8 世界はそう魔女を創った
手に物を持っていたら、床に叩きつけていたに違いない。床しか私の現実を受け止めてくれるものはいないのだ。ものに当たるのはよくないとはいえ、突っ込みがいたら、ボケが必要、ボケがいないなら現状、床につっこむしかないのだ。今はおまえが相方だぞ床くん。
ーーいや、はぁ、それにしたって、はぁ……。
「私死んどるんかーい!」
山で叫んだら山彦が返ってきそうなくらいには、大きな声で叫んでしまった。反響させられるなら、エコーかけられたらエコーかけてる。
いやー、現世の人生は記憶を垣間見るに、ろくでもなさそうな雰囲気だったし、今度こそやり直してみっかーと思っていたけど。
しかし、どうだ、やっぱりフタを開けてみたら死んでたんだが。なんかおかしいとはおもってたけど、やり直しどころじゃないわい!
意外とショックはでかい。
それと同時に疑問もわいてくる。起きて食事することが出来ているし、動けているし、生きてるのとあんまり変わらないような。クンクンと嗅いでみるが、ゾンビとかキョンシーみたいなものなのに、全然腐敗してる臭いもしない。
腐臭以前に、肌も身体も綺麗なものだ、魔女ってどういう原理なんだ?
「ねえ魔女って、死んだのに生き返るとか、どういう原理なの?」
『こぞって色々な人がしらべたでやがります、不死を求める為政者も、大金持ちも、けれど、原理にたどり着けることはなかったでいやがります、それに、魔女になるのは、デメリットのほうが大きいでやがります』
もはや生きてるときと変わらず、不老生活出来るなら魔女も悪くないじゃん、とおもったけれど、やっぱりそんなこともないらしい。
「デメリットって、さっきいってた災厄とかいうやつ?」
『そうでやがります、魔女も、死のかわりに長く生き続けていくと、存在の磨耗のような現象がおこるのでせう』
「存在の磨耗?」
「寿命か経年劣化のようなもので、魔女の核となる部分、魔女が魔女として存在しているあり方みたいなものが、何らかの原因で磨耗すると、まるで自身が魔女自身の強力な力に耐えきれなくなったかのように、暴走しやがるのでせう」
「実は、魔女は死んで生き返ることができて、ほぼ不死に近い存在だとおもっていたら、やっぱり有限であったと、もしかしてということは、魔女であるアスリアさんも例外じゃない?」
『察しやがりましたね、学びが速いでやがります』
「つまり、アスリアが回避したかったのはその寿命というよりは、磨耗なの?」
『珍しくよく回ってる頭でやがりました、その通りなのでやがります、そして磨耗のはてに魔女は暴走し生きた爆弾に変わる、それを回避するのがマスターの研究課題だったのでせう』
「生きた爆弾に変わってしまう……」
『あるものはすべて、人も生き物も全て植物にかえやがりました、あるものはすべてを鉱物にかえ、そしてあるものは周囲すべてを魅了し、溶かしつくしたでやがります……磨耗と共に自我は消え失せ、あたりにいるすべてを壊して変質させてしまう、次元つきの爆弾になるのでやがります』
「じゃ、じゃあアスリアもそうなるはずだったってこと?」
『マスターはその回避のために研究を続け、それを回避することに成功したと考えられるでせう、記憶は引き継げなかったとしても、おそらくは魔女および人類のなかで、唯一無二、磨耗を回避できた存在だとおもうでやがります』
「もしかしてアスリアすごい人?」
『中身はともかく、マスターは研究だけはすごい人なのでせう』
あの託された本のことが頭をよぎる。もし、あれにその成果が、書かれていたとしたら、それはとてつもなく大きな価値をもたらすものではないのか?
