4 海鳴亭
ーー良くやった自分!
記憶はないけど常識として何故か覚えていることがある。社会人という生き物になると、やたらと人を褒めることのできない人種が増産されるらしい。
たぶん余裕がないからなのかもしれない。そんな時結局自分しか褒めないので、社会人の自己褒め、能力だけが上がっていくのかもしれない。あるいは逆に、自己を卑下しすぎて、穴を掘りまくりたくなるとか。
ーーうーん、もしかして、前世は社会人経験あったのかなぁ?
いずれにせよ、ポンコツ社会人だったのだろうなーなんて思う。
はぁ、でも、まぁまぁ今日は頑張ったんじゃないかな。背伸びをして、今日の1日にあった濃密な体験を思い起こしながら、うんうんと頷く。
自分しかほめないのでこっそり自分を褒めておこう、増産社会人みたいに。ガグゥから逃げ切ってここまできたんだから大したものすぎる。
自分は魔法は出来るけど、そんなに、大したことができる魔女ではない。
あの騎士さんみたいに、光の刃をだしたり、かっこよく剣を振ったりもできない。
とーっても、地味な、出だしかもしれないけど。
ーーうーん、いや、ガグゥに、襲われたり、魔飲に襲われたり……地味、地味かな?
うんとりあえずまぁ、地味じゃないかもしれないけど。それ以外はとても、お金のために物を売ったり、買い物したり、銀行に預けたり。歩いて町にいったり、とっても、地味な気がする。うんうん、ここに関しては地味だよね。
ーービバ普通の生活!
地味で普通で、平穏なのが、デフォルトであってほしい。
ーーい、一日目でこんななんだから先が思いやられるよね……。
それでも自分にとっては、超絶でかい1歩だった。うんうん、1日で人生経験値がいくつ上がったことだろうか。頑張りすぎではないだろうか。はちゃめちゃに頑張りすぎて倒れないようにしないと。
ーーきっとはじめて知らない国の知らない土地にいって、生活する人は、こんな気持ちなんだろうなー。
「あとは、宿に……って、いきなりこんな時間にいって、断られたらマズいっ、いそごっ、海鳴亭だったよね」
それからロッキンヘム金庫を、あとにしたころには、夕闇がせまっていて、チラホラと、街灯にあかりがともりはじめていた。街灯の中には、小さな光の球が浮遊していて、それが柔らかい光を放っている。大金を持ち歩いていた、不安から少し解放されて心も軽やかだ。いや78万レデは、十分大金な気がするが、気にしない気にしない。
ーーやっぱり色々買い込む必要があるとはいえ、もうちょい預けたほうが。うっ、なんか頭が、お財布に数万円支払う分しかもったことがない人生だった気がする。なんでこんなどうでもいいことは思い出せるんだよっ!
だとすると、人生の自分を形作る根幹に関わる記憶のようなものの外は、思い出す負担がないのかもしれない。うーん何にも覚えて、ないよりはましだけど。
でも、記憶がないってなかなか体験しないだろうから、ないはないで不安になったりもすると思う。自分を構成する要素が不確かなのだから。
逆にポジティブに考えれば自分の重荷を背負わないポジティブな意味もあったりするのかなぁともおもう。
ただ、思い出すものがあまりに役に立たないことばかりで、鮮烈に羞恥心に襲われるので、ありがたさより、黒歴史感が勝る。
記憶が喪失するって、羞恥心を最高に嗜虐する、倍プッシュ循環なのでは。
「うっ、貧乏だったことなんて、思い出していいことないっ、と、とにかく自分の前世の悲しみの記憶にうちひしがれてないで宿の予約予約」
町の外れの海鳴亭、そこで予約をしないと野宿になる。
銀行の人にまた出るときに聞いてきたが、町から外れたところにあって、中央広場からまっすぐ、山がみえる方角にあるいていくと、ポツンとあるらしい。入りくんだ場所になくて助かった。
この時期は、港近くの宿は混んでいるといっていたから、海鳴亭を選んだけど。カルばぁが進めてくれたので、いきなりは、満室で追い返されることはないと思いたい。いや、そうであると祈っておこう。
海鳴亭へと、道を歩く中、昼間より人が減っていき、数人しか道には人がいなくなっていた。昼間活気にあふれていた店とは違い、人の声が響く所は、飲み屋へ変わっていた。
覗いた路地裏は暗く陰り、昼間より少しばかり不気味にみえる。なにか出てくるのではないか、不安に思う暗さだった。それでも、その不気味さをかき消すように、夕闇に染まる空に一際輝く星が1つあった。
