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いつか魔女が眠るまで~ゴーストクリエイター魔女になる~  作者: 穂波祈弦
一章 脱出編・望まないはじまり~書きかけの小説をかかずに死ぬとは情けない~
5/28

5 記憶は痛み

『閉まれ!』


 プラマが、強くそう言葉を放つと、窓がひとりでに大きな音を立てて閉まった。あまりに強く閉まったので、窓ガラスにヒビでも入りそうな勢いだった。


 窓が閉まると同時に、あの赤いドラゴンはまるで目標を失ったかのように、しばらく何かを探したあと、去っていった。


「しししし、し、しぬかとおもったー」


『はぁ……なんもわからないうちには、軽率な行動はしないほうが、みのためでやがります』


「はい……肝に銘じます……」


『さっき食べた食事の匂いが残っていたせいで、窓をあけたとたん嗅ぎつけて、こっちに飛んで来たんでせうよ』


「って、いやいやいやいやいや、ドラゴンが何故外にいるの」


『ドラゴン? あの、ガグゥのことでいやがりますか? そりゃいるでせうよ、自然の中なら』


「……はは……」




 あぁ、理解していた、理解はしていたはずだった。けど出来ていなかった。喋る光の玉のホムンクルスのプラマとか、瞬間湯沸かし器もないのに秒で湧いたお湯とか、何もかも異常だった。



ーーそりゃあ便利だなぁ色々とかはおもった、おもったけどさ。考えたくなかったというか、思考停止していたというか。




 この世界はこういうものなのだと思おうとしていたのかもしれない。でも、ふりかえってみて、なんとなく思う。この微かに残った自分の記憶の中の常識と照らし合わせると、さすがにあまりに明らかに違うものがありすぎると。

 あのガグゥとやらのドラゴンとおぼしき生き物は、その代表格だった。

 あんなものは、間違いなく、自分の生活していた世界にはいなかったと思う。コモドドラゴンとかいうやつとか、色々似たような、姿のトカゲっぽいのとかはいた気もするけど、こんなに飛んだり跳ねたり火を吐きそうなやつじゃなかったはず……。


「……ここやっぱり……自分の知らない、場所(セカイ)なんだなぁ」


 この体の主は違うかもしれないけれど、今の自分の意識が、そう告げてる。自分が何者かは思い出せないけど。自分の本能のようなものが、間違いなくここは、知らない場所だといっている。


 現実逃避していたのかもしれない。寒くてお腹がすいて、どうにかしなければならないと、それだけで精一杯だったから。

 でも、考えてみればドラゴン(ガグゥ)どころか、そもそも、自分の鋭い手足も、普通とは違う瞳の色も、角も、何もかも、人とは違う。

 自分自身の姿すらコレなのに、当然そういう物がありうる世界であるということを、わかってしかるべきだった。

 そもそも自らがそういう類のものであることが受け入れられていなくて、見ないフリをしていたのかもしれない。だけど、さっきの生き物はどう説明できる?あれをみれば嫌でもそういう世界であることは疑いようもない。


『どっかいたくなりやがりましたか?』


「いや、ごめん……思ってたよりちょっと、色々驚いて」


 ーープラマはあんなのがいるのがあたりまえだと感じている。でも違う私はそうじゃない。でもこの世界にとってはそれが当たり前なんだ。




 先程のように、外には死をもたらすようなドラゴン(ガグゥ)がいて、窓の外にあったのは雄大な森が広がっていた。遠くには滝や湖が見えて、虹がかかっている。聞いたこともない怪鳥のような声まで聞こえて、不気味だ。


 ーーこの場所は何?要塞?要塞どころか、ジャングルだよね。それか、国立の自然保護環境区域に指定されている大森林の間違いじゃないか?


