アスリアのレネリアス大陸蔵書館➀
異世界の食器事情を考えてみた
ゲームの攻略本のはじにあるおまけのようなものです
エスカ食器文化史
ーー『エスカ食器文化史・図説』ロマネ・ワムハワード著(1982)より抜粋。
【概略】
エスカにおいて、最古に発掘された食器の原初とされる形は、土ツボコルロと呼ばれる純精(※1)の住まいだったと言われている。
土ツボコルロとはーールアドが見たエスカ主要生き物図鑑によるとスライムのようなものーー透き通った茶色い目玉のついた粘体で、ツボに入って生活している無害な生き物だ。
ツボコルロには、土以外にも、火ツボコルロ、水ツボコルロ、風ツボコルロ、土ツボコルロの五種類がおり、汚れた大地の浄化作用を司ると言われている(※2)。
中でも土ツボコルロは、土の成形が得意で、火ツボコルロと共に、土を固めて焼き、土器をつくるといわれており、多くの土器はその二匹によるものとされている。何故その土器をつくるかは、まだ謎は多いが、学説としては粘液の乾燥を防ぐためではないか、といわれている。
ツボコルロは、ポアポアと、声を発し、人からも、魔女からも、生き物からも敵視されない穏やかな存在である。また臆病であるため、隠れていることが多い。故、エスカにおいて現代まで形を変えず残り続け、土器を残し続けている生きた化石、生きた食器史のようなものとなっている。
ツボコルロの土器は金属並みに硬く、その土器を、無毛種、鳥人種、獣人種、巨人種、魚人種などが発見し、利用した所からがはじまりとされる。つまりツボコルロは、エスカ食器文化史の原初たるものであった。
その後、ツボコルロの土器技術に学び、人も成形をはじめ、土器文化が始まる。これが、フメール暦(※3)によると、9200年前ほどのこととされる。
主に、最初期の長坪型(土器のなかでも模様がなく、長いツボコルロ土器そのものの形のものをさす)のものは、ローデリアス大陸の、アフスメル湿地体付近にあるナガスノー村落付近で多く発見されているため、ここが源流なのではないかといわれている。
950年ほどたち、その間に、ツボコルロの成形した土器から習い、平皿型や、ボール上に成形するものが増えるようになる。これらの変化は、食べにくさや、種族差によって、それぞれに変形の必要があり、なされていったと考えられている。この頃から、無毛種は木の模様、鳥人族には羽の模様、魚人族などには波の模様など土器に工夫が見られるようになる(これらは中期1型無紋縦壺型、亜種1木、亜種1鳥、亜種1魚、と呼んで分けられている)。
その後、土ツボコルロの土器と違い、人類種のつくった土器には、あるひとつの問題が発見されたのではないかと推測がたてられている。その問題とは、人の手でつくった土器は、ツボコルロ製より火に弱いというてんだ。その頃には狩猟文化が始まっていたため、加熱して獲物を焙るとき(生食での食肉を行う種もいるため種族差により精製の必要性に差が生まれたとも考察される)、人のつくった土器では、割れが生じてしまい、破損回数が増えてしまう。これでは使い物にならないと、より丈夫な器として、鉄製や銅器などの金属製の食器の開発が考えられはじめたのではないかと考察されている。
また、後期のこの頃にはすでに、木製の食器の仕様もはじまっており、国によっては使い分けが始まっている。
レストリア大陸のムマナク地方では、その頃から伝わる、防虫のために樹液の塗られた木製食器が、古い工法でいまもつくられ観光土産として売られている。
これらを繰り返し、3200年ほど前になると、さまざまな種族同士の交流が見られるようになり、銅器、木製の船、木製家具などの原型となるものが発見されるようになっている。この種族間の、交流の証拠として、亜種紋の木や羽、波模様などの、さまざまな模様が発掘場所から、確認されることにより、交流しはじめた年代が絞られることとなった。
これにともない、古語モナネスキア文字の原型ではないかといわれるものも発見されており、また、この頃にはすでに数字に近い概念があったとされている。そのため、極めて精緻な土器や食器の成形方法が交流により伝わり、この頃になると、正確に均一に近い形の器が発見されるようになったのではないかと論調が主流となっている。
その後、時代が進むと、種族や部族間での交流が始まると共に、部落や集落内での、争いが起き、大規模なものへと変化していった。この間に大きな出来事として、鳥人種と毛無し種の間で争いがおき、一時毛無し種が隷属させられたが、反乱がおき、鳥人種から人類種は解放される。
これにより、飛び道具や、弓などの武器の進化が起こり、製鉄文化への歩みを加速させることになる。立役者として、魚人種の協力をとりつけたため、水と熱により、固いものを成形できる技術が飛躍したからではないかといわれている(この時炉の温度を1500度をこえるまでにあげる技術があったと推察される)。
これにより、鉄の加工品として食器型の試作品のようなものが、交流の多かった地域の洞窟で発見され、出土している。他に、この頃の土器には既に、高熱によりガラス性質状に変化している陶器に近しいものができていることが、出土品によりわかっている。
