6 創造せし魔女の遺産
『ハロハロハロハロ? 私が、あんたの脳みそに語りかけてやってあげてるんだけど、起きろー起きなさい時間ないからっ』
ゴーン!
ザッバァー!
すっごいアレな音が空間に響いた。突然、|語彙力が欠如したわけじゃなく《ごいりょくはもとからないけど》、純粋にそんな劇伴のような効果音が響き渡ったのだ。いやー、人間の肉体を使っても、鐘突きのような音は出るんだなぁとか素で思ってしまった。もしかして、私の中身が、あんまり入っていないからとかそう言う……。ごほん、今はそんな、悲しいことは考えちゃいけない。
「ぶは……そうだよ!?金だらい?!水バケツ!?だよ、なにか、降ってきたんじゃが!?」
たぶんそんな感じの古典的なそれが、いきなり空から降ってきた。痛みのついでとばかりに、冷たい水を浴びせてくる。
ーーもう、なんなんだよー!?
八時に全員集合するような番組じゃないんだよ。って、そういう番組名は思い出せるのに記憶は思い出せないんかい!と降ってきた盥をみながら嘆息した。あまりに落ちてきた盥から受けたダメージがありすぎて、頭上で、星が回っている。
「あぁ~星が綺麗だな~」
すっっっごい頭痛と目眩とその他色々を混ぜ込んだような、最悪の状態で倒れたことだけは記憶にあるけれど、金だらいとかバケツが降ってくるようなことはしてないはずだ……。ついでに、皿回しや熱湯風呂に裸で飛び込むプロ芸も覚えてない。
「いやいやいや、そもそもここどこだよ!?」
ここ、どこだよって、さっきも言ったようなきがする、石棺の前で。そうだ自分は倒れたんだ。それで……。
辺りを見回してみると、場所は、先程プラマから案内された、寝室と同じだった。しかしながら、まるで絵に書いたような宇宙空間が如く、キラキラとなにもかもがひかり輝いていた。小学生の交換する、希少シールがごとく、キラキラのラメ入りだった。女の子なら凹凸のあるシール、男の子ならカッコいい流行りのキャラのキラカードやシール、そういう、あれだ。いや他の言い方的にもっと伝わりやすい言葉はないか、そうだ、ほらあれ、ホラー番組の写真加工で色を反転させたような、サーモカメラで見たような景色みたいな!?
いや、こういうのを一言でいう言葉がある。
色が派手!
そうとしか言いようがない。それに、いくらそういう光景だと理解しようとしても、言葉を脳内で重ねても、理解には繋がらない。わかった、とにかく、ここは、普通の空間では無い。落ち着こう自分。深呼吸深呼吸スーハースーハー。
そうだ、これは体調不良の時に見る夢ってやつだ。
「また寝よう」
『寝ようとしないっ、ここは、あんたが触った本の中よ』
「本の中……、ってだれ!?」
そう答えた声の主は、ベッドに腰掛けて足をプラプラと遊ばせていた。その人物の顔は、水鏡で見た、自分の目鼻立ちに似ている気もする。
しかし、完璧に同じではない。白髪じゃないし、目の色も違う。角だって頭に生えていなし、肌に鱗や獣毛も存在しない。間違いなく人の姿をした、夜明け色の長い髪と、星が瞬くような煌めく紅の瞳を持つ、そんな女性だった。
よくみると髪は、濃淡の中にうっすら藍色がかっている。こういう色を濃藍色というのだろうか。そんな印象に残る彼女の髪は、少しグラデーションがかかっていて、星のように光り輝いている。それはそれは美しい髪だった。
肌は自分より血色が良いが、白いことには変わりはない。太陽の光から遠ざかった、不健康そうな青白さがある。それでもその要素すら儚く見えるのだから芸術的だ。一瞬純粋な美しい姿に、見惚れそうになったが、紅色の瞳と視線があい、はっと意識を戻される。人形のような、人外的な美しさだった。目鼻立ちは似ている気がするのになんかもう雰囲気の違いなのだろうか、全然美しさが違う。たぶんこういう人を、100人いたら100人が振り向く顔というのだろう。
そんな、紅色の瞳は視線をおろし、こちらをみて微笑む。その笑みに、どう反応すれば良いかわからずに百面相をして、視線をさ迷わせる。さては自分、前世はコミュ障のおぼこい男子女子だったな?そんな1つのやりとりに色々考えていると、相手はお構いなく、自由にいつの間にかベッドから離れて、書斎の椅子に座っていた。
