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いつか魔女が眠るまで~ゴーストクリエイター魔女になる~  作者: 穂波祈弦
2章 アダシア編~恋とはもっとも独りよがりな自家撞着に陥る酩酊~
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5、買い物

 


 とても、悲しい夢を見た気がした。夢の中で誰かが泣いていて、慰めてあげたくなった。自分がもし小さな子どもだったら、かけよって、ハンカチで涙をふいてあげたくなるようなそんな、夢だった。まぁ自分が0歳みたいなもんだから慰めるなんて、おこがましいけれど。


 それにしても中身はあんまり覚えていないのに、ただ、悲しかったことだけがじんわりと記憶に残っていた。


 でもこんな感覚も目が覚めれば朝靄の中に消え行くもので、起きたら次第に薄れていくんだろうなぁなんて思う。


「ふぁーなんか辛めな夢だった気がするけど、どうせなら良い夢みたいよね、快眠魔法とかないかなぁ、もう少し寝てても良いよね……」


 と思って、また枕を抱き締めようとしたけれど、カーテンから、差し込む光が、そこそこに強い。


 「何時!?」


 枕元に備え付けてある、机においておいた時秤をみると、もうこの世界において9時を回っていた。もうきっと鐘が9回くらい突き終わっている頃だ。


 「つかれていたとはいえ失態だー、やることいっぱあるのにー!」


 慌てて口を洗浄魔法で清潔にしたあと、部屋においてある水差しからコップに水を注いで飲んだ。やっぱり起きたら、水を飲まないと。そして、急いで桶に水をためて、顔を洗った。顔も洗浄すれば良いのだけど、やっぱり顔は洗わないとシャッキリできない。


 ーーじゃなくて、着替え着替え!


 昨日の服を洗浄すれば問題はないのだろうけど、なんとなくそれだと怪しまれそうな気もする。そもそも衣服の清潔化の頻度ってここではどれくらいの頻度で、どれくらいの割合で行われているんだろうとふと思う。


ーー毎日水で洗濯なんて贅沢な時代もあっただろうしなぁ。でも、そんなに文明レベルが低い感じはない。ところによってはむしろ記憶の中の技術より便利だと感じることもあるよね。個人しか絶対引き出せないペリカンもどきとか。


 街の様子を見るに、糞便が、そのまま街中に溢れているような様子もなかったし、汚水の臭いが充満している感じもしなかった。それに、アスリアの開発した便利かごがどれほど普及しているかわからないけれど、街の様子を見るにかなり清潔にしているような気がする。


 いずれにせよ、なんというかやはり昨日の服を続けるというのは個人的にはよろしくないように思う。部屋着でだらだらというものならいざ知らず、こちらではやはり着替えたほうが良いのではないかなーと思ったりもする。


 お江戸?という時代には、ふんどしを、貸し借りしていたなんて事実があったらしいけど、自分はやはり下着を貸し借りするような時代にはなんとなく逆らいたい。


ーーさすがにちょっと……。


 良いのか悪いのか迷いあぐねて、結局着替えた。


ーーでも、旅装羽織るから見た目はあんまり変わらないんだけどね。


 着替える前のものは洗浄魔法で綺麗にしたけど、やはりなんとなく味気ない。でも楽ではある。

 双子鞄に、その服を入れて、ぎゅっぎゅっと詰め込むとスポッと、入った。


 でも衣服と食べ物を同じ鞄に突っ込んでいるけれど、不衛生じゃないのだろうかなんておもいつつも、いれてもいれても入るのだからやっぱり特殊なんだと思う。

 

「今日はカルばぁに、残りのお金を取りに行ったり、買い物しないと、まずは調味料、果物、主食とかだよね、よし」


 革製の双子鞄を肩からかけて、ようやく部屋を出た。女性とかなら、お化粧とかやるんだろうけれど、歩くこの世界の人たちをみるかぎり、あんまり化粧っけがあるように見えない。しいていうなら、ロッキンへムの金庫の受付の人がお化粧のようなものを、していたような気もするけど。そこまで拘ることも必要なさそうに思う。


ーー昔の自分は好きだったのかなそういうこと?


 そもそも、自分は魔女だからやっぱり女性としてカウントされるのかな。そもそももともとは記憶がないだけで男性だったりして。うーん記憶の覚えてる中身的に女性よりな気もするし。いやわからない。お化粧に詳しい男性だっている。

 魔女って生き物、じゃなかった死に物扱いだろうし。いや、まぁ、こんな身体で男も女もないような、キメラだけどさ。


ーーでも身だしなみはそれなりに大事なんだよね。


 「髪も寝癖はなしっと」


 部屋に備えてある鏡があった。この世界にもちゃんと鏡はあるらしい。でも、向こうの世界の鏡よりまるで、石をそのまま使っているような武骨な作りだ。


ーーもしかして、これも鉱石なのかな?


