4 ドラゴンってまじかよ
『しゃべるでせう、核式生命体なので、知能がないとおかしいだろう、このやろう』
「なに、ホムなんとか? いや、とにかく、だいぶそもそも、言語がおかしい気もするけど」
『しかたね、だろう、演習データがたりないのですます』
「そういうものか?」
『そういうものだろうよ』
「そうなのか……って違うわ! なななななな何者」
な、の回数分だけ後退りしながら、白柱で逃げ場を失うまで、後ずさり恐る恐るそう声をかけた。
『なにものって、見た目が、変わったでせうでございますですか、中身までおっことしてきたで、やがりますですか、頭しか取り柄がなかったのに、残念になったでやがりますかマスター?』
「んんんんん、マスター?」
見た目は光の玉で、表情は全く伝わらないのに、明らかに、話を聞いているとバカにされてそうな態度が伝わるのはなぜだろう。
おのれこんちくしょう。
人間以外にもバカにされるとは。
ーーいや自分も人間やめてそうだけど。
そもそもこの姿で自分も人間かなんてわからないけど。
『てんでわかってなさそうでございますですね……こりゃあ、とうとうイカれちまったんでせうね、あー、しかたないでやがりますよ、おつむしか取り柄がないと自覚して実験にこもりっきりになってとうとう、イカれやがりましたか』
ーーこいつ煽りおる!こっちはおつむもそれほど上等じゃないんだよ、すみませんねー。結構今なら空腹と寒気で煽り耐性低いよ!喧嘩するか!?いや、元気ないけど……。
でも、冷静に考えてみたら、そりゃあ確かに、記憶もないし、見た目も変わってるし、今気づいたけど、声もなんとなーく変わってるような気もしないでもない。
なにもかもおかしいといえばおかしい。肌だって真っ白だし。角はあるし、目立って色が違うし。イカれてるといえば、イカれてるのだろうけれど。
こう、せめて言葉を包んでイカしていると、いってほしい。
ーーん、いや、そもそも何か噛み合ってないきもするし、自分、間違えられてるとか?気のせい?
「なんか、すごい、自分が悪くないのにバカにされてる気がするんだけど気のせい?」
『気のせいでございますですね』
「いーや気のせいじゃないでしょっ」
『まぁ、実験が、失敗する確率の方が高いっていってやがりましたので、頭が吹っ飛ぶのも仕方ないのかもしれないでせうが……』
いやいやいやいや、全然、全ー然、仕方なく何かはない。頭が飛ぶとか、いう単語が出てきて、物凄く穏やかじゃない気がする。
ーー本当に、自分は、何をしでかしたというのか、頭がとぶんだぞ。
「話そらさないで、じゃーなくーて、実験とか、あんた何者とか、自分は何とか、色々あるんだけど、もうそれはそう、ものっすごくわけがわからないんだけど、なにがどうなってるの?」
『はぁーそこまでとんじまうとは、性格は最悪だけど頭だけが取り柄だったのに』
「それさっきも聞いた、本音が出すぎだろっ、って、いや、普通に話せてるじゃんっ、やっぱり普通に話せてるじゃんっ」
『気のせいでございますでやがります』
「このやろーっ!」
拳を振り上げて、捕まえて握ってやろうとするが、するりとかわされてしまう。焦ったように自分からそいつは距離をとった。こっちは、空腹と寒さで、それ以上追う元気もでないので、諦めるしかない。
『ほほほほほ、核式生命体、虐待反対っ』
「ホムンクルス……」
『ききき、記憶がとんじまったらしいマスターに、お教えしてやりまするがね、自分は、核式生命体、あんたに作られた、この場所の管理者兼あんたの補助役ってやつでせうよ』
「管理者兼補助役」
『そ、おかしなマスターにつくられて、このバカでかい、幻想要塞を管理する仕事を押し付けられたってやつでせうね』
「幻想要塞……?」
『そんなことまで忘れるとはマスターも、とんだ失態をしやがりましたね』
「ぐぬぬ何をしでかしているのかすら記憶もないので申し開きもできない……とにかく、間違いなく、何も覚えていないという、前提で教えて欲しい」
『ここは、空白の魔女であるマスターアスリアの築いた、空想領域、知識と時の幻想要塞の中でやがります』
「……???」
ふぁんたすまごりあ?