 そんな疑問や考えがが次々沸いてくる。こんな場所になぜ魔女とやらは暮らしてるんだろうとか、そして自分はどうしてこんなことになっているのだろうとか。考え出せばきりがない。



「えっとあのプラマさんや、結構外見たら、高そうだったけど……それだけじゃなくめちゃくちゃ大自然すぎるし、要塞とかってよりジャングルの奥地に建てられた謎の建造物とか言われた方が結構理解できちゃうんだけど、だって今ドラゴンいたよドラゴンねぇ!? あ、もしかして、ガグゥとかいうのから、それから守るための要塞なの!?」


 あまりの自体に、私のすかすかのポンコツの頭が高速でグルングルンとまわる。気になることが溢れすぎて、その勢いのままに、いっぺんに喋りきった。



『ガグゥは、奥深い山や広い森林地帯なら当たり前でやがります、勘違いしているようでやがりますけど、この建物が要塞じゃないでせう』


「いやいやここが要塞じゃないってどういうこと?」


『この建物だけじゃなく、木や生き物も含め、さっきのガグゥとか、ここに生きてみえる全てが要塞でせう』


「は?」


『幻想要塞は今見えてる全てでやがります』


「これ全部?」


『全部』



 目を白黒させて、動転している気持ちをどうにか宥める。目が覚めてからは驚いてびびってばかりだ。この身体の持ち主の、生前の魔女さんは、とんでもないものを作っていたらしい。



ーーもはやこれじゃあ、小さなひとつの世界でしょうっ。



「じゃ、じゃあさっ、こんなに広大な場所は、なんのための要塞なの」


『……それは』



 何か言いかけたところで、プラマが言い淀んだ。

 そもそも目覚めたばかりで、突然現れたやつに全部話してくれる、必要なんてそもそもないのだけれど。

 それでも気になるものは気になってしまう。

 けれど言いにくいことなら、今はあったばかりで距離を詰めすぎるのもはた迷惑だ。

 もちろん、気になることはあるし、考え始めたら悶々としてしまう。

 何故、どうしては山のようにあるのだから。

 けれど、無理に聞くのも、嫌がられたら困る、何事も距離感が大事だというし……。



「ごめん、言いにくいなら今は少しおいとくよっ……あったばかりだしさ、信用出来ないよね、中身はマスターじゃないんだし、話せないことはあっても、全然悪くないよ」


『かっ勘違いするなでせう、自分と同期して接続できるということは……ま、マスターしかいないのでせう、疑ってるわけじゃないでやがります、マスターを助けるのが……それが、それが自分の……意義だから、と、とにかく少し言いにくいだけでせう』


 そのプラマのいう、同期とやらは多分、頭をコツンとくっつけたあのときのことだろう。自分が同期できたから、マスターであるという認識はしてくれているらしいし、だから打ち明けるのも、信用がおけないからという問題ではないと伝えたかったのかもしれない。

 珍しく、言い淀みながらも、照れくさそうに聞こえるその声が、何だか悪い気はしなかった。見知らぬ場所で自分に優しくしてくれる存在というのは、黄金にも値する、いやそれ以上かもしれない。

 こんな劣化ばんマスターもどきでも、一途に、マスターだからと助けてご飯をつくり暖をとらせてくれる。ありがたいしかない。

 

 ーーもしかして、プラマさんは口は悪いけど、可愛いのか?優しいのか?


 なんて、気持ちがわいてきそうになった。あぶないあぶない。あまりに軽薄に近づいて、嫌われたら、状況も状況だし、二重に辛くなるだけだ。生命的にも、精神的にも。距離感大事距離感。

 しかしだ、それにしてもなんだか、なにかいい淀んで、歯切れが悪そうでもあるところをみるに、よっぽどこの場所のことで言いにくいことでもあるだろうか。


 いきなり自分が現れて、寒いだとか、ご飯くれだとか冷静さをかいていたとはいえ図々しく言っても、プラマは聞いてくれた。そんなプラマさんが躊躇うなら、よっぽどの理由があるのだと思う。

 いまは無理に聞く必要はないのかもしれない。


 とりあえずいま、状況を整理してみる。



 ドラゴン(ガグゥ)とやらがいるような世界であり、何か魔女というからには不思議な力があるものがいること。


 この体はプラマさんのマスターとやらの肉体をベースに作られた、何かであること、そして単純な記憶喪失ではなく、1番強い可能性として、その肉体に自分という別の意識が入っていて、生まれ直してこうしているということ。