 鏡面を美しく研磨している。ガラスや銀を用いたものではないように思う質感だ。いろいろと世界が違えば作り方も違うのかもしれないなぁなんて思う。同じ仕組みのものであったとしても。


 「って、時間時間朝ごはんたべそこねるっ!ごはんだいじ!」


 慌てて身なりを整えたあと、さらに慌てて部屋を出た。部屋に残すものはないし、見られて困るものもない。時秤は鞄に入れた。他のものも鞄の中だ。


 「急いてはことを仕損じるというし、うんうん」


 部屋を確認しなおして、鍵をかけ、鞄に入れたあと、階下におりていくと、昨日寝室に、案内してくれた少女が、現れた。


「よく寝られましたか」

「寝れた……旅、疲れ、とれた、でも、いっぱい、寝過ごした」

「ふふ、ぐっすり寝られたようで良かったです、あ、朝食とられますよね、いま準備します」

「食べる、終わり、後、3日、宿泊費、払う、良いか」

「あ、そうでしたよねっ、そのお話もしないといけなかったのに、本当は、基本的に先払いなのですが、昨日は夜間の来客だったため、いいわすれてて、ごめんなさい、お母さんに怒られちゃいましたっ」

「こらっ余計なことはいわんでいい」


 おそらく調理場だろうか、奥のほうから、少女の、母親の声が聞こえた。なんとなく関係性が見えるやり取りで微笑ましい。


「あ、てへへ……じゃあお食事お持ちしますね、あ、それとも希望者に限ってはお部屋でとることもできるんですけど、これも昨日言い忘れて」

「本当にそそっかしい子だよ」

「い、いつもは忘れないもん!」


 夜分に急に押し掛けたのはこちらなのだから、彼女だけが悪いわけじゃない。しかし、思わずそのやり取りに少し微笑んでしまった。それを見た少女は気恥ずかしそうにポリポリと頭をかいた。


「あ、笑う、私悪い、かった、ただ、可愛らしいと、思って」

「か、可愛らしなんて、その、あの……ほめても何にもでないですからねっ」

「こら、手が空いてるなら、お客さんにさっさと料理運びなっ」

「もうっ、わかったってばっー!!あ、うち、昼間は宿だけじゃなくて食堂もやってるのでもし良かったら、利用してくださいね」

「こら、押し付けがましいことするんじゃないよっ」

「ごめんなさい~!でも商売は大事だしっ」

「まったく!この子はっ」


 恰幅の良い錆色の髪の女性が、料理の皿を持ってこちらに歩いてきた。おそらくこの少女と血縁関係だろうなぁと目鼻立ちや髪色をみて思う。会話ぶりから少女のお母さんだとは察する。なんというか、一言でいうなら、昔ながらの肝っ玉母ちゃんといった感じだった。プラマさんよりフライパンとおたまが似合いそうな気配をひしひしする。


「大丈夫、必要ある、時、利用、もらう」

「ありがとねお客さんっ、あんたもお礼いいなっ」

「ありがとうございますっ」

「さて、今料理、もってくるからね」

「感謝、いただく、あ、昨日、料理、夕食、美味、最高」

「あら、嬉しいこといってくれるねぇ、おまけして一品増えるくらいだよっ」

「そんな、他の客、困る」

「ふふ、他の客はもう、みんな出払って食事をすませちまったんだよ、だからあんただけさ朝飯は、どうせ残るんだ、1品くらいあんたが多くたべてもここには、責めるものはいないよ」


 遅くまで寝ていたのは自分だけのようだった。他の人たちは早く寝るのがデフォルトな世界なのだろうか。そりゃあ、電気の恩恵を受けている人間でもなければ夜は日が沈んだら寝て、朝は日の出と共に起きるのが健康的なのだろうけれど。


「理解、なら、いただく」

「ふふ、そうしなっ」


 少しの間待っているあいだ暇潰しにと、ふと、宿のフロアをキョロキョロと目で見回してしまう。

 すると気になるものを見つけた。

 砂時計のようなものに、光る液体が入り、緩やかに落ちている。その液体と連動して、小さな鐘が打ち鳴らされる仕組みなのだと思う。


ーーこれも、時計かな?