まだ、未だに、この世界の地面にすら足をつけていないため、正しい解釈ができているかは、わからない。けれど、私という存在が実験結果として助かった貴重なレアケースで、あの本は、この世界に生まれた疑似特効薬のようなものだとしたら……。
いや中身が読めない以上ぬか喜びだ。それにたまたまアスリアが回避できても、自分がそうなる可能性は、大いにある。
『魔女は生きた災害とよばれ、人に恐怖され、忌み嫌われ憎まれていると同時に、文明を進めてきた立役者でもあるでやがります』
災害や自然は、自然のなかで生きる我々にはおそろしいものだ。しかし、豪雪が溶けた後にはその水がとけ、木々や、田畑を潤して世界をかえるように、すべてが悪いことばかりではないのだと思う。ただ、人間にとってそれは、あまりに恐ろしいのだけど。
『魔女は持っている力が強ければ強いほど災害のもたらす影響は、よくも悪くもでかくなるでやがります、例えば、宝石や金、鉱物への作用の力を強く持つ魔女だとどうなったと思いやがりますか?』
「ええーっとなんか魔女が宝石になっちゃったとか?」
『自分でおさまるなら災害とはいわないでやがります』
「だ、よねぇ、……、じゃあやっぱりもっとひどいことになるのか……考えたくなかったけど辺り一面とか?」
『そう、それは、想像を絶するものでやがります、その魔女の磨耗のはてに、魔女は暴走し、その一体の木々や生き物、人や水すべてにいたるまで、金、銀、鉄、銅、宝石、様々な鉱石に変えやがったであります、近隣の村の二つほどが飲み込まれ人は生きたまま宝石や金属にかえられやがりました』
「ひぇっー」
『しかし人は利益も優先するもの、最初は国もそれを慰霊としてまつっていやがりましたが、最終的には盗っ人が入り込みそれを見かね、国が主導し、宝石や金はとりつくされたのでやがります、後その盗っ人は国の上層がしかけたものだったとわかり民衆からデモがおこるのでやがりますが、慰霊といいながら国は死人を財としてかえ、その国を一晩でもっとも豊かな国にかえたといわれてやがります、そうしていくうちに家族しかそれを咎めるものはいなくなっていったのでやがります、後々形を変えて嫌な寓話として伝えられていきやがりますが、いずれにせよ、魔女はそれを起こすことが出来る生きた現象、財をもたらしもするけれども、人のため命を奪いもする、豊かさと恐れすべてを体現する、それが魔女という、存在でやがります』
想像しているよりも、魔女という存在は、この世界においてめちゃくちゃ重要な意味を持つ存在だった。
『といっても、魔女すべてがそれほど力があるかというと、そうでもなく、現にマスター(仮)のように、雑魚雑魚なやつもいるでやがります』
「あー……なるほど、ガグぅさんに食糧としてみられるかんじですものね……あ、あはは……なんか逆に弱くて怖がられなくていいってことなのかな……ポジティブに考えると、いいのか……?」
『雑魚は雑魚なりに安心できるのでせう喜んでいいのでせう、少なくともマスター(仮)には、関係ないとおもうでやがりますが、魔女は災害級と指定されると、国に永久禁忌災害として凍結もとい、時空間の狭間に縛りられて自我を奪われ捕縛され続けるでせう』
そんな雑魚って連呼しなくてもっ、と傷つくけれど、でも弱いほうがメリットになることもあるのだと思うと、雑魚生も悪くないのかも。だって自我を奪われて凍結だよ、凍結!?
「私、雑魚で、雑魚でよかった!」
ーー雑魚で喜べる人生があると思わなかったよ!
『ちなみにマスターアスリアは永久禁忌災害として凍結対象でやがりました』
「え、じゃあつよつよつよのつよだったってこと? 生けるディザスターってこと、なんで、じゃあ凍結されてないの」
『聞いて驚けでやがりますふふん、マスターは、国から空白の位をいただいた、例外中の例外なのでせう、その位、誰も抜きん出て得られるものおらず、比類するものがいない最後のものとして、文明を進めた魔女に誉れを与えられた称号それが、空位、それゆえに凍結を免除されたのでせう、それに、もし磨耗が発生したら自らがそのデータとして記録されることを条件に、時空の狭間に消えることにしていたのでやがります……何故なら、その、魔女の凍結方法はマスターが生み出したものの一つでやがりますから』
ちょっとドヤってるマスター、自慢のプラマさん少しかわいい。わー自慢されてるマスターと自分は大違いだなー。慕われているマスターにジェラリそうだ。ジェラートくらいにネットりと、粘着質に。
にしても、真面目な話、アスリアさんが生み出すまで、生きた屍爆弾である魔女を抑える方法が限られていたとしたら、被害は想像を絶する。昔はプラマさんによると、魔女にも効く薬で、眠らせて永久に凍結し、魔女にも効果のある武器で串刺しにして、特定の収容所に集められ、張り付けられていたらしい。
他にも根本的に、魔女が生まれないようにするため、生きたまま焼かれたり、死体を火刑に処してみるものもあったとか。結局死んで燃やしても魔女は生まれることがわかったので、基本的には火あぶりは、止まったらしい。そんなアレな感じの拷問時代史的なヤバいことが、止まった理由を聞いてみると、殺せないとわかったから、無駄だとわかったから、なんてものではなく、民衆から薪だって、タダではないという理由で止まったらしい。微妙に生々しい。死人が増えないためとはいえ、色々話が惨い。
アスリアの開発した魔女隔離方法は、きっと民衆に被害も及ぼさず人の目からも離れ、お財布的にも苦しみをもたらさない画期的なものだったのだろう。確かに素晴らしい。空間を隔離できて、魔女も痛みに耐えなくてすむ、人間も魔女を恐れなくてすむ。ウィンウィンってやつなのかもしれない。
しかし、それでは、まるで自分を最初から閉じ込めるために開発したようでなんだか……。
いや、違うそんな考えは、独りよがりな邪推なのだけど。人を無差別に殺めるよりはきっといいはずなのだけど……。
その話がなんだか、少し心の奥底がモヤついた。
「ねえねえ、プラマさん、あの見た目いがいなんか問題が山ほどありそうな、アスリアがなんかすごいことはわかったけど」
『極めてマスター評としては適切なので10点あげるでやがります』
「やった10点、じゃなくってー」
褒めたりけなしたり、いいのか主人の扱いがそれで?