げんそうようさい?
なんだって?
国の名前か?
『はぁ、これでも伝わりそうにないでやがりますか、じゃあこっちから先に確認のためにしゃべりやがりますがよろしいでせうか?』
「う、うん、バチコイ」
『このような知識を、欲するってことは、自分を、マスターがためしてるってわけじゃないでせうね?それだと趣味がよくないのでせう』
何か、ドッキリとかそういう奴だと思われているということ?
ーーそんなこと無いよ。あるはずがないんだよ、試すも何も、なんにも覚えていないんだから。
こっちこそ、何をされているかすら気付けない状態だと言うのに。
むしろ、もし、試されるとしたら自分のほうだ。記憶もない自分はそんなことでもするような存在だったのだろうか。それなら、随分イタズラ好きでオチャメなやつだ。
「ないない、なんだか知らないけど、ない、多分……起きたら地下室みたいな所にいて、石の棺みたいな場所で寝てて、なんにもわからないし、なんでここにいるかもしらないし、寒いしお腹へったし、死ぬは自分って、なってここに……それはもう不安で不安で」
目頭に涙がたまってくる。今喋るホムンクルスとやらに、こうして会えたから良かったけど、あのままあそこにいたら、自分はどうなっていたか。思い出したらぞっとした。
「めちゃくちゃ怖かったんだよぉ~」
『な、なくなでやがります……地下にとじこめられたくらいでマスターが、こんな、可愛げがある泣き方するはずないでやがりますね、うーんこれは本当にマスターではないでやがりますか?』
「マスターがなんなのかなんてしらないってばー」
『てなると、……いやぁ~それなら、うーむ、まぁ、本当にマスター死んだぽいでやがりますね、おーマスター何故死んでしまったのでせうか、なーんて、ま、いつでも何かくたばりそうなことやってやがりましたがね』
「……死んだ?私、死んだっー?! 幽霊!?」
じゃあなにか、この肉体はなんだ。息をして寒さに打ち震えて、今にも空腹で死にそうな自分は何か。
ーー私は、幽霊か、幽霊だというのか?
『説明しにくいでやがります、おまえがというより、マスターがと言うほうがいいのか、マスターはいろいろあって、そろそろ、自分がヤバイって感じになって、研究のためにもうちょい寿命みたいなやつを、のばしたかったらしいでございやがりまして、そのための、その実験がものすっごい大変で、成功するかどうか分からないっていってやがりましたからね』
「で、それと死ぬと何が関係しやがりまするのっ!?」
『あー、マスターの面影は顔とか色々あるけど、中身がちょっと、飛んじゃったかなんかで、マスターの中身だけお陀仏しちゃった的なやつじゃないでせうか?』
「じゃあ私なに? つまり、私出涸らし?」
『出涸らしでやがりますね』
「はああああ!?」
『うるさいでいやがりますっ、自分でいいやがったじゃないですか』
「いや、まって、ほんと、まってちょいまて」
『自分もわからないことは多いでせうが、マスターの研究内容はずっと魂とかの転移、あるいは知識の移動とか、そんなことをやっていたでやがります、そして方法として結局選んだ1つの方法が、転生ってやつだったらしいのでやがります、最終目的としては、肉体や精神を保つための方法を模索するとか』
「ヘイ、助手のAIホムンクルスくん、つまり簡単に私に何が起こったか簡単にいうと」
『AIがなにかわからないでやがりますが、あんまり簡単な概略を求めすぎると、大事な所理解できずに詰まるでせうよ』
このホムンクルスとやら、現代的な聞き方に対して、めちゃくちゃ痛い確信をつくことを言ってくる。
時間ない時とか、とっかかりとしては概略は便利だけど、しっかりした理解に繋がるかと言われればそうとも言える。
けれど、こんな見知らぬ場所でこそAIが欲しい。AIが正しい訳じゃないけどないよりましだ。
ーーだってわからないこと多いんだもん概略ほしいじゃん、概略ほしいよね。こんなときこそAI があれば。
いや、そもそもAIの知識って、私の記憶はないけれど、なんとなくそういうものがあったってことは覚えている。自分のことじゃなければ、少しは思い出せるのかもしれない。これは収穫だ。
ってじゃなくて。
「手探り状態だし何も分からないし、とりあえず説明をお願いしますホムンクルスさん」
『んー、マスターではないので、こっちも、全部分かってないけど、それでもいいでせうか?』