 液体の減っていく位置には目盛りのようなものがあり、数字のようなものがかかれていた。たぶんこちらの世界もおそらくは、24時間性と考えても良いのかもしれない。数値の部分の文字は全然違うけど。

 自分のもってる時秤も、文字盤は、知識にある時計の数と一緒だった。

 朝もあるし、夜もある、星だってある。それはつまり太陽があり月があるということだ。あの塔内部の壁画にも書いてあった。


 自分の知っている知識では、ヒッパルコスという人が、月の周期から、24時間という時間を割り当てたらしい。しかし、この世界では何故24時間という、割り当てになったのだろう、なんてふと思う。


ーー難しいこと考えるなんて性に合わないけど、でも、当たり前に時間が24時間で365日あることへの疑問なんて、目覚めるまで考えたこともなかったなぁ。


 自分が知っている知識の世界は、朝があって夜があり、そして四季があった。二季しかない場所とかもあったらしいけど。


 でもいずれにせよ、その恩恵をあの世界のものが受けていたように、こちらの世界のものも朝と夜や自然が存在する限りいつかは、必ず、時や気温というものの数値化にたどり着くのかもしれない。そうして、時間の形成で、社会の仕組み作りとか、経済とかができていく。数字とはおもったより偉大なものなのかもなーなんて思ったよりもする。

 人の営みが形成され高度に発達するほど、それらはより強く求められていくとおもう。

 

 ーーはっ、難しいことをわりにあわずに考えてしまった。本来、別の世界で目覚めないとこんなこと疑問にも思わなそうだけど。


 こちらには昼と夜があるけど、本来生きていた世界の星々にも、永夜の星というのはあったらしい。月もその一種らしい。子供図鑑のようなものが頭の記憶に浮かぶ。

 重力の影響をうけ、星の自転と公転周期が等しくなる。そうなると一面だけが、ずっと同じ方向を向いていて、いつも朝の部分といつも夜の部分が出てしまうらしい。つまり夜の部分がずっと続くらしい。

 

 もし、昼か夜しか訪れない場所にすんでいたとしても、生活が麻痺して、時を刻む方法を考えるものは必ず出る気がする。この世界みたいに、当たり前に夜と朝があっても、利便性のために測るものは必ず出てくる。生き物が社会を形成し、自我が存在する限り。


 それに、時間がないと待ち合わせだって困るし、無限労働、労基違反なんてことになってしまうかもしれない。ブラックだめ絶対。


 時計もとい、時秤は、世界が違ってもあるべくして、あるものらしい。すべて世界の規則が違っている所だったら、きっとなにもかも不安だらけになっていた。けれど、朝と夜と、時間が存在することだけは確かに同じらしい。 


 外に出てから、手に持っている時秤以外、それらしいものを見てなかった。しいていうなら時を告げる鐘楼くらいのものだった。


 たかが時計、されど時秤、ただ、そんなもの一つにすら、なんとなく何気なく感動してしまった。

 何気なく、ふと意識を向けただけのものだった。

 自分自身の記憶は存在しないし。でも生きていくしかない。

 不安も不安だ。

 見ない振りはしていても。

 だから海をみて、知っている姿を見たことは安堵したし、時計のようなものをみて、これほど感動した。

 ずっとこの世界で生きていけば、自分の知っているものもたくさん見つけられるのかもしれない。

 違うものがあると刺激はあるけど、自分の知らない寄る辺のない場所だともどこかで感じていた。それが少し目新しくも寂しくも感じていたのも事実だと思う。


 自分自身の記憶は、ほとんど何もない。あるのは別の世界の常識のようなものだけ。知っているものとは、違うものもたくさんあるし、けれど、同じものもある。

 未知のものだけではないのかもしれない。  

そういわれてみれば、どれだけ見慣れない果物や魚を見ても、食べてみたら自分の知っている感覚がした。

 違うものだって、食べたら感じる味覚は同じだ。昨日は、知っている知識と違うものに驚かされたり怖くなったりしっぱなしだった。でも、全部が全部が違うわけじゃないらしい。


 自分が時秤の文字盤の数字がたとえ読めなかったとしても、時秤は時計の機能をちゃんと果たせるように。


 少し安心した。


 違うように見えるけど記憶に微かに残る生きていた場所と全て違うわけじゃなさそうだ。


 ーー朝も夜も時間も、同じなら十分やっていけるよね。


 同じ所や違う所は、順次理解して、差を埋めていこう。昨日は色々と、精一杯だったけれど、一日経って視野が少し広がったのかもしれない。

 この小さな時計のおかげだ。


「はい、おまたせしましたっ」


 少女が、カウンターでまつ自分に、朝食を運んでいた。もう朝の客ように多めに作ってあるのかもしれない。本当に少し考えにフケっている間に、あっという間に食事が出てきた。食欲を誘う良い匂いが鼻腔をくすぐる。


「感謝、食べる」

「それとこれは母からのおまけですっ」


 おかずと、ほかほかと湯気のたった焼きたてのパンのようなものがもう一つ増やされた。バターロールのようなものなのだが、パンのことを、チネッタというらしい。プラマさんから、聞いた。似たような姿で同じものがあっても、名前はやはり違うのだなぁとおもう。世界違えば名前も違うか。