確かにそんなこと言われても、怒りそうな主人でもなさそうだけど。
それより、大事なことがある。そう、すっごく大事なことが。
「ねえ、プラマさん、すごい疑問なんだけど、なんで私そんな超天才魔女をベースに創られたのにこんなにちんちくりんなの!?強そうなの角あるみためだけってこと!?」
『良く理解しているでやがりますね、そう、ちんちくりんになった原因は不明でやがりますが、今更雑魚雑魚を変えられるわけではないのでやがります、だからこそ、詰め込める知識で、マスター(仮)の、弱々魔女生でもこの世界で生きていけるようにこうしてプラマ様が、教えてやっていやがるのでせう、プラマ様の涙ぐましい主人孝行でやがります、感謝しやがれです』
うーその通りでやがりますプラマ様、無い物ねだり、魔女のスペックおよび頭のスペックねだりとはこの事か。しかし現実は結構大変であることを改めて認識する。これプラマさんいなかったら、もう真っ先に詰んでたやつだということを認識した。なにも知らず外にでれたとして、魔女だとわかって、石を投げられさげすまれ食べ物にもありつけず、詰んでいたかもしれないのだ。プラマ様さまさまだ。
「ははぁ、大変良くご理解いたしましたありがとうござーますプラマ先生」
『わかればよろしいでやがります、食欲に負けてないで、ちゃんときくでやがりますよ』
「面目次第もございませんで、ち、ちなみに雑魚雑魚の魔女的には、基本的に捕縛されない限り自由に生きてていいでしょうか」
『一番弱い階級の雑魚雑魚の魔女が磨耗して消えるときに、与えられる変化は、コップ一杯の水くらいでやがります、それは放置しても国も問題ないでやがります』
「想像よりさらに、よっわ!?」
『そうはいっても人は、その事象変化すら起こすことができるものは限られるでやがります、弱かろうとも、魔女は人よりは当然力が強いでやがりますから、人と共存させるために基本的には国に登録して属する犬とよばれる魔女になるか、野良とよばれる魔女になるかのいずれかでやがります、野良はただ国から逃げてるか隠れてるやつらの総称みたいなものでやがりますが、マスターは犬の経験も野良もどっちもあったでやがります』
「なるほど、じゃあさ、私は今、野良になるのかな?」
『むむむ、こんな事例だれもしらないでやがりますからね、けど一番確実にいえることがあるでせう』
「いえること?」
『少なくとも野良も犬も関係なく、マスター(仮)の価値は、マスターアスリアの遺産として、国や研究者が知ったら、解体まっしぐらでやがりますね』
そりゃあ歩く災害の疑似特効薬かもしれなくて、そんなすごい人の実験結果だとしたら、喉から手が出るほど欲しくなるに違いない。でも、どれほど世界や国に貢献できたとて、自分から意識がある間に検体になんてなりに行くつもりはない。
ーー望んでないのに、身体を開かれて、嬉しいやつなどいるか!
