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街道沿いのその街は人も物も多く出入りしていた。荷馬車が走る道は舗装されており、それほど砂煙も立たない。大通りから一本二本道を入っても、目つきの悪い者がうろついていたり、痩せた孤児が路地に座り込んでいることもなく、治安の良さをうかがわせる。
「さすがはカファロ侯爵領だな」
「そうなの?」
「商業が盛んだけれど、統治にも力を入れていると聞くよ」
「だな。この屋台の多さ」
「しかも、安い!」
「ライネーリ伯爵領でも商業が盛んだし、孤児の養育に力を入れているらしいな」
『リエト、おれ、あれが食べたい』
少年たちの社会見学を他所に、アーテルが香ばしい匂いの誘惑に負ける。
「あー、美味そうだよな」
「ついでにみんなのも買って来るよ」
アーテルの期待のこもった上目遣いに弱いリエトは父から渡された路銀で買い求める。現地のものを実食するのも実地調査の醍醐味である。リエトやアルフォンソが出すのではなく、路銀を預かる侍従が支払うため、裕福ではない少年たちもさほど気にしないで食べられる。
「俺、学院の課題に街々の屋台についてレポートを書こうかな」
「今まで行ったところの街の名前となにを食べたか、記憶している?」
「シストが覚えているさ!」
「わたしかよ!」
「僕はなにについて書こうかな」
「ルキーノの言うとおり方々を回るのだから、相違点を取り上げやすいが、テーマを絞った方が良さそうだな」
そんな風に学生らしい会話もしつつ、街を歩いた。
カファロ侯爵領では商取引きが盛んであるがゆえに、他国の者も多く出入りした。離れた地域から訪れる者もおり、肌や髪、瞳の色が違うだけでなく、身体つき自体も異なる者もいた。
「さっきの人、共通語じゃない言葉を話していたね」
シストがあれはどこそこの地域の言葉だと言い、分かるのかと感心していると、アーテルが小首を傾げる。
『リエト、なにを言っているのか分からなかったの?』
「うん。とても遠くから来た人なんだって。もしかしたら、アーテルのことを話していたのかもしれないよ」
リエトは隣を歩くアーテルに微笑みかけた。知らない街をみなでああでもないこうでもないと話し合い、色んなものを味わって、見たこともないものを見るのはとても楽しく、心が高揚していた。
『ううん。故郷のごはんが恋しいって言っていたよ』
「え?! アーテル、言葉が分かるの?」
驚きのあまり、リエトの歩みが止まった。
『うん! おれ、わかる!』
「なるほど。アーテルの言葉は口から発されているのではないと思っていたが、言語ではなく意思そのものの意味を読み取っているのか」
「じゃあ、アーテルの言葉は、他言語を使う人にも通じるということ?」
シストの考察に、ルーベンがさらに穿った意見を述べる。
「そうかもしれないな」
アルフォンソが唸る。
「すごいじゃん、アーテル! 通訳できるぞ」
「でも、アーテルも知らないことはわからないだろう」
ルキーノがかじりかけの串焼きを振り回し、バルドが意味ありげな目つきをする。少年たちはどういうことだと首を傾げると、バルドがにやりと笑う。
「なんせ、リエトに濃いしているってんだもんなあ」
ああ、なるほど。少年たちの心の声がそろう。他者の意思を読み取るが、それはアーテルなりの解釈になる。だから、齟齬が生れることもある。
うっかりリエトもまた頷いてしまって、きゅむっと唇を尖らせる。アーテルはアーテルなりにリエトのことを大好きだと言っただけなのに。
『おれ、わかるもん!』
リエトの気持ちが伝わったかのように、アーテルがむむっと唇の両端を下げる。
『あっちのにんげんは、かふぁろこうしゃくれいじょうはだいにおうじのこんやくしゃだから、って言っている!』
アーテルがすらすら言う言葉は平坦で、意味合いを理解していないのが瞭然だ。
「待て待て。読み取れてもニュアンスがおかしいぞ」
「ええと、カファロ侯爵令嬢は?」
「第二王子の婚約者、か?」
「ああ、そうだ。合っている。アウローラ姉上は第二王子と婚約されている」
少年たちはなんとか読み取ろうとし、アルフォンソが正解を告げる。その内容に理解が及んだ少年たちは一斉に声を上げた。
「「「「「ええー!!」」」」」
世事に長けた従者がすかさず、不敬な言動が過ぎる少年たちを人気の少ない路地に押し込む。構わず、少年たちは口々に言う。
「すっげえじゃん、アルフォンソん家」
「王家と縁戚に!」
「さすがは侯爵家だなあ。スケールが違うや」
バルドとルキーノ、リエトはただひたすら雲上人のことに感心するほかない。
「いや、さすがに王族の座を退き、公爵家を立家するだろう」
姉はその公爵家に嫁ぐことになるのだと話す。侯爵令嬢が公爵夫人となるのだ。
「だったら、分かるな」
「貴族の中でも公爵は別格だものね」
シストとルーベンも得心が行く。
公爵と侯爵では一段階の身分差しかないように思えるが、実際は違う。公爵は王家の血を引く者が持つ爵位だ。そんな家に嫁ぐのであれば、さぞかし名誉なことであろう。そして、商人たちとしても、カファロ侯爵令嬢が第二王子と結婚するのであれば、保障となる。取引を結ぶに利があると商人たちは見ている。そういった情報は重要なのだ。
「アルフォンソ、君、身内の欲目なしに姉上がどんな風か言ってみろよ」
ふざけてそんな風に話すのも、まだまだ驚きが心を占めているからだ。
少年たちは大きな衝撃を受けながらも、アルフォンソの実家、カファロ侯爵城にたどり着いた。
「お帰りなさい、アルフォンソ。ご友人がたも、ようこそおいでなさいませ」
そう言って出迎えてくれたのは、アルフォンソの姉であるアウローラ・カファロ侯爵令嬢だ。未来の公爵夫人とはどんな方かと胸膨らませていた少年たちはみな、想像以上のうつくしさ、たおやかさに度肝を抜かれた。