 それでも自分にとってはパンはパンなのだけど。


 それにしても、昨日に引き続きパンが出たということは、ノウンベルト皇国ではこのチネッタというパンが主食なのかもしれない。


 ーーここではパンが主食なんですかーなんて聞いたら変に思われるかもしれないよね。やめとこ。


 食文化が豊かになるほど、色々と食べられるものも増えるので一概にいえないのかもしれないけれど。昨日の食事をみる限り、かなり、食文化は豊かそうだ。ありがたい。

 食べて知ったり見えるものも、色々あるなぁと思う。お腹も知識も満たされるので一挙両得だ。


「パ……チネッタ(バターロール)、ふわふわ、かりかり、上手い」


「良かったお母さん知り合いから仕入れてるんです、昔は硬い噛みちぎるたびに、口の水分奪われるようなものしかなかったらしいんですけど、十数年の間に色んな国との国交が盛んになって港に入ってくる材料も豊かになって、この姿になったっておばあちゃんが、皇都では早くから作られてたらしいですけど、皇都に物資は流れるからアダシアだとお年寄りが最近食べた感動したって、みんないうんですよ、もうどれだけ前の話だとおもってるんでしょう」


 年をとってあの頃は良かったならぬ、あの頃食べたものが忘れられないに近いものなのかもしれない。これはどこも同じか。


「あ、古いパサパサのやつ、今も売られて、年取った人たちはみんなたべたがるんですけど懐かしいって、うーんあれは毎日は私は食べたくないなぁ……もうぜったい戻れません」

「ぱさぱさ、いや、これで、充分、いい」

「ですよねっ、じゃ、お食事ごゆっくり」


 ぱさぱさとしっとり感のない黒パンみたいなのとか、昔パンとか、そういう昔ながらのパンがおいしいこともある。チーズのせたりブルスケッタにしたり。けれど、やっぱり普段食べ続けるならふわふわかりかりのパンの魅力には抗いがたい。


「お、クリームっぽいチーズかな、乗せようっ」


 昨日とは違って、プラマが始めてきたときにたべさせてくれた、目玉焼きや肉詰めのようなものをスライスしたものと、見慣れない野菜と果物がいくつか入ったサラダがのっている。ここいらでも朝食はこんな感じのものが定番なのかもしれない。見慣れない紫色の葉野菜を、齧ってみると少し苦味があるが、他の野菜や、果物との組み合わせで良い塩梅だった。パンにのったチーズのようなものが、塩気と濃厚さを演出し、さらに備え付けてあった甘い蜜をかけてしまったらそれは罪の味だった。甘さと塩気のバランスが食慾をそそりすぎた。


ーー美味しい~!


 さっきは時秤のことに注意を引かれていたのに、食事を口にすると全てそちらに支配されてしまった。現金な体だな~と思ってしまう。


ーーでも、美味しいから、仕方がないよねっ。


 黙々と食べ続けると、よほど、健啖家にみられたみたいだ。宿屋の少女は面白そうにこっちを見ていた。すぐに母親がでてきて、怒られて仕事に戻っていったけど。


 細かく刻んだ野菜と丹念に煮込んであくをとり、旨みを出した澄んだスープは昨日のものと同じく絶品で、すべてのおかずがきえたあとも、頼んで2杯ほどもおかわりしてしまった。もう朝食の客はあらかた出ていったことにも起因しているのか、気前がよくたべるようにいってくれた。


 「美味しかった~、幸せ」


 不意に口に出てしまった素直な言葉に、「いい食べっぷりだったよ、作りがいがあるねぇ」と、厨房の主に言われてしまった。女の子は母親の料理を褒められたのが嬉しかったのか、微笑んでいた。


 ーーなんだか、気恥ずかしぃなぁもう。


 それでもここを選んで良かったと思うくらいには美味しかったのは確かだよね。カルばぁの紹介はものすごく当たりだった。


 お腹がいっぱいになってぼんやりしてくると、少女がお皿を下げに来て、ふと思い出した。


「あっ……そう、だ、お会計、3日分、頼む」

「あ、そうでしたこれ片付けたら、お会計お願いしますねっ!」

 「了解」 


 なれた手つきでたくさんのお皿を器用に抱えて、戻ってきた。エプロンのようなもので、手を吹いて、会計をする場所に来るように促された。


「お会計のこと、伝え忘れていて、すみません、気性の荒い御客さんもたまにくるので、先になにがあっても、いいようにお会計を先にもらうことになってるんですけど、つい昨日忘れちゃって」

「大丈夫」

「カルばぁの紹介だったから、安心しちゃって、とっ、じゃ、お会計をお願いしますね」


 港町特有の、気性の荒い客も稀に来るらしいが、金払いをけちるものもいるようで、とまる客は先払いが原則となっているのだと会計の時に話してくれた。

 ただ、カルばあさんの口利きだということで、私に対しての印象が昨日は、緩んだらしい。どんな関係なんだろう。聞いてみたい気もしたけれど、踏み込みすぎるのもと思い自制した。


