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太陽のように輝く長い髪は大きく波打ち、同じ色味の弧を描く眉は意思の強さを表している。長いまつげに縁どられたアーモンド形の目の虹彩は鮮やかなブルーである。冷たくも薄くもない、晴れ渡る空や海のように明るく果てしない可能性を感じさせる。髪や目の色のほか、白い滑らかな肌、笑みを刻む紅い唇の色味が主張し合い、それでいて調和が取れている。
アウローラ・カファロは非常にうつくしい女性であり、リエトたちとたったふたつしか違わないとは思えないほど大人びていた。実際、とても聡明な人で、アカデメイアに通っているのだという。
「リュケイオンにも通ってみたかったですわ。アルフォンソが送ってくれる手紙に書いてあることがとても面白くて何度も読み返しておりますのよ。わたくしだけではなく、お父さまもお兄さま方も」
旅疲れがあるだろうと用意した部屋で休むかと聞かれた少年たちは、馬車に詰め込まれていたので、身体を動かしたいと答えた。
「まあ、元気いっぱいですのね」
にこやかに微笑むアウローラの視線ひとつで使用人たちがすぐにサロンに茶の支度を整える。
「あいにく、お父さまもお兄さま方もまだ戻ってきておりませんの。ですが、父は夕餐までには戻る予定ですわ」
兄ふたりは商取引があり遠方へ行っていてしばらく戻って来ないというアウローラは未成年ながら、立派に領主に代わって客対応を行う。
「お兄さま方はどうにかしてアルフォンソの帰省に合わせて戻れないかと苦心していましたが、調整つかずじまいでとても残念がっておられましたわ」
少年たちはみな、アウローラのうつくしさにどぎまぎし、挙動不審になった。お行儀良くしようとした結果そうなった。めずらしく、おとなしい様子をリュケイオンの学院長が見たら、ふだんからそうしていろと言ったかもしれない。
リエトもまた、ぽかんと見とれた後、なんだかまっすぐに目を向けることができなくて、視線をうろうろと彷徨わせる。それまで家族や使用人のほか、異性とあまり接したことがない。リュケイオンでも同年代の少女たちと親しく付き合うことはない。たいてい、バルドたちとつるんでいるからだ。新入生のくせに妙ちくりんなクラブを新設した変わり者集団だと見なされている。
「そちらがアーテルね。本当に立派な狼ですこと」
アウローラがアーテルを褒め、受け入れる姿勢を見せたので、リエトはいっぺんに彼女のことを好きになった。怖がらず、アーテルが落ち着き払い危害を加えないことを一瞥して読み取った。
カファロ家はアーテルもアルフォンソの友として遇する様子で、当然のように室内へ招じ入れた。
それぞれ自己紹介をし合い、茶を喫しながらする話はもっぱらリュケイオンのことについてであった。
「「わんわん探索部」というクラブを新設なさったのですわね」
うつくしく聡明な女性の口から「わんわん」などという言葉が出て来ることに、少年たちは児戯が過ぎるかと羞恥を覚えた。いつもは気にしないことも、同年代の美少女の前では身が縮む思いがする。
「クラブを新設するなんて、素晴らしいですわ。そちらのアーテルが失せ物探しをするのかしら」
はじめはもじもじと身じろぎしていた少年たちは、クラブ新設するに当たり、学院長に顧問を任せるに至った「お寝坊トレント」事件や、隠し部屋のこと、セミの抜け殻型魔石を探し出したこと、畑荒らしの妖精のことなど、次第に熱を帯びて口々に語った。もちろん、学院長の黒歴史もしっかり伝えた。重要なことなので詳細に。
アウローラは丁々発止とやり合ったり笑い合ったりする少年たちをにこやかに眺めながら熱心に耳を傾け、ときにいっしょに笑い声を上げた。
そうこうするうちに、侯爵が帰宅し、無事に挨拶を済ませることができた。
「ずいぶん打ち解けた様子だ」
「ええ。みなさまのお話がとても面白くて」
「では、夕餐のときにわたしも聞かせてもらおう」