『私はこの本を作り出した張本人、そして、あんたは私のその作った本に取り込まれたってわけ』
「遺産?」
『まぁ、言って説明しても信じがたいか、そうよね……先に自己紹介を、私はアスリア、アスリア・ルルス・ペールガー、はぁ別にこんな格式ばった名前じゃなくていいんだわどうせ、名前なんてわかりゃいいのよ、アスリアって呼んで』
アスリア、そう、自分の名前を伝えるのも気だるそうな様子で私に言った。くるくると、書斎の椅子を回しながら。あの椅子回ったんだとか少し思ったことは内緒だ。いやその前に、きいたことがある名前だ。そうだ、プラマがいっていた名前、つまり彼女が……。
「アスリア……プラマの喋ってた?」
『プラマにあったの? なら話が早いわね、それによく見てみると、んーどこか私の結構そこそこ整った顔に似てるわね』
最初は見惚れるような綺麗な女性だと思ったが、自分でいうと台無しだ。しかし、綺麗な人であることには、間違いもないので、否定もできない。自信家のような発言だが、理知的な声音なので、ナルシストっぽくも聞こえない。むしろ自身を、美人に入る部類だとして理解して、分析しているようにも聞こえる。なんだか、嫌味ったらしく聞こえないのが、不思議な人だ。話をすると、この人は、そういう存在なのだと、そう、思ってしまうのだから。
そんな人にジロジロ見られると、顔面に圧を感じる。美人は3日で飽きるとか嘘だ。美人は3日も、圧が存続するが、正解だ。
自分の顔になにか着いてるだろうか。少なくとも角は着いてるけど。
『ふむふむふむふむ、なるほどなるほど、推察するに、私、おっちんだのね……』
親指で、首を切るような動作をして見せる。ごーてぅーへぶーん。なかなかワイルドだ。それに、自分が死んでいることすら驚いていない、死ぬことも計算のうちといった様子だ。そんな様子の人が、ブツブツブツブツ言っているので結構怖い。自分の死すら担保にいれている様子だ、この人は、マッドなサイエンティストってやつなのだろうか。
「あの……」
『これが発動してるってことは、私が死んだか、別のやつが開けたかだから、それはそうよね……それにこの素体、私と流力の形式がかなり近似してる、魔女でもそんなことそうそうないのに』
抱きしめられるような形で、ペタペタと全身をくまなく触られ観察される。めちゃくちゃ人に触れるのが、きゃっ、恥ずかしい、なんてウブなことを思っていたけど、だんだん執拗になり始めた頃から、雲行きが怪しくなり始めた。それからは、まったく呼びかけても反応してもらえなくなり、だんだんと、恥じらいを通り越して、恐怖と怒りに変わり始めた。
おい、離れろ!
「あの」
『先程の会話ぶりからして私の記憶は引き継いでいそうにない、ということは、記憶転写は不可能だったということね、そうなると術式が』
「あのっ!」
『なに?』
「ここから出られるのでしょうか!」
『私が納得したらあんたは出られるはず、たぶん』
「そんな他人事なっ」
『冗談よ』
絶っっっっっ対、冗談な感じがしなかったけどっ。手のひらで転がされている気がする。
それから、全身触れまくったあと、ようやくアスリアさんから解放されて、気恥しい思いから抜け出せた。疲れてため息をついてしまう。ぐぬぬぬ、そんな所やあんな所まで触られて、もうっ、お嫁に行けない。いや、お嫁に行ける所の状況ではないけど。
『出られることは確かよ』
「よかった~」
『ま、でも、呼んだ私を信じすぎるのもいかがなもとのか思うわよ、魔女は他人を疑うべきもの、私は、あくまであんたの会話に対して、私の記憶や人格から会話しそうな反応を返しているだけに過ぎない、所詮仮初だから、この本とか外がどうにかなってたときは保障できないんだし』
プラマと似たようなことをいってる、さすが創造主だ。いやいやいやいやいや、そもそも呼んだ側なんだから保障してください!