「ええとこちらからで良いですか?」

「良い」

「では、おつりは712レデですね」

「受け取った」

「では、3日間のご宿泊承りましたー」

「感謝、ついで、このまま、出かける、鍵、預かる?」

「はい、では、私が受け取りますねっ」


 てきぱきと動く快活な少女だなと、みていて元気を分けてもらえるような。


 「そういえば、色々、買い物、来た、良い市場、ある?」

「何でも一頻り色々、揃えたいってなると、やっぱり中央通りですかね、ただ港近くに朝でる市場が一番新鮮な魚が揃ってるかも、でもそこは、だいたいお昼までにはけちゃうんですけど」

「なら、今度は早く、起きる、しないと、だめ、か」

「でも、干してる魚とか、加工品とかは中央通りでも売ってると思いますよっ」

「感謝」


 会計をしたあと鍵を預けて、そのまま店を出た。店を出るとカラカラと、ベルがなり、歩き出すと太陽が眩しい。


「カルばぁにものを受け取らないと、他に中央通りで買い物しないとな」


 そういえば、昨日は案内されてついていったけど、結構いりくんだ場所に店があった。一人でたどり着けるだろうかなんて、不安になってきた。中央通りまでの道が白い石畳で、店の前は茶色だったのを思い出した。よくよく石畳をみると、店のある場所の入り口は茶色い石畳になっているらしい。今さら昨日歩いていたのに、その法則性に気がついた。じゃあ中央通りまでいって、色々と買いつつ、石畳を便りに、昨日の場所を逆算してたどってみたらいいのかもしれない。


 「町の作りごみごみしてるようで考えられてるのかも、みてるだけで面白いなぁ」


 入り組んでいるとはいえ、中央通りまでの戻りかたは鐘楼が目印でわかるようになった。だから迷ってもどうにかなると思う。何事も挑戦だ。何度か、これから買い取りをしてもらうかもしれないのだから、自分で行けるようにならないと。そう思って、中央通りの市場の方へと歩き出した。


「中央通りにいくついでに、食材だけじゃなく日用品も見てみようかな」 


 あの塔に閉じ込められた時は、なかば絶望感を感じていたのに、今ではこの空の下で、港町で海風を浴びている。


ーー求めていたのはこういう穏やかさだよねっ。うんうん!


 さらに、日用品のことまで考えられるようになっているのだから、随分と余裕が出てきた。昨日の緊張が少し抜けているような気もする。 


 もちろん、魔女ということは、バレてはいけないけれど。市場のほうに降りていくと、すでに商売はもうはじまっていた。鐘はもう10回くらいはならされているのだろうから。


「おー、昨日は店数が少なかったけど午前にくるとこんなに多かったんだ~」


 見慣れない野菜、見慣れない果物、見慣れない魚、布や調味料まで様々にならんでいる。カラフルな野菜や果物、鮮魚を見ていて飽きない。それに、屋台で、そのまま食べれるように、塩をふって炭で焼いた魚や、肉の匂いが漂ってくる。パラパラの穀物をいためた、ビリヤニみたいなものや、薄く粉をひいてやいて、肉や野菜や魚を挟んだものも売っている。


ーー朝ごはん食べてなかったら絶対、誘惑にまけてたっ!じゅるり……、いけないいけない。


「日持ちしないものも、あの食料庫に入れれば持つらしいから、日持ちは考えなくいいかな、ええと、干し肉、生肉、加工肉、魚の切り身、まるごとはさすがにプラマさんが大変だし切り下ろしてもらおう、あとは天日干しした魚やイカみたいなやつか、お、エビやカニみたいなのもある、色が青い……茹でたら赤くなるのかな、んんんんっ、こ、これは」


 いろいろ目移りするけど、昨日食べたスープに似たうまそうな香りがして、立ち止まった。おかわりできないのが口惜しかったやつだ。その匂いに近しいものが、屋台から漂ってきた。その屋台の店主が立ち止まったのをみて声をかけてきた。


「お、お目が高いねお客さん、小エビ(シュペ)を、新鮮なものをそのまま干して乾燥させたものさ、これを粉末にして、出汁をとると、深い味がでるんだぜ、飲んでみるかい?」

「お金」

「いらないさ、試飲ってやつさ、ただうまかったら買ってくれよ」


 店主は宣伝がわりにか、出汁を使ったスープを、小さな木のコップにいれて、差し出してくれた。受け取って、嗅ぐと、この匂いはやっぱり昨日の、スープに使われた香りだ。一口、口に含むと、旨味が染み渡る。