私はマゾでも、聖人でもない。唯一できることといえば、この実験研究結果の書を届けることくらいか。思ったより託されたものが大事だと分かって、先の未来に嫌な予感しかしない。
ーー私のゾンビ魔女生大変そう……。アスリアめっ。……実験動物はいやだなぁ。
「私は、捕まらない、絶対ノーといえる魔女」
『というわけで、マスター(仮)が、このままなにも知らず、外にでてうっかりマスターアスリアの情報が漏れたらどうなるか、ちゃーんとわかりやがりましたか?』
「おーけープラマサン、私ノー実験材料」
はぁ、そりゃプラマさんもためらうわ、めちゃくちゃ躊躇うよねそりゃあ。もう話すの躊躇うことのオンパレードじゃないか。
まず、魔女って死体からなるっていうでしょ?
おまえ死んどるぞ!って事実を押し付けないといけないわけだ。
さらには外にでたらすごく偉大な人の実験結果が動いて一人歩きしてる、マジでレアじゃん解体しちゃうよっ、とか、なってしまうかもしれない。
他にも、雑魚雑魚の魔女とはいえど、災害をもたらす畏怖される存在として、人からは魔女全般が捉えられている雰囲気だそうだ。すべての魔女は災害級ではないとはいえ、魔女そのものに、人は住む場所や、身内を奪ったかもしれない最悪のイメージを抱いている可能性もある。だれもがそうではないとはいえ、すべて良い目を向けられるわけがない。
あとは、国の小飼の飼い犬として、魔女が安心を得られる道もあるのだろうけど、いずれにせよ、国の命令に従う忠犬にどれほど民衆は信頼を寄せるだろうか。それに、歯向かおうとすれば雑魚雑魚の魔女でも、人間よりは強いらしいのだ。歩く兵器が近くにいたら、そりゃあ民衆が魔女に向ける目はキツめになるだろう。
多種属、多民族国家だから多様性はあれど、それでましだと言われるなら、もっと魔女の差別が強い国ならどうなっていたのだろう。この国にアスリアが、塔をもうけた理由が察するにあまりある。
「ねえ、プラマ」
『なんでやがりますか?』
「要塞ってさ、何から守るかってきいたけどさ」
『……いったでやがります』
「この魔女にとっての要塞は、"人間から魔女を守るためのもの"であってる?」
プラマは即答はしなかった。しかし、ゆっくりと真面目な口調でこういった。
『世界は人が、魔女を恐れるように創造しやがりました、もともと人であったとしても、人はそれが化け物にみえるのでやがります、そんなとき、首輪がついていない大きな力を持つ存在に、人はどうおもうでやがるでしょう』
「私がその立場なら、自衛しないととか、恐怖とか感じたりするかも、あと、無意識に芽生える差別とか、自衛のために、排除したいとかいう焦りをもっちゃうかも……?流されたり、煽動されたりして」
その答えにプラマは頷いた。
『弱い魔女はその恐怖からもたらされる差別と、排除の圧力から守られることはないのでせう、だから国に庇護されるかそれいがいを探す、では、その道を選ばず、国に属さない魔女は、人をはねのける要塞、人を寄せ付けない壁を創るしかない……けれど、そんなことできる強い魔女は限られるでやがりますが、つまり、ここはマスターアスリアが、己という魔女を、人から守るための要塞でやがります』
ガグゥなんて強そうなやつを、蹴散らせる強い魔女がなぜ要塞なんてつくるのだろうと疑問だった。もともと、魔女はかつて人であり、亡骸になって、魔女になる。
自らは、人であったのに、途端に人から外れ、人から恐怖される存在になる。
人が銃を持っていたら、その人を抑止力や、恐怖を与える存在として見るように、力を持つ存在そのものが、歩く兵器として生きていたらどうだろう。首輪のない魔女に、人はどう対処するだろ。
間違いなく魔女を排除したり隔離したりするに違いない。
ならば人から遠ざかり隠れるほうが、一番穏便だ。人目につかない場所を創造できるならば、きっとそれを選ぶ。松明や銃を持ち、魔女がいるぞ、と家捜しされるよりいいわけだ。並みの人間がこんな、森林に、ましてや塔のなかに、ガグゥを飼ってるような場所にたどり着けるわけがない。アスリアさん自身も、災害級の魔女だ、いくら、国に認められる功績をなにかしらしたとて、絶対に排除しようとする人は現れる。
プラマはマスターと同期できる。なら、きっとアスリアさんがそういう経験をしたこともきっと、たくさん知っているのだろう。なりたくもないのになってしまい、魔女として生きることを運命づけられ、必ず魔女である限り、絶対的な差別のなかにおかれ続ける。