「こ、怖いことをいわないでくださいよ、こんなに流暢に会話出来てるのに記録とか嘘でしょ?」
『記録よ、この中に封じ込めたね、さて、あなたを見て分かったことは、私の実験は半分成功して半分失敗したってことね』
「半分?」
『そ、あなた記憶ないんでしょ? 会話してるかぎり、自分のこと覚えて無さそうだし、私の記憶を所持していないでしょ、私を見て私の反応に全く覚えがなさそうだし』
「それは……はい、目的としたあなたの記憶も、自分の記憶もないです」
『やっぱり、でも一応稼働はしている、だから半分成功で半分失敗』
「なるほど」
『私の実験は、別の肉体を利用した記憶の引き継ぎを目的として、なおかつ五体満足で生存する、いわゆる生を転じさせることが目標だったわけ、でも、結果はあなたを見る通りね』
「ええと、やっぱりもともとこの体はつまり、アスリアさんの入る予定のものだったんだよね」
『うーん、まあそうねそこは失敗、私の肉体も分解して取り入れて、色々混ぜてみたけどやっぱり依代的にはだめだったわね~』
ーーわね~じゃない!分解!?それに混ぜたとは!?
何を混ぜたのか。この肌が白かったり角が生えてたりするのはそのせいか!?
通りで、容姿がかなり違うはずだ。
ーーつまりだいたいアスリアさんが悪くない?!
「何混ぜたんですか、っていうか、混ぜるってそもそもなんですか!?」
『それはそのままの意味よ、それに何入れたかなんて覚えてない、素体を作った時の資料がどっかにあったような無かったような』
「覚えててくださいよっ、思い出してほらっ思い出せっ」
アスリアさんを必死になって揺さぶってみるけど、やっぱり思い出せないのか、最終的に飽きたのか、どうでも良さそうな表情になって舌打ちをした。
『ちっ……おぼえてないっていってるでしょめんどいわね』
「舌打ちしたっーこの人舌打ちしたっ!」
『ほら、喚いてないで、時間ないからとりあえずここにあんたがきた以上、この本のもってる力が全部消える前に伝えておくわ』
「この人話しそらしたっ!?」
色々雑すぎる!
性格もそこそこアレなきがするし、ズボラすぎるし!
なにより、巻き込まれた私の人生に対して責任が無さすぎる!
『あーとにかく、今は良いからっ話を聞きなさいっ、この本は、私の人生をかけて書いた遺産なの、この本の価値はこの世界にとって、かなりの価値がある、けれどこの本は持ち主を選ぶの』
自分の書いた本を価値があると自分で言えるその自信が羨ましいものだが。そのツッコミは置いておこう。
「持ち主を選ぶ?」
『そうこの本は、人間を拒絶する、人間が手に取っても開かないし、いつの間にか人の手元からは消えてしまう、魔女のための魔女への本だから』
「なら自分は、魔女ってことになるのですか?」
そういえばさっき、魔女なんだからもう少し疑えとかいってた気がする。
『そう……ね、開けるんだから少なくともそうなる、そしてその、魔女であることいがい、条件としてある程度、人間に対しての憎悪や恨み不信がないと開けられない、この本はそういうもの、ビリビリっときたでしょ、本触ったらなんか思い出して』
電撃が走ってビリビリっと、痛みが体を駆け抜けたやつ。あれはそれが原因だったのか。めちゃくちゃ余計なトラウマ読み込み機能のせいであんなに苦しんだと。
人間を恨んでいるかわからないので調べます、ビリビリビリ~、判定しますって、いらんわ!