コチラの世界にもそういう星があるのだ。太陽がある、月もあるならそういうものなのかもしれない。
そもそも生き物が生きていける環境じたいがレアだというし、だいたい似たようなものになるのかもしれないけれど。
ーーじゃあ、流力ってなに?っておもうけど。そんなこと考えたって自分にわかるわけないかー!ははは。
でも、一人ぼっちで、そんな星を見ながら思う。どれだけ違う世界でも、星が導いてくれるようだなと。オセンチになりすぎだろうか。でもそう思う。魔女だから交友関係を作ることに壁が出来てしまうからだろうか余計にその光が温かくみえた。
ビビリの自分でも、星を見ていると、暗がりの道なのに少し安心した。
ーーあれほど星は、憎々しいものだったはずなのにいまは安心するなんて。
ふと、心の奥でそんな声がしたようなきがした。何故星を憎々しいとおもっているのか、昔の私はわからないけれど、いまでは、こんなに一番星が温かい。
自分の常識の中と同じもの、この世界にも似たような共通点があると、なんだか、どこからくるのかわからない寂しさが紛れるような気がした。
星を見ながら歩いていると、街灯のある場所が途切れた。
街の外れにくると、ポツンと、そこそこ大きめの建物が一軒あった。海鳥の絵が書かれた看板が掛けられている。街灯がなくとも、窓から明るい光が漏れているからか、看板の模様がしっかり見えた。
ーーやっぱり、光って安心するなぁ。
看板に書かれている文字を変換魔法が、ここを海鳴亭と表記している。カルばぁのいっていた所はここだ。断れるかもしれないが、店の扉を叩いてみよう。
そして、扉をあけると、ベルがなった。
カランカランーー。
「いらっしゃいませー、海鳴亭へようこそ」
まだ年頃は12、3だろうか。わからないがそれくらいの背丈の少女が出てきた。ふわふわとした縮れた錆色の癖のある髪を、無理やり結んで癖を抑えている様がなんだか年頃で愛らしかった。もしゃもしゃーっと、撫でてあげたくなる。でも癖毛を気にしてる年頃なのかもしれないので、デリケートなところなのかもしれない。年頃の女の子にはやめておこう。そもそも、可愛いからって女の子の頭を撫でるのはデリカシー的に良くないとおもう。
「カルばぁ、きいた、この宿、おすすめ、された、今晩から、3日、泊まる、無理か?」
「カルばあちゃんの知り合いですか?」
何やらこの子とカルは知り合いらしい。あの人のことだから、そりゃあ、何か知り合いの伝はいくらでもありそうな雰囲気を醸しだしていたけれど、名前だしたら伝わるようだし、口利きしやすそうで助かった。
「店、買い取り、して、もらった、その時、宿きいた」
「なるほど、なら、カルばぁのお客さんならうちの宿のお客さんも同じですね、宿泊者様の人数は、お1人ですか?」
頷いてみると、少女は少し待つように口にして、誰かに確認しにいったのか、また戻ってきた。
「3泊分おとりできるそうです!」
「良かった、空く、ない、不安だ、た、頼み、たい」
「はい!」
「遅く、来た、無理か、思った、良かった」
「うちは港より少し遠いから、静かな所を好むお客さんとか、お酒よりお料理が好きなお客さんがこられることが多いんです。だから、船乗りさんたちの出入りが多い日は、買い付けにきた人たちで近場の酒場があるほうが混むので、あ、お祭りとか行事ごとの時はうちのほうがこむんですよ」
「なら、運が、良かった」
「ふふ、そうかもっ、あ、そういえばお客さま、お部屋に案内する前に、今晩のお食事は必要ですか?」
「遅く、でも、頼める?明日、朝食も、ある、助かる」
「はい朝食もですね、わかりましたっ朝食は今いる階で、10の鐘のときまでたべられますよ!あ、先に部屋に案内しますねっ、夕食はお部屋にもっていきますので」
頷いて、案内される部屋について行くと、個室とはいえそれなりの広さがあった。木造の床に白い壁、カーテンは花柄の刺繍がしてある可愛らしいものだ。落ち着いてゆっくりできそうな内装だった。
離れた場所に宿を建てたからか、それなりの面積が立地的にとれたのかもしれない。女の子は、部屋の鍵を渡すと、「ゆっくりおくつろぎください」なんていって、足早に部屋を出ていった。てきぱきした女の子だなぁ、きっとここを手伝うのが日常なのかもしれない。少女の足音が消えていくと、ようやく誰もいない1人の場所に安堵した。
