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リエトが学院内で男子生徒にナンパされる。
これらの出来事を後から聞いたバルドたちはさほど心配しなかった。アーテルがすぐそばにいたからだ。
「それにしても、アーテルが見えなくなったとたんにちょっかいをかけられるなんて」
「ライネーリ伯爵さまが怒り心頭で乗り込んできそうだよな」
「あー、お父さま、過保護だからなあ」
バルドとルキーノの言葉に、リエトは気まずそうにするでもなく頷く。
その年頃の少年たちはいちいち親が出張ることを恥ずかしくてたまらなく思うことが多い。友だちといるときに親に話しかけられるだけで嫌だと感じる。リエトからしてみれば、幼少の頃、身体が弱くてずいぶん心配をかけたことから仕方がないものだと思っていた。優しい人たちがいたからこそ、今ここに存在することができると知っているリエトはこの年代の「ダサいことは避けよう」という価値観からは程遠いところにいる。
「親御さんが乗り込む前にアーテルが飛び込んで行っちゃうな」
アルフォンソの言葉には、リエトよりもアーテルがいち早く反応する。
『おれ、リエト守る! あたりまえ!』
ふんす、と鼻息を漏らしながら顎を上げて自信満々に言い切る。
『リエト、かわいくてやさしいから、好きになるの当然! でも、リエトのいちばんはおれ!』
「ということは、リエトと仲良くなりたかったら、アーテルに認められなくちゃならないってことだな」
「え、アーテルに?」
「な、アーテル、俺たち、仲間だよなあ」
「アーテルともリエトととも友だちだもんな」
『うん! みんな、仲間!』
リエトからしてみれば、制服を着ているのに一瞬でも女の子と思われたのは不本意極まりない。
モテるというバルドをちらりと見る。立派な喉仏をしている。これが「オス」な感じか。リエトは自分の細い首に手をやった。
人間も動物だ。身体の大きさいかんによって侮られることもある。そんなリエトは大柄なバルドを含む友人たちとすぐに仲良くなり、いっしょにいれば見下されておちょくられることはない。今では四六時中アーテルといっしょだからまったくない。リエトが怖がったり嫌がる風を見せれば、アーテルが臨戦態勢に入るからだ。魔物を怯えさせる迫力だ。
「僕、いかにも弱そうだからなあ」
昔はともかく、最近は良く食べ、良く動くのだが、なかなか縦にも横にも伸びないのだ。
「リエトは弱くないよ」
まっ先に言い切ったのはルキーノだ。
「俺、みんなのなかでひとりだけ庶民だろう? それをからかわれたとき、リエトは「家来なんかじゃない、友だちだ」って真っ向から向かって行ってくれたよ」
そう言われて思い出す。バルドやルキーノ、アルフォンソと仲良くなって連れ立つことが多くなったころだ。まだシストやルーベンとこうやって集まることがなかったときのことだ。
ルキーノを揶揄した相手らは手を叩いてげらげら笑った。
「「友だちだ!」だってえ」
「なに、むきになってんだよ」
「ぎゃはははははは」
「ばっかでー」
「まだまだお子ちゃまでちゅねー」
「ひゃははははははは」
自分より劣っている、弱いと判断した相手に、力の差を見せつけるのはままあることだ。貴族社会でも幾重のオブラート越しに行われるものだが、リエトには経験がない。ましてや、こうもあからさまに攻撃されることは初めてのことで、ぎゅっと胃が縮こまる感覚を覚えた。そこからすっぱいなにかがせり上がってきそうだ。
「放って置け。ああいうのは俺たちと考え方が違うんだよ」
バルドが肩を怒らせ、アルフォンソが無言でリエトとルキーノの背中を押してその場を立ち去った。
ところが、これで事は終わらなかった。彼らは後になって、リエトが裕福で学院に多額の寄付をしている伯爵家の次男だと知ってすり寄ってきた。
ろくすっぽ謝らず、心証が悪いだけだったからリエトはすげなく対応した。
「なんだよー。ただのノリじゃーん」
「心せまーい」