「あ、あのくそほどいらない、痛いだけのトラウマ検出機能ですか、見てもろくなことなかったですよ、それにっ、ほとんど、ほとんど無いんですよ私記憶、先程のやつも見ても意味不明だったし、それなのに人を恨む理由なんて身に覚えがないんですけど……」
『しらないわよ、開いたんだからあんたにも何かしらあるんじゃない? 嫌いな上司の髪の毛がハゲ散らかしますようにとか、嫌いなやつが食あたりしますようにとか』
「なんか軽いし、憎悪が雑だなぁ……」
そりゃあるけど、あるにはあるだろうけど。記憶を失う前はきっとあったはずだ。だって、あの、辛い記憶の断片が実際にあったことならきっと恨まずにはいられないほどだったのだろう。けれど今は前後の記憶も、生まれた家も両親も友人も覚えていないのだから恨むに足る理由なんてないようなものだ。ハゲ散らかしたい上司、とやらのことなんて当然覚えているはずがない。それでも、それにしたって、あんたにもなにかあるんじゃない~とか、知らないわよとか、なんか色々とこの人軽いなーとジト目で睨みそうになる。この人、綺麗な見た目と、中身がギャップがありすぎる。なんだろうダメだ、この人と話していると何か突っ込みたい欲が湧いてしまう。この人に振り回されてると、頭の中が書き乱される。
『まぁそもそも、魔女ってやつなら、人に嫌われるものだし、生きてれば恨み恨まれることもあるでしょ』
魔女は人に嫌われるもの?
それはどういう……。
迫害的とか、宗教的な話とかそういうことだろうか。いやだな迫害とか行き過ぎた差別とか怖いわー。色々そこも聞きたいが、そもそもだ、今は、なぜこの本に呼ばれたのかだ。
「それでビリビリっとして、呼び出して最悪な気分にさせてくれた理由はなんですかブーブー?」
あんな苦しい思いさせたんだから、こっちだって不快さを、態度に示してもいいはずだ。極めてブスくれた口調で言ってみた。
『あーごめんごめんそこは謝るから、ええとそれよねそれ、この本のことよ、この本の、これは、私の研究が失敗して、記憶が飛んだり、死亡した場合とか、研究結果の継承が失敗した時の予備機能ってやつなのよ、だって! これまでの研究結果全消えになったら困るでしょ!?』
さすがに急に呼び出して不快な気持ちにさせた相手に願いを聞き入れてもらえなくなったらこまるのか、謝ってきた。許してあげないんだからねっていいたいけど、向こうは死んでるし手を合わせるくらいはしてやろう。南無南無。アーメン。眠りたまえー。
さーて、仕方ないが、ここに来たのはお話を聞く強制参加イベントみたいなものだし、聞くしかないのだが。中身飛ばして外に出られそうにないので。
ふーむそれで、このアスリアさんがいうには、パソコン?とやらのデータが吹っ飛んだ時に似ているという感覚に酷似した。脳ミソという、生体スパコンが壊れたら、データバックアップができなくなるのは当然だ。パソコン、バックアップ、消滅、うっ、頭が。とてもそれは、それはとてつもなく恐ろしいものらしい。
「つまり保険と」
『そうそれよっ、開けたやつにこの本の決定権はあるとはいえ、このまま腐らせるのはもったいないじゃない?』
「まぁ……確かに」
『この本は、普通の本じゃなくて、相手の能力の熟達にあわせて、解読できるの。読み進む事に私の研究の記録、力、それらの情報を読み手に刻むことが出来る、この本の読者が私でない場合、専門知識をもつ、知者でなければ読み通すことは不可能、よっぽどの精通者でなければ難しい……あなたがいるということは少なくとも記憶継承の失敗または、私は消えているということで、つまり』
「私か、誰かが引き継がなければこの研究は消えて誰にも継がれない」
