5-6
屋台で買ったものを食べ、交代でトレントの枝を投げて「取って来い」遊びをする。その間に、気が向くままにおしゃべりする。そんな風に過ごしていると、天気が良いせいか、徐々に公園にやって来る人が増えた。そうなると、「取って来い」遊びをするには危険である。
「移動するか」
アーテルがいれば街中で行けるところは限られてくる。そう考えた少年たちはアビス神殿へ行ってみようとなった。
「それは良いね。アーテルのことをリュケイオンに出入りさせてくれるようにしたお礼を言っていなかった」
遅まきながら気づいたリエトは、ルーベンの提案を喜んで受け入れた。
父のライネーリ伯爵から正式に礼をしているのだが、リエト自身がアーテルとともに行って感謝を述べるのも良いだろう。
公園から少し歩いた先に建つアビス神殿は、アーテルの登場に沸いた。
「残念ながら、大聖教司さまは出かけておられるのです。アーテルさまにお会いしたかったことでしょう」
なんと、神殿のトップである大聖教司は大神殿に戻らず、まだ逗留しているのだという。
「もうこっちに留まってしまいたいとおっしゃっていました」
それはアーテルがこの地にいるからなのか、とは聞けない少年たちだ。相手はいち神殿のトップである。
神殿には中庭があり、そこで捨て犬の保護をしているのだという。そこへ案内してもらう道すがら、賑やかな一団がいるのに気を惹かれる。神殿は静謐だという固定概念を覆す騒ぎである。見れば、聖教司に縋りつかんばかりになっている者たちがいた。
「もう、神におすがりするしかないのです」
「どこを探しても見つからない」
「お願いします、お願いします」
悲痛な声に少年たちは目を向けずにはいられなかった。それなりに身なりの良い男女二人はだが、憔悴した様子で、女性の方はほとんど涙声になっている。シストが声を抑えて聞いた。
「あれは?」
「行方不明者の家族が祈祷を願ってやってきているのです」
聖教司は痛まし気に、連日訪れていると話す。
そんな風に足を止めていたリエトたちに向こうも気づき、女性の方がふらふらとこちらに近づいて来る。
「おい、おまえ、どうしたんだい」
残された男性の方が戸惑った風に聞くも、女性の耳には入っていない様子だ。赤く充血した目が見開かれ、血色が悪い顔の中で異様なほどに目だった。
「ねえ、あなたたち、うちの息子を知らない? リュケイオンに通っているのよ。それが、いつからか帰りが遅くなったかと思ったら、数日前から家にも戻らないようになったの」
ひゅっと息を呑んだのは誰だったのか。自分かもしれない。女性が話す言葉は、それほどまでに少年たちに衝撃を与えた。
「ねえ、リュケイオンでは泊まり込みでなにかの研究をしているの? 研究が盛んなのよね? そうよね? 学院にいるわよね?」
いなくなったのではない。学院で泊まり込みで学んだり研究をしているのだ。そうでなければ、帰って来ない理由がない。そうであってほしい。そうであれば、息子は無事なのだから。
女性のそんな気持ちがひしひしと伝わって来る。
けれど、さすがに大の大人からも注目される研究をしていても、学生が泊まり込みで行うことは許可されていない。仮に、研究成果を確認するのに時間を要するということがあったとしても、ひと晩くらいのものだろう。寮生の部屋に泊まりこんだとしても、数日家に戻らないというのはおかしい。
「よしなさい。学院にも行って、来ていないと言われたじゃないか」
「なにが自由を標榜する学院よ!」
男性の言葉を必死に否定すべく、学院の管理不行き届きだとばかりに声を張る。
唐突に怒鳴った女性の剣幕に、少年たちはただただ立ちすくんでいた。アーテルはと言えば、頭をやや低くし、警戒する様子を見せている。
まずい。このまま神殿で騒動を起こしたら、さすがの大聖教司ですらかばいだてできないだろう。アーテルには心痛のあまり精神が不安定になってとんでもない行動に出るという人間ならではの行動が理解できないだろう。