「うまい」

「いい舌してるぜお客さん」

「うまかった、粉末、そのままのやつ、この大の袋に、それぞれ、いれて、ほしい、買う」


 グラム数のような重さの売り方もあるが、いかんせんそこまでは、記憶に叩き込んで来なかった。どれくらいが日常の使用目安として、ちょうどいいのか思い悩んでいると、目の端に袋売りの文字が見えた。特大-業者向け-、大、中、小とサイズあるらしい。それをみて助かった。大は小を兼ねるともいうし。


「あいよっ!」


 出汁か、かんがえてなかった。そのまま食べられるものだけとりあえずとおもっていたけれど、グルタミン酸の魅力に勝てない。まだ口のなかにさっきの旨味が残っている。昆布やトマトとかに含まれるらしいけど、旨味成分なんてわかってなかったころに、出汁のかわりにトマトを料理に利用していた人たちの気持ちがわかった。昆布だし、鰹だし、煮干しに、あごだしなども捨てがたい……。


 ーー出汁ってこんなに相乗効果倍増させるものだったのかー!?


「あと、この海藻や小魚を煎ったものなんかも旨味がでるぜ、合わせるとこれがうまいんだな、お客さん」

「商売、上手」

「ははははっこれでも港の男さっ、稼ぎ時は見逃さないってねっ、あ、無理にとはいわないよ」


のせられてしまうと、このままころころ、買わされてしまいそうだ。しかし、いくつもの店を渡るよりはわる目立ちしないかもしれない。でもそこそこのお値段になる。値切ったら安くしてくれないだろうか。


「じゃあ、それ、買う、したら、おまけ、安くする?」


本当は、値切る勇気は無かったが、ここまで、買うなら少しくらい安くしてくれてもいいんじゃないかという気持ちもわいてくる。


「あんたも、買い物上手じゃないか、わかった、買ってくれたら、安くしてやる」

「じゃあ、大袋、それぞれ、頼む」

「まいどあり!」


 良い買い物が出来た気がする。ちょっとはじめて値切れたこともあって相まってさらに、嬉しい。


ーーホクホクホクホクだ。


 あとは、果物、野菜、パンや調味料とかだね。


ーーでも1日でいろいろ買い漁ると、目立っちゃうかな。


 今日はまずは、なにはともあれ、調味料と保存食から先に買おう。倉庫があるから、日持ちはしなくてもいいけれど、何かあったときに、持ち歩けるものは、やっぱり先んじて、買っておくべきかもしれないと考え直した。


 たくさん見たことの無い食べ物や食品だらけだけれど、どれも色んな人が試した上で売っているものだから害になるものは無いだろうし。あとで買ってみて、どんな調理方法が良いかは、調べてみるしかない。でも、どうやら、この世界においても、加工品などの調理法は同じようにみえる。


 砂糖漬け、酢漬け、塩漬け、辛子漬け、焼く、炙る、煮る、干す、蒸すなど、そこら辺は屋台をみてわかった。 


 調理をしていれば、必ずまぁ、いつかはその過程に行き着くだろう人類はあらわれるよねー。人だってバカじゃないんだから。


 フグやこんにゃくやじゃがいもを食べようとしてきた人間が、毒をどうにかしようとしたように。あの手この手で、食という生存に必要な糧を、現代まで残してきたのはこの世界も同じはずだ。飢餓は文明の改善すべき高い壁のはず。


 それに、あの宿の料理が美味しかったのだから、調理が未発達ということは当然ない。食文化への期待はとてつもなく、膨らむ。


ーーどうせなら、美味しいもの食べたいよね!


 ただ、みる限り、塩は塩の見た目のまんまだ。白いしょっぱい魅惑のあれだ。足りないとかけたくなるけど、濃すぎても身体に悪い。


 ーー液体とかで売られてたらどうしようとおもったよ。


 港町だからか、塩田も盛んに行っているようで、塩も名産品らしい。結構な店が、塩の量り売りを行っているのが目にはいった。目立たないようの、先程の店より離れ、見えなくなったあたりにいって買うことにする。店に入ると、ベルがなって、女性がでてきた。エプロン姿で、少しふくよかだが、安心できる穏和な顔つきの人だった。普通の無毛種の女性と、少し違うのは、耳がとがっていて肌に鱗があることだろうか。


ーー魚人種の人かな?