『そういうこと、その代わりこれを継げば、私が研究してきた知識と技術を手に入れることができる……もちろん、強制はしない、ただ、放棄を選ぶなら、代わりこの本を友人に渡して欲しい』
「記憶がとんでるので、なにもかもこの世界のことを知らないし、その友人とやらに渡せるかはわからないですけど?」
『別に手に入れた者の自由ではあるのよ、強制はしない、でもこうして開けることができた以上、読み進めて損は無いと思うの、魔女として困らない力は手に入れられるし、詰まったらその友人に渡せば良いし』
ぐぬ、上手く載せられている気がする。
『少なくとも、この本を開いているってことは、要塞にいるってことでしょ』
「え、あ、はい、さっき要塞とやらで目覚めたばっかりです」
『私はね、実験に失敗しちゃったけれど、基本的にあわよくば私自身がまた、本の持ち主になるように想定していた、それがどういうことかわかる?』
「ええと」
『つまり、本の継承者=私がつくりあげた要塞の継承者も同じってこと、この本を友人に渡すか引き継いでくれるならこの場所を、好きに使ってもらって構わない、ただまだ、不器用なあの子が、残っているなら、面倒見てあげて欲しいけど……それに、どうせ記憶がないなら行くあてもないんでしょ?』
その通りすぎる。
否定できない。
アスリアさんの実験に巻き込まれたとはいえ、当の本人は消えてるし、行き場所がないのは確かだ。確かにここ以外行くあてはないけれど。ぐぬぬ、それを言われたら頷いてしまうしかないじゃないか。
「……どっ、どうするか、どうできるかはともかく、とりあえず、この本を眠らせず、どうにかすることだけは頷きます、その友人さんに渡したりとか、なら、その友人さんの情報をきいても」
『感謝感謝、で、ええと、確かその友人はね、今も同じところにいるかわからないけど私が生きてた頃は、皇国の学術研究機関につとめてるやつで、怠惰友達なの』
怠惰友達とは?
聞いてみたいけどまた話が反れそうなので、今はやめた。
『えーとあんたのこと、ええとあんたって引き継いでもらう人のことよぶのも……名前ある?』
「そういえば、決めてなかった」
『うーん、じゃ、とりあえず今は私の本引き継いだ人(仮)、ソイツのとこ行くなら、学術研究機関で私の名前だしたり、何かあったら姓は私のもの使っちゃっていいから、名前だけは自分で決めたほうが良いけど』
「ありがとうございます、あ、そういえばその人の名前は」
『あ、そうよねその人の名前は、フィ■■■……あ』
と思ったが、大事な名前を聞こうとしたところで、いきなり、アスリアの姿がぼやけ始めた。聴こえていた声も、届かなくなり、彼女の姿が消え始める。部分的に電波が途切れて、聞こえないラジオやテレビのようだった。
ーーあ、じゃない、いやいやいやいや、おいちょとまて。
「こんな大事なところで時間切れはないだろー!」
次回に続くじゃないんだから。
『ごめん~ねっ?』
ーーごめんじゃないわー!!
微かに、最後にそう聞こえた。そこだけ聞こえても意味ないだろうとか、そもそも、本当に時間制限あったのかよとか、ペタペタ体触って、余計なことしてないでもっと早く大事なところ言おうよとか、色々言いたいことがありすぎる。
いや、まだ、なにか喋ってるけどこっちには全然聞こえないよ。
って、あちゃーみたいな顔しないでよ。ごめんねって感じで舌だしてるけど、困るのこっちだからね。ウィンクしてるけど許さねぇし。名前をいってからせめて消えてくれー!!!!!
そう思って、怒りから、肩を揺さぶろうとアスリアに詰めかかったが、手は肩をすり抜け、そしてプラマのマスターアスリアは、消えた。最後に口パクだったけど、よろしくね、と言っているのだけはなんとなく察した。
いやいや、よろしくじゃないからね!
