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6-4

 

 港町は賑わっていた。

 空から注ぐ陽光は海に反射され、並ぶ家の壁や石畳の白をいっそうまぶしくする。

 明るく活気がある通りは、埠頭に近づくにつれ、荷降ろしする掛け声や人を呼ぶ声などが行き交う。


「カファロ侯、これは良いところに!」

 侯爵の威厳のある姿を見かけた商人が次々に声を掛けて来てあれこれ話をする。指示を出すだけでなく、現場に赴き、取引相手と直接顔を合わせているのだと言うことが分かる。


 驚いたことに、幾人かはアウローラにも挨拶に続いて取引について触れた。

「アウローラ嬢、海の女神。太陽の黄金の髪、海原の瞳。なにより得難い財宝であるその知性」

 取引先相手の令嬢であるから褒めるものなのだろうが、称賛の言葉が苦労せずともするする出る。受けるアウローラも慣れているのか堂々としたものだ。


「恐れ入ります。先だっての香料の件ですが、倉庫の検査が終わりましたわ」

 小耳に挟んだ程度ではないかなり細やかなことまで把握している。

「それはありがたい。さっそく担当者に話を聞きに行きます」


「ときに、あちらの方では今、コーヒー豆の需要が落ち着いてきているようですわね」

 相手が欲しがっている情報を渡して気分を良くした後、さりげなくこちらが欲しい情報について水を向ける。

「おや、さすがにお耳が速い」


 魔装通信機という離れた場所とやり取りする手段があっても、長時間使えるものではなく、また、一対一での会話であり、双方が決まった時間に話す必要がある。新聞は多くの情報を不特定多数の人間に発信できるものではあるが、通信機と比べて情報入手が遅くなる。

 こうやって実際に顔を見て自身が持つ情報のやり取りを行うことで、信頼関係を築き上げていく。


 さて、案内する侯爵とアウローラへ方々から声が掛かり、それに対応するため、一行の歩みは遅々として進まない。高位貴族とうつくしい令嬢が身分の隔たりとは無関係に対等に話す。自分たちと同等の、ときには超えるレベルで会話が進む。誰もが今日ここでふたりに会えた幸運に喜んだ。


 うずうずするがあまりバルドが足踏みを始めそうになるころ、ようやく侯爵とアウローラは解放され、一行は船に向かう。


「待たせて済まないね」

「いいえ。侯爵さまは自らお取引をなされるのですね」

 単に場面にそぐう言葉を口にしたのではない心情を読み取って、リエトは否定するだけではなく、そんな風に言ってみた。


「そうだ。わたしは変わり者の貴族でね。ライネーリ伯爵も同類だと伺っているよ」

 今回のそれぞれの息子を伴っての少年たちの帰郷旅行の手配のために、父と侯爵とがやり取りをしたと聞いている。それだけでなく、父のことを親しみを持っている雰囲気を読み取って、リエトは嬉しくなった。

「おとうさ———父だけでなく、兄もそうです」

「そうか。我が息子ふたりも同じでね」


「アウローラ嬢もまた、込み入った事情をよくよくご存知のようですね」

「そうなんだよ。我が父、先代侯爵が商取引きに着手していたころ、目に入れても痛くない可愛い孫娘を連れまわしたがために、商人連中とも顔見知りでね。その縁が続いて、今では立派にわたしの補佐をしてくれている」

「わあ、素晴らしいですね!」

 孫馬鹿だけでなく親馬鹿でもある侯爵の話を、「幼いころからすごいですねえ」とリエトは素直に感心する。


『すごいの?』

 それまで、物珍し気にあちこちに鼻先を向けて匂いを嗅いでいたアーテルが、リエトの声を拾って顔を上げる。

「そうだよ」

『リエトは小さいころから、おれといっしょ!』

 やはり、リエトの言葉の一部分を取り上げて自身に照らし合わせる。

「そうだね」


 それで気が済んだのか、アーテルは尾を左右に揺らしながら、また周囲に興味を移す。リエトがふと視線を上げると、アウローラがこちらに視線を向けていた。アーテルのやり取りを見られていた様子で、微笑まし気だ。そういった表情をされるのはいつものことなのに、なぜか妙に恥ずかしい気持ちになった。同年代のとんでもなくうつくしい女性だからだろうか。それとも、大人の商人たちと対等に商取引の話をする少女だからだろうか。