昔は食事の際にはあまり会話をしないのが正式なマナーとされていた。今は会話を楽しみながら食事を摂るようになりつつある。特に、親しい間柄であったり、今日のような年少の者たちが多く集まっているのならば、目くじらを立てることもない。
「それで、ダンス部は「社交界デビューしたらすぐに主導権を握る!」派と「ただ踊りたいだけ」派に分かれてバチバチやり合っているのです」
「ダンスは社交界でも必須だ。労働はしない貴族が運動するのにちょうど良いのだろう」
「切磋琢磨されているのですね。ライバルというのは自分を一段も二段も引き上げてくれる得難い存在ですわ」
「ファッション研究会は「自分たちがモードを作り出す!」というのと、「歴史を学びたい」とか「家が裕福ではないから、失敗できない。限られた枚数で勝負できるように!」というのとに分かれています」
「家の事情もいろいろある」
「様々な観点から取り組むものなのでしょう」
「そうやって意見の食い違いをどう乗り越えていくのかも重要だな」
子供の戯言だと切って捨てずにひとつひとつ吟味する侯爵とアウローラに、話して聞かせる少年たちも、なんだか賢くなった気がする。もちろん、気のせいではあるが。
「姉上、アカデメイアはどんな風なのですか?」
ひととおり話が弾んだ後、会話が途切れた折にアルフォンソがアウローラに話しかけた。問われたアウローラだけでなく、侯爵も表情をゆるませ、なんだか嬉しそうである。
「アカデメイアは貴族の子女の方々が通う学院で整然としていて、ありていに言えば統制されるがあまり、少々面白みに欠けるかもしれませんわね」
「社交界にデビューする前の顔つなぎをするという面が強い。自由な発想が生まれにくいかもしれんな」
自由すぎるのも困りものであるが、その点について少年たちは口をつぐんでいおいた。
アカデメイアは十四歳から十六歳で基礎を学び卒業する。専門クラスに進学する者もいる。リュケイオンは十三歳時入学し、三年間で基礎を学び卒業する。
兄や姉はアカデメイアに入学したが、アルフォンソはリュケイオンへ入学し、入寮した。そこに侯爵家の事情があることを読み取って、少年たちは自分の口を食事を摂るために使うことにした。
ライネーリ伯爵家でもまた、兄姉たちは王都にあるアカデメイアに通ったのだが、そちらにはタウンハウスを持たないため、リエトはリュケイオンを勧められたのだ。貴族社会になじみが薄いリエトだったから、リュケイオンの方が通いやすいだろうというのもあった。
侯爵はアーテルにも声を掛けた。
「アーテル、食事は口に合うかな?」
「おん!」
当然のようにリエトについて食堂にやって来たアーテルにも食事が供されていた。
「本当に人の言葉が分かるのだな」
『わかるよ! おれ、しゃべることができる!』
リエトから親しくなる前は驚かせてはいけないからしゃべらないように、と言い含められていたアーテルは、もうそろそろ良かろうと意思疎通することにした。
「まあ!」
「素晴らしいな。アビス神殿が便宜を図るだけはある」
情報通なのか、それとも事前にアルフォンソが伝えていたのか、侯爵はそんな風に感心してみせた。
「父上、リエトはいつもアーテルといっしょなのです。眠るときも」
すかさずアルフォンソが許可を得ようとする。アーテルがそれに反応する。
『おれ、リエトといっしょ! いっしょにねる!』
「もちろん、構わないとも。館内もリエト君といっしょに過ごすと良い」
顎を上げてどこか誇らしげに宣言するアーテルに、侯爵が唇をほころばせる。
「ありがとうございます」
リエトは心から感謝を述べた。
「バルド君もルキーノ君も、まだ食べられるだろう?」
侯爵が指を立てると、給仕が音もなく、空の皿を料理が乗った皿に置き換える。
アウローラがアーテルにも問う。
「アーテルもお代わりをなさいますか?」
『たべる!』
アーテルは先ほどお茶をした際にたくさん褒められたことから、アウローラを気に入りつつあった。
そんな風にして歓待を受けた少年たちは、明日は隣街の港へ行って、船に乗ろうという誘いに、歓声を上げた。
「最新の魔装スクリューを搭載した船!」
バルドからしてみれば、この旅のメインイベントのひとつである。




