 新鮮な魚に舌鼓を打っていると、どんどん食堂に船員たちが集まって来る。

「お、バルドが捌いたの? どうりで切り口が綺麗だと思った」

「バルドのおトモダチ、お坊ちゃんっぽいのな。俺、話しかけても大丈夫そう?」

 荒くれの船員たちは最初の方こそ、毛並みの良い少年たちにまごついたものの、すぐにいつもの調子に戻ってあれこれ話し合う。


「あーあ、割りの良い航海計画に加わりたいなあ」

「そういやさ、あいつ、見かけたよ、浜で。泳ぎの練習をしていた」

「あいつなあ。操船の腕はピカ一だけれど、泳ぎができないんじゃあなあ」

 わいわい話し合ううち、船員がバルドに話しかけてきた。


「え、お前、カファロ侯爵の魔装スクリューを搭載した船に乗って来たのか?!」

「マジかよ、おい!」

「どうだった?」

 とたんに多くの船員が食いつく。

「すっげえ、船足! 旋回もなめらかでさ、」

 バルドもまた、珍しく食事そっちのけで話すことに口を使う。


 少年たちはひと塊になって「自分たちが釣った魚」、「自分たちが調理した魚」を食べるという初めての試みに夢中になっていた。なお、釣ったのはバルドで、料理したのもバルドだ。いっしょにやったので、「自分たちがやった」という認識だ。


「これが、網焼き料理?」

「リエト、昨日もそんなことを言っていたが、興味があるのか?」

 魚料理を美味しそうに頬張っていたリエトがふいに小首を傾げ、シストが尋ねる。

「うん。お父さまが海の幸は網焼きにするだけで美味しいって言っていたから」

「伯爵さまが言うんじゃあ、やらなくちゃな」

「だな。リエトにはしっかり食べて行ってもらわないと」

 ルキーノの言葉に、大恩ある伯爵の名前が出て来てバルドが会話に加わる。


「なんだよ、バルド、お坊ちゃんとのお付き合いもあるんだなあ」

「そりゃあ、そうだよ。バルドは一応男爵さまのご子息ってやつだ」

 そこで、荒くれの船員たちの注意が少年たちに向けられた。


「わわっ、なんだ?!」

 リエトに興味本位で手を伸ばそうとした男は、ぬっと割って入った黒い大きな獣に怯む。

 海の荒くれは面子を大事にする。一瞬なりとも驚いたり、ましてや怯んだと思われれば侮られる。リエトに触れようとした男は不機嫌そうになるのに、アルフォンソが釘を刺す。

「アーテルだ。リエトの護衛」

「そうそう。ちゃあんと護衛がついているんだよ。なにせ、ライネーリ伯爵さまの秘蔵っ子だからな」

 バルドも加勢した。彼は船乗りたちの扱いを知っている。


「ひっ!」

「ラ、ライネーリ伯爵ぅ?!」

「バ、バルド、おめえ、なんてまた、大物の関係者を!」

「ちょ、ちょっと待て。秘蔵っ子ってなんだ? ま、まさか、末っ子じゃねえだろうな?」

「その末っ子よ。リエトさまだ! みなのもの、頭が高いぞ!」

「「「「「ははーっ」」」」」

 バルドが高らかに宣言すると、船乗りたちが平伏する。


「ノリが良い」

「ほんと。バルドも船乗りもノリノリだな」

「ライネーリ伯爵と言えば、魔装器具の販売や交易で名を挙げられておられるからな」

「あ、そっか。この船に乗っている人たちも、伯爵さまと取引きのある商人の荷物を運んだりしたことがあるのかも」

 アルフォンソとルキーノが呆れ、シストが顎を撫で、ルーベンが納得する。

 ライネーリ伯爵家では末っ子を可愛がることこの上ないことは、周知のことである。


「それだけじゃあない!」

「な、なにぃ?!」

「まだあるのか?」

「こちらはカファロ侯爵ご子息だ!」

「「「「「ええーっ」」」」」

 胸を張るバルドに、船員たちは大仰な反応を見せる。


「カファロ侯爵家は先代の頃から商人たちに顔が利くらしいからな」

「俺は長い間家を離れていたから、縁遠いというか、」

 シストにアルフォンソが言いにくそうにする。


「そんなことないよ。だって、アルフォンソのことを気に掛けているからこそ、僕たちが押しかけても歓待してくださったし、最新の魔装スクリューを搭載した船にも乗せてくれたんだよ」

「リエトの言うとおりだよ」

 ルーベンもこぶしを握って主張する。なんとなく家族とは溝がありそうな友人が、今回の旅行で大切にされているのを目の当たりにし、ルーベンはこっそり安堵していた。


「そうそう。俺たちはリエトとアルフォンソのお陰で楽しい休暇を過ごせているんだ。ありがたいことだね」

 ルキーノがへらりと笑うから、アルフォンソもつられて肩の力が抜ける。


「うん、俺も楽しい。改めて、侯爵家の稼業も学ぶことができたし」

「そうだよね! それに、今回の旅で、船のことに詳しくなった気がする」

 そんな風にアルフォンソが言うものだから、リエトの声が弾む。それにいち早く反応したのはアーテルだ。

『リエト、楽しい?』

「うん! アーテルも?」

『おれも楽しい! おいしいものもめずらしいにおいもいっぱい!』

 ぺろりと口のまわりをなめるアーテルは、リエトと同じ料理をもらって食べていた。





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