なんか話をきくかぎり、めちゃくちゃぼかしたけど、やっぱりこの人の実験に巻き込まれて少なくともここにいるっぽかったし。混ぜたとか言ってたし何を混ぜたのか。本も託したけど、結局人の名前肝心のいっていかないし。
ーーおい、アスリア!
アスリア・ルルス・ペールガー!
ちゃんと色々しゃべっていけー!!!
天性の振り回し体質と言うやつだろうか。死んでなおも、この人に振り回されそうな予感しかしなかった。
短い時間しか居なかったはずなのにこう思った、アスリア覚えておれ!と。
ーーこれからは腹いせに、呼び捨てで呼んでやるからなー!
『マスター、起きやがれでせう、マスター!』
ポンポンと、顔に暖かなものが何度もぶつかってくる。何度も跳ねかえっては、なにか喋り続けている。判然としない視界で、ぼんやりとその主を見つめると、もう一度強く弾んで顔面にダイブしてきた。目に体毛が刺さる。
「いたっ、プラマっ!?あぶっっ!? 起きた起きたからっ」
目に刺さると痛いけど、プラマって意外と触ると、フワフワしていたんだなとか、そんなこと思っている場合じゃない。顔面に乗っているプラマを、むぎゅっと掴んで、胸元に下ろした。
『いきなり倒れたから、驚かされたじゃねぇですか!』
「ごめんごめん」
『ふ……ふんっ、熱も下がったようだし、許してやるです』
「熱出てたの?」
『そりゃあもう高いやつが、普通の人間でもないのに熱を出すなんて、ベッドに運ぶのも大変だったでやがります、2日もねやがって、ですっ』
「ごめんって」
己アスリアめ、トラウマ検出器のせいだぞ。なんかこの身体は過去のことを思い出そうとすると拒絶反応を起こすらしい。頭痛がしたり熱がでたり。つまり、プラマ、悲しいけど、それってあんたのマスターのせいなんだよね。思い出さない方が、良いことを、無理矢理思い出させたせいで、きっと強く拒絶反応が出たに違いない。
『起きて早々にまた寝込むとはっ』
そんな内心の気持ちなんて知らず、プラマは本当に機嫌が悪そうである。自由奔放マスターと違って、純粋にきっと心配してくれていたのだ。あのマスターからこのプラマさんがどうして生まれたのか。まぁでも、そんなマスターを心配してくれているからこうして、自分に優しくしてくれるのだろうけれど。ぐぬぬぬ。大嫉妬。
それでも、そうしてくれる相手がいないよりは、いる方が良い。悲観的に考えたらマスターの代替品ではあるが、それでも誰も知らない何も知らない場所でそうやって心配してくれる人は得難い存在だ。
なんてプラマは、主人思いなんだろう。口は悪いのは、主人への優しさの裏返しなのかもしれない。プラマをむぎゅっとまた掴むと、暴れたが、ごめんねと丁寧に謝りながら、頬擦りをすると、ふんっとまたいって、大人しくしてくれていた。その愛情私にじゃないかもしれないけど嬉しいなー!
「あ、そういえばね、倒れた発端はやっぱりあの本だったんだけど、あれさ、アスリアさ、アスリアの本で、アスリアが亡くなった時のために、残した保険みたいなものだったみたい」
『マスターが!?』
「……ごめん、期待させたかもしれないけど、記憶として出てくるだけで、やっぱり自分がいる以上アスリアは消えた可能性が高いって」
『……そう、で、やがります、か』
「この本を受け継ぐか、友人に渡すかして欲しいって頼まれた、そうしたら、この要塞を私が受け継いでもいいって」
『なんか……マスターはいってやがりましたか?』
「プラマがここにまだいたら、私に頼むって」
『ま、マスターは、よ、余計なお世話でやがりますっ』
ツンデレ?
すばらしきかな主従関係?
