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6-6

 

 アウローラから交易のことを聞いたシストは、船だけでなく、それで運ぶ物品とその売買について考えた。


「それらの契約は商人ネットワークによって支えられています」

「へえ! でも、守らない人も出て来るんじゃないかなあ」

「ですから、それらのネットワークは姻戚によって成り立つことが多いのですわ」

 それらは信頼関係によって成り立つ。だからこそ、契約不履行となれば、そのネットワークからはじき出される。


「しかし、それでは取引相手が制限される」

「そうなのです。エリアを拡大してはいるものの、遠方取引きには向きませんわ」

 シストの言葉に、アウローラが頷く。


「魔装スクリューを搭載する船が今後増えてきたら、特にそうなりますね」

 ルーベンの言葉を、シストはどこか遠くで聞いていた。

「では、今後、国をまたがる契約に関する公証人が台頭してきますでしょうか」

「ええ、わたくしもそう考えますわ」

 頭に過った言葉を口にしていたらしく、アウローラの返事でようやく我に返った。


「公証人かあ。言語と法律と、あとなにが必要だっけ」

「シストならなれそうだね」

 顔をしかめるリエトを他所に、ルーベンが言うのに、シストは心の中を言い当てられた気がしたどきりとした。


「ルキーノも優れた公証人になれると思うんだがな」

「えぇ?! 俺?」

 会話に加わらずにひたすら食事をがっついていたルキーノが意外な球が飛んできたとばかりに顔を上げる。

 動揺からした発言だが、我ながら良い考えだとシストは思い始めた。


「見たものをそのまま覚えることができるのだから、非常に役に立つ。外国語を覚えたらとんでもない武器になる」

「ということは、その外国の法律も必要になって来るんじゃない?」

「うへえ!」

「おー、頑張れー。目指そうぜ! 俺は船長、君は公証人」

 バルドが他人事だということを丸出しで気軽に言う。こちらもまた、ずっと口は食事に用いており、耳だけは働いていたようだ。


「でも、俺、馬鹿だからなあ」

 みなに言われてまんざらでもないものの、その先には勉強が待っているかと思うとなかなか踏み出せないルキーノである。


「ルーベンは人当たりが良いし、よく周りを見て気遣いができるから、商人に向いていると思う」

「お、じゃあ、シストが公証人になったら、片っ端から契約書を作ってもらえ」

「ああ、そうしたら、踏み倒そうというやつに突き付けてやれるな」

 リエトが言うと、バルドとルキーノがのる。ルーベンとシストが顔を見合わせて笑う。


 アルフォンソは友人たちの話を聞きながら、自分の特技のことを考える。山歩きだ。それはもはや生活の一部であった。だから、母が亡くなって侯爵家に引き取られてからは息が詰まる気がした。母が公爵家を出た気持ちは良く分かった。

 それで、リュケイオンに入学することを決めた。寮もあるし、すぐに入学する年齢を迎えることから、家を離れられる。

 そこで出会った少年たちと、今こうやって侯爵領に戻って来るなんて、予想だにしなかった。こんなに穏やかな気持ちでこの侯爵領で過ごすことができるなんて、思いもしなかった。

 今、船に乗りながらぼんやりと考える。


「山で見る星空と海で見る星空はどんな風に違うのかな」

 ふと口をついて出ていた。どちらも、星の在り方で自分の位置を確認する。そしてそれ以上に、孤独である中、星は標となる。どんな風に見えるのだろうか。

「見られるといいですわね」

 アウローラの心からの言葉に、素直に頷くことができた。アウローラもまた、弟とこんな風に話ができてうれしい。

 来年は母が遺した山へみんなで行こう。姉アウローラもいっしょに。




「次はバルドさまのご生家に向かわれるのですね?」

 船を降りて馬車に向かう道すがら、アウローラの言葉を聞いて、唐突にリエトはこのうつくしく優しく聡明な人と別れるのだということを突き付けられた。そして、気づく。ああ、自分は失恋したのだと。恋をしていると気づいたと同時に、婚約者がいる高値の花であるという事実に打ちのめされる。


『リエト、どうしたの?』

 敏感にリエトの消沈を気づいたアーテルが見上げて来る。

「ううん、なんでもないんだよ」

『さみしいの?』

 否定したものの、アーテルはリエトのことに関しては鋭い。


「うん。アウローラさまとこんなに仲良くなれたのに、もうお別れなんだね」

 そして、リエトは幼少のころ、死を間近にしていたため、本心からの言葉をためらわなかった。その年頃には妙に気恥ずかしくなるものだが、リエトは少々事情が違った。そのリエトに背を押され、アルフォンソは手紙を書くことで、家族とコミュニケーションを取ることに成功した。ほかの少年たちもからかうことがあっても、その実、リエトとアーテルの互いを思いやる在り方に心を掴まれていた。ふたりの関係は素晴らしいものだと認識していた。


「アウローラさまも今、長期休暇中なんだから、いっしょに行けたら良いんだけれどなあ」

 ルキーノが後頭部で両手を組んでへらりと笑う。

「あー、でも、次の行き先は皆とで船乗りとわいわいする感じだからなあ」

「ご令嬢を招待するのは難があるな」

「じゃあ、ライネーリ伯爵領は?」

 バルドががりがりと頭をかき、シストがやや渋い顔になり、ルーベンが提案する。そして、言ってから、自分の裁量ではなんともできないことだったと、後悔した。


「あ、そうだよ、僕の領地へ来ませんか? 毎年この季節にお祭りがあって、サーカスがやって来るんです。アーテルも参加するんですよ」

 ね、アーテル、とリエトが言えば、隣を歩く黒狼は得意げに顎を上げる。


「まあ! 素敵ね!」

 なんと、アウローラは乗気になった。

「わたくし、お友だちのお家に泊まったことがありませんわ」

 先ほど船上で自分もどこか遠くへ行ってみたいと思った気持ちが後押しした。


「お父さま、わたくしが伯爵領へ行き、先だっての魔装通信機について尋ねてまいりますわ」

 そうと決まれば、と早速侯爵に持ち掛ける。侯爵が興味を持ったことを引き合いに出す辺りが見事な手腕である。


「あ、でも、お父さまは領地には来ない———もが」

 リエトの口をすばやくバルドが手でふさぐ。

 アーテルが、遊んでいるの?とふたりを見上げる。もう少し時間を費やせば、アーテルが自分も遊んで!と騒ぎ始めただろう。


「分かった。ライネーリ伯爵とは今後も付き合いを繋げたいところだ。カントリーハウスには伯爵夫人とご令嬢がいらっしゃると聞く。同じ女性の君が行って親交を持つのも良いだろう」

 甘い。

 なんだかんだと理由をつけながらも、結局は娘の意向を通すのだ。


 早速、伯爵に連絡を入れておこうという侯爵に、アウローラは輝かんばかりの笑顔で礼を言う。そして、その笑顔を、少年たちにも向ける。

「それでは、みなさま、ライネーリ伯爵領にてまたお会いしましょう」

「「「「「「はい」」」」」」


 こうして、リエトたちはバルドの故郷へ向かった後、ライネーリ伯爵領カントリーハウスにて、アウローラとふたたび会うことになった。




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