 だから、プラマは自分が完全にマスターではないかもしれないことを、なんとなく察していながら、手伝ってくれているということ。


 整理するとそういうことだった。


 中身はマスターその人ではない自分が、こんなところに居座ってしまって、プラマさんに心苦しくはあるけれど、それでもプラマと出会え助けてもらえたのは、完全に幸運だっただろうと思う。


 あの、ガグゥ(ドラゴン)を見たあとだと、鳥肌がたつ。プラマがいなかったら、もっと酷いことになっていたはずだ。

 

 安易に行動をして、外にでていたら、どうだった?絶対にガグゥに、たべられていたに違いない。


 それを理解した途端、背筋が凍るような気持ちになった。


 私は、完全に、色々な意味で孤立しているらしい。

 つまりプラマさんから見捨てられていたら詰んでいた?

 プラマさんは、本当の意味で命の恩人で、命綱そのものだった?


「プラマ」


『なっ何でやがりますか』


「見捨てないでねっ!?」


『話が飛躍しすぎでやがります!話には行間というものがあるのでやがります、そ、それに、記憶もないやつが、疑問を聞くのは当たり前の行為でやがります、怒ってなんていないでせぅっ!?』


「いやだって、あんなのいるんだよ、あんなのみたあとで、プラマいなかったらっ私どうなってたか想像しちゃって、いま状況理解したらめちゃくちゃ心細くなったんだよ、プラマしか頼れる人今いないっぽいことだけめちゃくちゃわかったから、聞きたくないこと聞かないから、どうかどうかお願いいたします!」



 こんな場所で、マスターであるかわからない自分のために、ご飯作って身体を暖めてくれて、服まで用意してくれていたのだ。

 もう施しをくれる聖職者の域、いや、それを天使では?天使だったのか。

 自分は、良心の塊のプラマさんがいなかったら、いまごろは餓死、凍死、ガグゥ死だった。言葉だって通じないまま詰んでいた可能性がある。これほどプラマさんがいてくれなければどうなったか、理解してしまったらありがたがるしかないじゃないか。



ーー見捨てられたら死ぬよ死んじゃうからね。捨てられた子犬だよ私は今。



 社会生活になれた人間ならこんなことをするのは、プライドと拮抗するのかもしれないけれど、生憎自分には記憶のきの字もない。悲しいことに。

 自分を構成する要素があるからプライドがうまれるのだとおもうが、いまはなんにもない。記憶もない、力もない、資産もない。ないないづくしだ。


 端的にここでプラマさんに見捨てられたら自分は終わりだ。

 

 チワワのようなうるうるした目でプラマをみた。あんなに愛くるしくもないし、状況を理解して、半泣きなだけだけれど。

 正直、プラマさんに、哀願を賜らなければ即死である。


ーー私、今クソザコだからね!雑魚なことに自信しかないくらいには!


 表情は分からないけれど、なんか若干呆れられている気がする。


ーーいやでも、だって、だって、プラマさんしか頼れないんだよ。


 あんなのに食われたら、終わりだ。恥なんておぼえていられない。




『もうちょい警戒という言葉を覚えた方が良いでやがります、記憶とともにそういうものまで落としてきたんでやがりますか?』


「いやいやいやいやだって騙されて奪われるような資産なんて持ってないし、プラマさまがなにか悪いこと考えてたら、ご飯に毒とか何とかすでにもれそうだし、それになによりここ、そういう利益が発生しそうなたくさんの人の匂いがしないし……もう記憶もないし、面倒みてくれる人物はプラマさんしかないし、もう頼るしかないかなぁって!」



 畳み掛けるように、一気に捲し立てるように、プラマに伝える。あきれられても何でも、放っておかれたらまじでマズいということを伝えなければならないのだから。



『図々しいやろうですねぇ!……まあいがいとちゃんと見てるようで、脳みそくらいはおっことしてきやがらなかったことは評価してやりませう』


「この哀れなポンコツ記憶消失者1号をプラマ様どうか、お救いください」


『ふてぶてしい性格までは記憶喪失は消せなかったのでせう……図々しいところだけはマスターに似てる気がするでやがります』


「あ、そうなの、喜ぶべき?」


『喜ぶな、です! 褒めてねぇですっ』


「いやー中身空っぽだから変な笑い方とか、強がりとかしか出来ないし……あとウィンクとかバチコーンって、あ、もしかして土下座とか、とか、あ、他にまさか私がほしいとおっしゃる!?」