いろいろと関係性を勘ぐってしまうが、ずかずか余計な詮索はしないで、伝えることを伝えておこう。そのデリカシーくらいは私にもある。
「あのさ、プラマ、自分はなんも今のところ思い出せないし、行くあてないし、とりあえずいまは、ここ引き継ぐことにしたんだけどさ、プラマは、嫌? 」
『……それは』
「アスリアみたいなマスターなんて思わなくていいからさ、自分は何も知らないから、プラマが助けてくれるみたいな感じでいいからさ、あ、もしどこか行きたいとかあったら」
『そんなとこねえですっ!……ホムンクルスは、マスターの命令に従って生きるための存在にすぎないでやがります』
普段の悪態ではない、ただそうある事をそうであるのだと、言い聞かせるよう強い口調で返して来た。プラマの踏んではいけない地雷を踏んでしまったのかもしれないと反省した。もし、自分をつくった人にある日置いていかれたら、どう思うだろう。踏み込んではいけないものだったのかもしれない。しばらくの沈黙のあと、なにか考えたこむようにしてプラマは動かなくなった。
勿論、意図して傷つけたわけじゃない。プラマが自分に囚われたり、アスリアさまの命令だけに、付き合い続ける必要も無いと思っただけだ。何も知らない自分だから、今居なくなられたら困ってしまうけれど。その代わり、少し手伝ってもらったりしたら、しばらくしたらプラマが出ていく手伝いだって出来る。そう思っていた。創造したマスターが消えて、たとえ身体はその人のものだとて、自分を信頼しろというのはおかしな話だ。
しかし、それは、自分の常識を超えて、小瓶の中の人という存在にとっては、想像を絶する恐怖でもあるのかもしれない。主人に手を離されることは。
そういう風に作られた存在だとしたら……。
アスリアさん自体に束縛している様子は口ぶりからなかったけれど。
いや、全て自分本意に推し量ることはできないが。
自分も、マスターではないことを卑下して、申し訳無い気持ちになって、そんなことを言ってしまったのかもしれない。押し付けてしまった、自分が悪いなと察する。
「なんか、悪いこといったかもごめん、プラ『あんたがここの要塞の主になるなら、それはプラマが従うことです、プラマ自身はここを守るために生まれたんでせうし、仕方ないから手伝ってやるですっ』
こちらが謝ろうとしたところで、ハッとしたかのように、慌てて空気を打ち破りプラマはそう言ってくれた。
「プラマさんが、ここにいてくれるなら百人力ってやつだよ!」
『お世辞をいったとて、ご飯くらいしかでないでやがります』
「ならもっとお世辞いっちゃおっかな」
『調子に乗るなです』
私が起きても、ベットで食べれるように、プラマがここに料理を持ってきてくれた。
プラマが持ってきてくれたのは、パンを解した、パン粥のようなものだった。ミルクの甘い優しい匂いが漂う。匂いを嗅いだだけで、倒れて脱力して弱った体に効くみたいだ。掬い上げ口にいれると、ホロホロととけて、甘さと少しの塩気に、口が喜ぶ。その優しい旨味を味わいながら、ゆっくりと嚥下する。 プラマの料理は、身体を芯からポカポカと温めくれそうな料理だった。
主人が亡くなり、ようやく目覚めたら記憶は無くしているし、中身違うし、さらにはまたいきなり倒れたなんて、ヤキモキさせたに違いない。当の主はもう消えているから、自分が謝るのもなんだか違う気がする。だからただこう言った。
「プラマのご飯はやっぱり美味しい」
『そ、そうでせうか』
「これからよろしくね」
『し、……しかたないでやがりますね』
プラマはそれ以上返さなかったけれど、声の様子から決して悪いようには聞こえなかった。
お腹が満たされると、少し思考に余裕ができる。空腹でいるとイライラしてしまうし、あまりいい事はない。デメリットは少し眠くなることくらいか。プラマは、食べ終わった先程の食事を下げに行ってくれた。至れり尽くせりというやつだ。いくらアスリアさんとやらが創造したとて、これはもう甲斐甲斐しい嫁のようなやり取りではないか。うらやまけしからん。いや、時代は共働きの時代、嫁ではなく旦那かもしれないけど。
さて、自分には記憶をなくす前、過去に、そんな人いたのだろうか。いやー思い出さなくてもわかる。絶対いないって。
ーーう、絶対の自信が辛い。
そういえば思い出さなくても、で、思い出したが、このアスリアさんの残した本に触れて、自分が何かを作っている人間だったこと、それにともない酷い記憶を持っていたことが何となく分かった。ろくな人生でもなかったのだろう。
ーーなら、逆に記憶が飛んでめちゃくちゃラッキーなやつでは、とすら思えてくる。前向きに生きられるチャンス到来!