「お願いしますっ」
『可能性としてになりやがりますが……、一つ、マスターが実験をした結果いろいろあって、頭の中身が消えた可能性』
「う、うん、記憶喪失ってやつね」
『次に2つ、同じように実験して中身がどっかに飛んでいって、肉体だけになって、なんかどうにかなった』
「どうにかなったって、マスターの中身だけ別に移ったって可能性とか、混ざったとか、消えたとか、色々可能性はあるのか、でも否定はできる材料がないし」
『3つ、別の中身がマスターの中に入ったか、類似するものが補った何かになったか』
「……うーん、体感としては、いまみているものに違和感がいろいろあるし、3に近い気がするけど」
『製作者でいるマスターの意識野に、接続する機能があるので同期を試みたりしたりしやがりましたが、確かにマスターっぽい感じなのに、脳みその中にある言語体系が違うでいやがりますので、だから、3が1番状態としては、近いんじゃないでせうか』
意識野に接続って、なんか色々見られてそうで、恥ずかしいとか少しおバカな考えが過ぎったけれど、そんな事を考えている場合じゃない。
けれど、その気恥ずかしい能力である、同期とかいう機能のおかげで、言葉がいきなり通じて会話できているかと思うと、確かにその能力なくして今はなしという感じでもある。
その能力の結果、接続した言語は目の前の、核式生命体さんの中には、存在しなかったといっている。
私が知っている言語は複数あって、話せなくとも、認識してる言葉は多言語あったような気がした。
自分の発話できる母国語が一つで、多言語に縁遠いから、無知ゆえに、脳内の検索に当てはまらなかっただけかもしれないけど。けれど、もし、発話できる言語以外でも知っている単語がヒットしないのは、それはそれでやっぱり違和感がある。
では、この付近で該当する言語がなかったと考えたりしちゃうと、まったく、ここは生きていた世界とは違う場所ということになってしまうかもしれなかったりするのではないか?
ーーいや、異世界って……。答えを出すのは早計すぎる。まだ色々知らないし。いや、じゃあこのホムンクルスって、高性能なすごい機械とかに?でも転生とかいってたしな、そんなのありうる、いやいやいやいや……。
そもそも、時々自分で思考の中に混ざる謎の知識、さっきのAIとやらだって、生きていた場所の風景や知っている知識と齟齬があるけど。いや、それだけですべて違うと考えるのは早計なきもするけれど。
なんたって、今の自分にはなにもかも、分からなくなっている。
何者かも、家族がどういう人だったとかも、分からないし、なんとなく生きていた場所の知識がある程度だ。
ただ確かなことは、何も思い出せない、不完全な欠陥のある、今の自分が、今の自身そのものであること。
過去の自分は思い出せず、今の自分ともいろいろな知識や己自身の容姿などすら合致しないこと。
外国だろうが違う世界だろうが何にせよ、言語も通じず、それすら全く違う所に放り出されているということは間違いない。
そしたら、自分は……。
「だとしたら……いや、だとして、どうすんの!?」
ーー放り出されて生きていけるの?
『どうしやがりますかねぇ、でも、マスターが消えるのも時間の問題だったって言ってやがりました、まあ、マスターがどうあれ恨んで何かしてくることはないとおもいやがるのでせうが、どうにもこうにも、そうなったとしか、あ、少なくとも中身はなんか残念度がましたことだけはたしかでせうね、んーでも、肉体は何割かはマスターっぽいから、マスターってことで、いいんじゃないでせうか』
ホムンクルスにまで、中身が残念になったとか、ディスられてるきがするけど、くそー、まったく言い返せない。
ーーく、悔しいが、なんかこんな子をつくれる時点でこいつの、マスター頭良さそうだもんねっ。
言い返せないので、中身は残念度が増したと言う点の文言については、今は目を瞑ろう。それ以外のことのほうが今は大事だ。
「うんうんって、良くないでしょっ、いやいやいや、適当すぎるでしょ」
自分のなかにテセウスの船って哲学的な話の知識がある。船をバラしてもどして新しい材料をつかい形は元に戻る、けれどその船は、本当に同一のものといえるのかっていう話だ。
ーー同一になるどころか、自分は、むしろ、なんか元に戻るどころか、色々完全にマスターって人の下位互換ってやつになってるのでは?