『いらねーです!』


「ですよね~」


『中身空っぽなのにどっからそんな言葉湧いてきやがるのですかっ』


「反射的に?」



 面白くもないのに茶化してしまうのはもしかして、生前の癖なのだろうか。これは是正しなければ。一言が命取りである。


『前生きてた頃は脳みそ軽業師、あるいは詐欺師だったんじゃないでせうか、いや詐欺師ほどのコミュニケーション能力はなさそうでやがりますね……まー30年以上1人だったし……暇つぶしの客がきたとおもって手伝ってやるですよ』


「ん?30年の辺りからきこえ無かった」


『ひ、ま、つ、ぶ、し、の客がきたとおもって、手伝ってやるっていってやがるんです!』


「お、追い出さない本当に?」


『うるさかったらおいだしやがりますっ、ここはマスターの要塞でいやがります、迷惑客は排除するのも自分の仕事でいやがりますからね』


「しないしないからうるさくしないから、いい言質とった、とったよとったからねっ」


『はぁ、前のマスターも大概だったでせうが、今回もどうかとおもうでやがります……しかたないでやがります、マスター(仮)変なことはしたらガグゥの餌でやがりますよ』


「まかせてくださいっ自分のためにそんなことはしませんっ!」


『はぁ……心配でいやがりますっ』




 嫌々喋りながらも、決して、完全拒否の姿勢はプラマから感じられなかった。その時プラマがなぜすんなり受け入れてくれたのか、分からなかったけれど結果オーライということにしておこう。

 そもそも、元の肉体はマスターのもので、記憶は飛んで居るけど肉体自体はマスターだから、プラマの中で精神性は関係ないとか。あるいは、その魔女とやらが実験をする前にプラマに言付けていたことがあるのかもとか、色々と想像してみる。真実はプラマさんのなかにしかないのだろうけれど。  

 兎に角、何かしら理由があるから、疑わずに許されたのかもしれない、そういうことにしておこう。



ーーとりあえず結果良ければだいたいよし!


 とりあえず、ご好意に甘えよう。






 前世らしき人の要塞=体が同じなので自分の持ち物らしいとはいえ、気持ち的には借りてきた猫みたいなものだし、プラマに承諾得ることができて気持ち的には楽になった。


 それにここのことは、何も分からないし、管理者であるプラマにしたがった方が良い。さっきみたいに窓を開いたらガグゥに襲われるなんてことになりかねない。


 さぁて、何はともあれ、これで外でいきなり目を覚まして、ジャングルの中で獣に襲われて死亡とか、凍えて低体温症でいきなり死亡とかは回避できた。




 「助かったー」




 何か違う世界っぽいことはめちゃくちゃ現実逃避してしまいたいが、目の前の現実の自分を褒めよう。これが一番きっと、非情な現実に対応しなければならないときの、社会人スキルってやつだ。たぶん記憶ないからあんまり、知らないけど。

 


ーー社会人だったよね?

 あ、もしかして学生とか?

 いや、とにかく、とにかくだ。とにかく記憶喪失1日目、餓死、凍死、回避!