また同時期、種族の垣根を超えての、農作、穀物栽培、漁方などが確立されていき、農機具の開発へも繋がっていることがわかる。そのため、食文化が、変わりはじめ、野菜や穀物食などの草食種、雑食種、肉食種(昆虫食含む)より使いやすい器へと変化がもたらせていくことになった。交流が食生活の変化をもたらしたことがわかり、この頃から骨格の変化もみられる。硬質なものより、軟性のものへの食生活が移ろっていったとされている。
また巨人種と宝石人の持っていた掘削、アクセサリーなどのガラス加工技術も、入り込み、利用していたガラス材質に光が当たり、ガラス食器の原型となる加工がはじまることになる。
これにより、陶磁器、ガラス食器、金属製食器、木製食器の原型が揃うことになった。
後、部族や種族で力のあるものには、それらの中で上等な品を献上する習わしがうまれ、それらに上納品としての役割が生まれることになる。
そして、部族や種族の集まりから、国へと形が変わっていくと、国同士の、交流が始まり、より成形技術がさらにあがっていくことになる。このときに、染色技術が著しく向上、造形にも拘りがうまれていった。そうして、個々の国の特色をもった、形へと今も変化しつづけている(※11から52にわたり、代表的な各国の変遷と特徴を図表化している)。
これまで、器のみの大まかな変遷をのべてきたが、 フォーク、ナイフ、などの道具の変遷は、すこしばかり食器より遅れて改良されることとなった。
理由として、もっとも多種族と交流の多い、5本指の無毛種は、器用な手を誇りとし、大いなる存在が与えた力だと、道具より手づかみの文化を重んじていたためである。そのため一部、多種族の指の少なさを煽っているものが現れ、争いにも発展している。無毛種の間では、手を使う道具より、器のみの進化にとどまるところが多かったのはそのような理由であった。
あくまで、匙などは料理などをつくるための道具であり、かき回す木の棒のようなものとして存在していたのである。
また他種族間においても、ほとんどは木でつくった串や、獣の骨を加工する以外、手摘みの文化や長い嘴を使ったものが多く、しばらく箸やカトラリーに類する文化はなかなか芽生えなかったとされる。
しかし、食品の加熱加工があたりまえになると、素手で食べるには火傷をおうために、毛無し種が皮膚の厚い他種から笑われることとなった。そのため、骨製の匙のようなものや、木製の匙のようなものをつくるようになったのが最初とされている。
それにより液体を掬い上げる小型の匙型のものや、ものをつまみやすい箸がたのものが生まれ、多くは今もその形に多くはとどまっている。
しかし、フォーク型は大きな変遷を遂げていく。
きっかけとなったのは、他種交流が始まると共に食事の席を、設けることになったことを端としている。器用に食器をつかみにくい手の構造の他種族のために、突き刺して食べる両刃のナイフのような形のものが一番最初に考案されることになった。
しかし、試供のさいに、食べにくいという指摘があがり、二割れのものが先にできたとされている。だが、その時、ものを切るときはナイフ型のものがいいと、要望もでることになる。これにより、ものを切る小型のナイフがたのもと、二割れフォークが分化することになる。
後、二割れフォークは、大きな食材では、刺すときに安定感がないため、時をあまり立たずして現在の四つ又のフォークへと変形していく。
その後、レネリアス大陸に最初となるロンダル王国が建国されたおり、特権階級者の間に、資産隠しや税逃れとして、宝石や金などの装飾を使った食器道具を作るものが増える。
隠し財として、金属製のカトラリーやコップなどが流行し、有力者の象徴としての食器へと陶磁器や、金属食器は変化していく。
また毒による暗殺を防ぐため純正ではない銀食器も保持するものも現れたが、毒華の魔女ルーアン・デタールにより、産み出された対毒術士器具や術式により、毒殺が減ったため、財の象徴に戻った。
これらにより、カトラリーなどは長らく、富の象徴である美しい飾り物として扱われていたが、1795年創業のレネリアス大陸に本社を構える旧マウスネッチ雑貨店、現マウスネッチ物流食器により、使用する食器へと舞い戻る。
「ティーカップは金の形をしていない」や「食器が飾るのはあなたの日々」や「一目惚れをその手に」などの宣伝の売り込みにより、特権階級の保有する食器などのイメージを、市民のものへと変化させたのである。
有名な大衆料理店と連携し、試供してもらい、庶民が使えるけれど手頃で上品なデザインとして、マウスネッチ・アウロマーノ式として流行することになる。これらはマウスネッチ姉弟の辣腕によるもので、海外及び国内食器を扱う大手へ躍進、陶磁器やガラス製、カトラリーなどに至るまで、食器を大衆のものにし、今に至ることになる。
また、1917年に流行った黒魔病と呼ばれる伝染病の流行により、衛生環境の改善が促され、手掴みから、食器利用の推奨がより叫ばれることになってより、一般化していくこととなった。
この後現代では、大量生産品が出回ることが増え、一点ものの食器は数を減らしている。
※1純精……流力によって、形作られた生き物の総称、魔飲生物と異なる
※2純精学者マルーク・エルロン氏『ツボコルロ生態学』による。
※3本著はフメール歴に基づき記す