そもそもだよそもそも、すくなくともこんなすっごい要塞やら、人工の生命体なるものを生み出せるってことはだ、地位かなにかがある人で、頭が良い人ではないだろうか。
そんな人の後釜で、体を使わせてもらって良いのだろうか。
なんか後々、困ることにならないだろうか。
あー、前のほうが良かったとか、"お前みたいなバカいらねぇっす"とか、言われたらめちゃくちゃ困る。
なんかこんな所に住んでるようだし、こんな生き物つくってるし、自分より八割増しは頭の出来が違う気配しかしない。
『じゃあマスター(仮)ってことで』
「雑だなっ!?』
いいのかそれで、といおうとしたところでもう耐えきれずに空腹でお腹が限界だったのか、ぐぅーとそれはそう見事な音がなった。マスターじゃないかもしれないけれどマスター権限のようなものが使えるならとりあえず今はあやかるしかない。
『良い音がしやがりましたね』
「うぅ、っくしっ、て、なにがなんだかわからないけど、今どうにもできないことだけは分かった、わかったから、ととととと、とりあえず、暖をとれるところと、お腹をどうにかみみみ満たせるところがあるとたたたすかりまする、さささ寒いっ」
『しかたないでせうね、目覚めてそうそう、核式生命体使いのあらいマスターでやがりますね、こっちです、着いて来やがれです』
光の玉もといホムンクルスさんの後をついていていくと、大階段の横に設置された、木造の扉に案内された。開いてみると、食料庫だったらしい。地下のあの部屋より、結構な冷気が漂っているので長居はしたくない。しかしながら空腹が限界なのも事実だ。それに従っただけだろう。
『食べたいのどれか選びやがれです』
そういわれて、見た目的に食べられそうな、パンのようなものと、ハムのようなものをまず棚からとる。すると手のひらから、ふわふわと食材が、浮き上がって、ホムンクルスの後を付き従うようについていく。
「食材が浮いてる?!」
いやホムンクルスさんも浮いてる時点でおかしいけど。
『いいから、次ちゃっちゃとえらぶでせう』
「お、おう」
野菜や、果物のようなものが置いてある棚を物色してみる。紫のトゲトゲしたものや、小さスモモのようなものやら、赤い根菜類のようものまで、見たこともない形のものがある。
かろうじて残っている記憶の中の野菜の常識と違うため、どれが美味しいか分からない。とりあえず色的にたべても死にそうにないものを恐る恐る選んだ。
「え、選んだよっ」
『ならこっちにくるでやがります』
さらに、食品庫の部屋には、もう1つドアがあり、そこをくぐり抜けると、別の調理場のような部屋へと通された。大きな暖炉のようなものが入ってすぐ目に入る。
ーー暖炉!絶対暖炉だよね!
半円形のつくりになっていて、薪の束がその横に少し置かれている。黒ずんだ火かき棒と微かに溜まった灰が、誰かが使用していた名残を感じさせていた。テーブルの上に材料がおかれていて、ホムンクルスさんが、巻の束を暖炉にのせると、何か光のようなものが瞬いた。そして、一瞬のうちに薪に火がつき始める。
いや、一瞬で、何が起こったのかまったくわからなかった。
原理はちんぷんかんぷんって感じだったけれど、とにかく今は熱がほしかった。
なにせ、あまりに寒くて、その時は暖をとることしか考えていなかったから。そういうものだと先に認識することを選んだのかもしれない。寒いのは良くない、頭の回転は今よりもっと鈍るし、心も寒くなる。
『そこに座りやがれです』
「手伝う?」
『寒くて震えて手でも切られたら、めんどうなのでいらんのです、これでも飲んで待ってろやがれです』
暖炉の少し近くに椅子がおかれ、そこに座っているように促された。さらには、いつの間に沸かしたのか、お湯をコップにいれて手渡してくれる。
ーーコップあったか~!
