2-6
アーテルがアーテルという名をもらったのは、当然リエトからだ。
「名前はないの? じゃあねえ、うんとねえ、アーテル! 外国語で黒っていう意味なんだよ」
『アーテル! おれ、アーテル!』
自分に向けられるおひさまの光そのもののような笑顔。胸が温かく高鳴って思わず「きゅーん」と鼻と喉の奥から声が漏れ出てしまいそうになる。
『これが濃い?!』
「あ、うん、「恋」の方な? そんでもって、違うからな?」
バルドが珍しく真面目に返す。
『でも、胸がきゅーんって! それにおれ、リエトだいすき!』
「いや、まあ、そうだろうけれどさあ」
ルキーノもどう言ったものやら、と困惑する。
『だいすきがいっぱいあつまるから濃いじゃないの?』
「いやあ、微妙に合っているけれど、違うからな?」
でも、ルキーノも、そしてバルドもどう違うかをいまひとつ説明しあぐねる。
『リエトは?』
「え? うん、アーテル、大好きだよ」
『リエトも俺に濃い!』
「うん、だから、「恋」な? そして、それは本当に恋なのか?」
この中で最も頭が回るシストもまた、アーテルが納得する言葉を持たなかった。
「もう、相思相愛でいいだろう?」
「だよね、こんなに大好きって言い合っているんだから」
「君たち、説明するのを放棄したな?」
結論。リエトとアーテルは仲良し。
『おれとリエトは濃い!』
「うん? なにごとだ?」
「そうじゃないだろう?」
学院長までなんのことだと不思議そうにするのに、シストが慌ててアーテルを説得しようとする。
「そういえば、アーテルがまだ学院に出入許可を得ていないとき、「きゅーんきゅーん」と引き留めていたなあ」
「いや、違うだろう。「きゅーん」から離れろ」
リエトが見当違いのことを言うものだから、シストがひとまず整理しようとする。
『離れない! おれ、リエトから離れない!』
「リエトから離れるんじゃない。きゅーんから離れるんだ」
「きゅーん」
アーテルが鼻の奥を鳴らす。どうしてそうなった。
ともあれ、アーテルは耳をぺしょっと倒し、尾を力なく垂らす。
「アーテルをいじめないで!」
リエトがきっとシストを睨みつけながらアーテルの首に抱き着く。アーテルの鼻から出た「きゅーん」は今度は嬉しそうな響きを持っていた。
「うん、だからその「きゅーん」じゃないから。そして、いじめていないから」
「大丈夫だよ、アーテル。アーテルは僕といっしょだよ」
『リエト、いっしょ? おれといっしょ?』
「うん、いっしょだよ」
さすがのシストも黙ってふたりのやり取りを見守るしかなかった。そのシストの肩を、アルフォンソがぽんと叩く。がんばった。シストはがんばった。まるでそんな風に言っているかのようだ。そうやって分かってくれるだけでも、自分の苦労がいくばくか報われる気がするシストだった。
麗しい友情である。
『っほっほっほっほっほっほっほっほっほっ』
トレントが大爆笑した。幹も枝も揺れるから、わさわさと木の葉が動く。
驚いて一同がトレントを見やる。いや、アーテルはやはり、そっちのけでリエトに身を寄せていた。
「おー、葉がいっぱい落ちて来るんだけれど、大丈夫か?」
「いや、見ろ、葉の色味が濃くなっていないか?」
「そう言われれば、幹もなんだかみずみずしくなったような」
少年たちはまじまじとトレントの変わりようをひとつずつ挙げる。
「トレントが活性化したようだの」
学院長の言葉に少年たちの視線が集まる。
「リエトとアーテルの言葉で活性化したってこと?」
「リエトとアーテルの濃いで? あ、いや、恋? んん? どっちだ?」
「それこそ、どっちでもいい」
戸惑うルーベンにバルドが掘り起こし、シストが頭痛がするとばかりに額に指をあてる。
「まあ、仲が良いってことだな」
アルフォンソがきれいにまとめた。
「あっ!」
素っ頓狂な声を上げたルキーノに少年たちが視線をやる。
「な、なあ、さっきアルフォンソとルーベン、トレントの後ろを見に行ったんだろう? 名前は刻まれていたのか?」
学院長がぎくりと両肩を跳ね上げる。
「いや」
「なかったよね」
ふたりが答えるのに、学院長が大きなため息を吐く。しかし、ルキーノは神がかりの閃きを得ていた。お馬鹿さんでも、ときに、目覚ましい脳の働きを見せることがある。
「でも、今、トレントが活性化したってことはさ。古い樹皮なんかも剥がれちゃったりしていたりして」
学院長がギギギと軋む音をたてそうな雰囲気でゆっくりとルキーノを見る。バルドがさっとトレントの後ろへ回る。
「よ、よしたまえ! ああっ、やめてえ!」
乙女、ふたたび。
「まあまあ、学院長」
「なにが、まあまあじゃ!」
「せっかくの過去の甘酸っぱい思い出じゃあありませんか」
「言うな!」
ルキーノとバルドは息の合ったコンビだ。今もまた、確認しに行ったバルドから意識を逸らすために、ルキーノはへらへらと笑いながら、いきり立つ学院長にのらりくらりと言を左右にした。
「あったぞ!」
「あったのか!」
少年たちは示し合わせたかのように一斉に駆け込んだ。バルドの声がする方へ。
「いやあっっ、やめてえーーーっっっ」
その日、学院長の悲痛な叫びが学院内に響き渡った。
こうして、長年の学院の願いであるトレントとのコミュニケーションは復活した。けれど、大きな犠牲を払う必要があったのは言うまでもない。なんにでも、犠牲はつきものだ。合掌。
恋の勘違い、鉄板です。
というわけで、今回はラブコメでした。
うん、違いますね。
読んでくださりありがとうございます。
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