『なにしてやがりますか、変なポーズしてないで、とっとと、ついてきやがりなさいでせう』




 プラマに頼りきりの意味では、プラマがいなくなったら瓦解するから、めちゃくちゃ、低いトラブル対応力ではあるけど。どうにか、乗り越えられた。

 間違えた選択肢を選ばなかっただけ良くやったと思う。

 とりあえずガッツポーズをしておこう。心のうちが、感極まって、態度にでてしまった。

 そんな様子をみていたのか呆れた声で、プラマさんに呼ばれる。もちろん待たせないように、後をついていこう。


 実際本当は不安は山のようにある、けれど、何も記憶が飛んで、背負うべきものもないので、余計に脳みそが軽いから思っているより柔軟に受け入れられているのかもしれない。


 でもまずはここから。


 寝床、食、着るもの、人生は大概それからだ。 


 それに、こんな要塞とか作るぐらいの魔女のことなんて、いま考えたってわかるわけないじゃんっ、というのが、本音であった。




「今行くね」










 赤いカーペットの引かれた廊下の先、2階の左通路の奥の突き当たり、その部屋の前にきた。


 そこが身体の持ち主、もとい自分がかつて寝ていた寝室らしい。記憶が無い、自分からすると、自分の部屋に、入るのが初めてなわけで、なんだか緊張する。 はじめての彼女彼氏のお部屋訪問のように、そんなに緊張する必要も無いのに。



ーードキが、ムネムネする。


「お、おじゃましまーす」




 プラマはさっさと、扉をすり抜けて入っていってしまった。ちょっとまってよ、なんて思いながらも、勿体ぶったってなにかなる訳でもないのでプラマは正しい。それでも自分は、恐る恐る扉を開いて、先に顔だけで中を覗き込む。すると中の光景に見惚れて、口をポカンと開けながら、普通に部屋の中に入っていた。




「すっご……」




 これがリアル天蓋付きベッドという物か。

 デデンっとベットが、部屋の真ん中に置かれていた。常識の中の寝具と同じで安心したけれど、しかしこれは、そのなかでも高級感漂うやつだった。




ーーこれが天蓋つきべっと!?




 生前の自分はそんなベットに寝るような体験はしていなかったらしい。無意識に、すんなりそんな感想がでてきた。




ーーうん、わかってたけど、なんか庶民の気配しか前の人生に感じないもんね。くっ、なんか人生ポテンシャル的に負けた気がする。




 『なにやら、ぐぬぬ、っとした顔をしていやがりますが、寝るところはそのベッドを使えでいやがります』


「ほんと、ほんとに、これ使っていいの?」


『そういっているでいやがりますっ』




 天蓋つきのベットには、落ち着いた深いワインレッドの生地の布が、天蓋からかけられていて、装飾の金の糸がキラキラと輝いていた。そんな見た目の豪華さだけではない、ベットのマットも何もかもが高級そうだった。ベッドに乗ったら、確かな弾力をもって、いますぐさまこの身を包んでくれそうな包容力を備えていそうだ。




 ーーふっかふかすぎる!あの固い石の棺はなんだったのか!?


 


 比較にもならない。棺桶はベッドとは呼ばない。棺桶はベッドとは呼ばない。






「プラマさん、石棺って、実はさ、ベッドじゃないんだよ」


『なにいってやがりますか?』




 呆れたようにつっこまれたけど、やはりあの冷たい石棺で寝るのは二度とごめんだ。ベッドとこういうものだ。しかもついでに豪華ときている。




「ねえ、ほんっとに、これホント使っていいの?」


『マスターしか使うやついないでいやがりますよ……好きにしろでせう』




華麗にふわふわのベッドに腰掛けて手で触る。跳ね返ってくる布団の感触に、涙が出そうだった。



ーーベッドとは天国だったらしい。これが真の包容力たるものだ。心の優しい彼ピ、彼女よりも今私を包みこむものだ。


 こんなに心が満たされるとは、前の人生の自分はよほど布団がすきだったらしい。愛していると言えるほどに。これは私の人生の思い出してはならないことに抵触しないのか頭痛は襲ってこなかった。


ーーうんうん、寝るって、素晴らしいよね大事な事だよね。


 布団に寝転がって頬擦りをする。いい匂いで、何かのポプリでも置かれているかのような、心地よい安心する香りに包まれている。これがお日様の匂いというのだろうか。お日様にほしたお布団は香水的な匂いの成分を放つらしい。まさにそれだろう。