「あの、お姉さん、これと同じ、袋に入る、くらい、塩ほしい」


先程買った出汁の詰まった袋を見せて、頼めば量り売りの単位がわからなくても大丈夫だと考えを巡らせた。


ーー少し賢くなったかも! いや、誰でも思い付くか。


「あら、やだねお姉さんだなんて、ふふふ」


お世辞でいったわけじゃない。いまが一番若いのだから、そのときがお姉さんに違いない。それに、この世界の年齢かんが種族が違いすぎて、わからないのもある。


「褒めても、なにもでないよ、なんていいたいところだけど、おまけしておいてやろうかね、うちの塩は日干しで乾かした天然物さ、皇都のお偉いさんたちも使ってるんだよ」

「良い、塩、なのか」

「自慢の塩さっ」


王室とか皇室御用達的なやつか。なんだかそう考えると、とても良いものに思えてきた。そうして、買った塩を使うのが楽しみになっていると、ふと周囲におかれているものが目に入った。


「……ん?」


 塩を買うことを、ただ、目的にしていたから、店内の商品にまでちゃんと目を向けていなかった。塩田でつくった塩の他に、色々な塩も売っていたようだ。ピンクから青っぽいもの、香草が練り込んだものもある。この、手に持った岩塩は持ち運ぶのに便利だ、これも買っても良いかもしれない。手にとって赤い色の岩塩を見ていると、袋に塩をいれてくれていた女性が気がついて説明をしてくれた。


「それは、赤塩(せきえん)岩塩だよ、普通の塩より辛い塩味が特徴なんだ、普通の塩よりそれで野菜や魚を漬けると、保存がききやすいんだよ、それに料理には一つまみいれればいいから持ち運びしやすい」


 塩分濃度が、普通の塩より高い塩なのかもしれない。


「こっちは?」


青い宝石のような石のような塩を持つ。


「それは食用じゃないね、あたしたちみたいな鱗のある種族が使うものさ、塩で鱗を擦り、汚れや病の元となるものをおとすのさ、めが荒い塩で、成分に消毒効果があるんだよ」

「いろいろ、ある、勉強」

「塩一つとっても、調理の仕方や用途があるのさ、あんたたち角族にもあるだろそんなの」


 角族もどきになったのは最近なので、実はわからないんですよなんていえない。


「勉強、なった、じゃあ、この岩塩と香草のやつも、貰うこと、する、用途、きく、便利感じる」

「ありがとね、じゃあこれも追加しての値段でこれくらいさ」

「これからで」

「まいどあり」


 岩塩や香草の塩は通常の塩よりは少しお高いが、持っていて損はない気がする。塔に戻ってストックしておいてもいいし、こうやって外をであるくことになったとき、双子鞄に忍ばせておけば、料理や塩分不足で困ることはなくなるはず。


「また、来る」

「ぜひきてくれ、ありがとね」


 買うまでは、ただの買い物だと思っていた、とりあえず早く済ませようと。

 けれど、色々と買ってみると、塩一つ、出汁一つとっても、生活の様相が見えてくる気がして、買い物一つでもとても面白い。


ーー魚人さんたちとか鱗のある人たちは、目のあらい塩で、鱗を擦るのか、面白いな~。角族の人たちにはそういうのあるのかな?覚えとかないと。


 その人たちにとっては、その行為は日常茶飯事でも、自分のような存在からすると、まったく別の用途に使える買い物もあるのだと思った。


 「最初は、買い物するの、言葉が通じるか不安で怖かったけど、やってみると楽しいかも」


ーーお金があれば買い物は本来楽しいものなのだ。お金があれば。お金があればとほほ。


 「う、お金さえあればだよね、まだお金はあるけど、節約はしていかないと、稼ぐ方法もみつけないとだよね、うー、買いすぎたかな、いやでも、これらは必要経費必要経費っ」


 この調子で色々と、惹かれてしまえば、ころころと乗せられて、買ってしまいそうだ。気を引き締めないと。


 それに、買い込んだせいで両手に持っているとそろそろかなり重くなってきた。


 細い裏路地で、誰もいないのを確認して、大量に買い込んだものを、双子鞄にいれる。


 「って、あ、目移りしちゃった、カルばぁに会いに行かないとっ」


 時間の指定はしていなかったから、いついってもいいとは思うけれど、さすがに、待たせ過ぎるのも悪い気がする。


 「急いで他を買って行こう」


 香辛料や、香草、魚醤のようなもの、様々見つけて、とりあえず急いで一揃え買い込んでいった。しかし、いくら探しても、何故か砂糖の店は見つからなかった。

 砂糖の店が見つけられず、このまま探しあるっていても、時間を食うだけになりそうなので、先に、カルばぁの店に向かうことにした。


 「うーんなんで、砂糖だけないんだろう」


 そんなことを考えながら、昨日の道順を逆に、戻ってみる。1本、道を間違えたけれど、どうにか戻って、昨日と同じ木のある路地裏、カルの店の看板の場所に出ることが出来た。


 「生前は方向音痴じゃなかったみたいだ、良かった、唯一の長所、方向音痴じゃない」


 昨日と同じ看板を確認して、またあの薄暗い階段を降りていくと、またあの煙が立ち込めた店のなかに入った。しかし、今日は、咳き込むことはなく、何故か店の中に綺麗な空気が流れ込んできているようだった。


