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探索中に畑にぽっかり空いた穴に、アーテルが上半身を突っ込む。
「大変だ! アーテルが落ちちゃう!」
リエトが慌ててアーテルの腰を掴んで引っ張り上げようとする。
『え?! タイヘン? リエト、タイヘン?』
「ち、違うよ、僕じゃなくてアーテルが!」
リエトがいつになく慌てふためく。それに呼応するように、アーテルの後ろ脚がわたわたともがく。それがまた、リエトの恐怖心をあおり、パニック状態となる。
「いやだあ! アーテルぅぅぅぅぅ」
『リエト! リエト、どうしたの?!』
ずぼりと勢いよく上半身を起こしたアーテルがリエトの顔を見ようとする。そこへ、リエトががばりと抱き着く。
『リエト?! リエト??』
おろおろして覗き込もうとするも、ぎゅっと首筋に抱き着いて毛並みに顔をうずめるリエトの顔は見えない。ただ、密着する身体は温かく不調をきたしていないことを感じ、アーテルは徐々に落ち着いて来た。そして、リエトもまた、それは同じだった。
とにかく、ふたりはいっしょにいたら精神が安定するのだ。
アーテルは人と価値観を異にする生き物だ。できることも大幅に変わって来る。だからこそ、傍から見たら唖然とすることも平然とやってのける。アーテルからしてみれば大したことはないからだ。そのアーテルが慌てたり驚いたり喜んだり嬉しがったり、大きく心を動かすのはリエトに関することだ。だから、リエトの傍にいれば人の営みの範疇にそれなりに収まる。
一方、リエトはアーテルがすさまじい力を持つことを知っていてなお、実際それを必要とする場に直面すれば、平静ではいられない。
だから、アーテルは人の世に留まることができる。力をふるいつつ、それに振り回されることもない。人間社会に暮らすリエトの傍にいることを望んだのだ。
これを理解しない者もいる。だから、アーテルを欲しがる。ちっぽけな子供でしかないリエトよりも自分にふさわしいと思う。
リエトがいなければ制御不能な力を持つ獣であると分からないのだ。そして、リエトが類まれなる「幸運」を持つからこそ、ふたりは誰はばかることなく共に在ることができる。
「おー、大丈夫かあ」
ふたりが落ちつくのを待っていた少年たちから声が掛かる。
「うん、大丈夫だよ」
言って、改めてアーテルに目をやったリエトはなんらかの違和感を覚えた。いつも格好良いアーテルの顔が少し変形している。顎の部分だ。口がうっすら開いている。
「あれ、アーテル、なに咥えているの?」
少年たちからしてみれば、アーテルがなにか咥えていると分かるリエトがすごい。なぜなら、アーテルの口元にはなにもなかったからだ。しかし、そうではないことは続くアーテルの言葉でわかる。
『むし!』
「え?! 虫? な、なんだろう。アーテル、飲み込んじゃダメだよ。ぺっして、ぺっ!」
アーテルがなにか咥えていることにリエトは気づいた。でも、なにかは分からない。見えないものを咥えているらしい。慌てて言葉が出てこず、幼児に対するような物言いとなる。
「ねえ、アーテル、なんの虫? 見せてくれる?」
『いいよ! リエトにも見えるようにするね』
言って、アーテルはふるっと軽く首を動かした。それに従って顔も連動し、咥えたものが振られる。
「「「「「「「あっ!!」」」」」」」
指ほどの身長、背中に透ける蝶のような翅を持つ。
妖精だった。
「うおー、すげー!」
「女の子? 男の子?」
「おい、押すな。近づきすぎだ。息で飛んで行くぞ」
「初めて見た」
「僕も。妖精って本当にいるんだね」
「いや、俺もだよ。すごいな。君たち、本当にすごいな!」
間近で見ようとする興奮しきりのバルドとルキーノをシストが押し留め、アルフォンソとルーベンが感動に声を震わせ、「薬学研究部」の部長は「わんわん探索部」をしきりに褒めた。
さて、褒めると言えば、アーテルはリエトに褒められるのが好きだ。格好良いとか強いとかのほかに、可愛いと言われても嬉しい。そういうときのリエトはとてもきらきらした顔をしているから。そのきらきらはアーテルに向けられている。ほかの人に褒められてもふーん、としか思わないけれど、最近、リエトの周りの人に褒められるのも好きになってきた。単純に嬉しい。
けれど、今、リエトのきらきらはアーテルではなく、ほかの者へ向けられていた。
「わあ、妖精だ。蝶の形のトンボの翅だ。可愛い」
リエトがほかの者、特に人間ではない獣とか妖精とか不思議生物を褒めるのは嫌なアーテルである。
むむっとなって咥えた妖精をリエトから遠ざけるように身体の向きを変える。その際、アーテルの尾が腰をかがめていたリエトの顔を掠める。
「わわっ、アーテル、急にどうしたの?」
アーテルはつーんとそっぽを向きながらも、リエトにぐいぐい身体を押しつける。
「ねえ、アーテル、妖精を見せて? すごいねえ」
『すごくないもん』
「んん? アーテル? どうかしたの?」
頬から首筋にかけてを、リエトの腹にこすりつける。しかし、力加減はわきまえている。リエトがひっくり返らないような加減はお手の物だ。自然とできるようになっている。今はちょっとだけ、いつもより強めだけれども。
「アーテル、焼きもちやいているんじゃない?」
そう言うルーベンに目を丸くしたリエトは、不思議そうに首をかしげてアーテルに視線を移した。
「どうして? 妖精を褒めたから? そんなの、アーテルが一番だよ」
アーテルのしぼんでいた気持ちがぐぐっと盛り上がる。
「いつだってアーテルが一番。その上で、可愛いね、すごいねって言っていたんだけれど」
『ほんとう?』
リエトの腹部の服に鼻先を押し付けたまま上目遣いになる。本当なのかと聞く顔にはすでにまぎれもない喜色が現れていた。
「うん、本当。ごめんね、言っていなかったっけ」
『ううん、リエトはいつもおれにすごいねって言っている』
嬉しそうに顎を上げて尾を振る。
リエトはにっこり笑いながらアーテルの顎や頬、後頭部を撫でる。アーテルはくふんと気持ちよさそうに鼻息を漏らしながらにっこりする。ふたり顔を見合わせ、にっこにこである。