「せんせー、あやまっているのにリエト君が仲良くしてくれませーん」
リエトが悪いと言い出す始末だ。しかも、教師に泣きついた。教師は事情を把握せず、身分を盾に大きな顔をするなとリエトを叱った。
「身分を盾になんかしていません」
リエトはしっかり主張した。
どうしたって、意見が食い違うことがある。人は自分が見たいようにしか見ない。自分の尺度でしか世界を測り得ない。
「ならば、仲良くしろ。同じ学び舎で学ぶ仲間だろう?」
理想論はときに万能の言葉として振りかざされる。誰もが一面の真理があると認めざるを得ないからだ。けれど、うつくしい代わりに硬くつめたい一面を持つ理想論は完成されているがゆえに柔軟性に欠けており、実情にはめ込むには方々に無理が出る。
「友だちを選ぶ権利はこちらにもあります」
断固たる態度に、世の中を知らない箱入り息子で与しやすしと見て取っていた教師がさすがにおかしいと疑念を抱き始めた。同時に、面倒くささも感じた。
「いいじゃん。こじれたんだったら、離れれば。それとも、そっちにはリエトとどうしても仲良くしたい理由があるの?」
教師はバルドの言葉に飛びついた。
「あるのか? それはなんだ?」
リエトに執拗に絡む生徒たちに聞く。
「えー、話が合いそうだからあ」
「そうそう、いろいろ話をしたいんだよ」
「なんの話?」
すかさずバルドが聞く。
「はあ? なんで君にそこまで説明しなきゃなんないの?」
「そうだよ、さっきからなんなの?」
「ひっこんでいろよ」
バルドは、ルキーノは当事者であったが細いうえにへらへらしているから、相手側に侮られきっており、発言に耳を傾けることはなかろうと教師を交えた「話し合い」についてきたのだ。
関係ない者は黙っていろと言う生徒に、ならば当事者である自分がとリエトも問う。
「僕も聞きたい。なんの話をしたいの? 僕は君たちの考え方だけなくて、喋り方から会話の内容まですべて不愉快だから親しく付き合いたいと思わない。第一、君たちがルキーノを庶民だからってバカにしたんだろう? 僕の友だちをバカにする人とは親しく付き合う気はない」
「なんだ? そうなのか? 君たち、言っていることが違うじゃないか!」
身分で差別したのが相手側であり、それがリュケイオンが標榜するものと相反するとあって、教師の矛先は完全に変わった。
どうせ言うのなら最初から言えば良いのにという向きもあろうが、リエトはできれば口にしたくなかった。ルキーノが気にしないと言ってもリエトは嫌だった。傷つけば良いとばかりに投げつけられた心無い言葉を、繰り返しルキーノに突き付けたくはなかったのだ。
教師にこってり絞られた生徒たちはそれからはリエトを遠巻きにするようになり、アーテルが現れてからは、姿を見ればそそくさと逃げ出すようになった。
過去にあった話を聞いたルーベンとシストが呆れ、憤る。
「ひどい話だね」
「自分たちのことをさも相手がしたかのように言う。卑怯な手を使ったものだな」
シストは頭が良いから自分に自信がある。相手に対抗するよりどころがある。いまひとつ自分に自信を持てないでいるルーベンは、自分がそんな風に言われたらとルキーノの心境を思って心を痛め、その場をやり過ごすことなく立ち向かったリエトに感服した。そして、ルキーノと同じく、リエトは強いと思った。リエトはアーテルがいなくても自分よりも大きく、貶めてやろうとする相手に、友だちのために踏ん張ったのだ。
さて、一連の話は隠し部屋こと「わんわん探索部」の部室で行われたのだが、関心がなさそうにしていたアーテルはしっかり聞きおぼえていた。リエトが嫌なことを言われた、ということが心に焼き付いていた。
リエトが家族にも言わないでおいた事柄を、アーテルがぺろっと喋ったことで、伯爵家では怒り心頭となった。アーテルが学院に出入りする口利きをしたことから、寄進をしていたアビス神殿にも伝わり、心証は非常に悪くなる。ルキーノとリエトをさんざんからかって馬鹿にした生徒たちは家族からも絞られることとなった。