「はぁあああああ……疲れたぁ」
布団にぼふんっと、座り込み、そのまま仰向けに倒れた。
「やっぱり、一人の時間も必要だわー」
着いたばかりは塔の中の静けさから解放され、街の喧騒が恋しくて仕方なくて、ワクワクしていた。けれど、疲れた今ばかりは、街の喧騒とは離れていたい。
魔女である自分のこともあり、かなり気を張っていたのかもしれない。
ーーいやー、ばれたら実験材料だもんなー。あははははは。塔から出ただけなのに、遠くにきたきがするや。
「っといけないいけない、このままだとねちゃうやつだっ」
荷物を置いて、部屋に設置された窓をあけると、遠くから微かに波の音だけがきこえてきた。
カルばぁの言う通りだ。
ここにしてよかった。
「海風がきもちいぃ……」
ぼんやりと波音をききなが、旅装を脱ぐとどっと疲れがでてきた。目を閉じれば今にも寝そうだったが、宿の少女が食事をもって来るまで我慢しないと。
それにお腹だって空いているのも本当だ。このまま寝るのもなんだかマズい気がするし、体を清潔にした方が良いだろう。
それにしても、随分歩き回ったなぁなんてぼんやり思う。 買い物って結構なダイエットじゃないだろうか。
これから、なにかした所で、なにも頭に入ってこない気がする。いろいろしらないことだらけだけど、知らないからといって、すぐに賢くなれるわけじゃない。日常にとけていくうちに、覚えるだろう。焦っても仕方ないかーなんて思ったら、食べたらすぐに休もうと決意した。テスト前の?悪あがきで点数はそんなに増えないのと同じだ。
「世界に流れる力、流力に囁く、我が身の不浄を、清らかな流水で洗い流したまえ、洗浄」
生活魔法のうちの1つ、洗浄魔法だ。物体にかけるものと、肉体にかけるものと、両方あるが、物体にかけるほうが簡単で、皿洗いなどはこれですむらしい。こちらで湯船に浸かる文化があるのかはわからないけど、やっぱり身体を清潔にできないと気持ちが悪い。旅をするときはこの魔法があって便利だなと思う。プラマさんいわく要塞には湯船はあるらしいけれど、時間を惜しんでいたので、習得した洗浄魔法で、だいたいの事はこなしていた。
この洗浄魔法の良いところは、歯を磨く変わりも担えるところで、アスリアが歯磨きを拒否するために考案したのだという。どんだけ怠惰なんだあの人は。でも、めちゃくちゃ納得できた気がした。
「不快感はなくなるけどでも、やっぱりお風呂入りたいなぁ」
本当は汗をお風呂で流してさっぱりとしたいが、なにぶん、背中に魔女の紋様がある。見られて困るものは晒さないのがベストだろう。それにその紋様を隠す偽装魔法も高度なものらしくまだ覚えていない。今日は熱めのタオルで顔をふいて、魔法だけであとはすまそう。食材が手に入り不安が解消されたら、絶対に要塞でお風呂に浸かる。
ーー浸かるぞー!
疲れてる時などはとことん面倒なお風呂だが、いざ長く入れないと、恋しくなるのがお風呂である。
「よいしょと」
部屋に備え付けられてある小さな桶に、生活魔法で、お湯を出し、カバンに入っている布を浸したあと、顔や手足をふく。
お風呂に入れないけれど、そうすれば気分が少し楽になった。カバンの中から、部屋着をだして着替える。
それまでしても、食事が出るまでに、まだ時間はかかりそうだ。こじんまりとした宿だから配膳式が、できるのかもしれない。昔の旅館みたいに。でも、魔女の自分には部屋で安心して食べられてちょうど良かった。今夜は一人でゆっくりしたい。
「うーこのまま寝てしまいたい……いやだめだだめだ……起きているのだ、ルアド・ルルス・ペールガー、って、あああああああ!? そうだよ、名前だよっ」
昼間に咄嗟に、名前を思い付いて、つけたことを思い出した。
「もっと気合いの入ったほどほどに良い名前を練りに練って着けたほうがよかったんじゃ名前って大事だし……、これでは一郎、二郎、三郎みたいじゃないかっいや一郎二郎三郎さんが悪いわけじゃないけど……でも目立たなくていいのかな次男次女みたいな感じで……うーん、うーん、派手じゃない、無難さ」
名前が難しい漢字だったりとか、常用漢字外で、覚えにくかったりするより、いいじゃないか、わかりやすくて。
ーーいいのか?