「おや、いらっしゃい、約束を忘れてると思ったよ、ひひっ、まぁ忘れてたら、店の懐に入るだけだけどねっ」

「もうおばあちゃんっ」

「あれ?何故」


何故か、海鳴亭の錆色の髪の看板娘ちゃんがここにいる。


「何故って、そりゃあ、うちの孫だよ……なんだい、じろじろみて、似てないってかい、こんなに可愛くてそっくりだろう」 


ーームリがあ……げふんごふん。


似てないと、喉からでかかったけれど、我慢して飲み込んだ。若かりし頃は似ていたに違いないということにしよう。でもカルばぁは、歳をとっても綺麗な顔立ちだけど。似ているかと言われれば……。いや、やめよう考えるのは沼にはまる気がする。


「お母さんから、いつも、時々様子を見に行ったり、ご飯届けるようにって言われて来るんですっ」

「なるほど、じゃあ、海鳴亭、親族の、店、だった、のか、理解」


 このばあさん、とても、ぬかりがない。親族が宿やってたら、そりゃあ紹介するよね。儲かるし。


「素直に店にいったんだろ、だましたわけじゃないが、あんまり疑わないのも悪いってね、勉強代さ、けど実際、安くて飯もうまかったろう」

「それは、美味、だった」

「えへへ、お母さんの料理は自慢なんです、でも、カルばぁちゃん、ちゃんと最近ご飯食べてくれなくて、いっつも、酔葉(水たばこ)ばっかり吸って、美味しいと思ってるなら食べてよっ」

「年寄りはね、食が細くなるんだよ」

「違うよ、好きなものばっかり食べてるのしってるんだからっ」

「ちっ、見られていたか、もう誰に似たんだか、世話焼きで困るよ」

「お母さんとカルばぁだよっ」

「こんなに世話焼きじゃないよ、あたしゃねっ」


こうしてやり取りを見ていると、昨日の、やり手ばあさんっていうイメージは、薄れていく。孫の前には、カルばぁも、形無しらしい。


「ご飯一緒に食べるように、お母さんに私の分も作って貰ったの、だから、一緒に食べよう」

「はぁ……わかったよ、そこのお客のやり取りを終わったらね、奥でまってな」

「はーい」


 カウンターの向こうの部屋に、とたとたと、バスケットのようなものをもって、少女は、いってしまった。


「ごめん、なさい、じゃました?」

「いいんだよ、いつものことさ、それより、これが昨日いってた鉱石や薬草を買い取った分の代金さ」


32万レデくらいある。かなりの額だ。これで差し引かれているのだろうか。


「なかにそこそこ、貴重な薬草が入ってね、石自体も、良いもんだったけど、そのぶん多く高くかいとってもらえたんだよ」

「感謝」

「こっちも、久々に、商売仲間とあれやこれやと、鼻っ面を叩けて楽しかったよ、また良い商品がある時はきておくれよ」

「良い商品、手に入れ、られる、わからないけど、来る」

「ははは、ばか正直な子だね、くず石でも、宝石として買わせるくらいの気持ちで来るものさ足元をみられちまうよ」

「カルばぁ、には、敵わなそうだ、から」

「そこは良い目をしてるね、あたしの前ではあんたの商売眼は、まだまだよちよちのメェクルと同じさ」

「なら、よちよちのメェクルに、教えてほしい」

「ふふ、じゃあ10レデになるよ」

「よちよちの、メェクルは、お金をもっていない、当然、払えない、よちよちのメェクルとして扱う、なら、メェクル、お金持たない、情報タダ」

「いうじゃないか、そうだ、なんでも素直に金を差し出すんじゃないよ、金は使いどころさ」


 何だかんだでやっぱり、食わせものな気がしたけど、あの海鳴亭の看板娘ちゃんのいう通りかもしれない。あったばかりの自分に、確かに回りくどいが世話をこうして焼いてくれている。


「店、色々いった、けど、調味料、砂糖の店だけ、なかった、閉まってた、何か知る?」

「あーあんたは、旅人だったね、ここいらの名産は、塩だけじゃなく、蜜砂糖ってのがあるんだがね、畑がやられたんだよ」

「何に?獣」

「違うよ、獣も厄介だが、もっと厄介なものさ、畑が瘴気に汚染されていま、除染してるんだよ」

「瘴気、汚染、瘴気だまり?流脈ある?流脈とか、濃いとこ、あるとこ、できる、はず」

「そうじゃない自然的なものじゃないさ、魔女さ、現存する災厄級の魔女の一人、恋の魔女が、近くで確認されたんだよ」



ーー恋の魔女?


 それは、この世界で目覚め、はじめての、磨耗し堕ちた災厄の魔女の名前だった……。


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