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以前、バルドとルキーノが話しかけても応えなかったトレントは、アーテルが話しかければすんなり会話ができた。トレント自身も話しかけても届かないことがあり、力ある存在の意思ならば、と言っていた。
「おい、あれ、」
「黒い大きな犬ってことは」
アーテルに気づいてトレントを囲んでいた生徒の視線がちらほら集まる。シストがこの機にとばかりに一歩前へ出る。
「お取込み中、すみません。わたしたちは「わんわん探索部」の者です。「薬学研究部」の方はおられますか?」
「わたしが「薬学研究部」の部長だ」
シストの声かけに応じたのは身長はそう高くないががっちりした体型をした、いかにも上級生といういで立ちの男子だ。後から聞いたところ、休みの日には野や山に出て野性の薬草の植生を調べに行くそうで、それでしっかりした身体つきをしているのだろう。
「部長!」
「いきなりのラスボス!」
バルドとルキーノが沸き立つ。
「やめておけ、ふたりとも。そんな風に言っていると、「武術研究部」の実況と解説が現れるぞ」
アルフォンソの言葉はてきめんで、バルドとルキーノは口をつぐんだ。
「学院長から畑が荒らされたと聞きました」
シストは三人に構わず部長に話しかけた。
リエトは大勢の視線が集まるアーテルが少しでも落ち着けるようにその背中を撫でていた。ルーベンもまた、あまり知らない者たちに囲まれることは好まない性質であるからして、ひたすら気配を消すことにしていた。
「そうか。原因を探ってくれるのだな」
「いえ、その、実はこちらのふたりが以前、盗み食いをしたそうで、」
ありがたいと言わんばかりの部長に、シストは言いにくそうにした。
「なるほどな。ということは、そのときに痛い目を見ただろう」
つまり、「薬学研究部」では頻発する畑泥棒の対策として、一芝居打っていたのだ。人体に何らかの作用があるか分からないという事実は、泥棒避けの鉄壁な防御システムとも言える。
「それに、このトレントを目ざめさせた君たちならば、畑泥棒などをすまい」
トレント覚醒が根拠になり得るのかはなはなだ疑問ではあったが、先方がそう認めてくれるのならばそれに越したことはない。
「わんわん探索部」に対して、「薬学研究部」だけでなく、「神秘植物研究部」もまた、トレントを目ざめさせたことに感謝しているのだと言う。
賢明なシストはアーテルならば的確にトレントと会話することができることを黙っておいた。知られれば通訳のためにずっと拘束されるだろう。
部長が「薬学研究部」の被害に遭った畑に案内してくれた。
「この「プルルン草」が」
「「プルンプルン草」?」
「違う。「プルルン草」だ」
どう違うのか。
「「プルンプルン草」は肌のハリを保つ方だ」
「あるのか!」
「「薬学研究部」も変な名前をつけるのか」
「というか、薬草に変な名前が多いということなんじゃない?」
「そういうのに限って汎用性が高いんだよね、きっと」
少年たちはどこまでも脱線する。シストは話を元に戻すことにした。
「千切られた上に食べ差しが残っていたと聞きましたが」
シストが部長と現場を見ながら話している間に、少し離れたところでバルドが胸を張る。
「俺さ、トレントさんが「薬学研究部」でもなく、「神秘植物研究部」でもなく、我が「わんわん探索部」のメンバーなんだってことを黙っておくのに苦労したぜ!」
「あ、そうだった。トレントさん、うちの部員だった」
「部員というか、協力者?」
すっかり忘れていたルキーノにアルフォンソが顎に指をあてる。
「あんなに囲んでわいわい言っているけれどさ、俺たちの仲間なんだぜ!」
耳の遠いおばあちゃんとのやりとりにならないのは、アーテルのおかげの何物でもないのに、バルドが自慢げに胸を張ったものだ。シストと同じく賢明なルーベンもまた、口をつぐんでおいた。
彼らを他所に、リエトはアーテルにこっそり囁いた。
「ね、アーテル。トレントのおばあちゃんに聞いたら分かるかもしれないのにね」
『そうだね。おばあちゃんに聞いて来よう!』
「ううん、やめておこう。だってほら、さっき見たでしょう? 生徒がいっぱい話しかけていたんだもの」
今にも方向転換しようとするアーテルを、リエトが押し留める。
『じゃあ、俺が探す!』
「え? アーテル、畑を荒した犯人を捜してくれるの?」
『リエト、畑を荒したハンニンを探しているの?』
きょとんと小首を傾げるアーテルに、リエトはぽかんとした後、吹き出した。
「そっか、アーテル、ぼくたちがなにをしているか知らなかったんだね。そうだよ。ほら、そこの「プルルン草」? それが千切られていたんだって。なんでもねえ、食べたんじゃないかって言うんだよ」
『この草?』
アーテルが「プルルン草」に鼻先を近づけてふんふん臭いを嗅ぐ。
「お、「わんわん探索部」のエースがやる気になったか!」
「薬学研究部」の部長が表情を明るくする。
「エースというか、「わんわん探索部」はアーテル頼みだからな」
アルフォンソの言葉に、誰からも異論は出なかった。
『うーん、』
アーテルはやや困惑したように畑を見渡した。リエトは急かすことなく、ただアーテルの傍に寄り添っていた。
「まあ、そうそう分からないか」
「薬学研究部」の部長は期待外れだと責めることもなく、どうしたものかな、と腕組みした。
「今後、頻々(ひんぴん)と荒されるのはさすがに勘弁願いたいところなんだがなあ」
畑泥棒に対してもひと芝居打つことで怖がらせ、それを抑止力としてきたユーモアの持ち主だ。神経質になることなく大らかである。
アーテルは畑に植えられた植物ではなく、土の方の臭いを嗅ぎ始めた。いつもならばてんでばらばらに話すか、他愛のない会話に興じる少年たちも、ひとりせっせと働くアーテルを静かに見守っている。
と、アーテルは件の「プルルン草」から少し離れた畑の端を、前足で掘り始めた。まるで砂糖菓子のようにほろほろと簡単に崩れて行く。
「「「「「「「あっ!!」」」」」」」
畑の端にぽっかり穴が開いた。黒々と口を開けた中に、アーテルが上半身を突っ込む。
「大変だ! アーテルが落ちちゃう!」