親の気持ちを込めて、子供にいい名前をつける訳でもない、浮いているわけでもない無難な名前こそ最強ということにしておこう。そもそも、ルルス・ペールガーって名前が目立つって、銀行で分かったし。いやー本当にすごい人らしいけど、あの人、本当になにやってたんだろう。噂にほんと、事欠かなそうな人だな。銀行での、職員さんの、あの人の反応……。
ーーご飯がくるまで調べてみようかな。
「現出、検索、空白の魔女アスリア」
すぐに、アスリアについて書かれた文献がいくつか出てきた。
ーーん?これアスリアの集めてた蔵書なんでしょだとしたら、おかしいな。
本人が自身について書かれた本を集めるとは、ナルシストってことになる気もするけど。
ーーいや、たまたま収集した文献に記載されている一つだった可能性もあるし。自動収集だっていってたし。ま、本人が見なくとも、こうして私の役にたっているのだからいっか。
『魔女という存在は、時代を大きくすすめ革新させる存在である可能性を秘めながら、逆に災厄を引き起こし文明を退行させる可能性を持つ存在でもある。魔女はその強大な力故に、畏怖の象徴とされ、災厄となったものは、討伐されることがほとんどである。概ね、魔女は制約の枷をはめられた国家に従事する魔女マノフと、国から隠れて暮らす隠遁の魔女、モノフにわかれる。稀に例外として、人に危害を加えず、大きな功績をなすことで、国の従属から外れることを許されたものもいる。空白の魔女、アスリアがその例として、もっとも有名である。アスリアの項目については別のページにさらに追記する』
「へー、じゃあアスリアも国に従属してた時期があったのかー、あんなに問題ありまくりなのに、すごい人ではあるんだなぁこれが……ああいうたちだからむしろすごい人になるのかな、っと、続き続き」
『空白の魔女アスリアは近代においてもっとも人間社会における革新をおこした存在と言える。レネリアス大陸に魔女迫害被害にあい逃亡し、密航、魔女としての生存のために一時期ノウンベルト皇国に従属し、従軍及び魔言研究に従事した。ノウンベルト皇国の最高学府であるハウンゼル高等学府の上部研究機関、ハウンゼル魔学研究所に属し、魔言研究の発展に貢献した。中でも魔言型式解析論、一般市民の生活文明魔法の簡易利用化など、魔女や資質あるものしか使用できなかった特定の生活魔法を国民生活レベルまで普及させるなど、多くに寄与した。その功績により、人に害を与えない約定のもと、国の従属から離れた後、100年近く、人前から姿を消しているとされている。空白の称号は、その魔女の功績に対して、国が人類に危害を与えないことをしめすためにあたえられたものである。正式な名前はアスリア・アグラット・ルルス・ペールガーである(アグラットが空白の位、ルルスは位を授けられると共に得たノウンベルト国民の姓名をあたえられたもの、ペールガーは守護の意をさす)』
ーーなんか国の研究機関に所属してたりなんかすごい功績だしてるらしい、めちゃくちゃすごいことしてるんだけど、この人!
確かに、この名前大仰だったのかも……。
ルルスとかって、他の国であったりしたりしなかったりしない?
いやごまかしたときにそういったけど。いや、なにがなんでもとりあえず、そうやって押し切ろう。
ーーうー、ロッキンヘム金庫とか質屋で、喋っちゃったし!今度からも名乗るときは、略してルアド・ペールガーくらいなら、ばれないかな。いや、守護って意味はなんかこう、防衛を担ってる家系に、使いそうじゃない?