「あゔぁ~ぎもぢぃ~あの石棺とは大違いだよぉ」


『今人に見られたらやべぇ顔してやがっていやがります』


 ーーだってあまりに気持ちが良すぎるから。


 それにこの気持ち良さは、きっと手入れが行き届いているが故のものだとおもう。

 ホコリがひとつもなく、くしゃみひとつでない念入りさだ。

 この心地よいお布団でねれば、自分の置かれている状況とか、色々忘れて寝てしまえる気がする。この布団で何もかも忘れて猫のように液体になってしまいたい。

 それでもっ、とても名残惜しいがっ、断腸の思いで、どうにか起きあがる。

 現実を捨てるのはまだ早い。

 そうして、よくよく当たりを見回してみると、布団やベッドだけじゃなく、他の部屋と見比べても、この部屋は特別綺麗にしているようだった。


 ベッドの他には、書き物もするための書斎も兼ねているのか、高そうなオーダーメイドっぽい、ツヤのある黒い机が置いてあった。

 そして近くには地下室と同じように本棚があり、5つくらい並べられている。

 この要塞の主はよっぽど勤勉あるいは本好き、ないしは博学だったらしい。飾るための本を集める装丁好きの好事家というのもいるのかもしれないが、少なくともこの本の主は間違いなく、本が好きな人間だと思う。何度も読み返して本のページが、微かに拠れているのが見えるからだ。何故かそのことに、自分は嬉しく感じて、それと同時に心がささくれ立つものを感じた。この体の主の思いだろうか、それとも失っている自分の記憶由来のものだろうか。




「……本が好きなのかな?」




 少なくとも冊数があるのをみるに、本を集めているこの体の主は、純粋に知識欲か、本が好ましいとおもって手に取っていたのだと思う。つまり、この本への苦々しくも離れ難い気持ちは、自分のモノなのかもしれない。この気持ちがきっと、自分のものであるなら、きっともっと本にふれたら何か思い出せるだろうか。




 1度目地下室で本に触れた時は、寒さと混乱で考えられなかったけど今なら……。




  そう思って本棚を見てみる。すると先程まであっただろうか、星空のような不思議な輝きを放つ美しい装丁の本が、目に入った。不思議と惹かれた。魅了されたかのように、その本が気になり触れてしまった。




「あっっくっ」




 降れた瞬間バチリと強い電撃のような刺激が手に走り、さらには急に強い痛みが、全身につたわる。


 不意に強い目眩の時のように、景色が回転して、頭の中で誰かの声が反響した。しかし、その言葉は、なんといっているかわからない。ただ、余りいい言葉ではない。自分は罵られているようだった。それでもまるで、蹲って大事なものを盗られまいと、守る子供のよう本を抱えていた。




自分は本をーー。




「っ……」




思い出そうとすると、強烈な頭痛がさらに襲ってくる。先程、食事を作ってもらった時に通り過ぎた小さな痛みとは違い、まるで鈍器で殴られたかのような痛みだった。その場で本棚を支えにして、どうにか、座り込み蹲って痛みに耐える。




『マスター……!? マスター!?!? 』




 口の悪い悪態をつきのプラマさんが、慌てたように寄ってきた。プラマに顔がなくても、分かる。気心知れていない今日あったばかりのやつでもわかる。   

 このプラマさんってやつは、思っているより、私の元の身体の、マスターってやつのことが、口ぶりより相当に大事だったに違いないと。

 だからだろうか、この体が大事だから、自分を助けてくれたのだろうか。

 まあいまは、なんだっていい助けてくれているのに贅沢なんて言えない。

 理由なんてあとだ。


 なんて激痛で悶えながら余計なことを考えてしまう。考える余裕があるんじゃなくて、激痛を逸らすために考えてしまう。



 愛されてるなぁ、この体のやつ。自分と違って、羨ましいなぁってちょっと何故か考えがよぎってしまった。



 記憶がなんにもないからこんな関係に羨みをもってしまうのか。寄る辺のない自分の空元気が急に萎んでしまったのか。

 あるいは、先程見えた光景が、誰からも愛されていないような、悲しい光景だったからだろうか。

 こんなことを考えてもどうにもならないのに。ただ、それでも思い出そうと無意識に思ってしまう度に、痛みで身体が熱をもちだす。


 だんだん痛みだけが強まりもう考える所じゃない、目が霞んできた。


 プラマが、何か、いっているけど、なんだか聞こえなくなっていく……。


 なんかヤバげな本にでも触ってしまったのだろうか。魔女がいるとかいうなら、呪いの書とか?