リエトがここはアーテルを伴って早々に立ち去るべきだと思った。しかし、そうした行為は却って女性を刺激することになるのではないかという考えがためらいとなる。
さっと、女性とリエトたちの間に、誰かが割って入る。そして、やんわりと、女性を押し戻す。そんな風にされても女性は戸惑うばかりでろくな抵抗すらできず、やがて、連れの男性の下にまで至った。背中から男性に抱き込まれる形となる。
「しっかり支えておあげなさい」
「あ、ああ、はい」
男性は後ろから女性の両肩に手を置く。
女性がわっとばかりに泣きだした。それを連れの男性がなだめる。
「行きましょう」
促され、リュケイオンに息子が通う男女の様子を見つめていた少年たちは廊下を進んだ。
開け放たれた扉から出れば、清浄な空気と温かく明るい光りに包まれ、ようやく息をつくことができた。
「良い機会ですので、この者を紹介します」
案内してくれた聖教司が言って手招くと、先ほどの一件を、見事な手腕で納めてくれた男性が後ろから現れた。いっしょについて来ていたようだ。
「オレステスです」
歳若く、濃い茶色の髪、太い眉、大きな茶色の瞳をしている。身長が高く、がっしりしているが鈍重な感じはない。
リエトはこっそり犬っぽい人だなと思っていると、こちらを向いてにこりと笑った。それがまた、人懐こい犬の印象を強める。
「外向きの用事を担当しています。もし、なにか困ったことがあれば、遠慮なくおっしゃって下さい」
オレステスは明るくそう言った。
経験の浅いリエトたちと比べて世事に長けている大人ということなのだろうけれど、そんな者に遠慮なく頼れと言われ、少年たちは特別待遇に戸惑う。
「ここは一般信者にも開放されています。ふだん、犬たちが寄って来るんですが、今日は来ませんね」
言いながら、聖教司はちらりとアーテルに視線をやった。おそらく、アーテルに遠慮して近寄って来ないのだと予想をつけたのだ。そして、それは正しいとリエトは知っている。当の本人であるアーテルはリエトに視線を向けられ、嬉しそうに尾を振る。聖教司もオレステスも、そんなふたりににこやかになる。
聖教司はその後、大人が子供によくそうするように、学院生活はどうかと尋ねた。当たり障りなく、先日テストがあったことや今日は公園で遊んだ、屋台の料理が美味しかったと話すと莞爾と頷く。
そして、どこそこへ行ったことがあるかと少々毛色の違う質問をされた。少年たちはみな、ないと答えた。
「そうですか。今後も、近寄らないようにしてください。なにかあったときには、神殿へ。この者を見かけたら遠慮なく頼って下さい」
重ねて、オレステスを頼れと言われ、少年たちは顔を見あわせる。
「なにかあったのですか?」
「なにかあったときのことですよ」
シストの問いに、聖教司は笑みを持って答えた。それは明確な応えではなく、はぐらかすものだと分かった。
「中庭の奥にはアビス神を祀っています」
聖教司の言葉を聞いたアーテルがひょいひょいと奥へ進む。
「アーテル!」
「構いませんよ」
言いながらも、聖教司はどこか夢みる表情でアーテルの後ろへ着いて行く。自分も行くべきかな、とリエトが思っていると、深刻な表情を浮かべるシストに、ルーベンがささやいた。
「ね、あれってさ、」
「ああ。アーテルがヘンな臭いがするって言っていた紙に書かれていた名称といっしょだな」
「え、それって、」
少年たちは思い出す。失せ物探しをしていた際に見つけた紙片を。それはリュケイオンの校内で見つけた。そうして記憶は繋がる。確かに、そこに書かれていた名称は、聖教司が決して行かないようにと言ったものと同じだった。そして、つい先ほどリュケイオンに通う男子が行方不明になったと聞いた。
これらの事象はどう関連しているのだろう。
なにかわけのわからないものに絡めとられようとしている気がしてならなかった。