無難に手続きのとき以外には、基本的にルアドで通すことにしよう。
「にしても、この魔言による生活の便利さは、アスリアのお陰だったなんて……じゃあ、あの研究書は、ものすごい価値のあるもの……?」
魔女の研究をしているだけで貴重ではありそうだったけれど、もっとなんか背景を知ると、貴重度がはね上がった気がした。実際、映像の記録的なものとはいえ、本の中で話したときは、そんなすごそうな人にはみえなかった。結構なんかいろいろ、雑だったからかもしれないけど。本人に言ったら、どつかれそうだけど、そのなんというかズボラ残念美人感がすごかった。
彼女を知っている人ならめちゃくちゃすごい人だと思って緊張したりするのだろうか。あってみたら、拍子抜けしそうだけど。
ーーそれにしても、もしかして思ったよりすごい人物の研究の果てに自分が、生み出されたものなのかも。
今さら、なんか、ひと月過ぎてからようやく、ここにいる原因のすごさを知ったのだった。
ここまでは、良い部分しか描かれていないように感じていたけれど、次の書籍の項目に恐れられる理由の一つが書かれていた。
『空白の魔女アスリアは、ノウンベルト皇国に帰属していた魔女である。研究者として、魔言研究の躍進や、イデア理論の成立に寄与した。また、アスリアは国家従属時代、従軍しており、軍人としての側面も持っている。魔言研究者としての功績と共に、魔女戦乱期にもっとも悲惨だった世界規模の戦争、第二次アルハット荒野戦役において、もっとも人と魔女を屠った存在であるとも言われている』
「……もっとも人と魔女を屠った」
人々の生活を楽にする、魔言研究者としての功績を上げたが、それと同じくらい、従軍により人を屠った面でも有名な人らしい。確かに、この部分を聞けば、あの金庫の窓口の人のように、恐れを抱く側面もあるということだ。国が命じたのかもしれないが、それでも魔女を征するほどの魔女は、人にとっては確かに恐怖だろう。実際は、その魔女も、滅びからは逃げられなかった……。
「……空白の魔女アスリア」
ただただあの要塞やプラマを生み出したすごい人という漠然としたイメージから、その名前の意味が重いものに変わったきがした。
その人が自分を生み出した。
あわよくば自分が意識を継ぐためだったとはいえ。それに、あの魔導書は、人を嫌悪して居なければ、読むことは出来ないと残していた。彼女は人を憎んでいたのだろうか……。
はやく調べていれば、良かったと後悔した。時間がなかったことは確かだけれど。
しかしだよ、その次の存在として自分が生まれたのは、何だか信じられなかった。
「どうして、こうポンコツになったんだろう」
もう少しくらい頭の出来とか魔法の出来とか色々、口惜しい。
そうやってぼーっとそのことに想いを馳せていると、扉がノックされて、少女の声がきこえてきた。
「お食事お持ちしました」
慌てて扉をあけると、少女は食事を机まで運んでくれた。
「食べ終わったら部屋の外に出していただければさげますのでっ」
「ありがとう」
「じゃあごゆっくり」
少女に微笑みかけると、照れくさかったのか、そそくさとでていってしまった。それとも、この角や鱗、白い肌は見慣れなかったからだろうか。まぁ、気にしても仕方がない。人の心理など全て推し量れることも出来ないので。
ーー考えすぎれば病んじゃうよね!
それより、ようやく食事だ。ごはんだ!
「美味そう」
白身の魚を、香草で焼いて切り分けたものから手をつけた。
ナイフとフォークを使ったことなんてあったかは覚えてないけれど、食べる程度には困らないはず。
こちらの世界でも結果的に人が食べやすいとなれば、やはりナイフとフォークや食器などの形は同様に結実していくのかな。
よほど手づかみや、食器が奇抜な形でなくてつくづく良かったとおもう。
フォークで魚を口へとはこぶと、清涼だが食欲をそそるハーブの香りと、程よい塩気に食が進んだ。
「お魚白身で癖が少なくて食べやすい、香草でいい匂いなのもあるかも、プラマさんも香草使ってたけど、この国の料理なのかな、魚の保存のためなのかな、香草焼きが主流なのかもっ、うー食欲そそりすぎるぅ~」
魚から滲み出た塩気と油の味が口から逃げないうちに、少し固めのバゲットのようなものをちぎってたべる。
パンの中は思ったより柔らかく、薄味のパンは魚との相性がとてもよかった。さらに滴った魚の油と焼いた油が混じりあったものに、少しつけてもう一口運ぶ。香草の匂いがパンについてますます食がすすんだ。
「みたことない野菜だけど」
そして横に添えられた、色の鮮やかな茹でた温野菜を口に入れた。紫、黄色、赤、緑、様々に色があって、見慣れないものだったが、食べてみたら甘みがあって、柔らかくとうがたっていないのがわかる。
