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学生の本分は勉強だ。
自由を標榜するリュケイオンでも当然のことながら、しっかり学ぶべきとされており、定期的に試験が設けられている。基礎クラスは言語学、数学、地理学、魔装回路学など必須科目のほか、選択科目がある。
「わんわん探索部」の部員たちは授業こそ真面目に出席しているが、試験の点数はあまり期待できないでいた。
それで、みなで集まって試験対策をしようとなり、小教室で机を寄せ、教科書やノートを広げている。
「アペイロンってなんだよ」
「同じ砂糖やら塩やらコショウやらを使っても、組み合わせや肉や野菜の種類によっては色んな味わいになるということだろう」
「いろんな料理も突き詰めれは素材と砂糖や塩、コショウの味に帰結するということだ」
「ふうん、それで「限界をもたないもの」か。そうだよなあ、料理って組み合わせによって、味わいは際限がないものなあ。んん? ということは、調理法によっても変わってくるということか?」
「そうだ。君は今、世界の真理に触れている」
「ちょっとさ、範囲広すぎない?」
「ルキーノは教科書を丸暗記すれば良いのに」
「やる気が出なあい」
リエトの言葉にルキーノは机に突っ伏した。
「わんわん探索部」の部員たちは珍しく部室ではなく空き教室の一角を陣取っていた。居心地よく整えられた部室にいては食べて喋っているだけで時間が過ぎる、とシストに連れて来られたのだ。
「休暇を補習で終わりたくないだろう?」
シストの言葉に、試験が終わった後に控えている長期休暇のことを少年たちは思い描く。試験結果が惨たんたるものであれば、休暇期間中に学院に通うことになる。
「だな。なあ、みんな、休みはどうすんの?」
「カントリーハウスに顔を出せって言われているよ」
バルドの問いに、リエトは領地にいる母と姉のことを想起する。つい最近届いた手紙にも、必ず戻って来いとしたためられていた。
「俺も帰ろうかなあ」
そう言うバルドは、自身がそう思っていたからこそ、ほかの者にも尋ねたのかもしれない。
「シストとルーベンはこの周辺出身だっけ」
「うん。だから、特に戻る必要もないかなって思っている」
「わたしもだ」
ルキーノとアルフォンソは沈黙を守っている。
「あ、じゃあ、みんな、俺の故郷に来ないか?」
「バルドの?」
リエトは目を丸くした。他者の故郷を訪ねる。今の今まで発想すらしたこともなかった。
「と言っても、うちの領地は痩せた農村しかない。だから、しょっちゅう隣の領の港町に行っていたんだ」
バルドはそこで泳いで魚や貝を捕り、浜辺で焼いて食べていたのだという。
「だから泳ぎが上手いんだ」
「だから大きくなったんだ」
「おうよ。んで、港にいる船乗りたちと仲良くなってさ。船にも乗せてもらったことがあるんだぜ」
バルドが教科書を押しやって胸を張る。
「へえ!」
「船かあ。大きいやつ?」
「内航船にも外航船にも乗ったぜ」
外洋を航行する船が出入りするのだから、大きな港なのだろう。人も物も多く出入りする。
「最新の魔装スクリューを搭載している船は見たことがあるか?」
ふだんなら無駄口を叩かず勉強しろと言うシストもこの年頃の少年らしく興味を示す。
「いやあ、そんな高価な船は滅多に拝めないね」
バルドの言葉にそういうものか、とシストが頷く。
「あ、アルフォンソの家は持っているんじゃない? 遠洋交易もされているんだよね、確か」
話に高揚したルーベンがついアルフォンソの侯爵家のことに触れる。言ってしまってから、アルフォンソがあまり家族について話さないことを思い出して失敗したと後悔する。
「ああ。シストが言った最新の魔装スクリューを搭載した船を持っていると聞いたことがある」