『マスター、マスター!?』



 ようやくあたたかくなって、お腹もくちくなって、ベッドにダイブできそうだと安心したのに、いやな気持ちに突き落とされてしまった。


 ーーそれに、せめて、こんなに近くに温かく柔らかいベッドが、あるのならそっちで倒れたかったなぁ。


 なんて、意識が途切れる前ぼんやりと下らないことを思った。

 あぁ、そういえば、さっき、罵られている自分は、何をしていたんだろう。ナニカをつくっていた人間のように見えた。

 そして、その場所では、自分は、あんまり、誰にも、良く思われてもおらず、愛されてもいないようだった。


 ーーなんだよ、くそぉ、思い出すならもっと楽しいものにしてくれたらいいのに。


 意識がそうして途切れた。










【プラマ視点】




『ねえ、プラマ、この実験はほぼ失敗する可能性が高いの、やれることはやったけど、私もきっとその道を、辿るかもしれない……もし、あんた、私が目を覚まさなかったとしたらそしたら……』




 マスターがその後、なんと言ったか、30年の記録の中から欠如していた。省エネモードで要塞の管理に力を使い続けたせいかもしれない。

 マスターが目が覚めるまでの間ここを守るのが自分の役目だったからだ。

 リソースを己から削り取って維持していたため、基本記憶以外の領域維持に割く余力が消えていっていたと推測する。 

 だから、そんな大事な記憶も消えてしまったのだろうと思う。何か言っていた、そのことを思い出したときにはもう、遅かった。




 マスターはなんといっていただろう。




 プラマは思い出せず、厄介でズボラで、めんどくさがりで、性格も大概終わっているけれど、それでも嫌いじゃなかった創造主(マスター)の言いそうなことを考えた。

 そもそもマスターを嫌いになることは自分には思い付かないし、思い付けないのかもしれないけれど。

 あの時マスターはなんていったか、なんていったのだろう、やっぱり答えは出てこない。

 そうしているうちに、プラマは不安になって、マスターの顔を思い出した。


 マスターの表情は記憶からまだ消えていない。その他に、声だけは辛うじて記録が残っていた、危なかった。

 でも、その言葉だけは思い出せなかった。




 どうしても、思い出せない。




 思い出せないけれど日々は続けなければならない。

 要塞の中身は見た目以上に拡張されて、広いから、いつもホコリが溜まっていた。主が起きているなら、力を貸してくれて、ホコリやカビやらを一掃出来ていたかもしれないが今はそれもできない。

 それでも、主の寝室だけは必ず毎日綺麗にしていた。あとは、ズボラな主のかわりに食事をつくる、小さな調理部屋を掃除した。ズボラな主のために、その作業を、何度も何度も繰り返す。




 朝が沢山来て、夜が星を運んでくる、そうして多分年が変わり月日が過ぎる。主は季節が好きだから、ここから見える景色は何度も変わった。プラマにもなんとなく分かってきていた。ここを掃除し続けたって、もう、あの石の棺桶の中で眠り着いた主は目が覚めないことを。




 それでも、プラマはあくまで、この要塞を管理するため主の腕として生まれ、補助装置としてつくられた存在だ。そして主の力を、核とした生き物の模造品にすぎない。それが己の役割でありそう存在することを、己の定義としていた。




 マスターも、要塞の中の生き物の営みのように、いずれ本来(・・)は朽ちるのが普通なのだ。主はその戻らないに、至ったのだ。主にとってはそれは望んでいたことだった様なきがしている。しかし、そのために、焦っていたような気もする。




 けれどもどってこないのなら……。




"自分は、何のためにここを守っているのだろう"