たった一杯のお湯が心に染み入る温度だった。すこしずつ手のひらから伝わって、身体を温めてくれると思考が回りはじめる。
さっき火をつけたばかりなのに、どこからお湯が出てきたのだろうとか。もしかしたら、白いティーポットのようなものが机の上に置かれていたから、そこからお湯を出したのかなとか。
魔女という単語が出てきていたし、これらの光景をみるに、やはり魔法のようなものがあるのでは?とか。そもそも食材が超能力みたいに宙を浮いていたのだってそもそもおかしいとか。みない振りをできない事案が、積み重なっていく。
それに気付いたところで、今それをすぐに確認できるわけじゃないのだけれど。
|ホムンクルスさん《そういえば名前聞いてなかった》が、料理をはじめた様子を、ちらちらの覗きみる。
別にやましいことをしているわけじゃないが、なんとなくそうしてしまう。
手際よく準備をはじめたらしく、先程物を宙に浮かばせて運ばせていた容量で、うまく、器用に調理器具や食材を使って調理をはじめた。鍋を火にかけたり、野菜を切ったり、器用なものだなぁと眺めてしまう。スムーズなその流れは、慣れた手つきだった。前の主もこんなことをさせていたのだろうか。なんて出来たホムンクルスさんをお持ちだろうか。
これじゃあ、使い勝手も分からない自分では、確かにお荷物になりそうだと思う。大人しくしていよう。
大人しくしていると当然他に視線がいくもので、当たりをさらに見回してしまう。
イメージ的に食品庫が石積みのヒンヤリとした氷室のような簡素な場所だったとしたら、ここは、使用人が簡易に食事をすませたりするような、小さな休憩所けん調理場だろうか。
そんな部屋の壁には、調理に使うのか、乾燥させた香草がかけられている。この身体は幾分か、鼻が良い身体らしく、離れているのに十分それらから、芳しい匂いがした。料理にいれたらきっと美味しいと思う。空腹も相まってそれだけで、よだれが出てきそうだった。
そんな調理を行う部屋の床は一部、暖炉の灰とるためか、調理のためか、石畳になっており、汚れや火が飛び散っても、燃えないようになっていた。机や椅子の置かれた場所の床は、落ち着いた木造になっており、寒々しい雰囲気はない。
ここで食事をしながら、人が会話している姿が目に浮かびそうだった。
けれど、食器棚に入っている食器や、調味料のような瓶は少なく、机は多くても4人がけ、大人数が住まうような雰囲気はない。あんなに広間が大きいのに不釣り合いだ。使用人や雇っているハウスキーパーみたいな存在がいるなら、真っ先に来そうなものだが、現れない。こういった簡素な賄いでもだすような調理場なら、もう少し大きな机や椅子でも置いていそうなものだが置いていなかった。
ーーもしかして、誰もいないのかな?
それに、ここは、城ではなく幻想の要塞だといっていた。要塞というからには、何から守るのだろうか。そんな疑問が沸く。
そんなこんなで、当たりを見回し、ぼんやりとあれやこれや考えを巡らせていたら、不意にジュワーっという音に、意識を引き戻された。油で何かを焼く音だ。おそらくさっき、殻のようなものを割っていたから、卵だと思う。何の卵かわからないが、少なくとも食用の卵だと思う。
ーーそうじゃないと困るけど!
