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「アーテルは身体の大きさの割に、とても軽々と歩きますのね」
タラップを軽々と踏み甲板に上がったアーテルを見て、アウローラが言う。
「そうなんです。大型犬って歩くとずしーんずしーんって地響きがするんですけれどね」
大型犬ともなると、立ちあがれば成人男性の身長よりも高いし、その分、重さもある。アウローラにリエトがそう言うと、擬音が面白かったらしくころころと鈴が鳴るような笑い声を上げる。
『おれ、身軽!』
「街を離れた後、馬車から降りて並走していたけれど、とんでもないスピードでした。ちょっと、馬が追い立てられているような?」
アウローラに見とれる少年たちをよそに、リエトに褒められたと思ったアーテルがアピールし、アルフォンソが道中に見た目を疑う光景を話す。
「まあ、すごいわ」
「アーテルの動きはたまに目で追えないこともあって。黒いんだけれど、その軌跡だけだと銀色に見えることもあります」
感心するアウローラにリエトが言い、それを聞いたアーテルが自慢げに顎を上げる。
「銀の軌跡を生む黒狼かあ」
「格好良いな! 俺が船を持ったら、「黒狼号」ってつけようかな」
「じゃあ、旗は黒い狼で決まりだね!」
「魔装スクリューを搭載して銀の軌跡の波濤を作るんだな」
船を持ったらというのはバルドで、彼の描く夢をほかの少年たちが補完して行く。
そうこうするうち、侯爵の下へ船長がやって来、挨拶をする。
「船を出しますか」
「うん。未来ある少年たちに、ぜひとも船長ご自慢の船の速さを味合わせてやりたくてね」
「それは名誉なことですな。お任せあれ」
船長は出航前に手間が増えたなどとは言わず、気前よく操船してくれるという。
「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」
息の合う様子の少年たちを、侯爵もアウローラも船長も、微笑まし気に眺めた。
そして、船は動き始めた。
「おー!」
「出足が速いな!」
「ああ、これが魔装スクリューの威力か!」
歓声を上げる少年たちの期待に応えて、船長は急速な発進、旋回、停止など優れた操術性を発揮して見せてくれた。
「すごいね、アーテル」
『リエト、みずがぐんぐん後ろへ行くよ!』
アーテルも甲板のリエトの隣に陣取って、手すりに両前足を置いて海を眺める。前脚はもちろん後ろ脚も筋肉が発達しているから、危なげなく立っている。
「うん。それにほら、港がもうあんなに小さい!」
リエトが指さす先には港町が見えた。
なだらかな丘陵に沿って白い壁の家々が並ぶ。青く澄んだ海の波頭が陸地にしぶきをあげているかのようだった。
ふわふわの髪を後ろにさらわれ、額を丸出しにして高揚するリエトに、アーテルもまた、ぐんぐん楽しい気持ちが湧きあがって来る。
「ふふ、アーテル、黒い毛がなびいているよ。ふわふわだ」
『リエトも髪が後ろにいって見えなくなっているよ』
上から注ぐ太陽光は海に反射され、リエトを上下から輝かせる。いろんな場所にいっしょに行ってたくさん見て回るというのは、こんなに素晴らしいことなのだと、アーテルは改めて実感する。
船長自らが船内を案内してくれ、操舵室や機関室、通信室といった船の重要な部分まで立ち入らせてくれた。
「うわーお、これ、魔装通信機?!」
「そうなんだよ。良く知っているね」
通信機とは言えど、大海原では用をなさないとして搭載されない代物だ。そんなところにまで回す予算はないというのがたいていの船の実情だ。
「そう言えば、お父さまが魔装通信機の距離を伸ばす研究がなんとかって言っていたっけ」
「ああ、伯爵さまが「魔装器具研究部」の研究を青田買いしたとかいうやつ?」
リエトが思い出すと、ルーベンが「わんわん探索部」の部室によくやって来る妖精が手伝っているやつだな、と想起する。
「侯爵、ぜひとも我が船にも最新の魔装通信機を!」
「リエト君、ちょっと詳しく聞かせてくれないか」
船長も侯爵も、子供のように興奮を隠せないでいる。やはり、船乗りは新しい技術に興味を持たずにはいられないのだ。魔装スクリューの次は新しい可能性を秘めた魔装通信機を。
今後の通信機技術の向上とその有用性を見越した侯爵がライネーリ伯爵に問い合わせる。その予想通り、そう遠くない未来に伯爵家の最先端技術を駆使した魔装通信機は注目される。
船員たちは計器の扱い方やロープの結び方などを教えてくれた。
「お、君、上手いね」
そう言われるのはバルドで、ほかの少年たちは指とロープをこんがらからせていた。
船は魔装スクリューを止め、帆でゆるやかに航行しながら港へ戻る。それまでに、食堂で食事をごちそうになった。
「港にいる間はご馳走だけれど、航海日数が増えて行くにつれ、食事は悲惨なものになる」
「「うへえ」」
深刻そうな表情で言う食事当番の船員に、腹ペコ男子のバルドとルキーノの声が揃う。
「アルフォンソのお姉さまは本当に賢いね」
「うん。僕たちと変わらない歳なのに、商取引にアイデアを出していくつか採用されているんだってね」
「なにより、ご家族がそれを歓迎しているところが良いな」
リエトが言えば、いつの間にそんな話を聞いていたのかルーベンが語り、シストが感心する。
アルフォンソと話しているとばかり思っていたアウローラの耳に入った様子で、面はゆそうに微笑む。
「そんな、難しいことはしておりませんのよ。ただ、わたくしはおじいさまに連れられて商人たちに色んな話をしてもらっていましたの」
けれど、それを難しいとか訳が分からないと切って捨てず、興味を持って聞いていたからこそ、商人たちも喜々として話したのだろう。幼少のころのアウローラがとても可愛らしかっただろうことは想像に難くない。
「例えば、リュケイオンのような寮生に対して、金融サービスで仕送りがありますの。国内に広く支店を持っていれば、他地方で預けた金銭を違う地方で金銭を受け取ることができますのよ」
「なるほど、貨幣を直接送る必要がないということですね」
いち早くアウローラの言わんとすることを理解したシストが頷く。
「そうですわ」
アウローラはアルフォンソとその友人たちと船に乗り、どこか遠くへ行ってみたいという話をわいわいするのに、弟が友人たちと楽しそうにしている姿に安堵するとともに、自分もまた同じように遠くへ行ってみたいという冒険心を持っていることに気づかされた。
小さいころから商人たちの話を聞いて、当然のように自分がいる場所は狭く、外にはもっと広い世界があるのだと察していた。それでも、自分がいる場所はここだと思っていた。だが、今、こうやって船に乗り、あれこれ話を聞き、積極的に新しい技術を取り入れようとする父や船長、そしてそれらを実際に使って、違う場所、遠いところへ行こうと話し合う少年たちに感化された。
変化があったのはアウローラだけではなかった。