 プラマは、一瞬そう思ってしまった。




 それは自身の、存在意義への疑問だった。そのためにつくられたものに、そのためにがなくなるのだから。足場が消えて大きな虚が出来て、深淵を覗かせる。


 否、違う、そんなことは、プラマにはいらない、存在しない、要塞を維持するのが自分の役目でそのために、つくられた。




 だからここを、守らないといけない。




 それが何十年経とうとも。


 自分の力が朽ちるまで永遠に。


 覚えていたマスターの声は、数年前にもうとっくに消えてきていた。

 あと残るは、表情や、いくつかの思い出だけだった。自分の中のマスターは、このまますり減っていくのだろうかと思った。



 そうだ、あの時、マスターはなんていってたっけ。


 なんて答えたっけ。


 やっぱり思い出せない。




 思い出せないけれど、この場所のために自分はいる。


 今日も、この場所を綺麗にしなければならない。


 この場所を、今日も、守らなければいけない。


 この場所を……。






 プラマは30ほど年が変わり、繰り返され、それくらいの時間がたったことを、分からず同じことを繰り返し続けた。




 主も居ないというのに、なぜなんのためにここを守るのだろう。




 フリ積もった小さな違和感が、うめつくしそうになったころ、ふと要塞の中に不思議な違和感を感じた。


 この場所をつくったものに、外から要塞に干渉できる存在はそうそういない。自分の創造主はそれだけ、すごい人だった事だけは確実に記憶にある。そうなると同等かそれ以上の存在しかいない。そしてこの要塞の場所を知るものも限られる。この要塞に突如として現れた違和感はなんだろう。要塞の守護として、要塞を把握する力を与えられている自分が、突如として現れた生命のような存在に戸惑う。


 この要塞は簡単に外から干渉できないとしたら、内側から出現したとしか考えられない。




であるとしたら考えられるのは1つだった……。






 ーーマスター!




 プラマは、掃除していた部屋を飛び出した。寝室掃除は終わったからと、別の場所を久々に手をつけようとなんとなく思ってしまった己を恨んだ。1番違和感を感じた場所からは、遠い部屋にいたからだ。扉をくぐり抜け、はやる気持ちでその場所まで飛んでいく。なんでもっと早く目を覚まさなかったとか、そういう悪態を着くべきか、色々考えてみたがまとまらない。まとまらないが行くしかない。


 すると、広間に出て、階段を降りると、ちょうど戸惑いながら、オロオロと歩き回る人物の姿が見えた。


 もうほとんどプラマの記憶で残っているのは少しの記憶と人となり、そして主の顔だけだった。その顔の面影があるけれど、血色の悪い姿は完全には一致しない。目の色は違うが眦は主だ、身体も違う、しかし、雰囲気は似ているような気もする。角だけはなかったはず……だ。


 そんな事に不安を持つのは、己の記憶がかすみ、忘れてしまったからだろうか。


 いや待たせる主が悪いのだ。忘れさせる主が悪いのだ。


 そう、内心溜め込んでいた悪態を第一声についてやった。スカッとしてやるつもりだった。


 しかし、何度悪態をついても反応が薄い。そもそも、何故か向こうが何を喋っているのかわからないようだった。まるで理解していないのかもしれない。


 プラマは疑問に思い浮かべ、本当に主なのか不安になり、同期を試みる。創造主であるマスターとしか出来ない同期能力だ。それが出来るならば、マスターであることに変わりは無い。やって見ると確かにできる。しかし、知らぬ言語の情報も流れ込んできた。






 ーーマスターなのにマスターではない?






 言語の特性を演算し、どのような言語か計算をして、ようやく言葉にするそして……。




「きゃー喋ったああああああああ」




 目の前のマスターは、全て失っていた。自分と同じように記憶(メモリ)を。


 それは寂しかった。ちょっと怒りたくて仕方なくなった。ブスくれたくなった。けれど、全て己のここに居る意義を失うより、目が覚めたそれが、つくられた自分の生命の思考的に、嬉しいということがわかった。暗い虚の蓋は、閉じれたかのように感じた。






 お腹が減っているらしい。


 なら仕方ないからご飯をつくってあげよう。


 寒いらしい。


 ならすぐさま温めてあげよう。




 自分はそういう風につくられたのだから。


 マスターのために。




 マスターがいるなら自分はきっと大丈夫だから。


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