覗いてみると他に、加工肉が乗っている。それを、焼いてくれているようだった。いい匂いがしてそれが何の卵であれ肉であれ、知らなければ合法と食欲にもう既に負けぎみになっている。
それにしたって、調理器具はやっぱりフライパンだ。どんな場所でも、フライパンの形は似たようなものらしい。
ーーだよね、よかった。
慣れたフライパンの形に、ちょっと自分も知らない自分が安心した。
平面の鉄板だと、油や食材がこぼれたりしてしまいそうだし、やけどしたり広い面積が必要になっちゃうかもしれない。
そうなると当然、縁を盛り上げないといけない。フライパンの形まで違ったら、さすがに自分のもっている僅かな常識すら、疑ってかかっていたかもしれない。
そういえば、お湯を飲むコップやポットらしきものも形はほとんど似たようなものだし、やはり場所違えど、機能性からそうなるのかもしれないなんて思った。
各国の主食や食べられるものにちなんで生み出される、面白世界色々調理器具なんてのが、自分の記憶の常識的にはあったらしいけど、やっぱり使いやすいオーソドックスこそありがたい。
フライパンがこれなら、自分でもすぐに料理が出来そうだな、などと思う。ホムンクルスさんが食事ができるなら、お礼に作ってあげられるかもしれない。いや光の玉だからどこに口があるかわからないけど。
そうこうしていると、いい香りが漂ってきた。
「んーいいにおい」
あれほど不安だった謎の卵への恐怖心は、お肉や卵にかけられた、香辛料やハーブのようなものにより、完全に打ちのめされて、後には食欲だけが残っている。
ーー食欲の勝利!
早く食べたい。
あれ?そういえば、あんなに寒かったのに今はそれがない。残るどうにかしないとという感覚は、食欲だけになっている。調理を始めたお陰で、部屋の温度があがって、循環して、身体がじわじわと温まったかららしい。
ーーぬくいって最高!
ついでにどこからともなく、いつのまにか、持ってきてくれていた毛布のようなものが、椅子にかけられていて、それを羽織るとぬくぬくとようやくあたたまってきた。
「生き返る……なんと自分は即物的か……はぁでも生き返る~」
ぼんやりと、温もりに包まれながら、食事を待ち、人の料理をしてる音を聞くなんて、いつぶりだろう。いや、人というか、見た目的には光の玉だけど。
いや、いつぶりか、なんて、そもそも、過去の記憶のない自分はわかるはずもないのだけれど。それでも少しだけきになってしまうのは人の性だよね、なんて考える。
ーーそういう事をしてくれる相手がいなかったのか、なんて……。
ふとそんなことを思って、無意識に過去を振り返ろうとしてしまうと、ツキンっと鋭い痛みが走った。やっぱり記憶がないせいなのか、何なのかわからないけれど、思い出そうとするたびに頭痛がするらしい。
「いつつ……あれ?」
痛みで眉間に皺を寄せていると、いい匂いが先程より強く増していて。その匂いにつられて、先程までの痛みが薄らいでいく。なんて欲望に正直な体なのだろう。
『出来たでやがります』
「わぁー!」
『くいやがれっでせう』
ぼんやりしているといつのまにか、テーブルの上に料理が並べられていた。食べ物から湯気が立ち上り、香ばしい匂いもあいまって、腹の虫がなる。
『正直な腹の虫でやがりますねっ、久々に作ったから上手いかはしらないでせう』
「いやいや、美味しそうにみえるよ、十分だよ、それにつくってもらったものなら毒以外食べますっ」
『そこだけはマスターと同じでございますです』
「そうなの?」
この体の主っぽい人と、共通点が見つかると、少し親近感が湧く。
『性格は問題ありだったけれど、食い物は大事にしてたでせう』
「そっか……あ、ここまでしてもらってたのに色々あってきいてなかった、そういえば、名前きいていい?」
『大恩人である、自分の名前そんなにききたいでせうか?しょうがな』いやしゃべりたくなかったら、いいよ?」
『マスターは、自分を、プラマ・グリオスと読んでいてプラマとよんでいたでせう』
ーーしゃべんるんかい!