人間から恐れられるから、人間を押し退ける要塞をつくる。
魔女は生まれた瞬間から恐れられるから。
『お、おまえのためじゃないでやがりますが……い、一応マスターの尻拭いと要塞の次のマスター(仮)だから、お世話をしてやってるでせうが、プラマは、お、おまえが、外にでなくてもいいとおもうでやがります、食糧はプラマがどうにか、森林くらいまでなら足を延ばせるでやがりますから、食糧をみつけて食いつなぐのでせう……力の強い魔女はご飯なんていらないってマスターもいってやがったでせう、それならもしかしたらお前も弱くても少しくらいで、本当はどうにかなるかもしれないでせう』
「……そっか」
プラマは心配してくれている。素直じゃないところがかわいくて放っておけない気もする。遠回しだが心配してくれているのだ。自分がマスターの繋がりがあるからか、わからないけど、きっとそういう子なのだこの子は。そうつくられているからか、そうなったのかわからないけれど。そうである以上そういう子なのだと、私は認識する。プラマは心配している、外にでて私が脅かされることが。マスターの経験したようになることが。その上でしかし、伝えてくれている。何度も心配して口ごもった上で、それでも、しっかりと。
プラマは選択を私に委ねるために。
食糧がない、でも、あれほど自分が食事を取って、自分を維持している以上きっとアスリアさんみたいなことはできない。弱い魔女であることはなんとなく確定しているし。食事を取った時、娯楽というよりは、この身体に、生命維持に必要なのだと確かに感じ取った。
けれど、食糧のために外にでて、魔女だとバレたら、私はきっと、辛いことは経験するだろう。どんな目に会うかは分からない。たしかに、ここにこもってどうにかなるかもしれない。けれど、いつかは自分が、それを許せなくなる気もする。
「大丈夫ガグゥに丸のみにされるよりは、怖くないってきっと、それに食糧かってもどってくるだけだしさ、ちゃんと帰ってくるよ」
本当は内心自分はビビっている。アスリアみたいに強い魔女ではない。賢いわけでもない。なんにも持っていない。記憶すら持っていない。比べたって仕方ないけれど無い無い尽くしなのには違いない。
おまけに魔女の重荷つき。外にでて差別され、石を投げられるかもしれない。つばを吐かれて煙たがられるかもしれない。もしかしたら、それくらいなんて、かなりましなほうかもしれない。
なんでアスリアに、実験に巻き込んだんだーとか、悪態の一つでもつきたくなる。でも、なんだかとてもプラマが心細そうだったから、なんだかとても、不安そうだったから、心配させないための強がりをいう。バレていそうだけど。
『そ、そうでやがりますね……すぐに人間はガグゥみたいに丸のみにして、くっ、くえないのです』
プラマもその言葉を聞いて少し安心したのか、あるいは不安を隠したのか、強がりに乗ってくれたのか、そう頷いてくれた。
「あ、そういえばさ、めちゃくちゃ肌白くて死人みたいなんだけどさ、魔女って見た目でばれるものなの?この髪とか目とかも目立つし」
『そういう見た目のやつもこの世界にはいるでやがります、肌の白いやつや、角つきなんてめずらしくないでせう。魔女が魔女たる由縁は、流刻印と呼ばれる、必ず魔女になるとき身体に刻まれる紋様があるでやがります、弱い力なら魔女じゃなくても使えるやつがいて、流術士とよばれるやつがいるのでせう、だから、流刻印がない限り、区別はつけられず、それを見られたりしない限りは、疑われてもすぐには邪険にはされないとおもうでやがります』
「パパッと、逃げたりすればごまかせるのか」
『そういうことでやがりますね、基本的には、野良といわれてるやつらがいるとはいえ、無登録の魔女は国につき出すのが普通でやがりますからね』
「私の場合は逃げる1択かなぁ……」
実験動物はいやだし。色々調べられてアスリアさんのことをさぐられたら、うまく隠し通せるほど、賢いとも思わない。やはり逃げる1択だ。
『そうでやがりますね、じゃあ、質問するでやがります、最初に説明した今いる大陸の名前をのべるでやがります』
なんだいきなり教師が現れて、今日は小テストだーっていうような質問のしかた!?
あの前に覚えた単元の話は、忘れた頃合いでしょうみたいなの!?
