4-3
セミの抜け殻。
なぜ、こんなにも少年たちの興味を惹くのか。
そこへ、魔力を詰め込み、「魔石」に仕立てたという。
「「わーお!!」」
バルドとルキーノが興奮の声を上げた。リエトも心が浮き立つのを感じた。
「すごい。本物の天才だ」
「うん、本当にすごい!」
今日は二度もバルドとルキーノに天才だと言われたアルフォンソもまた高揚し、ルーベンもいつになく声を弾ませる。
魔石はたいてい鉱物である。そのため、正確にはジラルドが作りだしたのは「魔力貯蔵物」である。魔石は「魔力貯蔵物」である鉱物だが、同じ用途なので魔石と呼んで差し支えないだろう。
「うっわ、見てえ!」
「ぜってぇ探し出そうぜ! な、アーテル!」
沸き立つバルドとルキーノを他所に、呼ばれたから一応は反応したアーテルはくふんと鼻を鳴らしたのみだ。
「リエトぉ」
頼みの綱のアーテルの反応がいまいち薄かったことから、情けなさそうな声でルキーノが協力を要請する。それに応えてリエトが座ったままアーテルに顔を近づける。
「アーテル、あのね、セミ、知っているよね?」
『知っている! 前にリエトと追いかけた!』
打って変わって、浮き浮きと思い出をしゃべる。
「あのとき、アーテル、速かったなあ。飛んでいるセミを見失わなかったものね」
『でも、気づいたらリエトと離れていて、』
夢中で追いかけていたらリエトを置き去りにした過去の夏の出来事を思い出したアーテルがしょんぼりと両耳を倒す。
リエトがなだめるようにその後頭部を優しく撫でる。アーテルの気持ちが持ち直したのは、尾が左右に振られたことで分かる。
「そのセミは抜け殻を残すことがあるでしょう?」
『うん』
「このジラルドさんがね、そこに魔力を注いだんだって。でも、それを落としてしまったんだ。だから、それを探してほしいんだ」
『いいよ!』
アーテルがしょげた辺りではらはらしていた少年たちは、リエトの願いを叶えるべくキリッと顔を上げる守護獣に、ぱっと表情を明るくする。
「よろしく頼むよ!」
しゃべる犬というどこからどう見てもふつうではないアーテルがその気になってくれたのならもう見つかったも同然とばかりに、ジラルドが喜ぶ。
「なにか匂いが残っていないですか?」
シストの言葉に、ジラルドは抱えていた装置をアーテルがいる方のテーブルの端に移動させる。
「ここに設置できないかと嵌め込んでいたんだ。あと、この上着のポケット。ここに入れていたんだ」
言いながらジラルドは上着を脱いだ。
リエトに促され、アーテルは装置と上着のポケットの匂いを嗅ぐ。
「これは魔装器具?」
「なんていうもの?」
バルドとルキーノが興味津々に身を乗り出す。
「いや、あの、うん。————」
「え?」
「聞こえなかった」
「ええと、その、「おお、レベッカ、なんとうつくしい!」だよ」
沈黙がその場を支配した。
失せ物探しを依頼して来た「魔装器具研究部」の部員ジラルドと別れて「わんわん探索部」は早速捜査を開始した。
あちこちの匂いを嗅ぎながら歩くアーテルの後ろをぞろぞろと着いて行く。彼らはめずらしく無言だった。
「ジラルドさんは素晴らしい魔装器具を発明するのに、変な名称をつけるんだな」
沈黙を破ったのはシストだった。
「それな!」
ふだん、カタブツ君と揶揄するバルドが大いに賛同する。
あれから、少年たちの白々とした表情と無言に耐えかねたジラルドが言い募った。言い訳をすればするほど、というやつである。