と思ったが、大恩人には確かに代わりはないので素直に認めよう。寒いのもお腹を満たしてくれるのもプラマ様のおかげである。
「いやー、ほんと大恩人だね、プラマ大恩人さまさまです、ありがとう~」
名前を呼ぶと心做しか、光の玉が、少し跳ねたように見えた。それに、ちょっとひねくれているプラマだが、助けてくれたのは事実だ。純粋に感謝の言葉を伝えると、そういうのには弱いらしい。
『い……いいからとっととくいやがれでせう』
照れてるのか、こいつ初やつめなんていったら怒られそうなので言わないで置こう。
「じゃ、遠慮なくっ、いただきます!」
いやーもう見ただけで、めちゃくちゃ美味しそうだとは思う。しかし、目覚めたばかりで、少し自身に不安はあった。この胃は、うけつけてくれるのかとか、卵や加工肉は重いのではないかとか。だけれど、見知らぬ食材ばかりで、不意に食べられそうなものを選んでこれだったのだ。
「ごくり」
まずは作ってくれた野菜のスープのようなものから口にしてみる。せっかく作ってくれたのに、胃がもたれて、吐いてはいけない。空腹で死にそうだったとはいえ、何日眠っていたかも、死んでいたかもしれない状態ではじめて、固形物では口に入れるものだ。
いや、そもそも、死人というか、仮死状態のようになって存続できていた存在に、食事は必要なのだろうか……なんて、色々考えてしまう。いや、自分自体がそもそも謎なのだからなんともいえないのだけれど。それでもお腹は確かに空いているのだから食欲に従うしかない。
恐る恐るスープを口にしスープを嚥下する。細かく刻んだ野菜軽く噛むだけで、じんわりと味が口いっぱいに広がった。久々に食べる食事は、甘味、塩味、旨味、その洪水のようだった。大袈裟な様だが、それくらいには体が欲していたのだと思う。そうだこの口は、味覚は、食べるために存在していたのだ!というように身体が喜ぶのを感じた。胃に入れた感覚は、不快感はない。何口か運んで、これなら大丈夫だと確信を得る。
「ん~」
声にならない声をあげながら咀嚼する。さらに、続いて目玉焼きを掴もうとしたが、箸を使っていないからか黄身が割れてしまった。卵の黄身がとろとろととけて、加工されたベーコンのようなお肉にかかる。それをこぼさないように、ゆっくりとからめて口に運ぶ。塩気と黄身の甘み、そして、香草のような匂いが広がり、長く浸っていたいような旨みに、飲み込むのがもったいないようだった。サラダも新鮮な葉野菜で、ドレッシングのようなものがかかっているのだろう。爽やかな柑橘系の香りがして、酸味と塩味が丁度良い。またシャキシャキとした瑞々しい食感が、噛む度に心地よい。
パン、スープ、卵、肉、パンスープ、野菜、卵、肉、何も言わずに口に詰め込む。無我夢中でたべた。
「美味しい……」
『そりゃ、なんていったって自分がつくって、おいっ!?』
「美味しいよぉっ……」
『ななな、な、泣きやがっているるるる?るのですか?』
「だって……美味しいからぁっっ」
何故かこの体は、めちゃくちゃ飢えていたらしい。何故か微かに思い出せるのは、薬の苦味と、配合されたような科学的なゼリーの味、それと冷たい水だけだ。それ以外は何もわからない。思い出そうとしても思い出せない。
思い出したら"許さない"とでも体がいうようにセーブがかかる。
けれど、昔の自分はきっと、こんなに美味しいと感じる体験を忘れていたことだけは確かな気がした。味覚すらなんだか死んでいたような気がする。なにか自分には欠けていた何かがあったらしい。それがいまはこんなにも美味いという、強い感覚を浴びるとは、麻薬のようだった。
食べるということは人生の楽しみのうちの一つだと思う。
もちろん、食べなければならないから食べる、生きるためにたべる、それは、必要最低限存続のために必要なことで、それらも大事な食べることの意義だと思う。熱量がなければ生きていけない。
けれど、もし、塩味があり甘みがあり酸味があり苦味があり旨みがあり、世界には味わうことができる味が複数あって、この味を1度でも体験してしまったらどうか。
ーー私なら、忘れられない。
その味を、覚えた生き物は抗えず、もう1度その味を得たいと思ってしまうんじゃないだろうか。野生の動物が、人の食事の味を覚えてもう一度食べたいと、人のいる区画まで降りてきてしまうように。