魔女の話きいて考え込んでるうちに忘れちまったよ。
「えー!?ぬきうちー!?レネなんとかたいりく」
『レネリアス大陸でやがります、書き取り30回』
「そんなー!?」
世界の地図の名前、種族、民族、やったら罪にされそうなこと、硬貨や紙幣の数えかた、魔女だとバレないようにする振る舞いなど様々に至るまで、それから、みっちり、プラマさんが教えてくださった。覚えるまでご飯抜き、覚えるまで正座、書き取り、日も登りきらない明け方起床はデフォルト、居眠りしそうになると、どこからとともなく電気でビリビリとしばかれる。
他にも色々やられたが、バケツもって廊下にたってなさいが、通じそうな指導方法だった。これっていま体罰とかになるの?いやわからないけど。
愛があるかわからないが、愛があると信じたい、ありがための個人指導は、買い物脱出計画のために、毎日続くことになった。
ええとても、とても、私のためではあるんですけど、電気ショックと、しびれた足ツンツンは良くないと思います!
しびれてるとき足ツンツンされるの良くないと思う。
まじお前よくない。
魔女も2本足である以上、正座文化がここにもうまれてしまっていたらしい、喜ぶべきか喜ばざるべきか。しびれてるのに、ツンツンよくない。
ーー電気ショックなんてしないのっ、プラマさんはバケツもって廊下にたってなさい!
あれから授業が終わる夜に、ベッドに潜って度々考えることが増えた。知らずにいれば苦悩をもたずにいられたのだろうが、知らなくても、きっと気になってしまったのだろう。いつかはきっと知的好奇心をもつ生き物である限り、知識を求めていた。知恵のある生き物は、難儀なものだ。
プラマさんの、熱血指導のお陰で色々、この世界への理解が深まり、外界と自分との間で線が少し繋がった。けれど、理解が深まったぶん、問題も増えた。あのときプラマやアスリアさんが、色々言い淀んだいくつかの言葉の意味も今ならわかってしまうから。
自分が魔女であるということの意味。
魔女というものの結末。
そしてそれを止めようと研究し続けた、アスリアのあの本の価値。
目が覚めてみたら、こんな厄介なことになってたなんて。
何にもないからノリで明るく振る舞って、どうにか生きてれば、上向いてくれると思っていたけど。まさか、まさかで死んで魔女になっていて、それがこの世界でどういう意味か聞いちゃったら、結構腹にたまる重さだった。カロリー高いよ。どか盛りかよ。
手を握ったり開いたりしてみる。色白な肌とか鱗とか、そんなの以外は、普通の手で、感触だってあるのに。
「はぁ……これが死んでるねぇ……全然違和感ないのに」
美味しいと思ってプラマのご飯を食べたのも、こうして眠気に襲われるのも、生きている頃となにも変わらないのに。なんて思ってしまう。だんだんゾンビみたいに身体が腐敗していくなんてことも、数日観察してなそうだし。今ごろそうしたら石棺のなかで骨になっていたはずだ。この通り、手足も普通に欠損はないし綺麗なままだ。
そんな自分が、死んでいる~、なんて言われてもまったく信じらないし、実感は何一つ湧かなかった。
意識が続いている限り、今がなんというか死んだって感覚を感じにくいからかもしれない。他の魔女の人とはどうなんだろうと少し気になった。
それよりも、自分のなかでは、曖昧な理解できていない死の実感より、魔女は嫌われるものだといっていた言葉のほうに恐怖心を感じているらしかった。嫌われるのが怖いのではなく、きっと嫌いだと向けられる鋭い目や痛みになれない自分の姿を、ずっと想像し続けて怯えてるのだと思う。死んでることより、人に向けられるものが怖いなんて……まったく、ひ弱な話だ。
今の自分がこうだったんだから、生前の自分はきっと似たような弱い人間だったんだろう。本に触れたときの、あの微かに戻った記憶が、その不安を刺激し、ざわつきを助長したのだとおもう。
記憶が無いぶん、戻った唯一強い記憶に占領されているのかもしれない。んなことなら、戻らなくても良かったのにと悪態をつく。
「考えたって仕方ないっ、寝るんだよ、寝ないとプラマさんがきちゃうよ」
けれど、そんな悶々とした気持ちでは、羊は何頭増えても、眠れなかった。ここ数日聞かされた結果夢にまでみるようになった、起床合図のフライパンを叩くプラマさんの幻聴が、聴こえるくらいには、その日は熟睡できなかった。