大事そうな人もあんまりいなそうだったし。迷惑あまりかけなそうだし。それは心配かけなくて、いいことなはず。
ーー悲しくて、虚しいけどね!
泣いてないけど。泣いてないからな。
さてと自分で自分の心を自傷していないで、これからのことだ。
辺りを見回すと、枕元に、星のような色彩を放つ不思議な本が1冊ある。それを手繰り寄せて、手に取ってみる。
これが、人生をかけた研究書、アスリア・ルルス・ペールガーの命をかけた本だ。軽い感じで言ってたけど、生半可に受け取っていいものか分からない。しかし、これをどうにかするのが、ここを受け継ぐ条件だ。自由意思っぽい願いとはいえど、果たせるなら果たしてあげたい。
そもそも外にドラゴンが居るような要塞を受け継ぐのも手に余る気もするけれど……。
しかし記憶もない、この世界の知識もない、ないないづくしで、外に出ない限りはギリギリ安全そうなここにいられることだけは幸福だ。要塞という単語に引っ掛かりはあるけれど、多分安全、全然安全そうな単語じゃないけど。いや、ととととにかく、プラマという心強い存在も見つけられたのだからプラスに転じてるはず。
2日間寝てる間も、ここでは、変わらず何も起こってないっぽいし安全……だよね?
多分……。
目下生きていくための基盤を形成する以外に、目標ができたことは大事なことだろう。けれど、この本をどうにかするとして、友人に渡すという選択肢をとるなら、そもそも外に出る必要がある。そのためには、色々無いものがある。
一つ一つ考えてみよう。
まずドラゴンもとい、ガグゥさんが外にいること。それらから守れる力がないと、詰むのではないだろうか。それに外がどれほどの治安かなんてわからない。最低限自衛の必要はあるだろう。ビビりにあるのは、いらないほど重ねて積みあげる、不安の未来予測だけ。見知らぬ土地だ、石橋は叩いて渡りまくるべきだ。水音一つにビビるのだから、きっと生前の自分はビビりに違いない。無鉄砲が小さなネズミをも、殺しそうな世界で、ビビりは得難い才能だと思う。
それに、この世界の住民のこと、何もわからない、この見た目で、珍しがられて、売られたり、何かやられたら堪らない。それらの、対策は取っておきたい。
あと、そのガグゥの驚異からぬけだしたとて、あまりにこの世界の知識が足りなすぎる。
お金は?
言葉は?
最低限の常識は?
全てすぐ手に入れられるわけでは無いにしても、身につける必要がある。これだけ本があるのだ。色々学べるものも探せばあるのではないだろうか。プラマに聞いてみよう。
それに、アスリアさんの、この本が読める限り自分も魔女であると言っていた。なら、魔女として何かできる力のようなものがあるのかもしれない。実験してみなければ。少し時間はかかるかもしれないが、最低限学んでから外に出るのが安牌だろう。よしやることは決まったと覚悟を決めて、奮起しはじめていたら……。思い出したようにプラマが部屋に来てこう言った。
『言い忘れていたのでせうが、あとひと月ぶんくらいしか、食料がないでやがります』
魔女の遺産の神秘の本よりも、現実の食料のほうが待ってくれないようだった。
「なんだってー!?」
現実は悲しいほどに待ってくれないらしい。冷蔵庫が空っぽは、それはそれは悲しいことなのだから。
ーー餓死回避してなかったー!?