今こうして、味を覚えてしまったら、その贅沢と幸福は二度と消せない気がした。
人生でどれだけの回数食事を出来るかは分からない。けれど、そのうちのできるだけ多くは、どうせ食べるなら美味しく楽しく食べたい。それはきっと、生きることのその先にある純粋な楽しみだと思う。
何故だろう泣けるくらいに、たったそれだけの事なのに、そんな物が何故か自分の中には、昔になかったようなきがした。
ーーどんな生活してたんだか自分は、でも確かなことは、美味しいと感じられる今だよね……。
「プラマ、ありがとう」
『か、感謝されることではないでせう、し、仕事でやがります』
それからも、自分でもわけがわからないくらい涙が止まらなくて、せっかく美味しく、作ってくれたのに、途中からは、涙の味で塩辛くなってしまった。
『あーもう泣きやみやがれです!』
「さーて食べた食べた、つくってもらったし、お皿洗おうか?」
『昔のマスターに聞かせてやりたい台詞でやがりましたが、今回はプラマがやるのでせう、そんな薄着で、水に触ったらまた、寒くなるでやがります』
「た、たしかに、言われてみれば」
『また、寒い寒いいわれてもめんどくさいでいやがりますから、服とりにいくでせう』
そういうことでプラマに皿洗いまでさせてしまった。ありがたやプラマ大恩人様々だ。口はひねくれているけれど、あったばかりなのに、私のなかでは株が上がりまくりである。
ということで、そんなこんなで、ようやく人心地ついて、食事が終わり、しばらくして、まずはこの薄い衣服を、どうにかした方が良いということになった。
今置かれてる状況とか、これからの事とか、そういった話もあるけれど、まずは、食事をしたので、身体が温まっている間に、移動して、着れそうな服を探すことにした。それに、衣食住たりて礼節ならぬ、冷静を知るきがする。
「プラマ、とりあえず、服とかって、勝手に使って怒られないよね」
『服の1着2着で怒るようなたちじゃないでやがります、どこに置いたか忘れてるようなマスターだったでやがりますから』
結構ズボラな人だったのかな、なんて、そんなここの主への想像が膨らんでしまう。そんなことを考えながら、プラマの後をついていくと、2階に案内された。渡り廊下のような場所を通ると、立派な甲冑や謎の置物があり、途中微妙に見られているようで怖い思いをした。
「いま、目、動いてたよね」
『動くように設計されていやがります、あたりまえでせう』
実質的に、防護装置としての機構が施されているらしい。見られていても、悪意がない限り反応はしないとか。
ーーそうはいってもこわいよ!?
ビクビクしながら、鎧やら、置物やらの視線にさらされる場所から通りすぎた。ここ来るときは絶対走って通り抜けてやる、と、強く決断した。
ようやくそうして、怖い鎧エリアを抜けて、マスターとやらの私室近くまできた。ふと、その私室に、行く前に、不意に窓があり、外が微かに目に入り、立ち止まった。
「プラマちょっとまって」
窓を少し開いて、外を眺めてみる。外には、想像していたよりも、ものすごく雄大な自然が、広がっていた。青々とした木々が生い茂り、遠くに鳥のようなものが飛んでいる。遠くにきらめくのは湖だろうか。奥には滝のようなものがあり、落ちた水で虹がかかっているようにみえた。
「すごい……」
想像していたよりもあまりに広大すぎて、その光景に唖然としていると、不意にプラマが焦ったように声をかけてきた。
『あ、危な』
プラマが、何か言いかけて、後ろを振り向いた瞬間、突風が吹き荒れた。バタバタと、開け放たれた窓が音を立てて揺れ、今にもガラスが割れそうな様子である。
『いいから、しめやがれです!』
「え」
窓を占めるようにいわれ、慌ててとりあえず、窓を閉じるために前をむくと、そこには金色の鋭い瞳と、鋭い牙のはえた大きな口が見えた。ギョロりと、金色の鋭い眼光は品定めするようにこちらを見る。
「あ……」
そして目が合った。
グアアアアアと、いう大きな嘶きと共に、熱い息を、こちらに向けた。そう、そこにいたのは、赤い鱗をもった、ドラゴンとよばれるような生き物であった。
「おわったかも」
ーー何が終わったかって?言わなくてもわかるだろう、そりゃあわたしの人生だよ。




