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2-5

 

 今明かされる衝撃の事実。

 学院創立以来から在ると言われているトレントが、まさかのお寝坊さんだったというのだ。

 リエトたちは大いに戸惑って顔を見あわせる。


「学院長なら、なにか知っているかな」

 シストが言うのに、みなの脳裏に白いあごひげを腹近くまで長く垂らした老人を思い浮かべる。好々爺のごとき笑みを湛えてはいるが、侮ってはいけない。腕白盛りのいたずら小僧たちを長年相手取って来たのだ。なにより、突飛極まりないクラブの自由さを維持させつつギリギリの線で統制を保っている。


「僕、呼んでくるね!」

 ルーベンがきびすを返して走って行く。


 おとぎ話のトレントは森の中で、ふつうの樹に擬態しつつ旅人をからかったり、助言を与えたりする。

「トレントを蹴り付けたら、上からイガグリが落ちて来たりとかするって言うのになあ」

「そうそう。アドバイスも、気に入らないヤツには間違ったことを教えるとか」

 動かず喋らない方が害はないかもしれない。ともあれ、しかし学院の主として珍重されていた。

 だから、居合わせた少年たちは無邪気なアーテルの言葉に驚いた。


『起こす?』

「「「「ハァ?!」」」」

 アーテルは素っ頓狂な声を上げる少年たちを他所に、小首をかしげてリエトを見上げている。アーテルは大きいのでやや上目遣いになる程度で事足りる。

「え、起こせるの?」

『うん! おじいちゃん、起きて!』

 アーテルがちょんと片前足を土から少しむき出しになった根に置く。

「おじいちゃんなの?!」

 次々に明かされる出来事に、リエトはついていくのに精いっぱいだ。

『あれ、おばあちゃん?』

 アーテルとリエトは首をかしげたまま顔を見あわせた。

「どっちだよ?!」

「そうだよ、アーテル。そこ、肝心なところだぞ!」

 いつもなら「どっちでもいい」と突っ込むはずのシストも今回ばかりはトレントの価値観を知らないのでなんとも言い難い。


『ふわぁぁぁぁ、むにゃ……』

 大きな幹に刻みついていたうろが大きく口を開く。まさしく、それはトレントの口だった。あくびによって吸い込まれる空気があまりに大量で、体重の軽いリエトなど、脚を踏ん張らなければ吸い寄せられそうだ。

 某動く樹と同じく枝を震わせ、まるで伸びをしているかのようだ。


「「「「「起きた!」」」」」

 しかし、またすぐに眠ってしまいそうである。


「どうしよう?」

 リエトがこの事態をどうすれば良いのか、という意味で誰にともなくつぶやいた。それに顕著に反応したのはもちろん、アーテルだ。

『ねえ、起きて。おじいちゃん? それとも、おばあちゃん?』

 根っこに乗せていた片前足をぽむぽむと二度三度叩く。

『ふむう、どちらでも良いですが、では、おばあちゃんにしましょうかの』

 少しくぐもった声が聞こえてきた。

 どちらでも良いのかとバルドが呟くのを、シストが突いて止める。


『おばあちゃん! リエト、おばあちゃんだって!』

『リエト?』

 樹の模様がしょぼつかせた目のように見える。それがリエトに向けられる。しょぼつかせているのだから、どこを見ているか分からないだろうものが、それと分かるのだから、不思議である。ともあれ、視線を向けられたリエトはどぎまぎする。


『そう、リエト! おれのともだち! おれ、リエトだいすき!』

 アーテルはいつもの通り、元気いっぱい、得意げに主張する。いつもなら、ここで自分もと応えるはずのリエトがトレントに遠慮して口をつぐんでいるものだから、あれ?とばかりにアーテルが視線をやる。

『ほうほう。尊台が人間をな。珍しいこともありますものですのう』

 見るからに長寿であるトレントがあからさまにアーテルに敬意を表している。


『おや、そこのはもしや、あの坊主かの。久しぶりじゃの。さすがは、人間。年を取ったのう』

 トレントの視線が少年たちの後ろ側に送られる。アーテル以外のみなが一斉に振り向いた。

 そこには真っ白い髪の毛と顎髭を持つおじいちゃんな学院長がいた。その背中に隠れるようにしてトレントをうかがうルーベンもいる。


「坊主とは。一体、何十年前のことですか。いやはや、トレントが目覚めているとは思いもよりませんでした。というか、眠っておられたんですな」

「トレントなだけに、長い樹(長生き)だってか?」

 ルキーノが言うしゃれに、バルドがただいま審議中とばかりに微妙な顔つきになる。どんなときも自分を見失わないふたりはある意味大人物なのかもしれない。


 話を聞けば、学院長の子供の頃は起きていたらしい。

「デマでもガセでもなかったのか」

 アルフォンソが感心したようにぼそりとこぼす。


『坊主はいたずら小僧でな』

「わー、言わないで!」

 いつもの泰然とした態度をかなぐり捨ててトレントに詰め寄る。


「今明かされる学院長先生の黒歴史!」

「気になるう」

「どんな大成した方にも、幼いころの手痛い失敗のひとつやふたつはあるということだな」

 バルドとルキーノがわくわくと目を輝かせ、シストがしみじみと言う。シストよ、君は一体何歳だ。


『わしのほれ、裏っ側に好きな子の名前を並べて書いたりとかしておったろう。んでもって、自分の苗字と名前をくっつけてみたりして!』

「うわーお!」

「乙女か!」

 ノリの良いトレントに、即座に調子を合わせるルキーノとバルドが両手を頬に当てる。アルフォンソとルーベンがすばやくトレントの裏側に回る。


 学院長は両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込む。

「いやあ、もうやめてえ」

 乙女だ。


 バルドとルキーノがここぞとばかりににやつきながらはやしたてる。

「ヒュー、学院長先生、やるぅ」

「恋しちゃってるぅ」

 学院長の顔は見えないが、耳が真っ赤である。首も徐々に染まりつつある。


 さて、トレントと人間とが旧交を温め、それをはやし立てて楽しんでいた人間たちを他所に、興味がないとばかりにリエトの腹に頬を押し付けたり、ふんふん匂いを嗅いだり、撫でられてうっとり目を細めていたアーテルは聞きなれない言葉にリエトを見上げた。

『コイってなあに?』

「えっ?」

 なんと答えたものかとリエトは考えを巡らせる。

「こう、傍にいたり、笑顔を見たら胸がきゅーんと高鳴るのが恋だよ」

『知っている!……かも?』

「え、アーテル、恋を知っているの?」

 リエトの言葉に、みなの視線が集中した。




次回、ラブコメです!

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