「おお」は必ず必要だとか、レベッカは「今」ジラルドが熱を上げている女性だとか、過去の魔装器具もそういった意中の相手の名前を使っていたとか、あれこれ話を聞いた。聞けば聞くほど、少年たちはどこか遠くを見つめずにはいられなかった。「神秘植物研究部」の「むっちむち♡の樹」を彷彿とさせるネームセンスである。天才の感性とはこういうものなのか。自分たちには縁遠いものなのだと突き付けられた気がする。遠いかなたで頑張ってほしいものである。
アーテルに『リエト、探しに行かないの?』と聞かれてようやく我を取り戻した。
「惚れっぽい」
「だよなあ、次から次へと違う女の名前を付けるなんてなあ」
アルフォンソがぼそりと漏らすのに、ルキーノがにししと笑う。
「でも、魔装器具の発明なんてそうそうできるものではないでしょう? 複数つけられるほどのたくさんの魅力的な女性に出会えるなんて、ちょっとうらやましいかも」
「あー、そっちかあ。それもそうだなあ」
ルーベンの言葉に、リエトはそういう観点からしてみれば、確かにそうかもしれないと頷く。
「いや、リエトはアーテルに濃いしているんだろう?」
「アーテルもリエトに濃いしているんだから、相思相愛だよな」
「ふたりは仲が良いからな」
バルドがにやにやすれば、ルキーノも即座に乗り、いつもはなにかと擁護するアルフォンソですらしみじみ頷く。リエトはきゅむっと唇を尖らせた。
『そうだよ! おれはリエトに濃い! リエトもおれに濃い!』
「「ほらあ」」
自信満々に顎を上げて言い切るアーテルに、バルドとルキーノのにやつきがひどくなる。
「それより、探索だよ!」
『リエト?』
なにか腹を立てているのか、とやや不安そうに見上げて来るアーテルの背を撫でながら、なんでもないんだよとリエトは微笑む。アーテルも笑い返す。
「アーテルよりも魅力的な女性を見つけるなんて、リエトの恋愛は前途多難だな」
こっそりつぶやくシストに、ルーベンが言ってやるなと無言で首を左右に振った。
少年たちは校舎の植え込みの影などを覗き込みながらセミの抜け殻型魔石を探した。
「お、筆記用具はっけーん」
「けっこう、いろいろ落ちているものだなあ」
「見つけたら拾って、事務室に届けておこう」
「だな。学院長室にも近いし」
すべてが終わった後、顧問に報告する必要があるから、ついでである。
さて、素晴らしい脚力の持ち主であるアーテルは卓絶した嗅覚の持ち主でもあった。更に言えば、彼と共に行動するリエトは類まれな「幸運」の持ち主でもあった。
『リエト、あったよ!』
植え込みの一角に突っ込んでいた鼻をずぼりと抜いたアーテルがリエトを振り返る。
「どれどれ?」
リエトは手で葉をかき分けて覗き込んだ。
「わわっ」
後ろからバルドとルキーノがのしかかってきて前のめりになりそうになるのを、アーテルが横からさっと顔を押し込んで支える。なんとか持ちこたえたリエトの背後に乗っかるバルドとルキーノはそれぞれアルフォンソとシストが後ろへ引っ張る。
「あ、これかな。アーテル、触っても大丈夫だと思う?」
『大丈夫!』
アーテルのお墨付きをもらったリエトはそっと摘み上げた。たしかに、セミの抜け殻であり、動かすと七色の淡い光が滑るように隆起に沿って色を波打たせた。
「「「「「「わあ!!」」」」」」
リエトは手を伸ばして七色のセミの抜け殻型魔石を空にかざした。夕日を浴びて鮮やかに彩られる。リエトが伸ばした腕から黒々と影が落ち、魔石の色あいとの対比がうつくしい。
少年たちはいつまでもこの日の出来事、この光景を忘れなかった。なんのしがらみもない、ただ心の赴くままに行動した、自由そのものの日々。
それは、彼らを支え続けた。彼らの硬い結びつき、互いを信じるよすがとなった。