「あるのか、オイ!」
「「「「わあ!」」」」
バルドが思わず身じろぎし、ほかの少年たちが感嘆の声を出す。
「良いなあ。速いんだろうな」
バルドがうずうずして今にも走りだしそうなのを押し留めるために腕組みする。
アルフォンソの侯爵家では父や兄ふたりが交易の事業に携わっているだけでなく、まだアカデメイアに通う学生である姉も関与しているらしい。あまり突っ込んだことを聞いたことがなかったが、バルドやほかの少年たちの様子を見て、自分もふと関心を抱いた。
「そう言えば、魔装望遠鏡とか船の設備がどうのと話していたような?」
「なんだよお、詳しく聞いておいてくれよ」
最新の魔装スクリューを搭載した船の設備だ。どんなものか興味があるが、いかんせん、アルフォンソの言葉はあやふやだ。
そんなアルフォンソはなんの気なしに言った。
「じゃあ、俺の家も行ってみる?」
「「「「「え?!」」」」」
集まる友人たちの視線に、発言者であるアルフォンソ自身も驚いた。
「え、その、この間家から届いた手紙に、休暇はどうするんだって書いてあって」
送られてくる手紙にはなんとかしてアルフォンソの気を引こうと、少年が興味を持ちそうな事柄が書いてあるのだという。そこに、魔装スクリューを搭載した船に乗ってみないかとあったのだ。
「いや、でも、俺たちが押しかけても、なあ」
船にいっしょに乗せてもらえるかもしれないと言うアルフォンソに、バルドも戸惑ってほかの少年たちの顔を見渡す。なんと言っても、最新の魔装スクリューを搭載した船だ。王家ですら所持していない。それに乗せてやろうと言われても喜びよりもまずためらいが先に立つ。
「じゃあ、アルフォンソ、その手紙の返事をするときに、「友だちを連れて行ってもいいですか」って聞いてみてよ。あと、僕もお父さまやお母さまに聞いてみる。カントリーハウスに友だちを連れて行っても良いですかって」
リエトはアルフォンソが最近、家族と頻々と手紙のやりとりをしているのを知っていた。家にいるころよりもよほど意思疎通をしていると漏らしたアルフォンソの表情に、リエトも頬をゆるませた。アルフォンソは面はゆそうな、それでいてまだ発展途上のやわいものをそっと育てているような顔をしていた。どんな風に形作って行くのか、関係のないリエトも楽しみに思えた。
「おー! じゃあ、俺の故郷とアルフォンソん家とリエトん家の領地な!」
バルドが言うとおりであれば、それで休暇の予定はすべて埋まる。
「わーお、盛りだくさん」
「あ、でも、どうやって行くの? ええと、その、長距離用の馬車はうちにはなくて、」
ルキーノが満面の笑みを浮かべ、ルーベンが眉尻を下げる。
「あの、たぶん、お父さまたちは僕が友だちを領地へ招待するとか招待されるとか、そういうのを喜んでくれると思うから、馬車を二台手配してくれないか頼んでみるよ。アーテルもいるし」
そうとなれば、旅費のことも考えなくても良い。末っ子が通うからとふんだんに学院に寄付をしている伯爵だ。末っ子だけに食事の用意をするなど、食欲不振に陥りそうなことは決してすまい。
「じゃあ、三か所巡るためには補習を免れなければならないな」
言って、シストの厳しい指導が始まった。眼前にとんでもなく美味しそうなニンジンをぶら下げられた少年たちは未だかつてない真剣さで勉強に取り組んだ。
そうして迎えた試験はそれなりの結果を伴い、喜んだリエトの父は当然のように末っ子とその友人の小旅行の準備を整えた。同じくほとんどいっしょに暮したことがない末っ子を密かに案じていた侯爵家からも馬車が送り込まれることとなった。
「リエトの父上とうちの父上が相談し合った結果だそうだ」
少しばかり照れくさそうにするアルフォンソに、少年たちは口を揃えて礼を言った。