「ああ、見えてきた。あれがそうだよ」

 大型帆船の後ろから、ひときわ高いマストを四本も持つ船があった。威風堂々とした大型の丸型帆船ラウンド・シップだ。

「「「「「「わあ!!」」」」」」

 バルドはもちろん、ほかの少年たち、アルフォンソですらも見上げて目を輝かせる。

 侯爵とアウローラがそんな彼らをにこやかに眺める。


「すっげー、マストの数!」

「最新の魔装スクリューを搭載した船でも、帆を使うんだね」

「魔装スクリューだけで航行するなんて、どんだけ魔石を使うと思っているんだよ! ふだんは海流に乗って風を掴んで進むんだ。魔装スクリューはよほど風が吹かないときか、岩礁を避けるときに使うんだよ」

 ルキーノがぽかんと口を開け、ルーベンが目を見開き、バルドが詳しく解説する。


「まあ、お詳しいのね」

「本当に。まるで操船したことがあるみたいだ」

 アウローラと侯爵が感心する。


「バルドの故郷はすぐそばに港町があって、よく船に乗せてもらっていたそうですよ」

 アルフォンソがどこか誇らしげに言う。


「そうだとしても、優れた船長じゃないと、今の言葉は出てこないぞ」

「そうですわね。魔石も魔装スクリューも使いどころが難しいと聞きますもの」

「そうなんですよ。使い過ぎても駄目だけど、使わないのはもっと駄目です」

 侯爵とうつくしい令嬢に口々に感心され、バルドは頬を紅潮させる。


「アルフォンソも山歩きが得意だそうですね。山の天気は変わりやすいと聞きます。海と同様、案内人がいなければ、歩くのに難儀すると」

「そうか、君たちにはそんなことまで話しているのか」

 シストの言葉に、侯爵が息を詰まらせた後、そう言った。


「アルフォンソがお母さまに連れられて巡ったという山も見てみたいなあ」

 リエトがなにげなくアルフォンソを見上げてそう言うと、侯爵もアウローラも息を呑んだ。

 それに気づかず、リエトは「僕の生まれ育ったカントリーハウスにも来てくれるから」と言うと、「じゃあ、来年な」とアルフォンソが気負いなく頷く。今年は残念ながらもりだくさんの予定で長期休暇は埋まっている。

「お母さまが家庭教師代わりもしてくれていたんでしょう? すごい方だよねえ」


 アルフォンソは一年家庭教師から学び、十四歳になってからアカデメイアへ入学することを勧められたものの、それを断ってすぐにリュケイオンに入学し、寮生活を送ることを選んだのだ。そこまですれば、カファロ家から離れたいという意志として受け取るほかなかった。

 それが、入学後間もなくしてから手紙が届くようになった。そこにはリュケイオンでの生活が記されており、時折、アルフォンソの考えが加わるようになった。

 家族はどれほど安堵したことか。そして、友人たちに最新の魔装スクリューを搭載した船を見せてほしいとあったとき、どれほど誇らしかったことか。


「わ、わたくしも、行ってみたいですわ」

「え?」

「姉上も?」

 珍しく口ごもりながら言うアウローラに、リエトとアルフォンソが驚いて見やる。


「アルフォンソが育った場所を見てみたいのです。それと、お義母さまが暮らしていたところを実際に見てみたいのですわ」

「しかし、君は侯爵令嬢だぞ。さすがに、それは、」

「あら、リエトさまがいらっしゃるのなら、アーテルがおりますもの。護衛としては十分すぎるくらいですわ」

 難色を示す侯爵に、アウローラはしらりと返す。


 貫禄のある侯爵に負けていないアウローラに、リエトはくすりと笑う。そして、ふと援護射撃したくなった。

「アーテル、アウローラ嬢の護衛もしてくれる?」

『いいよ! おれが守ってやる!』

 リエトに言われれば、アーテルはたいていのことは是と言う。リエトと離れて留守番をしていてくれというのはその範疇外だから全力で拒否するが。


「まあ、頼もしいですわ。よろしくお願いしますわね」

 アウローラは機を逃さずそんな風に言い、なんだかそれで決まってしまったような雰囲気を出す。

 しゃべる狼という特異な存在がいるのなら、まあ良いかとなる。そんな風に思ってしまえる威容を持っていた。それに、来年のことなのだから、予定変更する可能性は高い。


 そんな風に話していると、侯爵の船はすぐ目の前に迫りつつあった。

「さあ、乗船だ!」




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