「んっ、しゃきしゃきしてるし、ゆで野菜もやわらかいし、なにより爽やか」
かけられていた爽やかな柑橘系のソースもとても好みにあった。サラダを食べ終えるとエビのような甲殻類だろうか、それでとった出汁のしみた旨みのあるスープで喉を通す。舌の上でその味がひろがり、濃厚だけれど、後味はさっぱりしているスープは、ひと皿ではものたりないくらいに口にあった。
おかわりなんてできないよねー、我慢我慢……。旨味がしばらく、口に残って忘れられないよ。
スープをのみ、最後のパンの一欠片を口に放りこむ。たしかにカルばぁが、この店を進めたのがよくわかる。見た目は素朴だが、味はレストランに行ったようなそんな深い味に本当に満足してした。この店で良かったとつくづくおもう。
ーーカルばぁ、ありがとう。
きっとカルばぁはどこかでくしゃみをしているかもしれない。
さて、燃費がそこそこ悪いこの体はあと少しばかり小腹の余裕がある。
プラマさんにごはんをつくってもらって気がついたのだけれど、この身体流力の循環も燃費が悪いのに、ごはんの食べる量も燃費が悪いらしいのだ。つまりそれなりに食べないと満足できない肉体らしい。たぶんその燃費の悪い流力効率を補うために、ご飯を食べるのではないかと、プラマさんはいっていた。
「あと少し食べられそう」
少し空いた小腹は、金庫に行く前に買った果物で埋めることにしよう。
一つはプラマさんに残し、いや絶対この身体だと足りないやつだ。また、明日、プラマさんのぶんはお土産にたくさん買っておこう。自分意思が弱すぎる。
ーーぐぬぬ、プラマさんぜったい買っていくから美味しい果物。食いしん坊でごめんなさいっ。
熟れた果物は、噛んだ途端に口に爽やかな甘味を広げ、喉を潤す。2つほど食べたあと、ようやく食事を終えた気になった。
「ごちそうさまでした」
そうして出来うる限り、食べかすなどでトレイが汚れないように手早く洗浄魔法をかける。あえてお皿にだけはかけなかった。
アスリアが生活魔法を広げたらしいとはいえ、洗浄魔法を使う人がどれほどどの程度普及しているかはわからない。皿洗いも向こうには大事な仕事なのかもしれないし、今回ばかりはそのまま下げた。しかしこれだけは、明日伝えておこうと思う。
ーーとても食事が美味しかったって。
「食べて寝たらブタになりそう……でもこの体太るのかな死体みたいなものだし……そもそもブタとかいるのかなここに」
あの調味料に使ったものは何か、調べてから食べればよかった。でもあの良い匂いと空腹には耐えられないので仕方ない。企業秘密でなければあの香草やスープに使われてる魚介類のことをあとで聞いてみよう。
「美味しかった……」
あの素朴だがなんとも舌を唸らせる味を思い出しながら扉の外に皿をさげた。今回のことでわかったけれど、思ったより、記憶のない私だけど、食事に対しての要求値はそこそこ高いのかも。
ーーうー、あのスープのうまみしばらく忘れられなそう。
そもそも普通に食べられるくらいの食事の水準が高い世界だったのかもしれないなぁなんておもう。覚えているのは、薬の苦い記憶ばかりなのに。でも美味しいものを、食べて覚え続けていたら、きっとそれがもう食べられないかもしれないと思うと耐えられなかったかも。
一度美味しいものを覚えたら、忘れられないのが、人ってものだ。
うん、どうせだ、こちらで生き返った、いや死に返ったのだから、食は楽しみの1つにしよう。過度な贅沢はしないが、食を大事にしていこうと決めた。ふかふかのお布団での睡眠と、食とお風呂、それが命の洗濯。
魔女になったことを悲観的におもっていたけれど、美味しいものをもう一度食べられるなら、これはプラスだよね?
ーー塔で目覚めて、1ヶ月くらい、そとに出て1日、記憶がないせいで、自分の好きなものすら消え去っていたけれど。分かってきたのかもしれない。ふわふわの寝心地の良い布団と、それから、美味しいもの。でもそれが嫌い、なんて人もすくないだろうけどっ。
「もっと好きなもの増えていくといいな……明日は、美味しかったし食材だけじゃなく香草や香辛料とかもみてみよう、あ、歯磨きしないと……洗浄っと」
歯を洗浄するのを思い出しそれを終えて、客室に鍵をかけた。必要ならばノックがあるだろうし。明日も宿泊予定だから明日一括で宿泊料を払う旨は伝えてある。
「お腹いっぱい……細かいことは……明日に……まわ……し……おや、すみ……なさい」
自分でもこんなに疲れていたのかなんてぼんやり思いながら、ベッドに倒れ込み、そのまま意識を失うような速さで深く眠りに落ちていった。そのあとはただ、静かに部屋に波の音が響いていた。




